大事な人
冒険者ギルドでターニャから話を聞いて、その帰り道。
沈みかけの夕方の太陽が、石造りの住宅の白い壁を、穏やかな朱色に染め上げている──そんな景色の中の路地を、俺はパメラとともに歩いていた。
「──ん? ダーリン、あれ何だろ?」
パメラが行く手の先を指さす。
その先の道端には、なぜか野菜やら肉やらが入ったカゴが、中身を路上にぶちまけ転がっていた。
何だ、もったいない。
落としたから、捨てていったんだろうか。
この世界の人たちも、意外と裕福さが有り余っているのかね。
そんなのん気なことを考えながら普通に歩いていると、隣のパメラがてっととその現場まで走っていった。
そして、カゴを拾い上げて、それをまじまじと見てから、言った。
「なあダーリン、これティトっちがいつも使ってるカゴじゃねぇ?」
「……は?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
いやいや何言ってるんだ、どうしてティトのカゴがここにある。
ティトに限って、そんな食べ物を無駄にするようなことをするわけがない。
「いや、そんなわけないだろ……」
俺はパメラの言葉を疑い、自分も駆け寄って、そのカゴを手に取って確認する。
ワラを編んで作られたそのカゴは──確かに、ティトがいつも使っていたものに似ている気がした。
「ダーリン、ちょっと貸して」
「あ、ああ」
パメラは再び俺からカゴを奪い、そのカゴの取っ手部分に鼻を寄せて、すんすんとにおいを嗅ぐ。
「……間違いない、これティトっちのやつだ。ティトっちのにおいがするもん」
「いやお前、何だその俺のチートスキル並みの能力は……」
「ちーと……? 何?」
「いや、別に」
パメラとそんなやり取りをしながらも、俺は徐々に焦りを募らせてゆく。
待て、これはどういうことだ……?
ティトは夕飯の買い物に出掛けていた。
そのティトの買い物カゴが、帰り道の道端に落ちている。
その中身が地面にぶちまけられて。
知り合いに偶然会って、どこかで話し込んでいるとか?
いやいや、ありえない。
その手の日常的なシチュエーションで、ティトが夕飯の食材にこんな扱いをするわけがない。
何かの妄想に浸って、ふらふらとどこかに行ってしまった?
その際に、うっかり荷物を落としてしまった?
……あながちありえないとは言い切れないが、それも多分ない、と思う。
だとしたら、何か非日常的な出来事に巻き込まれた……?
じゃあ、何か非日常的な出来事って何だ?
いや、そんなの分かるわけがない。
落ち着け、じゃあ俺はどうしたらいい──?
「──パメラ!」
「ほえっ? ──うわっ、な、なに、ダーリン!?」
俺はカゴの中に食材を戻していたパメラの胴を、片腕で抱きかかえる。
「嫌な予感がする! とりあえずダッシュで家に帰るぞ!」
「お、おう、分かっ──ぅわっひゃあ!?」
俺は全力ダッシュで、家までの帰路についた。
高速道路を走る車並みの速度で、同時に小回りも利かせるというありえない走り方をした気がするが、そんなことは気にしていられなかった。
そしてあっという間に自宅に到着。
俺は庭へと走り、そこでフェリルを教育しているアイヴィを見つける。
風呂の沸かし方を教えていたようで、フェリルはまたも苦戦している様子だった。
俺はそんな彼女らの前でずざざっとブレーキをかける。
アイヴィの赤いポニーテイルと、フェリルの水色のツインテールとが、風を受けてぶわっと舞った。
「うわっ! ……ど、どうしたのカイル、そんなすごい速さで」
「アイヴィ! ティト、帰って来てないか!?」
「えっ、ティトちゃん? まだ多分、帰ってきてないと思うけど……」
「くそっ……! アイヴィ、こいつ頼む!」
「うわっきゃあ!?」
「おっと……えっ、パメラちゃん? えっ、えっ……?」
俺が放り投げたパメラを受け取り抱きかかえたアイヴィが、戸惑いの声を上げる。
俺はそれに構わず、縁側から家の中に足を踏み入れる。
まずは台所を探す──いない。
ティトの私室──やっぱりいない。
ほかにも俺の部屋、ほかの面々の部屋、書斎、トイレなどなど様々な場所をあたるが、どこにもティトの姿は見当たらない。
──くそっ!
ティト、どこ行ったんだ……!
ほかに考えられる場所は──って言ったって、人間一人の行動範囲だ、何らかの理由で街中のどこにいたっておかしくはない。
俺が無駄に焦っているだけかもしれない。
何のことなしに、もうすぐ帰ってくるかもしれない。
でも、嫌な予感が消えない。
どうする、どうすればいい……?
──そうだ、『生命感知』!
ティトを特定して感知することはできないが、『生命感知』には力の強い者が強い反応を示す特性がある。
ティトの今のレベルなら、この街でも有数の実力者のはずだ。それなりに強い反応を示してくれるはず。
サーチ範囲は一発で街全体とまではいかないが、街中を東西南北走り回って四ヶ所ぐらいでサーチをかければ──いや、それでも街の外に出ていたらダメだが──
いやいや待て待て!
チートスキルを視野に入れるなら、もっと効率的なアクセス方法があるだろ。
そう、例えばこれだ。
チートスキル、『念話』。
視界内の相手か、よく見知った相手と、声を出さずに頭の中で会話することができるスキルだ。
「よく見知った相手」っていう概念が曖昧だが、俺にとってティトが「よく見知った相手」じゃないなんてことはないはずだ……きっと。
有効距離は、使用者のINT×10メートル。
今の俺のステータスなら、優に一キロメートル以上が効果範囲に含まれる。
ティトがこの街中にいるなら、どこにいたって話せるはずだ。
そう思って俺は、チートポイントを1ポイント支払って、一も二もなくそのスキルを取得する。
そして一つ大きく、深呼吸。
……落ち着け。
本当は別に大したことなんて何もない、どうということのない出来事なのかもしれん。
なんかこう、そういうときに一人で取り乱していたら、恥ずかしいよな。
……よし、落ち着いた。
話すぞ、ティトと話すぞ。
俺は自室の真ん中に立って目を閉じ、ティトをイメージする。
視界を閉ざした真っ暗闇の中で、意識を広げ、どこかにいるであろうそのイメージを、懸命に探る。
すると──いた。
真っ暗闇の中に、一筋の光の波長。
俺はそのイメージを、心の手を伸ばしてそっとつかみ寄せる。
──繋がった。
ティトと繋がった、接続した──そんな気がした。
俺は再び心の中で深呼吸をして、心を落ち着ける。
そうしてから、努めて平静を装って、こう声をかけた。
『あー、ティト~、聞こえるかー? 聞こえたら応答してくれー』
すると、一瞬の間。
それから、ティトの声が頭の中に伝わってきた。
『カイルさん!? えっ、これっ、何なんですか……?』
良かった……。
俺はひとまず、ほっと胸をなでおろしたのだった。




