それはプロポーズのように
さて、俺の冒険者ランクなんてのは、あれば便利程度のもので、わりとどうでもいい。
それよりも問題なのは、以前にも問題視したがそのまま根本的な解決を見ていない、ティトとパメラの戦闘能力の不足である。
今回の山賊(?)退治でも、やはり守られる一方で──口さがない言い方をしてしまえば、役立たず、あるいは足手まといという感じだった。
ジャイアントアントや、ぬるぬるの森のジャイアントスラッグで多少のレベル上げを敢行したものの、その程度では焼け石に水だったということだ。
……まあ、極端な話、彼女らは周りにいてくれるだけでも、俺の心の潤いになる──パメラに関しては認めたくないが、それも残念ながら事実だ。
で、その点において、戦闘能力がないとお役御免というような、そんな間柄でもない。
極端な話、家でメイドさんしていてくれれば、それで十分嬉しい。
が、欲を言えば、やっぱり一緒に冒険したいというのがある。
そしてその際に、保護対象なのではなく、そこそこ対等な立場で一緒に冒険したいという欲求がある。
要は、俺が保護者になって冒険をするのではなく、彼女らとは冒険者仲間として、一緒にやっていきたい。
それが俺の、わりと率直な欲求だった。
それにはやはり、二人の戦力の増強が必要だ。
それも、焼け石に水とならないぐらいの、大々的な戦力強化が必要になる。
──というわけで、俺はその日の夕方ごろに、ティトとパメラの二人をリビングに呼んだ。
長方形のテーブルを挟んで、俺の正面にティトとパメラの二人が座っている。
ティトは緊張気味。
パメラは両足をぷらぷらさせて、椅子にお行儀悪く座っている。
服装は、冒険者ギルドから帰ってきた直後なので、二人ともメイド服ではなく私服だ。
「あの、それでカイルさん……大事なお話って、何ですか……? やっぱりその、そういう話かなと思ったんですけど、パメラちゃんも一緒ってことは……えっと……」
ティトがおずおずと、あるいはもじもじとしながら、質問してくる。
そう、俺は大事な話があると言って、彼女らを呼び出したのだ。
ちなみにティトの口ぶりから、何か重大な思い違いをしていることが予想されるが、ティトの妄想癖はいつものことなのでひとまず放置する。
俺は無限収納の中から、水が入った二本の瓶を取り出し、テーブルの上に置く。
中身は正真正銘、ただの水だ。
瓶は小物店で買ったもの、中身は井戸から汲んだものだ。
俺はまず、パメラの方へと向いて言う。
「──パメラ、お前この間、天才になりたい、楽して強くなりたいって言ってたよな?」
「え、そんなこと言ったっけ?」
忘れてやがった。
まあこいつにしてみれば、何とは無しに出てきた言葉なんだろうから、無理もないか。
「ああ、言った。──ところでここに、我が家に代々伝わる、とっておきのアイテムがある。これを飲めば、お前の潜在力は最大限に発揮され、楽して強くなれる天才になれるだろう。その名を──スーパーウルトラグレートデリシャスワンダフルウォーターという!」
どーん! と効果音が鳴ってもよかった気がする。
そのぐらい、ばっちり決まった。
もちろん、これは嘘だ。
さっきも言った通り、この瓶の中身はただの井戸水である。
「え、マジで? 飲む飲む」
そう言ってパメラが手を伸ばしてくるが、俺はその前に瓶を引ったくり、パメラにそれを渡さない。
「何だよダーリン、それくれるんじゃねぇの?」
「さっきも言った通り、こいつは俺のとっておきだ。赤の他人に、おいそれと渡せるものじゃない」
これは嘘だが、嘘ではない。
これからパメラたちに渡そうとしているものが、俺のとっておきであることは、本当だからだ。
俺はこれから、このスーパーウルトラグレートデリシャスワンダフルウォーター、という名のただの水を飲んだ者に、チートポイントを使って、「獲得経験値倍化」のスキルを高レベル付与しようと考えている。
こんな回りくどい手順を取るのは、そうすることによって、それが俺の力によるものでなく、何か特別なアイテムの力によるものだと彼女らに誤認させるためだ。
なお、チートポイントを使って他人にスキルを付与することは、自分にスキルを付与するのと同じコストで実行可能だ。
つまり、例えばパメラの獲得経験値倍化のスキルを1レベル上げてやるためには、俺のチートポイントを1ポイント消費する必要がある。
ただ、チートポイントを消費して能力を付与した場合、それを取り返すことができない点も、自分の場合と同様だ。
つまり──もし仮にパメラやティトにチートポイントを使ってスキルを付与した後に、彼女たちが「俺のもとから離れていってしまう」ようなことがあれば、俺の手持ちリソースであるチートポイントは、俺にとっては「無駄遣い」になってしまうことになる。
まだ潤沢に残っているチートポイントとは言え、目減りする一方のリソースであることに変わりはない。
そしてこのチートポイントは、俺にとって、とてもとても大切なものだ。
他人においそれと渡せるものじゃない。
そういう意味で、このスーパーウルトラ……ただの井戸水は、本当に俺にとってのとっておきであって、そういう意味において、本物なのである。
俺にとってこのスーパーウルトラただの井戸水は、今後ずっと、俺と一緒にいてくれるやつに渡したいものなのだ。
だからティトの妄想も、あながち大外れではないかもしれない。
「ティト、パメラ……これからずっと、俺と一緒にいてくれるか?」
口に出してみて、あらためて、結婚の申し出以外の何物でもない気がした。
しかも二人同時にプロポーズとか、どうかしてる。
「はわわわわ……えっ、えっと、えっと……」
ティトは、顔を真っ赤にして、視線をあちこちに泳がせていた。
で、一方のパメラはというと──意外にも、真面目な顔で何かを考えていた。
そして、やっぱり真面目な顔で、口を開く。
「あのさ、ダーリン。それもらうには、これから一生ずっとダーリンについていくって、今ここで決めなきゃいけないの?」
思ってもいなかった質問が来た。
えっと……そう聞かれると、どうなんだろう。
俺が答えに窮していると、パメラはまったくサバサバと、こう言ってのけた。
「そうなんだとしたら、あたしそれは要らねぇ。今ダーリンのことを好きでも、そのうち気が変わるかもしんないし。あたし、ほかの何は良くても──あたしの自由だけは、売り渡したくない」
──それは、単なる拒絶の言葉じゃなかった。
すごく誠実な……誠実すぎるが故の、誠実な言葉だった。
俺は、反省した。
「──そっか。いや、悪い。やっぱこれ、パメラとティトにやるよ。俺とずっと一緒にいるかどうかなんて、関係なしでいいや」
「え、マジで? じゃあもらう♪」
現金なパメラはそう言って、俺がテーブルに置きなおした瓶を一本手に取った。
まあ、パメラらしくてほほえましい。
……しかし、パメラのさっきの言葉には、重要な情報が含まれていた気がする。
ちょっと突ついてみよう。
「でもパメラって、今は俺のこと好きなの?」
言ってしまってから、ひどい自意識過剰なセリフだと思った。
イケメンだから許されるの範疇を超えた気がするけど、言っちゃったものは取り返しがつかない。
俺のその言葉に、瓶の栓を開けようとしていたパメラが、ぴたっと静止する。
そして、パメラにしては珍しく、頬を赤らめながら言った。
「……ま、まぁね。ダーリンと一緒にいると楽しいし、結構好き……かも」
そう言ってパメラは栓を抜き、ぐびっと瓶の中の水を一気に飲み干した。




