そう言えばそんな話もあったなぁ
「やぁやぁ、よぉ来てくれたわ。うちもすぐ行くから、その辺のテーブルに座っといてや~」
俺が呼び出しを受けて冒険者ギルドに顔を出すと、ギルドの受付カウンターの向こうから、キツネ目のお姉さん──ギルド長のターニャが声をかけてきた。
俺とパメラは、その言葉に従ってギルドの酒場スペースの空いているテーブルを一つ見繕い、席について待つことにする。
しばらくすると、ターニャがお盆を使ってケーキと紅茶を二つずつ持って現れた。
そして俺とパメラの前に配膳すると、自分も席につく。
パメラは遠慮も何もなく、「いっただっきまーす♪」と早速ケーキに手を付け始めた。
俺は苦笑しつつ、ターニャに視線を向ける。
「来賓待遇だな。……何か俺に話があるって聞いたけど」
「うん、そやねー。けど自分、今日は連れてるのパメラちゃんだけなんやね。いつもたくさん侍らせてるイメージやけど。アイヴィとか、どしたん?」
「侍らせてるって……人聞きの悪い言い方すんなよ。アイヴィは新入りを調教、じゃなかった、新人教育中だ。ティトは晩御飯の買い物で市場に行ってるよ。一緒に連れてきたほうがよかったか?」
「いや、人聞きの悪いって、事実やん……。まあ、別にええよ、カイルさえいてくれたら。常人にどうこうできる話でもないしな」
「……へぇ」
何だか込み入った話のようだ。
ここに来たのは、パメラから「ターニャがダーリンに話があるってよ」というざっくりな話を聞いての今ココなので、何の話なのか、俺にはまったく見当がついていなかった。
俺が興味を持ったのを確認して、ターニャは話し始める。
「いやな、自分ら前に、うちと一緒に山賊退治に行ったことあったやろ」
「……ああ、あったな、そんなことも」
確か俺のAランク冒険者としての審査にかこつけて、態よく山賊退治のクエストに付き合わされたことがあった。
妙に身体能力の高い、目の血走ったヤバい山賊たちと遭遇して、そいつらとチャンバラした記憶がある。
「そんでな、そのときの山賊のねぐらに、あやしいポーションの瓶が転がってたやんか。あれを街の錬金術師に調査依頼した、っていうあたりまでは、伝えてたと思うけど」
「ああ、まあ、聞いたは聞いた気がする」
そんなのとっくの昔に忘れてたけど、それは黙っておく。
「それの調査結果が出てな。結論から言うと、『狂戦士のポーション』っていう、通常販売や使用は違法とされてるポーションだったみたいなんよ。何でもヤバいポーションらしくてな」
「へぇ……。ちなみにヤバいって、どうヤバいんだ? 確かにあのときの山賊は、見た感じからしてヤバそうだったが」
「アレや、多用すると、服用した人間自身が壊れるらしいよ。服用者の能力を無理やり引き上げるせいで肉体が壊れるし、それでなくても理性に悪影響がある。しかも常習性があると来てて、本気であかんやつだってことらしいわ」
「ふむ……」
なるほどね。
確かにそれはヤバいやつだ。
……んー、しかし、つながってこないな。
「それでなんで、俺が呼ばれたんだ?」
「ああ、それな。それでその『狂戦士のポーション』の出所を調べたんよ。したらこの街のもう一人の錬金術師──あーっと、この街の錬金術師は二人いるんやけどね、調査を依頼したほうじゃない、もう一人のほうがヒットしたんよ」
「ほうほう。そいつが犯人だったと」
「いや、それがな。その錬金術師は、『俺は頼まれて作っただけだ、俺は悪くない』とか言い張りよってな。まあそいつはそいつで違法販売やから、悪くないわけなくて、普通に官憲にしょっぴかれたわけなんやけど」
……なんか面倒くさい話になってきたな。
とりあえず俺もケーキと紅茶をいただきつつ、気長に話を聞くことにした。
一口と一すすりを口に入れてから、話を続ける。
「……あー、じゃあ、あの山賊たちが、その錬金術師に依頼して、『狂戦士のポーション』を作らせたってことか?」
「いやー、それがなぁ……それだったら、話は簡単だったんやけどな。……よくよく考えると、おかしいんよ。その『狂戦士のポーション』っていうんは、材料費が高いうえに売るほうも犯罪で危ない橋渡るってことで、裏取引としても相当の高値になる。具体的には、一本あたりで金貨数十枚って取引価格になるんよ」
……うへぇ、金貨数十枚。
金貨一枚が一万円として、一本で数十万円相当……そりゃ確かに、とんでもない値段だ。
剣闘祭の優勝賞金が金貨二百枚だったし、ポーション一本の値段としては、ちょっと本気で洒落になってない。
「……なるほど、だとしたら、確かにおかしいな」
「そやろ? そんな金をポンと出せるやつが、山賊なんかしてるわけないと思うやんか」
「だよな。……何か裏があるってことか」
俺の頭に普通に思い浮かんだのは、あの山賊たちは、何者かによって捨て駒として利用されたという可能性だった。
裏に黒幕がいて、そいつはこの街の周辺で、今もうごめいている。
「……確かに、放置しておくには、気分のいい話じゃないな」
「そーなんよ。……だけどなー、そっから先が進まんのよ。その錬金術師のところに来た依頼人っちゅうのは、全身黒ずくめのフード付きコートを着たやつってことなんやけど、それ以上が何にも分からん。その錬金術師も、依頼人の素性とかさっぱり知らないらしくてな。ホント使えんわ」
なるほどな……それだと、普通はお手上げだろう。
お手上げだろうが──
「──で、繰り返しになるんだが、なんでその話を俺に?」
「いやぁ、そのことを何となくパメラちゃんに話したらな? 『そんなんうちのダーリンなら一発解決だよ。ダーリンにできないことはないからな』って」
「…………」
俺は横に座っている付き添いの少女を見る。
ケーキを早々に平らげた栗色ショートカットの能天気少女は、難しい話に興味はないとばかりに、手持無沙汰に椅子をきこきこ揺らしていた。
「おい、パメラ」
「ん、なにダーリン? あ、仕事の斡旋料なら、気にしなくていいぜ。いつもダーリンには世話になってるしな」
「そうじゃない。俺にできないことはないって……お前は俺を何だと思っている」
「何って……万能超人?」
「はあぁ……」
頭いてぇー……。
俺は憂さ晴らしにパメラの耳を引っ張りつつ、席を立つ。
「痛ててっ……ダーリン痛い痛い、何だよっ」
「勝手に安請け合いすんな。お前は帰ったらくすぐりの刑な」
「ええっ、何でだよっ」
抗議してくるパメラは無視して、ターニャに声をかける。
「悪い、さすがに難しそうだ。一応検討してはみるが、あまり期待しないでくれ」
「そっかー。ほんならしゃーないな。うちもダメ元で聞いてみただけやから、気にせんといて。でももし何か手があるようだったら頼むわ」
「ん、分かった。ケーキとお茶、ご馳走になっただけで悪かったな」
「いやいや、それこそ今後ともご贔屓にってやつや」
そんな会話を交わしつつ、パメラを引っ張って冒険者ギルドをあとにした。
ところで、ギルドから出る際に、その前にクエストの掲示板を軽く確認した。
すると、何となく一つ、気になったクエストがあった。
それは、娘がさらわれたという誘拐事件を調査してほしいというもので、依頼人はチャーリー・ポッター三世という名前だった。
俺は、その依頼人の名前をどこかで聞いたことがあるなーと思いながらもスルーしつつ、ギルドの扉をくぐって帰宅の途についたのだった。




