布団は一つ、枕は二つ
「やっほーい! 久しぶりのベッドー!」
宿の案内された部屋に入ると、パメラがさっそく、ベッドの一つに向かってダイブした。
彼女は、白くて清潔そうなシーツが敷かれたマットレスにぽふっと顔から埋まりつつ、うれしそうにごろごろと転がる。
唯一残っていた宿の部屋は、ちょっとグレードがお高めのところだった。
ゆったりとした広さの板張りの部屋には、窓から柔らかな日の光が差し込んでいて、その空間にクイーンサイズのベッドが一台と、シングルサイズのベッドが二台、それにテーブルと、椅子が四脚設置されている。
パメラがダイブしたのは、シングルベッドのうちの一つで、あの犬っころにも多少の謙虚さは残っていたのかと感心したものだが──しかし、問題はそこじゃない。
「あはは……ベッド、三台しかないね。どうしよっか」
アイヴィが困ったような笑いを浮かべながら、その禁断の一言を口にする。
そう、宿の受付のおばちゃんは、確かに四人用の部屋と言った。
なのに、ベッドは三台だ。
いや、分かっている。
クイーンサイズのベッドには、枕が二つ置かれている。
布団は一つ、枕は二つ、というやつだ。
つまり、枕の数で勘定すれば辻褄は合うし、テーブルに付属している椅子も四脚あるわけだから、四人用の部屋であることは間違いないんだろう。
……えっと、つまりアレですか。
家族用の部屋だから、お父さんとお母さんは一緒のベッドでいいよねって、そういうことですか?
俺は何の気なしに、ちらっと横にいるティトへと視線を走らせる。
すると、ちょうど同じタイミングでこっちに視線を向けていたティトと、もろに目が合ってしまった。
「……っ!?」
ティトは頬を赤く染めつつ、慌てて視線を逸らした。
まあ、俺の方も似たようなリアクションをしてしまったと思うが……。
──いやいや、何を意識しているんだ。
常識的に考えて、女子二人を同じベッドに寝かせるのが普通だろう。
俺がシングル、アイヴィとティトがクイーンサイズに二人で、というのが順当だ。
……いやしかし、アイヴィとティトを同じベッドに寝かせるのも、それはそれで何かこう危険のようなものを感じないでもない。
ここはアイヴィにはパメラを押し付けてクイーンサイズに寝かせて、俺とティトはそれぞれシングルを使うべきか?
とか思っていたら、真っ先にベッドに飛び込んだパメラが、こんなことを言いだした。
「あ、ベッド三台しかないんだ。じゃああたし、久々にダーリンと一緒に寝たいな。ねぇダーリン、今日はそっちのでかいベッドで二人で寝ようよ」
「は……?」
目が点になる、とはこういう心境のことを言うのだろうか。
その間にもパメラは、ころんとベッドから降りて、今度はクイーンサイズベッドのほうによじ登ってゆく。
そして、「ねぇダーリン、こっちこっち」とか言って手招きしてきた。
……いや、分かってるぞ、パメラだからな。
他意はなくて、もっと無邪気に、小さな子どもが「パパと一緒に寝るー」とか言っているのと同じノリなんだろう。
しかし……しかしだ。
パパとしては、それが不安でならない。
こいつはそのうち、その辺の悪い男にほいほい騙されて、大変なことになってしまうんじゃないだろうか。
そうならないように、パパとしては、男は怖いものなんだぞと教えてやるために、今夜パメラに襲い掛かって──あ、いやいや、違う違う。
なんて、俺が変な方向に思考を走らせていると、俺の横にいるティトが声を張り上げた。
「はあああああっ!? なに言ってるのパメラちゃん、図々しいにもほどがあるんだけど!」
そう言って、ティトはずんずんとパメラのいるクイーンベッドの前まで歩いて行って、最初にパメラがダイブしたシングルベッドをビッと指さし、立ち退きを要求した。
「このベッドは、私とカイルさんが使います。パメラちゃんはあっち!」
据わった眼で、そんなことを言い出すティト。
……え、お前もなに言ってんの?
「えー、ティトっちばっかりずるい! あたしもダーリンと一緒に寝たい~!」
「ずるくない! パメラちゃんのがずるいし!」
「なんでだよ~。いつもティトっちばっかダーリンとべたべたしてさぁ」
「そ、それは努力の差だもん! パメラちゃん何にもしてないし、ていうかいつもワガママばっかり言ってるし! それで同じ扱いがいいとか、絶対ずるい!」
……えっと、なんだろうこれは。
ヒロインっ面して、私のためにケンカはしないで、とでも言えばいいんだろうか。
「じゃ、じゃあ、間を取ってボクが……」
俺の隣でアイヴィが、そろそろと挙手しつつおそるおそるといった様子で言うが、ティトから睨まれて「ひっ」と悲鳴を上げ、手を引っ込める。
……剣は強いのに、精神戦にはホント弱いなこいつ。
で、その夜、結局どうなったかというと──
「……さ、さすがに三人で寝ると、狭いですね」
「あ、ああ……」
左側から聞こえてくるティトの声に、俺はどぎまぎしながら、同意の言葉を返す。
ランプの明かりが消され、暗闇に閉ざされた部屋。
そのクイーンサイズのベッドで仰向けになった俺の左右には、それぞれに寝間着姿の美少女が寝ていた。
左にはティト。
右にはパメラ。
いつぞやの、屋敷で朝目覚めたときのシチュエーションを思い出すが、あの時と違うのは、寝る前の今が素面だということだ。
「狭かったら、もっと引っつけばいいんじゃね? えっへへー、久しぶりにダーリンと一緒~、ぎゅううううっ」
右側からパメラが、俺の右腕にしがみついてくる。
寝間着越しに、柔らかな肌の感触が伝わってくる。
「ちょっ、ちょっとパメラちゃん!? わ、私だって……!」
左側からティトが、同じように俺の左腕に抱きついてくる。
こっちは少し恥じらいがあるというか、控えめな抱きつき方だが、ティトの場合は胸の大きさが結構なお手前なこともあり、柔らかい何かに包み込まれているようなふわふわ感がある。
とりあえず、一言だけ言わせていただきたい。
寝れるか、こんなもん!
いっそ野宿した方が、よっぽどぐっすり眠れた気がするぞ。
いやまあ、じわじわと広がる幸せ感が、それだけで俺の体と心を癒してくれる気もするのだが。
「……なぁ、ダーリン」
右側から、耳元でパメラがささやきかけてくる。
パメラだというのに、妙に官能的に聞こえてくる。
「……な、なに、パメラ」
「んとさ……昼間ティトっちに言われて思ったんだけどさ。……ダーリン、あたしになにか、してほしいことある?」
「……とりあえず、いまそういうこと言うのをやめてくれ」
「なんで?」
「俺の中の狼さんが、止まらなくなるからだ」
「なにそれ?」
パメラは疑問の声を上げるが、左側からティトの息をのむ音が聞こえてくる。
何この心臓に悪い会話。
なお、もう一人の宿泊者であるアイヴィはというと、
「うう、いいなぁ……。カイルにもなりたいし、ティトちゃんやパメラちゃんにもなりたい……」
そんな問題発言をしながら、普通に一人でシングルベッドに寝ながら、寂しさで枕をぬらしていた。
まあ、あいつは危険人物でもあるし、仕方ないだろう。
ちなみにもう一台のベッドでは、フィフィが大きすぎるベッドに贅沢に横たわり、すやすやと幸せそうな寝息をたてていた。
ベッドの使い方が歪にもほどがある気がしたが、どうにもこれが最適解らしいので、仕方がなかった。




