牢屋の光
──ティト視点──
「んっ……ふぇっ? ここは……」
目を覚ますと、そこは知らない場所だった。
石造りの冷たい天井に、窓のない薄暗い部屋。
私が寝ているのは柔らかいベッドの上のようで、お布団もしっかりかけられていた。
ベッドの上で、身を起こす。
真っ先に目に入ってきたのは、鉄格子だった。
私がいるのは、どうやら狭い牢屋のようだ。
ベッドのほかに家具はなくて、ひどく殺風景。
どうして私はこんなところに──
「そうだ、私はあのとき、襲われて……」
思い出した。
買い物帰りに、黒ずくめの人たちに襲われて……多分、気絶させられたんだと思う。
「悔しい……」
私は自分の両手を見て、それをぎゅっとにぎりしめる。
私は私なりに、結構強くなったつもりではいた。
カイルさんはもちろんのこと、アイヴィさんとかにも到底及ばないのは分かってる。
それでも普通の人の範疇だったら、そうそう遅れは取らないつもりでいた。
でも、それがこの様。
こんなことじゃ、冒険者としては、いつまでたってもカイルさんの足手まといだ。
……ううん、そんなことよりも。
この状況、私、大丈夫なの?
今のこの状況、何がどうなってここにいるのか、全然分からない。
私を襲ってきたあの黒ずくめたちが、私を誘拐してここに連れ込んだのであろうことは、だいたい想像がつく。
でも、じゃあ何の目的で?
あの人たちは何者?
私はこれから、何をされるの?
「カイルさん……」
拳を解いて、今度はローブの胸元をにぎる。
不安だし、恐怖もある。
でも、カイルさんがきっと、王子さまみたいに助けに来てくれる。
私がピンチになっても、颯爽と現れて、あの黒ずくめたちをばったばったと倒して助けてくれる。
大丈夫、落ち着いて。
頼ってばかりの私は情けないけど、カイルさんは信じられるから。
……でも。
さすがのカイルさんでも、私がどこにいるか分からなかったら、助けに来れなくない?
そもそも、私がさらわれたことに気付いていなかったら?
そこまで考えてしまって、ぶんぶんと首を振る。
悪いほうに考えちゃダメだ。
それでもカイルさんなら、カイルさんならきっと何とかしてくれる。
──と、私がそんな風に、思考の堂々巡りをしていたときだった。
鉄格子の向こう側に、突然、人が現れた。
ううん、突然っていうのはおかしい。
普通に鉄格子の向こう側の通路を横から歩いてきて、そこに来ただけだ。
でもそこに現れるまで、足音も気配も、何も感じなかった。
何一つ予兆がないままそこに出てきたものだから、すごく唐突なことに思ってしまった。
その人は、黒のコートにフードという、私を襲った人たちと同じ格好をしていた。
いや、同じ格好というよりは、同じ人と言ったほうが、おそらくは合っている。
背格好が、私を直接仕留めたあのときの人に、そっくりだった。
大人の男の人というには、ちょっと小柄な体格だったから、よく覚えている。
私は鉄格子の向こうに現れたその黒ずくめを、注意深く観察し、そして睨みつける。
「……あなたたちは何者? 私をどうするつもりですか」
言葉にできる限りの険を込めて、そう言ってやる。
すると、その黒ずくめはフードを背中に降ろして、素顔を見せてきた。
びっくりした。
……少年?
それとも少女?
とにかく、すごい美形の、私と同い年ぐらいの子だった。
さらさらに見える銀髪は、私のそれよりも濃い灰色に近い色味で、男の子とするなら少し長めのショートカット。
瞳は不思議な色合いの紫色だ。
ちなみに胸は平らだから、多分男の子……かな?
でも顔立ちから首筋、胸元にかけてまで、女の私でも見惚れるぐらいに綺麗で、可愛らしい。
そんな、彼か彼女かは分からない子が、あまり表情を表に見せないまま、鉄格子の向こうからこんなことを言ってきた。
「ごめんね、手荒な真似をして。……でも、これからキミたちにはもっとひどいことをすることになるし、僕たちはそれに関して言い訳や謝罪をするつもりもない。今の腐ったこの国を変えるには、必要なことなんだ」
声もすごく綺麗で、中性的だった。
でも、どっちかっていうと少年のそれっぽく聞こえたから、私はひとまずその子を男子と認定する。
そして、彼の言葉の中で気になった部分に関して、質問をする。
「……今あなた、『キミたち』って言いましたよね。私だけじゃなく、カイルさんたちにも何かするつもりですか?」
「カイル……? その人のことは知らないけど、ここにはキミのほかにも、何人かの少女が連れてこられているから。誰が依り代になるかは僕らには分からないけど、誰がなろうとなるまいと、キミたちの運命は変わらない。……今のうちに、欲しいものがあったら言って。最後の希望ぐらいは、できるだけ叶えてあげたいから」
「じゃあ、家に帰してください」
「それはできない」
「カイルさんに会わせて」
「それもダメ。外の人とのコンタクトは許可できない」
「……じゃあ、いいです。別に何もいりません。あなたたちの施しなんか」
「そう……。僕は必ず近くにいるから、何かあったら声をかけて」
そう言い残して、彼はまた音もなく立ち去った。
あれは……盗賊か暗殺者の歩法だろうか。
「……はぁ」
私は緊張を解いて、大きく一つ息をついた。
今の短い時間だけで、どっと疲れた気がする。
……何となくだけど、あの少年は、悪い子じゃない気がした。
でも何か、一つの信念のようなものをもって、何らかの事を為そうとしている。
説得して、何とかできるだろうか。
あるいは何か、付け入る隙は?
そんなことを考えていたとき──不意に、私の頭の中に声が響いた。
『あー、ティト~、聞こえるかー? 聞こえたら応答してくれー』
頭の中に直接聞こえてきたそれは、私の愛しの王子様の声だった。




