王都のギルド長
丸焼きにした二体のジャイアントオクトパスを船に積んで、王都の港に戻る。
なにぶん、触手だけで十メートルもの長さがある大物なので、二匹を縦に乗せると甲板面積の大部分が埋まってしまったが、どうにか持ち帰ることには成功した。
ジャイアントオクトパスが出現するせいで、船出を必要とする職業は現在あらかた休業しており、港には活気がなく、人も少なかった。
しかし人っ子一人いないわけでもなく、俺が巨大焼きタコを波止場に引っ張り上げていると、その姿を港にいた漁業関係者のおっさんに見つけられ、声をかけられた。
「あんたたち、それひょっとして、ジャイアントオクトパスか? まさか退治してきたのか? しかも……二体!?」
「へへーん、まあな。うちのダーリンにかかれば、このぐらい朝飯前ってやつ?」
パメラが胸を張って、おっさんに応じる。
うちのパパはすごいんだぞと自慢する小学生のようだ。
……しかし、なんかパメラってまな板のイメージがあるが、ああして胸を張っていると、ちゃんと膨らみあるんだなって改めて思う。
お前はどこを見ているんだ、などと言うなかれ。
これは娘の発育を思う父親の心持ちなのだ。
ごめん、嘘ついた。
単純にエロい目で見てた。
パパはエロいのだ、許せ。
「うおおおおおっ! じゃあ、もう海に出れるのか!? ──おーい、みんなー! 冒険者がやってくれたぞー!」
一方、パメラの言葉を聞いたおっさんは興奮して、港の倉庫のほうに走っていった。
……む、これは人が集まってきそうだな。
俺は面倒なことになる前に、魔導船をミニチュアに戻し、無限収納の中にしまう。
そして、案の定すぐに、たくさんの人が集まってきた。
ほとんど漁業関係者で、日焼けした男たちだった。
俺たちは感謝の言葉とともに、もみくちゃにされた。
みんなジャイアントオクトパスのせいで仕事ができず、困っていたらしい。
そしてそのまま、波止場周辺はお祭り騒ぎとなった。
俺はまず冒険者ギルドの人に来てもらって、討伐したジャイアントオクトパスを確認してもらうと、その後、焼きタコを港に集まったみんなに振る舞った。
ジャイアントオクトパスの肉は、濃厚な味わいで歯ごたえがあり、なかなかに美味だった。
そうこうしていると、いつしか周辺住人や近所の子どもまでもが集まってきて、何の騒ぎだかよく分からない状況になった。
俺たちはその隙をついて港をあとにして、冒険者ギルドへと向かった。
例の巨大な冒険者ギルドに戻ってきて、報酬支払い窓口の受付嬢にクエスト達成を報告する。
すると、
「今、ギルド長を呼んできますので、少々お待ち下さい」
などと言われた。
……おう?
なんだか知らないが、ギルド長が来るらしい。
それから少しして、ギルド長と思しき人物が、ギルドの奥から現れた。
が、これがなかなかインパクトのある人物だった。
まずその人物は、筋骨隆々としていて、大柄な男だった。
身長は百九十センチ近くあるんじゃなかろうか。
身長だけでなく、体格もがっちりとしていて、筋肉がムキムキだった。
そして、その巨漢は、老人だった。
禿げ上がった頭に、白い眉毛と、白い髭。
深いシワの刻まれた顔は、その眼光だけが異様に鋭い。
巨漢で筋肉ムキムキの、スーパーお爺ちゃんという風貌だった。
彼は俺たちの前に姿を現すなり、まずはアイヴィに声をかける。
「おうアイヴィ、久しぶりじゃな。ちっとは腕を上げたか?」
「お久しぶりです、パグス老。……剣の腕は、どうかな。なんか最近、自信失くすことばっかりで……」
「はっはっ! 天狗になるよりはいいわ。──で、そっちの小僧が、噂の新人か。ハーラントの小娘から聞いておるぞ」
スーパーお爺ちゃんは、次には俺に視線を移し、じろりと俺をねめつけてきた。
ちなみにハーラントというのは、俺たちがいた街の名前である。
ハーラントの小娘というのは、文脈から考えて、ハーラント冒険者ギルドのギルド長、ターニャのことだろう。
しばらく俺を睨みつけていたギルド長のスーパーお爺ちゃんは、少しして、気に入らないというように鼻を鳴らした。
「ふん、確かにステータス遮断じゃな。小賢しいスキルを取得しておるわ」
なるほど、今のじろじろタイムは、ステータス鑑定を試みていたのか。
ならばこちらも見てやろうか。
このスーパーお爺ちゃんのステータスは、どんな感じでしょうか。
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名前:パグス
種族:人間
性別:男
クラス:ウォーロード
レベル:18
経験値:19,288,480/22,315,000
HP:350
MP:94
STR:92
VIT:70
DEX:45
AGL:54
INT:28
WIL:47
スキル
・獲得経験値倍化:4レベル
・斧マスタリー:4レベル
・ステータス鑑定
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……おう、結構強いな。
いや、王都の冒険者ギルドのギルド長なんだから、当たり前と言えば当たり前かもしれないが。
「パグス老はね、王都に三人いるSランク冒険者の中でも、最強って呼び声が高いんだ」
アイヴィがそう説明してくれるが、当のパグスは、また気に入らないというように鼻を鳴らす。
「ふん、ワシなんぞ、じきヴァイスの小童に抜かれるわ。あやつはバカじゃが、冒険者としての才能だけはずば抜けておる。驕って早死にでもしなければ、いずれ世界に名を遺すほどの冒険者になるやもしれん」
そう言うパグスの口調からは、どこか親心のようなものが透けて見えた気がした。
ヴァイスって確か、この間会った気障男だよな。
あいつあんな調子なのに、ギルド長からずいぶん買われてるんだな。
「でもねパグス老、カイルもすごいんだよ。今回だって──」
一方、アイヴィがあの気障男の評判と対抗させるように俺を持ち上げようとするが、それは「皆まで言わずとも分かるわ」というパグスの言葉で遮られる。
「ジャイアントオクトパスを二体も討伐したとなれば、それだけで実力の察しぐらいつく。アイヴィ、お主だけでは、すぐに捕まってあられもない姿にされるのがオチじゃろ」
「ううっ……当たってるだけに、何も言えない……」
パグスの的を射た指摘に、しゃがみ込んで地面にのの字を書き始めるアイヴィ。
このアイヴィの信用のなさである。
……しかし、このお爺ちゃん、今なにか妙な事を言っていたな。
俺は気になったことを、パグスに確認する。
「ジャイアントオクトパスに捕まると、あられもない姿にされるんですか」
「おう、あられもない姿にされるぞ。ジャイアントオクトパスっちゅうのはな、古来より人間や亜人のメスが大好物と言われておる。冒険者ギルドの歴史上でも、ジャイアントオクトパスに捕まり、鎧をひんむかれて触手でなぶられたという女子の冒険者の事例は、枚挙に暇がない」
「それは……素晴らしいですね」
「うむ。これで海洋貿易や漁業に悪影響が出なければ、最高なんじゃがな」
いつの間にか、俺とパグス老人は、がっちり握手をして意気投合していた。
なんだ、最初は気難しい人かと思ったが、話が分かるじゃないか。
……しかしなんだ、それならアイヴィが捕まってから、もうちょっと様子を見ていれば良かったかもな。
そうしたらもっと、あんなことやこんなことになって……いやむしろ、ティトやパメラも戦場に出してやれば……。
そんなことを考えていたとき、背後からくいっと服を引っ張られた。
ハッとして後ろを振り向くと、
「……ねぇ、カイルさん。『素晴らしい』って、どういう意味ですか?」
ティトがすんごい笑顔で俺を見ていた。
笑顔の奥に怒りマークが見えた。
ぐぬぬ……くそっ、こうなったら、正直にしゃべってやる。
俺はそう思って、正直に自分の考えを暴露する。
「いや、あられもない姿になったティトとかも、見たかったなぁって」
「んなっ……!」
俺のその発言は、思いもかけない反撃だったのだろう。
ティトは、魔術師帽の下の顔を真っ赤にして、口をぱくぱくとさせた。
それからティトは、「カイルさんの変態っ! バカぁっ!」とか言いながら、俺のことを杖でぽかぽか叩いてきた。
その様があまりに可愛いので、俺は両腕を少女の背中に回して、ぎゅっと抱きしめてやった。
するとティトは、「う~」とかうなりながら可愛らしく睨んできた後、あきらめたのか、そのままうつむいて大人しくなった。
──うん、俺もいい感じに見境いなくなってきたな。
ギルド内にいる周囲の冒険者たちの殺意にあふれた視線は、無視することにする。
「はっはっ! 若いもんはえぇのぅ。ワシも若いころは、ハーレム作ってぶいぶい言わせたもんじゃわい。今じゃあらかた、口うるさいババァじゃがの!」
パグス老人が、笑いながら俺の背中をバンバンと叩いてきた。
ティトの杖ぽかぽかよりも、よっぽど痛かった。
爺さんはSTR高いんだから、ちっとは加減してほしいと思った。




