偉い人にはとりあえず敬語使っておけってばっちゃが言ってた
冒険者ギルドの酒場スペースの一卓。
四人掛けの四角い木のテーブルを二つ繋げて六人掛けにしたその場所に、俺たちのパーティ四人と、冒険者ギルドのギルド長ターニャが席についていた。
「そしたら、まずジャイアントアントのクイーンを討伐した討伐報酬として、金貨二百枚な。結構高額やから、ちゃんと確認してな」
冒険者ギルドのギルド長ターニャが、懐から小さな布袋を取り出す。
布袋の口、紐を解いて開けてみると、袋の中には黄金色の小さな貨幣がぎっちり詰まっていた。
この黄金の輝きには、人を魅了し惑わせる力があるとかないとか言うが、さもありなんと思う。
まあ、今更ではあるが。
取り出して確認してみると、確かに金貨二百枚。
金貨一枚が一万円相当と考えると、この小さな布袋一つに、二百万円の価値が詰まっているということだ。
はてさて、通常高レベル冒険者のパーティにしか倒せない大物を倒してこの額というのは、冒険者という稼業がぼろい商売と見るべきなのか、逆に命懸けのわりにしょぼいと見るべきなのか。
俺のソロで考えるなら、一年に五回討伐に行けば年収一千万円、あとの三百六十日は遊んで暮らせるというわけで、ぼろ儲けの印象しかないわけだが。
この世界の普通の冒険者の基準で考えると、もっと世知辛いんだろうな、なんて思ったり。
ちなみに、通常のジャイアントアントを討伐した報酬が金貨二百二十枚で、クイーンの討伐報酬よりも高かったわけだが、これは俺が生命感知スキルによるチート行動を取ったせいであって。
通常だと、ぽっちゃりさんチームの稼ぎあげた金貨二十八枚という額が、結構いい感じの額なんだろう。
「んで、話としてはこれで終いでもええんやけど──」
と、俺がお金のことに想いを馳せていると、俺の正面に座ったターニャがテーブルに片腕をついて身を乗り出しながら、俺に向かってこんなことを言ってきた。
「──自分、Aランク冒険者になってみる気ぃないか?」
「Aランク冒険者に──なる?」
オウム返しの俺に、ターニャが頷く。
俺は、はて、と記憶をたどる。
確か冒険者ランクを上げるには、実際の実力がどうであれ、クエストを地道に何十回とこなす必要があったはずだ。
現状のFランクからAランクまで上がるには、最大限順調に進んでも、数ヵ月単位の時間は必要になる──というのが通常だ。
これに対して例外は──ああ、これか。
俺は脳内記憶書庫の、噛み噛み受付嬢から聞いたギルド利用の決まり事の中から、例外規定に関する内容を引っ張り出してきて、自分の口から出力する。
「えっと──ギルド長が特別に認めた場合に限り、冒険者ランクの飛び級を認めることがある、でしたっけ」
「ほぉぉ、そんなんよう覚えとったな。お姉さんびっくりやわ。自分ならそれに該当するって自信あったからか?」
「さて、想像に任せますよ。──それで、俺が望めばAランクに上げてもらえるんですか?」
「あぁんもう、敬語なんか使わんといて。うちとカイルの仲やないの」
俺の質問をどこかに追いやって、ターニャは何やら恥じらいながら、全然別の角度からの要求をしてきた。
そのターニャの言葉に、「えっ」という顔で、ティトとアイヴィの視線が俺に集まる。
くっ……このターニャって女、いざまともに絡んでみると厄介だな。
天然のアイヴィと違って、意図的にからかってきてる分だけ、マシと言えばマシだが……。
「どんな仲か心当たりがありませんが……俺たちを使って遊びたいだけなら、この金だけ持って帰っていいですかね、ターニャギルド長」
「いやんもう、いけずー。そこの輪ぁ楽しそうやから、うちも混ざりたいんよ~。せめて敬語は堪忍してや、な?」
「はぁ……。分かったから、無駄に人間関係引っかき回そうとしないでくれ……」
「あはは、悪い悪い。──そんで、あんたが望めばAランクに上げるか、って話やったな。これは、ホントはそうしてもええんやけど、一応今のトコ、ちょっとした試験受けてもらおうかと思ってる」
そう言ってターニャは、懐から一枚のクエスト発注書を取り出し、テーブルの上に置いてきた。
うーむ、懐からいろいろ出てくる人だな。
なお、そのクエストの内容はというと、こんな感じだった。
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山賊退治(ランク:A)
内容:街の北部にある山に山賊が住みついた模様。彼らは近隣の街道に出没し、旅人や行商人に被害を与えている。彼らを退治し、報告すること。
報酬:金貨百枚。
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「──あれ? このクエスト、山賊退治のわりにAランクなの? 普通、規模にもよるけど、だいたいCランクぐらいだよね? 報酬も金貨百枚って、ずいぶん破格だし……よっぽど大きな山賊団なの?」
クエスト用紙をのぞき込んだアイヴィが、疑問を口にした。
この辺の常識は俺にはわからないところだから、冒険者経験の長いやつがいると助かるな。
「いや、そういうわけでもない……はずなんやけどな。なんやケチがついてしもて、誰もやりたがらんのよ」
「ケチ?」
「そ、ケチ。今まで二つのパーティが、このクエスト受けて退治に行ったんけどな、どっちも帰って来んのよ。最初がE~Dランク冒険者たちの、どっちかっていうと駆け出し揃いのパーティ。次に行ったのがD~Cランク冒険者で固まった、中堅どころのパーティ。どっちも以後、音沙汰ナシ。……ま、多分全滅したか、良くてアジトに捕まってるか、そんなトコと思うけど」
そう言ったターニャの表情に、ほんの一瞬だけ、翳りがさした気がした。
何となく陽気な印象しかない彼女にも、いろいろと思うところはあるのかもしれない。
「で、このクエストを受けてクリアしたら、Aランクに飛び級ってわけか」
「んー、というか、うちが一緒についてって、Aランク冒険者に相応しい実力を備えているかチェックするって感じやね」
おっとぉ?
ギルド長直々に、クエストについてくるってことか。
それはなかなか光栄な──なんて思っていたら、横のアイヴィから、ターニャに対して突っ込みが入った。
「で、本音は?」
「──いやぁ、このクエストな、うちが行ってどうにかせんとなぁと思っとったんけど、一人で行くの寂しいし、なんか怖いやん? アイヴィについてきてもらおうかなーなんて思ってたんやけど、折角だし、大人数のほうが楽しいやん?」
…………。
完全に公私混同。
ああ、さらば常識人……。
「……まあ、真面目な話、何が起こっとるか分からんからな。戦力的に余裕持っておきたいんよ」
うん、最初からそっちだけ言っておけば良かったんじゃないかな!
正直は美徳というけど、正直に言ったら美も徳も失われるという哀しい事例であった。




