王都に着いたけど宿が
「はわわっ……可愛い、可愛いよぅ……! ねぇ見てカイル、天使だよ、天使たちが遊んでるよ」
雲ひとつない晴天の下。
ほかに人のいない広々とした海水浴場では、ティトとパメラがキャッキャと水遊びをしている。
その様子を砂浜から眺めるのは、俺とアイヴィの二人。
なのだが、俺の後ろに隠れるようにへばりつきながら同意を求めてくる赤髪の剣士さんは、今日も順調に不審人物だった。
ていうか、こんな光景を前にも見たことがある気がするんだが……あれだ、ぬるぬるの森のあとの泉だ。
あのときと違うのは、ティトとパメラが水着を着ていることだが、アイヴィが不審者なことに変わりはない。
あと、もう一つあのときと大きく違うことがあるとすれば、俺のアイヴィに対する心理的な距離感だろう。
「よし、不審者やってないで、お前も行くぞ」
「えっ──うわっ、ちょっ、ちょっ、カイル!?」
俺は自分の背中側に隠れていたアイヴィの体を、よっこらせっと持ち上げる。
そしてお米を持つ要領で、その体を肩に担ぐ。
「やっ、やめっ、何する気!? ねぇっ、カイル!?」
俺の肩に担がれたアイヴィはジタバタするが、俺の高いSTRとVITは、そのぐらいではびくともしない。
そのまま砂浜を歩いて行って、赤髪のお姉さんを海に投げ込んだ。
「うわっ──うわあああああっ!」
ざっぱーん!
ティトとパメラが水を掛け合ってキャッキャしていた間の空間に、大きな水柱が立った。
普通の人間だと事故につながりかねないが、運動神経抜群のアイヴィなら問題ないだろう。
「がぼっ、あぷっ、ぶくぶくぶく……ぷはっ! ──な、何すんだよカイル!?」
水の中から起き上がったアイヴィが、半泣きで抗議してくる。
ティトとパメラは、目をまん丸くして俺とアイヴィとを交互に見ている。
「だってお前、一緒に遊んで来いって言っても聞かないだろ?」
「えっ、いやっ、それは、だって……ボクが入ったら、このエンジェル空間が、穢れるし……」
全身から水を滴らせながらごにょごにょ言う、見た目だけは美女の赤髪お姉さん。
ちなみに服装は、水着の上に、露出を隠すように上着を羽織っている状態だったが、その上着も今はずぶ濡れだ。
「というわけでパメラ、ティト。このシャイなお姉さんと一緒に遊んでやってくれ。何ならパパだと思ってじゃれてもいい」
「なんでパパ? ボク一応、女だよ? せめてママに……」
「お前に母親らしい包容力とか母性みたいなものは存在しない! あるのは男同然の薄汚い欲望だけだ!」
「ガーン! そんなこと、そんなこと……否定できない」
……とまあ、そんなやり取りを繰り広げる俺たちだったが、ここに至るまでには、実はひと悶着あったわけで。
その辺を、ちょっと振り返ってみたいと思う。
「この街から一番近い海っていうと、やっぱり王都かな」
アイヴィのその言葉を受けて、俺たちはいつもの街を離れ、三日間ほどの旅をして、この国の王都へと向かった。
道中、何度かモンスターの群れに襲われたが、街道に出没するモンスターなんて、俺とアイヴィがいるパーティにとっては、まともな脅威にはなりえない。
なんちゃらハウンドとか、なんちゃらリザードとか、そんな感じのに襲われたけど、サクッと弱らせて、ティトやパメラの経験値にさせてもらった。
これによって、獲得経験値倍化のスキルを追加付与された二人は、さっくりとレベルアップした。
ティトが1レベル上がって7レベルに、パメラが2レベル上がって6レベルになった。
ちなみに、6レベルになったパメラは、いつぞやの俺のようにシャドウボクシング的な動きをしながら、調子に乗っていた。
「な、なあダーリン、あたし本当に天才になったみたい。すげぇ、力が沸いてくる……! ……いや待てよ、この力があれば、ダーリンにだって……!」
なんて言って襲い掛かってきたパメラを、赤子の手をひねるごとくねじ伏せて、彼女が地べたに這いつくばって土下座するまでがワンセットである。
なお、その後パメラは、アイヴィに全力で愛でられる刑に処したので、抱きつかれたりちゅっちゅされたりを繰り返されたパメラは、王都に着いた時には完全にぐったりして生気を失っていた。
アイヴィの「えっ、パメラちゃんって、カイルのハーレム要員でしょ? ボクが本気で愛でていいの? ホントに!?」なんて目をキラキラさせながら言っていたのが印象的である。
まあ、この恐怖の体験を思い出せば、パメラのやんちゃもしばらくは収まるだろう。
さて、そんなこんなしながら、俺たちは王都にたどり着いた。
この国の王都は、海辺に建造された大都市で、王都だけあってかなり大きい。
人口的にも地理的にも、俺たちが住んでいた街の何個分かが、まるまる一つの都市に収まっている感じだ。
俺たちは普通に市門で門番と話し、街に入る目的などを説明して、許可を受けて中に入る。
中年の門番は最初偉そうだったのだが、俺とアイヴィがAランクの冒険者証を見せると、態度が急に卑屈になったのには苦笑した。
どこにでも、力や権威にへつらう人間はいるということだ。
ちなみに、今回の目的は海だから、別に王都に入る必要は、ないと言えばない。
しかし、遊びに来たにしても拠点は欲しいし、三日間も旅をしていれば、やはり屋根とベッドのある寝床が恋しくなる。
なのでやはり、人里には入っておきたくなるのが、人情というものだ。
なのだが──
「悪いねぇ、お祭りが近いから、部屋がいっぱいなのよ。四人だったら、家族用の一部屋だけなら空いてるんだけど」
王都に何軒もある宿屋はどこも満室で、最後にたどり着いた宿屋でも、こんなことを言われてしまったのだった。
俺は宿の受付で、三人の仲間たちと、顔を見合わせる。
「男女同室? それ何か問題あんの?」
と言うのは、我がパーティの誇る無垢なアホの子、パメラである。
まあこいつはいいとして……。
「えっと……ぼ、ボクは別に、大丈夫だけど……」
顔を真っ赤にし、もじもじしながら言うのは、アイヴィだ。
何が大丈夫なのかは、この際聞かないことにする。
さて、そうなると必然的に、ティトに視線が集まるのだが……
「え……? あ、えっ、えっと……」
魔術師姿の銀髪の少女は、たじろいで、一歩後退する。
視線があちこちに泳ぐが、逃げ場があるわけでもない。
断れない空気。
そんなものに押されて、ティトが口を開こうとして──
「──いや、俺が外で野宿すればいい話だ。三人で宿取ってゆっくり休んでくれ」
俺は三人に向かってそう言うと、宿を出た。
うん、ティトに無理強いさせるぐらいだったら、俺が一人で野宿した方がいいわ。
ベッドが恋しかったのは俺も一緒だが、気候的にも暖かい時期だし、野宿もそれほど苦になるわけでもない。
「へぇ、ご主人様、結構男前っすね」
宿を出て大通りを歩いていると、俺の胸元から、フィフィが声をかけてきた。
「ふふん、少しは見直したか」
「とっくに色事モンスターになったご主人様は、男女同衾とか今更かと思ってたっす」
「いや、同室と同衾って、だいぶ意味違うからな?」
「今更かと思ってたっす」
「…………」
こんにゃろう。
「フィフィはどうするんだ? 何ならお前も宿組に混ざって、ガールズトークでも繰り広げてくるか?」
「んー、それもやぶさかじゃないっすけど、ご主人様一人だと寂しくて泣いちゃいそうだから、うちがついていってあげるっす」
「たった一晩、一人でいるだけで泣いちゃうとか、俺はどんだけ寂しがりやなんだ」
「まあまあ。人の好意は受けるものっすよ」
フィフィとそんな話をしながら街道を歩いていたら、俺の服が後ろから、くいっと引っ張られた。
何だ、と思って振り返ると、そこには魔術師ルックの銀髪少女がいた。
慌てて追いかけてきたのだろうか。
少し息を切らせている。
「あ、あの、カイルさんっ! 私、大丈夫ですから……!」
そう言って、俺を見上げてくるエメラルドグリーンの瞳は、何か決意に満ちた色をしていた。
どうやら何か、大変な決意を固めてきたらしい。
「いや、無理しなくていいぞ」
「無理はしてな……いえ、その、してなくはないですけど、別に、その……ほら、あれです、一緒の部屋で寝ても、変なことしなければいいだけですしっ。──いやっ、って言ってもその、私も嫌っていうわけじゃなくて、でも、その……まだそういう段階じゃないっていうか……あわああああっ、私なに言ってるんだろうっ」
ティトは顔を真っ赤にして、両手で顔を覆い、しゃがみ込んでしまった。
最後のほうは、ほとんど悲鳴だ。
道行く人たちが、俺たちのほうを何事かと見てくる。
や、やばい、どうしようこの状況。
えっと、えーっと……
「──よ、よし分かった! とりあえず、さっきの宿に戻ろう。な、ティト?」
「ううっ、ぐすっ……は、はいぃ」
ティトは、恥ずかしさのあまりか、泣き出していた。
なんだこのぐだぐだ……
俺は泣いてしまったティトを立たせ、彼女の肩を抱いて、宿に連行した。
なんかこれリア充っぽい、とかは置いといて。
もうあれだ、わけ分からんな。
俺の頭の中はハッピーセットかよ、って感じだった。




