大所帯
「おまっとさーん」
俺たちが装備を整えて街の門の前で待っていると、がっちゃんがっちゃんと重装甲に身を包んだキツネ目さんが現れた。
全身を隠せるほどの方形大盾を持ち、冒険者用に調整された完全板金鎧を着用。
ヘルメットは顔の部分が開閉できるバイザー式になっていて、今はそのバイザーが開いている状態だ。
武器は何の変哲もない、身の丈ほどの長さの槍──のようだが、よく見ると金属部の輝きが違ったり、柄の材質に高級感があったりする。
アイヴィの剣と同様、魔力を帯びた武器なのかもしれない。
で、この場にいるのは、俺除いても四人か。
これだけ揃うと、まあかしましいこと。
「うへぇ、重そう……その格好じゃ、軽い身のこなしとかできねぇだろ」
「んー、まあなー。でもこれがうちらガーディアンクラスのスタイルやしなぁ」
「これでもターニャは、そんじょそこらの山賊ぐらいが相手だったら、逃げられても追いつけるぐらいの速さでは走れるんだよ」
「うっそぉ!? バ、バケモンかよ……。ダーリンといい、頭のおかしいねーちゃんといい、何でこうバケモンばっかり……」
「え、頭のおかしいねーちゃんって、ひょっとしてボクのこと? ねぇボクのこと? ボク泣くよ、パメラちゃん!? ねぇ抱き着いていい!?」
「いや、最後意味わかんねぇから! うわっ、やめろっ、引っ付くなバカっ! は、放せっ……!」
「ぎゅうううううっ! ああっ、口の悪いパメラちゃんも可愛いよぉ……!」
「いやぁ、若い子たくさんおってえぇなぁ。若者エキスたっぷりやわぁ。こっちはティトちゃんやっけ」
「は、はい、ターニャギルド長! よろしくお願いします!」
「そんな硬くならんで~、もっと親しげに、ターニャって呼んでや~。にしても、ああ、可愛えぇなぁ、なでなで」
「はっ、はうぅぅ……そ、その、私のなでなでは、カイルさん専用で……あと、ガントレットだと、帽子の上からでも少し痛いです……」
「あ、すまんすまん。しかしなんや、色男ずるいわぁ。花園やん、ほんまハーレムやん、ああもぅ羨ましいわぁ……!」
さあどれが誰の発言でしょうか、という調子で、ガールズトークに花が咲く。
あんまりガールズトークっぽくないのはご愛敬だ。
あと、ターニャはある意味、アイヴィの同類のようだ。
というか、可愛いものを愛でたくなる気持ちは、男女平等だな。
「……ん? 珍しいな、赤の剣士とギルド長のペアなんて、いつ振りだ。何か大事でもあったのか?」
市門を通過しようとすると、いつものドワーフ門番のリノットさんが俺たちの大所帯を見とがめ、声をかけてきた。
「あ、リノさん、どーもー。いつもうちの子らがお世話になってます。──大事なんか大事じゃないんか、まだ分からんのですけどね。『山賊退治』って言ったら、リノさんなら分かるんちゃいますか?」
「……なるほどな、それでうちの街のトップ実力者二人の出番ってわけか。あいつら、無事だといいけどな。冒険者やってりゃそういうこともあるだろうが、見送る側としちゃ、街を出て行ったやつらが帰って来ないのは、やっぱりな……」
ロリっ子門番はそう言って、わずかに沈痛な面持ちを見せる。
この人は、おそらくこの街の冒険者全員を知っていて、そのそれぞれに対して、わずかなりとも思い入れがあるのだろう。
少しだけ、重苦しい空気が流れた。
するとアイヴィが、空気を換えようと思ったのか、ひょっこりと口をはさむ。
「でも、僕とターニャでトップ実力者二人っていうのは、今はちょっと語弊があるかな。少なくともボクよりは、カイルのほうが強いし」
そう言って、自虐的にあははっと笑うアイヴィ。
すると、リノットさんが面白いぐらいに食いついてきた。
「は……? いや、カイルって、そこのFランク冒険者だろ? この歳で、赤の剣士より強い……? あり得るのかそんなこと?」
茫然とした顔で俺を指さしてくるロリっ子。
「うん、完敗だったよ。もう何回やっても勝てる気がしない。天狗になってた鼻っ柱を、思いっきりへし折られたよ」
「なんやアイヴィ、いつの間にかこの色男と、ガチバトルしとったん?」
「あれ、ターニャにも言ってなかったっけ。……うん、ちょっと、いろいろあってね」
「ええ、いろいろありましたね」
「ああ、いろいろあったな」
ティトと俺がジト目でアイヴィを視線責めにすると、アイヴィはバツが悪そうに視線を逸らす。
「そ、その節は、ご迷惑をおかけしました……あはははは……」
「……ふーん、アイヴィで刃が立たんなら、うちがやっても似たようなもんやろな。まあそら、そのパーティでジャイアントアントのクイーン倒したっていうなら、必然的にそんぐらい強いってことになるけどなぁ……上には上がいるってことやなぁ、自信なくすわぁ」
「……は? お、おい、今なんて言った? ──待て、お前あんとき、べとべとで三人くっついてたとき、クイーン倒してきてたのか……? ……マジかぁ……あたしみたいな凡人には、たまらん話だな」
なんかいろんな人の自信を打ち砕いている気がする。
なんかごめん。
「あーあー、いいないいなー、あたしも天才になりたいよ。楽して強くなりたいよー。──ね、ダーリンのエキス吸ったら、あたしも天才になれないかな?」
「あるかもな。よし、試しにちゅーしてみよう、パメラ」
「……へ? ──あ、いや、いいですっ、やっ、だめだめだめダーリンだめっ……!」
俺がパメラを子犬のように抱っこしてちゅーしようとすると、パメラはやはり猛抵抗を見せた。
うーん、ダメか、残念。
ちなみにここだけの話、パメラを天才にする──すなわち、獲得経験値倍化スキルのレベルを上げてやることは、別にちゅーしなくても、俺のチートポイントを使えば、できなくはなかったりする。
が、ここでそれをやると、お前は神か何かか、みたいな感じになって、絶対に居心地が悪くなる……気がする。
なまじ、ステータス鑑定をできるターニャがいるのが、タチが悪いな。
俺が今の環境を維持するためには、彼女らから俺が、一応でも普通の人間らしく見えている必要があるんだと思う。
何か決定的な隔絶を見せてしまったら、畏怖とか畏敬とか、そういう見られ方になってしまうんじゃないだろうか。
真の天才──いや、真のチーターというものは、その本質において孤独なのだ。
うむ、我ながら哲学的だな。
──と、そんなことを考えていたら、パメラを抱っこしてちゅーしようと奮闘する俺の姿を、周りの女子たち全員が注視していた。
「か、カイル、さん……何、してるんですか……?」
ティトが、全員を代表して突っ込みを入れてくる。
あれ、俺何か、おかしいことしてるかな……。
「……何でもいいが、あんまり公衆の面前で破廉恥なことするなよ。しょっぴかなきゃいけなくなる。せめてあたしの見てないところでやってくれ」
ロリっ子門番からも、すんごく冷たい目で見られた。
うーん、俺がおかしいんだろうか……うーむ、解せぬ。




