出世払いでええよ
人通りで活気づく街の中、門から大通りを真っすぐに歩くと、十分ほど歩いたところで、街の中央広場が見えてきた。
俺は門番のドワーフ、リノットさんの助言に従って、中央広場を左手に折れ、さらに進む。
「しかしステータス鑑定って、名前が分かるのとかも、結構怖いよな。個人情報もプライバシーもあったもんじゃない。──この世界の人って、ステータス鑑定、普通に使えたりすんの?」
俺が聞くと、その胸元、服の中にいるフィフィが返答してくる。
「普通の人は持ってないっすよ。冒険者だと、パーティに一人ぐらいいると重宝する感じっすね。──さっきの門番のドワーフさんも、職業柄、持ってたんじゃないっすか?」
「……あれ、どうだったっけ?」
確か持ってなかった気がするんだが……。
ひょっとしてリノットさん、門番としては意外とポンコツなのか?
「あー、この世界の普通の住人は、ご主人様みたいにそんなにほいほいスキル取れないっすから、持ってないこともあるかもっす。スキル一個取得するのには、数年かかるのが普通っすからね」
うわぁ……マジかー。
──ん、待てよ?
ってことは……
「……飛行能力とかも、この世界の住人、スキルとして取得できんのか」
「あ、いや、その辺はまだ、この世界の住人にスキルとして解明されてないっすね。多分人間としては、ご主人様がオリジナルっすよ」
左様で……。
うーん、あらためてチートだな、俺の環境。
と、フィフィとそんな会話をしながら中央広場を歩いていると、
「ちょいちょい、そこのカッコいいおにーさん!」
広場の一角の屋台で売り子をしていたお姉さんから、呼びかけの声がかかった。
サバサバした感じの、キツネ目のお姉さんだった。
きょろきょろと辺りを見渡してみるが、該当しそうなのは俺ぐらいしかいない。
お姉さんのほうを見ると、
「あんたやあんた。カッコいいお兄さんったら、あんたしかおらんやろ」
そう言って手招きしてくる。
俺はお世辞か本音か分からないお姉さんの言葉に吸い寄せられ、ふらふらっと屋台に向かう。
お姉さんは、屋台で肉を焼いて、それを野菜と一緒にパンにはさんだものを売っていた。
肉を焼く香ばしい匂いが、鼻をくすぐる。
値段は、銅貨五枚と書かれていた。
「おにーさん、今日この街来たんやろ。見た感じ、冒険者やな。ほいこれ、サービスや」
そう言ってお姉さんは、焼いたばかりの肉をパンに乗せ、野菜とソースをかけてはさみ、俺に渡してくれた。
「えっ、いいの?」
「まあ食ってみ。うちのはラッシュ鳥の肉と白パン使った本格派やからね。味知ってもろて、今後ごひいきにってやつや。おにーさんからは、将来大物になる匂いがするんよ。うちの勘は当たるで?」
そう言って、お姉さんはにひひーっと笑いかけてくる。
まあ、いい勘してる気はするが。
受け取ったパンを、一口かじってみる。
柔らかくて風味の良いパンの下から、じゅわっと旨味たっぷりの肉汁が口の中に飛び込んでくる。
レタスっぽいシャキシャキの、しかし少し癖のある味の葉物野菜、それに甘辛のソースともいい感じにマッチしている。
「……うまい」
「やろ~? おにーさん、なかなかいい舌しとるね」
俺はあっという間に一個を平らげて、指に残ったソースまでをペロッとなめる。
そういや、腹減ってたんだよな……。
俺は、俺の食べる姿をにこにこと見守っていたお姉さんに、懐から銀貨を一枚渡して、
「もう一個」
「まいどありっ」
お姉さんは銀貨を受け取って、銅貨を五枚、おつりとして渡してくる。
銀貨一枚が銅貨十枚分だから、あくまでも最初の一個分はサービスってことだな。
俺は二個目の肉入りパンをほおばりながら、屋台のお姉さんに手を振って、その場をあとにする。
中央広場では、ほかにも様々な売り子さんが、思い思いの商品を広げて商売をしていた。
塩漬けの魚を売る人、近所の農家の人らしい野菜を売る人、自作の工芸品を売る人など、様々だ。
ちょっとした市場か、バザーって感じだな。
「じー……」
と、ふと気づくと、フィフィが俺の服の内側で、物欲しそうに肉入りパンを見つめていた。
「……食うか?」
「ううっ……食べたいっすけど、うちにはジャンボサイズすぎるっすよ……」
「あきらめたら、そこで試合終了だよ」
「……それ確か、ご主人様が元いた世界での名言か何かっすよね? 台無し感がすごいんすけど」
そう言いながらも、フィフィはやっぱり物欲しそうに見ている。
俺は中央広場を抜けて大通りに出ると、その脇道の路地へと入った。
そしてフィフィを服の中から解放してやると、
「ほーら、お食べ」
なんて言って、目の前に浮いているフィフィに、肉入りパンを差し出した。
「……なんか、餌付けされてるペットの気分なんすけど」
「じゃあいらない?」
俺はそのパンの残りを、あーんと自分の口に持ってゆき──
「──あああっ、待ってっす! いるっす! うちも食べてみたいっす!」
プライドは食欲に負けたらしい。
うむ、潔し。
ならばこちらも情けをかけよう。
俺は腰からショートソードを取り出し、それで肉入りパンを二センチ角ほどに小さく切り取る。
なるべく肉とパンと野菜とソースがバランスよく残るように、とやったのだが、DEX──すなわち器用さのステータスもバカ上がりしているせいか、そんな細かな作業もわりと難なくできた。
俺ができあがったそれを差し出すと、フィフィはそれを抱えるようにして受け取り、はぐはぐとかじりついてゆく。
「むっ……これはうまいっすね」
「だろ?」
俺は残ったパンを平らげつつ、フィフィが一所懸命に食べている様子を眺めていた。
ほのぼのだった。