船を手に入れた
「『──というわけで、こいつらみんな俺の女なんで、そこんとこよろしくぅ』」
冒険者ギルドを出た後の街中。
俺の胸元から出て単独行動を始めたフィフィが、空中で小さな体をいっぱいに使った大げさなジェスチャーを交えながら、数十分前の俺の口真似をしていた。
俺は努めて聞かないふりをしながら通りを歩いていたが、正直顔から火を噴きそうとはこのことだ。
殴りたい。
この妖精モドキを今すぐ袋詰めにして土の中に埋めたい。
「あはは、フィフィちゃん、そのぐらいにしてあげて。……でもカイルって、ときどきすごい大胆になるよね。さっきボク、カイルの腕に抱かれて、すごくドキドキしちゃったよ。ボクこのまま、公衆の面前でどうされちゃうんだろうって」
隣を歩くアイヴィが、助け舟なのかさらなる羞恥責めなのか分からないことを言ってくる。
ちなみに、どうもしませんからね。
「私の王子さまなんですから、あんな失礼なことを言われたら、あのぐらいの啖呵は当然です。あんなやつ、剣闘祭でボッコボコにして、ほえ面かかせてやればいいんです」
ティトはティトで、なにやら我が事のようにぷんぷんと怒っていた。
ていうかこの子、相変わらず俺が負ける可能性をちっとも考えてないよね。
まあでも正直な話、俺自身もそうそう負ける相手とは思っていなかった。
さっきこっそりステータス鑑定を使っておいたのだが、Sランク冒険者ヴァイスさんのステータスは、こんな具合だった。
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名前:ヴァイス
種族:人間
性別:男
クラス:ソードマスター
レベル:15
経験値:9,599,680/10,402,000
HP:270
MP:60
STR:55
VIT:54
DEX:62
AGL:62
INT:25
WIL:34
スキル
・獲得経験値倍化:6レベル
・剣マスタリー:4レベル
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この数字を、さすがSランク大したものだと見るか、Sランクでもこんな程度かと思うかは、なかなか難しいところだ。
けどまあ、ざっくりで言ってアイヴィよりも全体的にちょっと強いといった程度のもので、少なくとも能力値だけ見れば、80オーバー平均の俺に分があると言える。
ただ、アイヴィ相手でも多少苦戦した経験がある俺としては、油断はしたくないところだ。
剣闘祭まで一週間あるらしいので、それまでになるべくレベルを上げておきたい。
それに、せっかく剣闘祭に出るなら優勝を目指したいし、そうなれば強敵があのキザ男だけとは限らない。
アイヴィの言い草から察するに、剣闘祭にはSランク冒険者級の強者がほいほい出てくるのだろうから、できればもっと強くなっておきたいところだ。
──と、そんなことを考えていたら、アイヴィが「それはそうと」と前置いて、別の話を切り出してきた。
「ジャイアントオクトパス退治のクエストを受けたけど、船どうしようか。高確率で壊される前提で船を出してくれる商人とか漁師、いるかなぁ……。とりあえず、しらみ潰しに頼んでいってみるしかないとは思うんだけど……」
アイヴィは腕を組み、うーんと考え込む。
ああそうね、その問題をどうするかについて、まだアイヴィたちには説明してなかったか。
ジャイアントオクトパス退治をするためには、その主な出現地点まで移動するための船が必要だ。
しかし、船を持っている商人や漁師などに頼んで船を出してもらおうにも、その船が壊されるかもしれないとあれば、そう易々とは首を縦には振ってもらえないだろう。
普通に考えて、無理課題に近い交渉が必要になってくる。
まあでも、その辺はあらかじめ、手立ては考えてある。
……いや、手立てと言っても、いつものアレだけど。
「大丈夫、船ならアテがある。とりあえず港に行こうぜ」
「アテがある……? カイル、王都に来るのは初めてだって言ってたよね? 親戚がこの王都で漁師やってるとか……?」
首を傾げるアイヴィを置いて、俺は港への道を進んでゆく。
置いてけぼりを食いそうになったアイヴィが、慌てて追いかけてくる。
「ふわあ~……」
港の波止場で、アイヴィが間の抜けた声をあげていた。
ティトも目を丸くして驚いているし、パメラはそれを見てキャッキャとはしゃいでいた。
波止場の船着き場には、先ほどまでは姿かたちもなかったはずの、一艘の立派な帆船が停泊していた。
船体の全長は十五メートルほど、全幅は五メートルほど。
決して大型の船ではないが、数人が乗って船出をするには十分すぎるという規模の船である。
ちなみに船体は木造ではなく、特殊な魔法金属でできていて、ジャイアントオクトパスの攻撃を受けてもビクともしない逸品であるとのこと。
さらに甲板には大砲まで備え付けられていて、さながら小型の軍船である。
そんな船はどこから現れたかというと──俺が無限収納の中から取り出して海に浮かべた、ミニチュアの船が巨大化してできたものである。
全長十五センチメートルほどのミニチュア船は、決められた呪文を唱えると、ずももももっという勢いで、全長換算にしておよそ百倍の大きさにまで拡大した。
その光景を目の前で見ていたから、うちの三人娘たちもびっくりしているわけだ。
もちろんこれは、チートポイントで買ったマジックアイテムである。
呪文を逆に唱えれば、再びミニチュアに戻すこともできる。
こんな素晴らしい船がたったの1ポイントでもらえるというのだから、買わない手はないというものだ。
「あ……でも船があっても、船乗りがいないと動かせないよね。どうしよう、船乗り雇うには、どこに行けばいいのかな……?」
アイヴィがそんな心配をするが、俺はチッチッと指を立てて彼女の常識を否定する。
「大丈夫、ついて来いよ」
そう言って俺は、先導するように船の甲板へと乗り込む。
アイヴィ、ティト、パメラの三人が後についてくる。
「フィフィ、船室への入口は?」
「こっちっすよ~」
取説代わりのフィフィに先導を頼むと、ふよふよと浮いて進む妖精姿は、甲板の一ヵ所で止まった。
俺はその場所にあった取っ手をつかみ、甲板の床を開ける。
すると、扉のように開いた甲板の下に、船内へと降りる階段が現れた。
俺はその階段を、先行して降りて行く。
「すっご……何ここ、宿の部屋みたいじゃん」
階段を降りた先で、パメラが感動とともに、感想を口にした。
降りて行った先にまずあったのは、数台のベッドとテーブル、椅子や収納などが配置された船室だった。
テーブルの上にはティーセットなども置かれていて、至れり尽くせりの感がある。
また、船内はそれで終わりではなく、その船室の奥には扉があった。
俺はその扉を開けて、船室の一番奥の制御室へ入って行く。
制御室は、前の船室ほど広くはなかった。
操縦者用の席があって、その前には、一抱えほどの球状の物体が、台の上に置かれている。
俺はその席に座って、球状の物体に片手を乗せる。
魔法を使うときのイメージで、球状の物体に、少量の魔力を注ぎ込む。
席に座った俺の後ろで、三人が興味深そうに様子を見ていたが──
「うわっ」
「えっ」
「ちょっ」
三人が、一斉に驚きの声をあげた。
目の前の何もなかった壁に、外の風景──波打った海面と、青い空、白い雲などが、まるでスクリーンに投影された映像のように映し出されたからだ。
俺はさらに、手を乗せた球状の物体──船の操縦・制御を司る魔法球に、追加で魔力を注ぐ。
すると、映し出された景色が、徐々に手前へと近付いてきた──つまり、いま俺たちが乗っている船が、前に進んだ。
この船は、操縦者が魔力を注ぎ込むことによって操船可能な、魔導船なのだ。
一応帆船として帆はついているが、あくまでも風が順風のときに使う、魔力節約用の補助用品にすぎない。
ちなみにこの船は、俺以外でも魔力──MPさえ注いでやれば、誰でも操縦可能だ。
「何これ、何これ、すっご! 意味わかんないんだけど……!」
「え、これ私でも動かせるんですか。──わあっ、すごいすごい!」
「あーっ、ずるいティトっち! あたしにもやらせてよ」
アイヴィ、ティト、パメラの三人は大興奮だった。
うんうん、そんなに喜んでもらえると、お父さんもうれしいよ。
でもパメラに操縦させたらとんでもないパラリラ運転を始めたので、こいつは操縦室から閉め出そうと心に誓った俺だった。




