少女の正体
──剣闘祭、決勝戦。
ヴァイスとパグス、Sランク冒険者の二人が予選や準決勝で倒された今回の大会は、大番狂わせということになっているのだろう。
しかし俺にとってみれば、俺の決勝進出自体は、驚くべき出来事ではない。
ただ問題は、もう一人、規格外がいたということだ。
俺は控え室から、闘技場のフィールドへと出て行く。
盛大な歓声が湧く中、観客席の一角へと目を向ける。
ティト、パメラ、アイヴィの三人が、観客席からこっちを見ていた。
俺がちらっと手を振ると、三人とも思い思いに手を振り返してくる。
……うん、美少女たちの応援団って、いいものですね。
ちなみに一名、少女と呼ぶには少々憚られる年齢の人もいるが、彼女にはパメラに手出しをしないよう厳重注意してある。
まあともかく。
彼女らの応援で、ちょっと気分が上がった。
よーしパパ頑張っちゃうぞー。
──なんて思っていると、正面のもう一つの出入り口から、一人の少女が歩み出てきた。
水色の髪をツインテールにした美少女。
背には、身の丈ほどもあると思しき木の大剣を負っている。
その水色の瞳は、冷たくまっすぐに俺を射抜いてくる。
彼女の世界に引き込まれるような、そんな錯覚。
お互い歩み寄った少女と俺とが、闘技場の中央で、十メートルほどの距離を置いて立ち止まり、対峙する。
少女が、口を開く。
「──あなた、何者?」
グラスを弾いたような涼やかな声。
少女の第一声は、俺に対する誰何の言葉だった。
だがそれを聞きたいのは、お互い様だ。
「そっちこそ何者だよ。Sランク冒険者を瞬殺とか、ちょっと普通じゃないだろ」
「…………」
……だんまりか。
まあ俺も話す気はないし、その辺もお互い様か。
──と、そう思ったのだが。
「……知りたい?」
少女がそう言って、口元をスッとつり上がらせた。
少しドキッとする。
「まあ……知りたいかと聞かれれば、知りたいな」
「……そう。あなた、『ステータス鑑定』のスキルは?」
「持ってるが」
「そう、よかった。じゃあ……あなただけ、あなたにだけ──『ステータス隠蔽』を解いて、私を見せてあげる。……さあ、どうぞ」
そう言われた。
何だ、何を企んでいる、この女──とか思ったのだけど、なんかエロい言い方されたから、見たくてしょうがなくなった。
以前ティトから、ステータスを見るのはエッチだと言われたことがある。
それを思い出すと、何だかとてもエロい気がしてくるから不思議だ。
──ごくり。
俺は目の前の少女の、『ステータス隠蔽』を解いた無防備な体に対し、エロい気持ちで『ステータス鑑定』を試みた。
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名前:フェリル
種族:魔族
性別:女
レベル:25
HP:365
MP:120
STR:72
VIT:73
DEX:87
AGL:91
INT:59
WIL:60
スキル
(UNKNOWN)
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別段エロいことは何もなかった。
しょぼーん。
それはともかく──レベル25とな。
なるほど、このステータスならヴァイスを凌駕しても無理はない。
でも、スキルは見せてくれないのか。
ちょっとそこにほのかなエロスを感じてしまうのだが、俺は一度エロスから離れたほうがいいと思った。
──それよりも。
何だ、この種族の欄。
「種族:魔族」って何ぞ?
俺が疑問に思っていると、少女が俺に、薄い笑いを向けてくる。
「……見た?」
「『見た』って、この種族のことか?」
俺がそう反応すると、少女は少し怪訝そうな表情を見せる。
「……そうよ。あまり驚いてないのね」
「あいにくと田舎者でね。魔族って言われても、ピンと来ないんだわ」
観客席はざわついており、このやり取りは当事者以外には聞こえていないだろうという会話。
……にしても、魔族か。
ゲームとかではよく聞くけど、この世界で聞いたのは多分初めて……だよな?
それがこの世界においてどういうものか、よく分からない。
この場にフィフィでもいれば、聞けば一発なんだろうけど、さすがに連れてきていないしな。
一方少女は、あてが外れたというように、小さくため息をつく。
「……ふぅん。人間どもの危機感も、そこまで落ちるなら大したもの。……じゃあ、もっと端的に教えてあげる」
少女は背から木の大剣を抜く。
そして──今までで最もはっきりと、口元をつり上がらせた。
獰猛な笑み。
「あなたがこの戦いで負けた瞬間より、私はこの場にいるすべての人間を殺しにかかるわ。──抗ってみなさい、人間」
「……は?」
えっと、ごめん。
展開が急すぎてついていけないんだが。
だがそのとき──ゴォォオオオン。
狙いすましたかのように、試合開始の銅鑼が鳴った。
マジか……。
しょうがないので俺も、木剣を構えて応戦を決める。
ちらと観客席を見ると、ティト、パメラ、アイヴィの三人の姿が見えた。
えっと、この魔族さんは今、この場のすべての人間を殺しにかかると言ったわけで……
ってことは……やっぱり、あの三人もってことだよね?
──何言ってんだこいつ。
「……おい」
俺が腹の底から絞り出した声に、飛びかかってこようとしていた少女がびくりと震え、慌てて後方へと大きく跳躍した。
そして着地した先で、少女が困惑する。
「なっ……どうして私は、下がったの……?」
その後退は、彼女の意思によるものではなく、身の危険を感じた本能が行なったもののようだった。
俺はその少女に向け、一歩前へと踏み出す。
少女は気圧されたようにまた後退しようとするが、どうにかその場に踏みとどまる。
俺は少女に向け、言い放つ。
「人間とか魔族とか知らないけどな。俺んちの娘たちに手ぇ出そうとすんなら──容赦しねぇぞ」
俺は木剣を一振りしてから、無造作に少女へと向かって行った。




