触手には勝てなかったよ……
うねる波の上を、出現した第二のジャイアントオクトパスに向かって走る。
盛り上がって、凹んで、押し寄せてという荒れ狂う足場の上を走るのは、二つの人生を合わせても初めての経験だが、俺だって伊達にチート能力者しているわけじゃない。
そんな足場の悪さはものともせずに、目標との距離をぐんぐん詰めてゆく。
「おっと」
水面下から、一本の触手が襲い掛かってくる。
まるで恐竜の尻尾という太さの触手による一撃は、常人だったら一薙ぎ食らえば複雑骨折という威力だろう。
俺はタイミングを見てジャンプして、その触手の上に乗る。
触手の迫るスピードで言えば、巨大化した大縄跳びの縄の上に乗るようなものだが、今の俺の能力なら特に問題なく成功する。
俺はそのまま、触手の上を走って、海坊主のような姿の胴体へと向かう。
別の触手が次々と襲い掛かってくるが、俺はそれを魔剣で切り捨て、あるいは回避しながら進んでゆく。
そんなことをしていたら、俺が乗っかっていた触手と、別の数本の触手とが絡まってしまった。
ご愁傷さまだ。
すると今度は、海上に出ていたジャイアントオクトパスの胴体が、驚くような勢いで向こう側に倒れた。
そして間髪入れず、八本の触手の起点あたりの位置から、真っ黒な液体が俺に向かって噴き出してきた。
「──っとぉ!?」
不意を打たれたので危なかったが、俺はこれを、横に跳んでからくも回避。
ウォーターベッドのような海水面に、転がりながら着地する。
俺が元いたあたりを見ると、その周辺の水面が黒く染まり、それが徐々に周囲へと溶け出していた。
危ねぇ、タコ墨か何かか……?
油断も隙もあったもんじゃないな。
しかしジャイアントオクトパスの本体のほうを見ると、そこではもっとまずいことが起こっていた。
もっとまずいこととは何かというと──ジャイアントオクトパスの本体が、海中へと沈みながら、徐々に俺から離れて行こうとしていたのだ。
ジャイアントオクトパスは、俺を危険な生き物と認識して、逃げに徹する算段のようだ。
だけどそれは、こっちとしては困る。
あのタコは金貨三百枚だし、俺の経験値でもあるのだ。
しかし水面歩行の魔法がかかったままでは、俺は海の中に潜れない。
そして仮に魔法を解除しても、クロールや平泳ぎで巨大水棲生物相手に追いかけっこをしては、いくらステータスが高いといっても追いつける気がしない。
つまり──潜らせたら、ダメだ。
俺はすぐさま、魔法の行使を決断する。
「──ウォーターウォーキング!」
俺は、海中に姿をくらまそうとする直前のジャイアントオクトパスに向かって、その魔法を放った。
抵抗をされても、魔力差で押し切れるはず──!
結果、確かに魔法は成功し、ジャイアントオクトパスの巨体に魔法の輝きが宿った。
そして、それがモンスターの中に染み込むように消えてゆくと──ぷかぁっと浮かび上がった巨大タコは、水面上で横たわり、大怪獣よろしくビッタンバッタンとのたうち回った。
「──インフェルノ!」
俺はその、陸に上がった魚のようになったジャイアントオクトパスを、最上級の広域火炎魔法で焼いた。
そして、炎がやむともう一発、同じものを叩き込む。
水面の水を沸騰させるぐらいの火力で二回ほど焼くと、蒸しタコと焼きタコの中間ぐらいの、ほかほかの巨大タコができあがった。
いい感じに火を通されたジャイアントオクトパスは、それでもしばらく動いていたが、やがて活動を停止した。
ん、これでよしと。
そうして、自分の担当のジャイアントオクトパスを退治して、さてアイヴィのほうはと見てみると──
「──うあっ、くっ……こ、このっ、離せ!」
赤髪の剣士は、ちょうど胴体を腕ごと触手に巻き付かれ、動きを束縛された状態で宙に持ち上げられたところだった。
えー……お兄さん、がっかりだよ。
いやまあ、足場の不安定さもあるし、両者の実力差もそうないと思えば、そういうこともあるだろうけどさ。
せめてもうちょっと頑張ってくれねぇかな。
しょうがないので、俺は現場にダッシュで駆け寄って、大きくジャンプ。
アイヴィを締め上げているタコ足を、魔剣でばっさりと切断した。
そして空中でタコ足を蹴って先に水面に着地し、空中から落下してきたアイヴィの体をキャッチする。
そして、さらに襲い来る触手をばっさばっさと切り落としてやると、そのジャイアントオクトパスもやっぱり逃げようとした。
なので、そいつも前のやつと全く同じパターン──ウォーターウォーキングからのインフェルノ二連発で、蒸し焼きのタコにしてやった。
そうしてから、抱えていたアイヴィを水面に下ろし、立たせてやる。
「ううっ、カイルぅ……ごめんなさい、ごめんなさい……ボク、ボクもう、存在価値なんて……」
救出してやったアイヴィは、こっちがドン引きするぐらい消沈していた。
俺は少し前に内心でした悪態を心にしまい、アイヴィの背に片腕を回して抱き寄せると、空いているほうの手で彼女の赤髪をなでる。
「いいよ、気にすんな。そういうこともある。お前の存在価値なんか、お前が今ここにいるだけで十分あるから」
頑張ったやつを責めてもしょうがない。
どんなに頑張ったって、うまくいかないことはある──そういう意思を込めて、アイヴィの背中をぽんぽんと叩いた。
「えぐっ、うぅっ……うわあああああんっ、カイルが優じいよぅ~!」
アイヴィは俺の胸の中で、わんわんと泣きじゃくった。




