噛ませ
俺たちがそんなこんなしていると、Cグループの予選メンバーが、グラウンドに姿を現した。
全部で六人である。
そのメンバーの中には、ヴァイスも含まれていたが──
「おっ、あの子もCグループか」
六人の中の一人に、控え室で見た少女が含まれていた。
水色の髪でツインテールの美少女。
控え室の扉から淡々と歩み出てくる彼女に、気負いらしきものは見当たらない。
その獲物は、木製の大剣だ。
彼女の身の丈に等しいほどの長さを持ち、刀身の幅は彼女の腰ほどもある。
それを肩に担ぐようにして、軽々と持っている。
あの大きさだと、木製だとしてもまあまあ重量があるだろう。
それにそもそも、あの大剣型の木剣を選ぶということは、普段からあの型の武器──グレートソードを扱っているということに違いない。
この世界、男女差による顕著な筋力差はなさそうな気もするが、それにしてもあの細腕で──なんて思ってしまう。
別に彼女に限った話ではないが、持ち前の筋肉の力だけでなく、別の何らかの力によって筋力が強化されているのだろう。
「なあ、アイヴィ。あの子、知ってるか?」
「え、あの子って──ああ~、あの水色の髪の。ううん、見たことないよ。あの子がどうかしたの?」
「いや、剣闘祭に出てるぐらいだから、有名な冒険者か何かなのかなと」
「いやぁ……違うんじゃないかなぁ。ボクも著名な冒険者を全員知ってるわけじゃないけど……それに、剣闘祭には身の程を知らない田舎者が出てくることって、結構あるからね」
なるほど、そういうパターンがあるのか。
別に、出場するために試験があるわけでもないしな。
「それにしても可愛いね、あの子。──ねぇね、カイル。あの子もカイルのハーレムに入れるの?」
「……お前、俺を何だと思ってんの?」
「え? んーと……鬼畜王?」
そんな馬上槍さんみたいな呼び方はやめてほしい。
俺はあんなに清々しくないぞ。
まあでも、あの女の子も、多少腕が立ったとしても、さすがに相手が悪いだろうな。
ヴァイスってあんなでも、相当強い感じみたいだし。
俺はそんなことを思いながら、膝に座らせたパメラを抱っこし、横で拗ねたティトをなだめつつCグループの予選を眺めていた。
試合開始の銅鑼が鳴ると、六人のうちヴァイスと件の少女を除いた四人の男たちが、一斉にヴァイスに襲い掛かって行った。
さすがにSランクの注目株、集団で真っ先に潰しに掛かるのは定石のようだ。
こう、実力ある選手が勝つとは限らない仕組みになっているあたりは、大会の番狂わせを狙って盛り上げようという意図的なものなのか、それとも単にシステム的な不備なのか。
四人の腕利きの戦士たちから同時に攻められ、さしものヴァイスも苦戦をしているようだった。
アイヴィ並みか、それに近い実力者たちが揃っているわけだから、そう易々とはいかないのも無理はない。
「でも、こうして見ると、やっぱりカイルのほうが強いよね」
隣でアイヴィが、売り子が売っていた熱々のじゃがバターをはふはふと頬張りつつ、感想を述べる。
まあ確かに、俺は六人相手でも、あんなに苦戦はしなかったしな。
「でも、一対一でやってみたら分からないぜ。アイヴィとやったときのことがあるから、油断はできないな」
俺がそう言うと、アイヴィはじゃがバターを食べる手を、ぴたりと止める。
「……そう言えばカイル、ボクと戦ったときより、全然強くなってない? あのときはまだ、勝てる目がゼロとは思わなかったけど……ボク、今カイルと一対一で戦って勝てる気なんて、少しもしないんだけど。ボクが好き勝手に蹂躙されるイメージしか浮かばない……よね?」
何やら頬を染めてそんなことを言う赤髪のお姉さんである。
いま何を想像したのか問い詰めたいが、聞くと後悔する気がするのでやめておく。
「そりゃあ、あれから俺もレベルアップしてるからな。あのときのままじゃないさ」
「いやいやいや、おかしいでしょ。だとしたら成長速度が異常だよ。この短期間でそれだけ強くなるとか……カイル、どこまで行っちゃうのさ」
「んー、どこまでもかな。それより──」
俺はグラウンドの試合を注視する。
試合はヴァイスがどうにか、四人の男たちのうちの最後の一人を撃退したところだった。
A・Bランクの冒険者クラスが束になって襲い掛かってきて勝つのだから、まあまあ、Sランク冒険者の面目躍如と言っていいだろう。
それより不気味なのは、例の少女だ。
ヴァイスと四人の男が戦っている間、ずっと動きもせずに、五人が戦う様子を眺めていた。
結果として、少女とヴァイスが一対一で対峙する形となる。
そして、少女とヴァイスとが、何やら話を始めたようだった。
会話の内容は、歓声がすごくて聞き取れない。
別段聞かなければならない必然性もないのだが、興味本位で『超聴覚』のスキルを発動しようとしたそのとき──
ひゅんと、少女が動いた。
五メートルほど離れた場所でヴァイスと対峙していたはずの少女は、瞬きする間の後には、ヴァイスの背後にいた。
そして──どさりと、ヴァイスが前のめりに倒れる。
ヴァイスはそのまま、動かなくなった。
会場が、しんと静まり返った。
まるで俺が、Bグループで六人を一斉に倒したときのように。
試合終了の銅鑼が鳴る。
俺のときの再現であるかのように、莫大な歓声が巻き起こった。
「えっと……ヴァイス、四人とやり合ったあとで疲れてた……とか?」
アイヴィが、声を震わせながら聞いてくる。
そういう問題じゃないことは、彼女も本当は分かっているようなので、余計なことは言わないようにする。
それよりも──俺は、グラウンドから控え室に去って行こうとする少女に、『ステータス鑑定』のスキルを発動する。
しかし──
俺の発動した『ステータス鑑定』のスキルの効果は、何らかの力によって「弾かれた」。
彼女のステータスが映るはずだった俺の視界には、ただ「UNKNOWN」とだけ表示されている。
──さては、『ステータス隠蔽』のスキルか。
確か習得している者はほとんどいない、相当なレアスキルとのことだったが……
少女が控え室の扉をくぐる間際、ちらと俺の方へ視線を向けた。
綺麗な水色の瞳が俺を捉え、その口元がわずかにつり上がった気がした。
しかし少女が俺の方を見ていたのは一瞬で、その背中はすぐに控え室へと消えて行った。
……やばい、胸がドキドキする。
ひょっとしてこれが──
「これが……恋?」
俺がぼそりとつぶやくと、隣で拗ねていたティトが、ムッとむくれた顔で俺を見てきた。
そしてそれから、泣きそうな顔で涙を瞳に溜め始めたので、俺はティトを抱き寄せて、頭をなでなでした。
「いや、冗談だってば」
「冗談に聞こえませんからっ!」
そう言って大泣きし始めたティトをなぐさめるのは、結構大変だった。




