バカップル
──トントントントン。
俺が家の廊下を歩いていると、台所から小気味よい音が聞こえてきた。
台所を覗いてみると、メイド服姿の銀髪の少女が、台所で夕飯の支度をしていた。
ティトだ。
彼女は炎魔法や水魔法も織り交ぜながら、実に手際よく調理を進めている。
「──あ、旦那さま。まだ作り始めたばかりなので、もうしばらくお待ちくださいね」
ティトは俺の気配を察して振り向くと、愛らしい笑顔を俺に向けてから、また調理に戻る。
そのメイドさんルックの後姿は、なんだかとても煽情的に映った。
俺は、ごくりと唾をのむ。
すると、ティトがふと料理の手を止めて、俺に背を向けたまま、声をかけてきた。
「──あ、あの、旦那さま」
ティトの声は、何だか少し上ずっていた。
何か、興奮しているような響きだ。
「何、ティト?」
「その……えっと、その……こういうとき、ほら、何かあるじゃないですか」
「何か?」
えっと……何だろう。
「いい匂いだね」とか、そういう声掛けが必要なのだろうか。
そんなことを思っていたら、ティトから爆弾発言が飛んできた。
「だから……恋人同士だったら、料理してるところに後ろからぎゅって抱きついてきて、とか、そういうの……あ、いや、その、やってほしいとかじゃなくて、その、だから、えっと……」
そんなことを言って、メイドさん姿の後姿が、もじもじし始めた。
メイドさん演技が切れている。
よっぽどテンパっているらしい。
──ごくり。
このとき俺の脳裏に浮かんだのは、うちの彼女は最高やー、という言葉だけだった。
俺は、ティトの後姿の目の前まで歩いて行って──その小さな体を後ろからぎゅってした。
「──ひゃっ!?」
俺の腕の中に収まったティトの体が、びくっと震える。
俺の目の前には、銀髪が渦を巻くつむじの後頭部。
ティトのいい匂いがする。
「え、あ、えぇっと……あ、そだ。──も、もう、旦那さま。料理をしているときにそういうのは、危ないからやめてくださいっ」
ティトは慌ただしく、あらかじめ用意していたようなセリフを言う。
「……え、だって、ティトこうしろって言ってたんじゃないの?」
「そうなんですけどっ。ここまで含めてワンセットなんですっ。ほ、ほらっ、危ないから離れてください旦那さま!」
離れなきゃいけないらしい。
しょぼーん。
しかし俺が離れると、ティトはぼそりとつぶやく。
「……Bコースは、まだ早いですから……」
「Bコース?」
「なっ、何でもないですっ! さー、そろそろお湯沸いたかなっ」
何だかよく分からないが、ティトはわたわたと調理に向かって行った。
俺は首を傾げつつ、台所を後にした。




