圧倒する欲望
──ガンッ、ガガガンッ、ガガンッ!
神速で立て続けに振り下ろされるフェリルの氷の大剣を、俺の魔剣が片っ端から受け止める。
「──くぅっ……! 氷練真魔剣をこうも受けて、どうして折れない……!」
攻めているのはフェリルだったが、焦っているのも彼女のほうだった。
攻撃の手──剣速をさらに上げようと躍起になっているようだったが、その努力は特に実ってはいないようだった。
むしろ焦りからか、大振りが増え、わりと露骨に隙が見えるようになってくる。
──これは誘われている? 誘われているのか?
……まあいい。
男ならば、罠かもしれないと分かっていても、この誘いには乗らねばなるまい。
俺は何度目かの少女の大振りを魔剣で受け流し、それでできた彼女の隙をついて──もにゅ、もにゅ。
空いている左手で、目の前にあった自称(?)魔族の少女の胸にある立派なたわわの一房を、ありがたく揉ませていただいた。
「ふひゃああああっ!?」
普通に悲鳴があがった。
……あれ、罠でも何でもなかった……?
「きっ──貴様ぁぁぁあああっ!」
水色髪ツインテールの少女が、顔を真っ赤にして氷の大剣をぶんぶんと振り回してくる。
おお、さっきより剣速がちょっと速い。
でも、隙はさっきまでよりさらに大きくなった。
俺は少女の何度目かの大振りを、身を沈めてかわし、空いている手で今度は、スカートに覆われたお尻をなでた。
「ひぃいいいいんっ!?」
フェリルはびくっと跳ね上がった。
そこで俺は、正気にかえった。
……俺は一体、戦闘中に何をしているんだろう。
これは、まさか──
「くっ……魔族め、こんな狡猾な罠を仕掛けて、何が狙いだ……!」
「な、何の話をしている……! 人間、この私を辱めておいて、何を分からないことを……! 許さない……お前は絶対に許さない……!」
自称魔族の少女は、氷の大剣を構えながら、真っ赤になってぷるぷると震えていた。
……おや、彼女が仕掛けた罠ではない?
ということは、まさか……先ほどのあの俺の行動は、この魔族の魔性の誘惑によるものではないと……つまり俺自身の欲望が生んだ行動だとでもいうのか……!
そんな……そんなバカな……!
「ぐぅぅっ……こんな精神攻撃を仕掛けてくるとは……!」
「だから──分からないことを、言うな!」
俺の押し付けた冤罪にぶち切れ、フェリルが叫ぶ。
すると、その少女の体の周囲に、紫と黒を織り交ぜたようなどす黒いオーラが巻き起こった。
そのオーラは、いったんフェリルの全身を包み込むと──
──ばんっ!
オーラが晴れると、まるで美少女アニメの変身バンクをすっ飛ばしたかのように、姿を変えた少女がそこにいた。
左右の側頭部からは、ヤギのそれのような湾曲したツノが。
背中には、コウモリのそれを大きくしたような黒い翼が。
お尻からは、いかにも悪魔でございという感じの、黒くてエナメル質の光沢を持った尻尾が生えていた。
あと、服装がエロくなっている。
さっきまでは村娘っぽい素朴な服装だったのだが、今は黒を基調とした露出度の高いボンテージのような衣装に変わっている。
しかし、うーん……髪の色や髪型、瞳の色をはじめとした基本的な体の造形は変わってないから、どうにもコスプレっぽく見えるな。
個人的にはさっきまでの姿のほうが好きだが、これはこれでエロ可愛いのでよしとする。
「……もう窮屈な人間の格好はやめよ。お前は本当の私の姿をもって、全力で──って、あれ……? あの人間、どこに消えた……?」
フェリルは変身をする際に瞳を閉じていた。
そして変身を終えてゆっくりと開いたわけだが、その彼女の視界に俺はいなかった。
どこにいるかと言うと、彼女の背後である。
チートスキル『盗賊能力』に含まれる隠密行動能力を活用して、音もなく移動していたという次第。
まあ、変身中に攻撃しないというお約束は守ったから、許してほしい。
というのも、このいかにも魔族っていう格好を見たら、やっぱり気になることがあるのだ。
そんな俺の眼下すぐ目の前には、くねくねと動く悪魔っぽい尻尾が、「触って触って」と自己主張するように存在している。
俺はそれを、ぐにっとつかんだ。
「きゃひいいいいんっ!?」
目の前の魔族っ娘が、背筋をピンと立てて跳び上がった。
おお、期待通りの反応。
「なっ……お、お前ぇ……いつの間に、後ろに……!」
頬を真っ赤に染め、睨みつけてくる。
しかし攻撃はしてこない──どころか、両手に持っていた氷の大剣を、地面に落としてしまった。
「し、尻尾は、だめ……力が、抜け……ふあああっ……!」
魔族っ娘フェリルは、へたり込むように崩れ落ちた。
はぁはぁと荒く息をつきながら、悶えるように身を震わせている。
うーむ、やはり魔族っ娘にとって、尻尾は弱点なんだなぁ。
この世界のことについて、また一つ賢くなったぞ。
そうしてしばらくの後、魔族っ娘フェリルたんは、闘技場のグラウンドの上にぐったりと横たわっていた。
俺のセクハラ攻撃に晒され続けた彼女に、もはや抵抗の力はなさそうだった。
「うぅっ……人間ごときに、こんな屈辱……」
涙目で俺を睨みつけてくるフェリルたん。
可愛い。
でも一方で、
「……悔しいけど、私の負け。……殺すなら、さっさと殺しなさい」
そんなことを言ってくる。
しかし、そう言われてもなぁ……。
なんかこう、とても「殺す」っていう感じじゃないんだよな、今の俺のテンション。
確かに、人間を殺すとか言うし、それだけの力は持っているから、「もう悪い事するなよ」とか言って放免するのもちょっと無理がある。
解放した結果、あちこちで人殺ししまくりましたって言われたら、さすがに寝覚めが悪い。
でもなぁ……だからと言って、「じゃあ殺します」っていうのも、曲りなりに日本人の感覚を持っている俺にとってはちょっとしんどい。
ならば捕まえて、官憲に引き渡すか?
いやそれ、どう考えても間接的に殺すルートだよな……。
魔族と人間の敵対関係とか、どんな感じなのかよく分かってないが、先のフェリルの台詞だけ聞いても、投獄とかの穏便な措置で済むとはちょっと思えない。
うーん……何かいい手はないものか……
「あっ!」
あった。
思い出した、チートポイントで買えるマジックアイテムの中に、おあつらえ向きのがあったことを。
最初それの存在を見たときには、ひっでぇアイテムだなと思ったものだが、よもやこれを自分で使うことになろうとは。
俺は脳内で女神通販センターにアクセスしながら、眼下のフェリルに向けて口を開く。
「いや、殺しはしないさ」
「……愚かね。……私を逃がせば、これからも私は人間をゴミのように殺す。……あなたの大切なものも、あなたが見ていないところで、殺すかもしれない」
なんか信じて放逐したら、いずれいいやつになって帰ってきそうな感じの台詞を吐くフェリル。
でも残念ながら、俺もそこまで楽天的にはなれないのである。
「別に、逃がしてやるとは言ってないぜ」
チートポイントを1ポイント支払う。
俺の手の中に光が生まれ──それがやむと、俺の手には鎖とリードの付いた黄金の首輪が現れていた。
フェリルの目が、驚愕に見開かれる。
「そ、それ、まさか……隷属の首輪……!?」
お、知ってるんだ。
この世界では、結構有名なアイテムなんだろうか。
──隷属の首輪。
使用者が鎖の先のリードを持った状態で、対象者の首にこの首輪をはめることにより、対象者は使用者の絶対的な奴隷となる。
対象者は使用者に危害を加えることも、逃げることもできなくなる上、使用者は対象者に、絶対順守の命令をいくらでも無制限に下すことができる。
「でも……それは、使用者のレベルが、対象者のレベルを上回っていなければ、効果がないはず……人間化を解いた私のレベルは、27……人間ごときが、私以上のレベルを持っているわけが……」
怯える瞳で言うフェリル。
怯えているということは、彼女の中にあるその方程式が俺には通用しないということを、本当は分かっているのだろう。
「38」
「……は?」
「俺いま、38レベル。いやぁ、レベル上げとか、しとくもんだな」
というわけで、こちらが一週間の魔獣の森チャレンジを終えた、今の俺のステータスになります。
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名前:カイル
種族:人間
性別:男
クラス:ノーマルマン
レベル:38(+21)
経験値:434,401,280/441,573,000
HP:700(+265)
MP:272(+106)
STR:141(+53)
VIT:140(+53)
DEX:137(+53)
AGL:141(+53)
INT:142(+53)
WIL:136(+53)
スキル
・獲得経験値倍化:10レベル
・治癒魔法:5レベル
・炎魔法:5レベル
・ステータス鑑定
・ステータス隠蔽
・痛覚遮断
・飛行能力:3レベル
・ホークアイ
・無限収納
・超聴覚
・暗視
・生命感知
・盗賊能力
・魔剣:3レベル
・攻撃制御
・獲得経験値倍化付与(ティト):3レベル
・獲得経験値倍化付与(パメラ):3レベル
・魔導船
・水魔法:2レベル
・決闘結界:1レベル
・隷属の首輪
チートポイント:129
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カッコ内の前回差は、アイヴィと戦ったときのステータスと比べてのもの。
なので、それから今までに戦った、例えばジャイアントオクトパスとかその辺の経験値も全部含んでだが、まあこんな感じだ。
この一週間では、グリフォンやワイバーンなどのそこそこ大物の魔獣を、トータルで200体ぐらいは狩った気がする。
森の魔獣を全滅させたということはないと思うが、日々目に見えるレベルで遭遇率が下がっていったから、一週間で森の魔獣の過半数は狩ってしまったんじゃないかと思う。
で、その討伐による経験値に、俺の獲得経験値倍化10レベルの効果が乗って、こんな感じの結果になったわけだが。
まあ、それはさておき。
「──っていうわけなんで、覚悟したまえ」
俺は黄金の首輪を、地べたにぐったりと倒れた魔族の少女の首へとはめるべく、彼女へと迫る。
怯える瞳の少女は、接近する俺に向け、ふるふると首を横に振る。
「そ、そんな……これから一生、人間の奴隷だなんて……いや……いや……いやぁぁぁああああああっ!!!」
フェリルが叫ぶ。
でもその叫び声は、闘技場のグラウンドの外には届かない。
そして──かちゃり。
首輪は嵌った。
俺が手にしたリードと、鎖、そしてフェリルの首にはめられた首輪が一度光を発してから、そのまま空気中に溶けるように消え去っていった。
これでもう、奴隷化は完了のはずだ。
俺は、ひとまず首輪の効果を確認するため、自分の手をフェリルの前に差し出し、言った。
「──フェリル、お手」
「わ、わん……」
魔族の少女は、横たわったまま手だけを俺の手に重ねてきた。
効果は完璧だった。




