巨大タコが出るらしい
──チュンチュン、チュンチュン。
開け放たれた窓から、爽やかな朝日が差し込んでいる。
「んあ……」
目を覚ますと、俺はベッドの上で仰向けに寝ていて、板張りの天井が見えた。
ひとまず、寝ぼけ眼を手でこすろうと画策する。
しかし、腕が重かった。
両腕ともだ。
金縛りとか、そういう類ではない。
もしこれが怪異の仕業だとするなら、子泣きジジイのような張り付き系妖怪が原因だろう。
「すぅー……すぅー……うへへ、旦那さまぁ……」
「むにゃ……ダーリン……もう食べられないよぉ……」
実際には、怪異でもなんでもなく、完全に人為的なものだった。
左右から、吐息の吹きかかるような耳元で、二人の少女の寝言が聞こえてくる。
ティトとパメラが、俺に身を寄せて眠っていた。
いや、「身を寄せて」というより、「抱き着いて」といったほうが妥当かもしれない。
彼女らは、半ばまで俺の体の上に乗っかるようにしてへばりつき、すやすやと寝息をたてていた。
彼女らの体重と、体温と、寝間着越しの肌の柔らかい感触とが伝わってくるわけで……。
どうやら例によって、朝チュンじゃない朝チュンのようだ。
……じゃないよな、多分。
絶対眠れないだろうと思った昨日の夜だったが、興奮は途中から安心感のようなものに変わってきて、意外とあっさり眠気がやってきた覚えがある。
だから多分、そこから普通に眠りについた……はずだ。
もちろん、床についてしばらくは悶々としていたわけで、こんなのを我慢出来てしまう自分は紳士を超越した何かなのではないかと問うたりもしたのだが。
……でも、だって、ねえ?
無邪気に身を寄せてくるパメラと、信頼して身を寄せてくるティト相手に、変なことできないじゃない?
それぞれ単独で一緒に寝たら、間違いも起こるかもしれないけど、二人と同時に寝るとなると意外と歯止めが利くようで──なんて、俺以外の誰の役にも立たないであろう知見を得てみたりもした。
とまあ、そんなことを考えながら、そっと二人から身を離しつつ上半身を起こす。
すると、隣のベッドでアイヴィが、俺と同じようにうんと伸びをしながら起き上がってきた。
「ふああっ……あ、カイル、おはよう~」
寝起きの無防備な笑顔で、朝の挨拶をしてくる赤髪のお姉さん。
今はポニーテイルを解いて、少しぼさぼさの髪が無造作に背中に流されている。
……こいつもなぁ、歳に似合わない幼い感じの仕草とか含め、見た目だけなら完全に一級品なんだが……。
「おはよう、アイヴィ。ところでお前さ、昨日の夜みたいなのやめろよ、頼むから」
「……へ?」
俺の言葉に、アイヴィの顔が真っ赤になって、硬直する。
「えっ、ちょっ、カイル……!? そ、それって、まさか……?」
「まさかじゃねぇ。ティトだって完全に気付いてたぞ。このすぐ近い距離で、毛布の中でもぞもぞして、気付かれないとでも思ってんのか」
「ふわああああっ!? ご、ごめんカイル、ボク、だって……うわああああんっ! ご、ごめんなさいいいっ! もう、どうにでもして……」
……まったく。
もうどうにでもしてなんて言いたいのは、こっちの方だっての。
その後、ティトとパメラ、フィフィも起こして、各々顔を洗ったり水浴びをしたりして朝の支度を整えると、全員で朝食をとりに階下に降りた。
この世界の宿というのは、だいたい一階が食堂兼酒場みたいになっていて、二階以上が宿泊施設となっていることが多い。
ご多分に漏れず、俺たちが泊まっていた部屋も二階にあったので、朝はこうして食堂に降りて行くという次第である。
食堂スペースに降りると、そこではすでに宿泊客の何組かが食事をしていたが、広い店内は、それでも三分の二ほどの席が空席になっていた。
俺たちは空席のうち、四人用のテーブル席を一つ見繕って占拠すると、食堂でバタバタしている従業員さんに、朝食を用意してほしいと頼んだ。
しばらくして運ばれてきた朝食は、パンとベーコンエッグに豆のスープ、それにサラダと、カットしたオレンジ、コップ一杯のミルクというメニューだった。
それを四人前で、フィフィは俺のところからつまんでゆくスタイルだ。
「──で、王都に来てみたけど、これからどうするの?」
アイヴィがパンをかじりながら、今後の方針について切り出した。
言われてみれば、海に行くって方針だけでここまで来てしまったけど、具体的なことはあんまりちゃんと考えてないんだよな。
「んー、この辺で泳ぐっていったら、どこになるんだ。砂浜とかある?」
「うーん、ボクもこの王都のことは、そんなに詳しいわけじゃないんだよね……フィフィはどう?」
「うちも各都市の観光スポットとか、そういう細かいことまでは知らないっすよ」
フィフィは皿に入ったスープをどうやって飲もうかと苦慮しながら、片手間にそんな返答をしてくる。
俺が店員さんを呼んで小皿を持ってきてもらい、それにスープを取り分けてやると、フィフィは両腕を広げて小皿を抱え、うれしそうにスープをすすり始める。
結局、パメラの口から出た「ここの女将さんにでも聞いてみたらいいんじゃね?」という至極真っ当な意見に従って、食事後に宿の女将さんに話を聞きに行ってみた。
すると女将さんからは、こんな答えが返ってきた。
「あー、ダメダメ。今は観光客は、海には入れないよ。立ち入り禁止さね」
「え、なんで? ボクが前に王都に来たときには、そんなことなかったと思うけど……」
アイヴィが食い下がると、女将さんは知っている範囲で理由を教えてくれた。
「よくは知らないけどねぇ、なんでも最近、海にすごく大きなタコが出るらしいのよ。大型の商船を壊しちゃったって聞いたから、大きいって言っても、並大抵の大きさじゃないと思うんだけど──ひょっとすると、うちのこの宿の建物と、同じぐらいの大きさなんじゃないかしら。まあそんなのが出て危ないから、観光客は海には近づかせないっていうことになってるみたいなのよね」
その女将さんの言葉を聞いて、アイヴィがうわぁという顔をする。
「船壊すレベルっていうと、ジャイアントオクトパスかぁ……」
「それ、強いのか?」
俺が聞くと、アイヴィが今度はぎょっとした顔をする。
「え、ジャイアントオクトパスと戦う気? あ、でもカイルならひょっとして……いや、でも、うーん……」
赤髪の剣士は腕を組んで首をひねりつつ、そう言いよどむ。
しかし、この宿と同じぐらいの大きさのタコと言われてビビらなくなっているどころか、むしろ勝てる気でいるとか、俺もたいがい感覚がおかしくなってきているが。
そんな俺にアイヴィは、詳細の説明を付け加える。
「あのね、単純にモンスターとしての強さだけで言えば、ジャイアントアントのクイーンのほうが、格は上だと思う。でも何しろ、ジャイアントオクトパスは、海にいるモンスターだからね。陸で戦うのとはわけが違うよ。それに、船に乗ってるときに遭遇したら、乗っている人間以前に、そもそも船が壊されるし。めちゃくちゃタチ悪いよ」
……なるほどなぁ。
そりゃ確かに、タチが悪そうだ。
「でも、もし本当にジャイアントオクトパスを退治するつもりなら、先に冒険者ギルドに行った方がいいよ。退治依頼が出てるはずだから、それを受けてから退治に行った方がお得だね」
アイヴィがそう付け加えたので、俺たちはとりあえず、この王都の冒険者ギルドに行ってみることにした。




