魔獣の森で無双する一週間
背の高い木々が立ち並ぶ、薄暗い森の中。
俺たち四人のパーティは、群れを成して襲い掛かってくる大型の魔獣を相手取り、戦っていた。
「──おっと」
俺は正面から滑空して襲い掛かってくるグリフォン──ライオンの胴に、大鷲の頭部と翼を備えたモンスター──の爪をかわしつつ、そのグリフォンを魔剣で真っ二つに切り捨てる。
綺麗な切断面を伴って左右に分かれたグリフォンの胴体は、それぞれが地鳴りの音とともに地面に激突して転がった。
また、ほぼ同時に左手からかかってきた別のグリフォンに対しては、そのくちばしによる攻撃をしゃがんでよける。
そして、そのグリフォンが俺の上を通過しようとするタイミングで、その魔獣の無防備な腹を下から拳で殴り上げた。
ギャン、という悲鳴を上げて空中を縦回転しながら飛んで行ったそのグリフォンは、太い木の幹にぶつかり、その幹を半ばへし折りつつ、地面に落下した。
「ティト」
「は、はい! ──ウィンドスラッシュ!」
俺の背後、少し離れた場所にいるティトが、俺の簡単な指示を受けて、木に激突した方の瀕死のグリフォンに風の魔法を撃ってトドメを刺した。
なお、視認できる範囲に現れたグリフォンは、合計五体だ。
最初に向かってきた二体のグリフォンのなれの果てを見て躊躇したのか、残る三体のグリフォンは俺から二十メートルほどの距離の空中で、ばっさばっさと翼を羽ばたかせてホバリングしていた。
でも悪いが、そこは射程内だ。
「──インフェルノ」
俺はいつもの最上位炎魔法で、残る三体のグリフォンを全部巻き込んで焼いた。
例によって、攻撃制御のスキルによって、木々は燃えないように調整する。
広範囲を焼く業火がやむと、体長三メートルほどもある巨大な焼き鳥が三つ、地面に落下した。
ズン、ズンズンと、大きな地鳴りが三つ。
「よし、倒したな。次行くぞ」
俺は仲間たちにそう呼びかけながら、討伐証明部位であるグリフォンのくちばしを魔剣で切り取って回り、それらを無限収納に放り込む。
その様子を、もうどうにでもしてという態で見ているのは、アイヴィとパメラだ。
「は、はは……次行こうって……グリフォン五体と戦ったのに、あっさり倒して次行こうって……」
「うん、あたしも感覚おかしくなりそう。グリフォンが五体の束で出てくるとか、あたしの人生終わったって思ったのに……。あたしもう一生ダーリンには逆らわないって決めたよ」
どうも二人の話しぶりからすると、このグリフォンというモンスターは、相当危険度の高いものらしい。
俺の感覚だと、強すぎず弱すぎず、ちょうどいいレベル上げの相手って感じなんだが。
前日にジャイアントオクトパス退治を終えた俺は、今日からは魔獣狩りのクエストを受け、一週間後の剣闘祭に向けてのレベル上げに励むことにしていた。
受領したクエストの内容は、こんな感じだ。
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魔獣狩り(ランク:S)
内容:王都近隣にある『魔獣の森』に棲みついている魔獣の数が増えてきている。放っておくと危険なので、一体でも多く討伐してほしい。
報酬(すべて一体につき):ヒポグリフ、キマイラ……金貨五十枚、グリフォン、マンティコア……金貨七十枚、ワイバーン……金貨百枚
追記:このクエストは複数のパーティが受領可能。クエストを受領したら、この貼り紙は掲示板に戻すこと。
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まあ、要は以前のジャイアントアント討伐の、グレードアップバージョンのクエストである。
しかしアイヴィ曰く、この魔獣の森という場所は、Aランク冒険者だけをかき集めて作った四、五人ぐらいのパーティであってもなお危険度が高い場所で、この魔獣狩りのクエストも常に売れ残っているクエストなのだとか。
そしてそのせいで余計に魔獣が増え続け、それに伴って危険度も増え続けて、悪循環に陥っているということだった。
ただ、魔獣の森という場所は人里から少し距離があり、王都からも片道で半日以上歩かないとつかない場所にあること、さらに魔獣たちは森の外にはあまり出てこないということもあって、危険視されつつも、なぁなぁで放置されていた場所だという。
ちなみに、俺がクエストを受けるときに、ギルド長のパグスに「減らせと言うが、別に森の魔獣をすべて狩り尽くしてしまっても構わんのだろう?」と言うと、パグスには大笑いされて「できるもんならやってみい、若造」なんて言われた。
というわけで、生態系とかどうとかは気にせずに、やりたい放題やっていいらしい。
それでもし何か文句を言われても、パグス爺さんのせいにしよう、うん、そうしよう──とまあ、そんな具合でこの森に来ているのだった。
……さて、それはそうと、さっきパメラが面白いことを言っていた気がするな。
「ところでパメラ、もう俺に逆らわないってホント? じゃあ俺がチューしても逆らわない?」
俺がそう言って歩み寄って行くと、パメラはぷるぷると首を横に振って、アイヴィの後ろに隠れた。
盾にされたアイヴィは、「えっ? えっ?」と俺とパメラを交互に見る。
それから、覚悟を決めたらしい。
震えるパメラを守るようにぎゅっと抱くと、振り返り俺を見て、
「ぱ、パメラちゃんにチューしたければ、その前にまずボクを倒してからにしろ!」
とか言ってきた。
ほほう、その意気やよし。
俺は抱き合って震えるアイヴィとパメラの前まで歩いて行って、彼女らを見下ろすように立つ。
「ふっ、覚悟はできてるんだろうな、アイヴィ。俺のチューは、甘くはないぞ」
「くっ……やるなら一思いにやれ!」
パメラを背中に隠すようにして、俺の前に出るアイヴィ。
その姿はさながら、身を挺して幼気な少女を守ろうとする、くっころな女騎士のようだ。
「ふん、いい度胸だ。ならば我がチュー、受けてみるがいい」
俺はアイヴィの両肩をつかみ、その顔に唇を寄せる。
赤髪の剣士は戸惑うように顔を赤くして視線を泳がせ、それから、観念したという様子でぎゅっと目をつむり──
──ぱかんっ。
俺の頭が後ろから、杖で叩かれた。
「カイルさん、悪ふざけがすぎます」
振り返ると、顔を赤くして杖をぎゅっと抱いたティトが、拗ねるような目で俺を見上げていた。
「よかった、ツッコミが入って。あのまま止めてもらえなかったらどうしようかと思ったよ」
「わ、分かりにくいですっ! ……ただでさえ、冒険中のカイルさんって、ちょっと怖いのに」
「え、そうなの?」
「そうです。なんかカイルさんの意思と違うことやっちゃったら……んんっ、その、人には言えないような目に遭わされそうで……私、いつもドキドキしてるんですよ?」
……えーっと、それは多分にティトさんの妄想も入ってるんじゃないかな。
でも、アイヴィとパメラに「そうなの?」と確認してみても、二人揃ってこくこくと首を縦に振るので、どうも俺は知らぬうちに恐怖政治を敷いていたようだった。
ともあれそんな感じで、俺は一週間の猶予期間中、魔獣の森で魔獣を狩り続けた。
そしてついに、剣闘祭当日がやってきたのである。




