よそ見しちゃやーよ
野球場のグラウンドのようなバトルフィールド。
俺は木剣を片手に、少女──魔族の少女フェリルに向かって歩いてゆく。
一度フェリルが跳躍で距離を取ったため、互いの距離は少し離れている。
俺はその間に、脳内でチートポイントを1ポイント支払って一つのスキルを取得、それを保険として、このバトルフィールドを範囲として張っておく。
「──あなた、不愉快。遊びはやめよ。あなたは今すぐ──殺す」
フェリルが発する声は、少し震えていた。
少女は手にした木剣を捨てる。
そしてその徒手となった手に、少女の腕を流れて青白いオーラのような何かが伸びてゆく。
それはフェリルが構えた手の中に大剣を形作り、具現化した。
パキンという音とともに、透き通った氷の大剣が完成する。
その少女の身の丈ほどもある大きさの大剣は、その刀身からドライアイスのように白く煙る冷気を発していた。
「──氷練真魔剣。……私がこの剣を出した以上、あなたの死は絶対よ」
観客席が静まり返っていた。
いろんな意味で、そりゃそうだろうなぁ。
「そっちがそれなら、こっちも木剣ってわけにいかないよな」
俺は自身も木剣を捨てつつ、ズボンのポケットに入れておいた無限収納の中から、愛用の魔剣を取り出した。
フェリルは少し驚いた顔をしたが、すぐに平静を取り戻す。
「……今、何をどうしたのか分からないけど、どんな剣でも、使いたければ使えばいい。あなたの死は──変わらない」
フェリルが、動いた。
地面を蹴り、瞬く間の後には俺の目の前にいた。
少女が手にした大剣の切っ先が、俺の胸を貫かんとしている。
もちろん、実際に貫かれてやるわけにはいかない。
俺は少し体を横にずらし、大剣による突きを回避する。
目の前を通り過ぎる少女の水色の瞳が、驚愕に見開かれた。
交差。
突進の勢いでまっすぐ突き抜けたフェリルは、砂煙をあげて少し離れた場所に着地する。
「今のを、かわす……? あなた、本当に何者……?」
フェリルが疑問の声をあげた、そのときだった。
「反則、反則だ! 試合終了!」という観客席からの声とともに、銅鑼が鳴った。
我に返った審判が、ようやく仕事をしなければならないことに気付いたらしい。
だが──
「……うるさい」
フェリルがつぶやいて、審判のいる方角に左手を向ける。
その掌の前の空間に氷の槍が生み出され──それが審判目掛けて放たれた。
瞬間で発射されたそれを止めるのは、今の俺でもさすがに無理だ。
氷槍が審判の体を穿つのは、必然であるように見えた。
しかし──フェリルが放った氷の槍は、審判へと届く前に、見えない壁にぶつかって砕け散った。
「なっ……どうして……?」
フェリルはさらに、二度、三度と審判に向けて氷の槍を放つが、そのいずれもが全く同じ場所で、不可視の障壁に阻まれて消え去った。
少女は、思い当たる原因が一人しかいないと思ったのか、俺を睨みつけてくる。
「俺との対戦中に、ほかのやつに構うなよ、寂しいだろ」
俺は不敵に笑って、そう言ってやる。
対するフェリルは、苛立ちの表情だ。
──俺が先にチートポイントを1点払って使っておいたのは、『決闘結界』というチートスキルだ。
このスキルを使用し、俺と対戦相手を含んだ特定の範囲を決闘場として指定すると、そこは絶対不可侵の決闘領域となる。
外から中には干渉できなくなるし、見ての通り、中から外への干渉も不可能となる。
この効果を解除するためには、スキルの使用者である俺を倒すしかない。
もちろん、俺自身は任意に解くこともできるが。
ちなみに本当のところを言うと、この結界には一時間という持続時間が決まっていて、さらに一日にスキルレベルと同じ回数しか使用できないという制限もある。
が、今この状況に関して言えば、その制約が足かせになることはまずないだろう。
「声が気になるってことなら、そいつも弾いとくか」
俺はすでに張った『決闘結界』の効果に、音声の遮断効果を追加する。
すると、観客席から発せられる音声の一切が、俺たちのいる場からは聞こえなくなった。
居心地悪いぐらいの静寂が、決闘場を支配する。
「さ、これで心置きなくやれるな」
「……ありえない、こんなこと……これじゃ、まるで……」
魔族の少女が、俺に視線を向け慄く。
だがすぐに、首をふるふると振って、再び俺を睨みつけてきた。
「そんなはずない。たかが人間が、私たち魔族を凌駕するほどの力を持つなんて──ありえない!」
フェリルが再び、大剣を振り上げ突進してくる。




