タダ者じゃない合戦
うちの飼い犬に降りかかる火の粉を払った、翌日の朝。
俺は三人の仲間たちを連れて、冒険者らしく冒険者ギルドへと向かっていた。
二日働いて、二日休んでの今日なわけだが、なぜだか冒険者ギルドに来るのが、すごく久しぶりな気がする。
そして驚くべきは、まだこの世界に来て四日間しか過ぎていないということだ。
元いた世界では、一日なんて浪費されるばかりで感慨も何もなかったが、この世界に来てからは一日一日が濃密すぎて、まるで時間の進む速度が違う。
──なんて、そんな戯れ言を考えながらギルドの前にたどり着くと、そこでばったり、見知った顔に出会った。
「お、カッコいいお兄さんご一行やないの。これからギルドでクエスト探し?」
ギルドの前の横道から現れたのは、キツネ目のお姉さんだった。
街の中央市場でラッシュ鳥のパンを売っている、あの露天商のお姉さんである。
「ターニャこそ、ギルドに来るなんて珍しいね。今日は、屋台は休み?」
お姉さんに真っ先に応じたのは、彼女の旧知の友人らしきアイヴィだった。
「ん、まあなー。……ってか、ギルドに来るのが珍しいとか、ずいぶんとご挨拶やねアイヴィ」
「事実だろ。ギルドでターニャを呼んで、まともにいた試しがないよ」
「たはー。痛いトコ突くなぁ」
そんな感じに仲良し友人トークを繰り広げる二人。
……なんだが、俺としては、少々腑に落ちない部分があった。
「──ひょっとして、このお姉さんも、冒険者なのか?」
俺はアイヴィに質問を投げかける。
二人の話しぶりからすると、それっぽい感じなんだが。
露天商と掛け持ちしているんだろうか。
すると、質問された方のアイヴィは、不思議そうな顔をする。
「あれっ? カイル、ひょっとしてターニャこと知らないの?」
「いや、見知った顔ではあったんだが、ラッシュ鳥のパンを売ってる、露天商のお姉さんとしか」
ターニャ、というのがこのお姉さんの名前なんだろうが──先ほどからの話の流れからすると、アイヴィと同じく、有名な冒険者なんだろうか。
「うわっ、そうだったんだ……。えっと、ターニャはね──」
と、アイヴィが説明を始めようとしたところ、当のキツネ目のお姉さんがそれを止めた。
「あー、ええてええて。どうせこの後、自己紹介する流れになりそうやし。とりあえず、中に入ろか」
そう言ってギルドの建物に入って行くお姉さん。
俺と三人の仲間たちは、顔を見合わせ、あるいは首を傾げてから、その後をついてゆく。
すると中から、ギルドの職員さんの声が聞こえてきた。
「あーっ、ギルド長、やっと来た! なんで呼んですぐに来てくれないんですか! 昨日の朝、うちの子が呼びに行きましたよね?」
……え、何?
ギルド長?
俺たちがその声を聞きながらギルド内に入っていくと、キツネ目のお姉さんが受付カウンターに寄りかかり、例の噛み噛み受付嬢と話をしていた。
「いやー、それがな、呼ばれてすぐ行こうと思ってたんよ? けどな、もう昨日に限ってパンが売れて売れて。うちの全力をもってお客さんの相手しとったら、そのまま忘れてしもたんよ。ごめんな」
「ごめんな、じゃないです! ギルド長がそんなだと、こっちの処理が全部滞るんですから、ちゃんとしてください!」
そう受付嬢から叱られながらも、お姉さんはへらへらと受け応えをする。
「いやー、堪忍堪忍。──で、要件なんやっけ? ジャイアントアントの、クイーン倒した奴がおるとか何とか」
「あ、はい。昨日職員が確認に行ったんですけど、確かに女王蟻の死体があったそうです。討伐したのは、カイルっていう名前の、数日前に冒険者登録をしたばかりのFランク冒険者が率いているパーティなんですが……」
「ほうほう。──で、それって、こんな顔の冒険者やないの?」
そう言ってキツネ目のお姉さんは、身を翻して、俺のほうを向いた。
噛み噛み職員さんが俺の姿を見つけて、「あっ」という声を上げる。
「ギルド長……この人のこと、知ってたんですか?」
「うんにゃ。このお兄さんが件のお騒がせ新人だって知ったんは、今が初めてよ。でもなぁ──ステータス隠蔽のスキル持っとるなんて、どうせタダ者やないと思っとったわ」
…………。
そうか、そういうことか。
これは一杯食わされた感がある。
俺はステータス鑑定のスキルを起動し、目の前のキツネ目のお姉さんのステータスをチェックする。
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名前:ターニャ
種族:人間
性別:女
クラス:ハイガーディアン
レベル:11
経験値:2,284,800/3,022,000
HP:325
MP:74
STR:44
VIT:65
DEX:38
AGL:25
INT:25
WIL:37
スキル
・獲得経験値倍化:3レベル
・槍マスタリー:1レベル
・盾マスタリー:2レベル
・ステータス鑑定
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……やっぱりな。
予想通り、「ステータス鑑定」のスキルを持っていやがりました、このお姉さん。
っていうか、結構レベル高いな。
獲得経験値倍化のスキルともども、アイヴィと同レベルだ。
「いやん、ひょっとしてお兄さんいま、うちにステータス鑑定使った?」
お姉さん──ターニャは、そう言いながら、ちょっと恥ずかしがるような素振りを見せる。
鑑定されたことを感知するスキル──とかではなく、持っているならこのタイミングで使ってくるだろうという、当て勘だろう。
「覗き見しようとしたのは、そっちが先だろ?」
「まあね~。でもこっちが見れんで、見られる一方って経験は初めてよ? よぉそんな若い身空で、ステータス隠蔽なんてレアスキル、覚えようと思ったもんやね」
俺が突っ込みを入れると、ターニャは悪びれる素振りもなく返してくる。
多分、最初に出会ったときから、俺に対してステータス鑑定を使っていたんだろう。
が、ステータス隠蔽のスキルを持っていた俺のステータスは、看破できなかった。
しかし、ステータス隠蔽なんてスキルを取得している時点で、おそらくはタダ者ではないだろう──そう判断した、というわけだ。
……まったく、何が、「お兄さんは将来大物になる匂いがする」「うちの勘は当たるよ」だ。
勘でも何でもなく、ばっちり根拠ありきで動いてんじゃねぇか。
「ああんもう、お兄さん顔怖いわ~。別に悪意はないんよ? ただ、うちがギルド長ですってギルドの奥から出て行くと、冒険者みんな身構えるやろ? それよかああいうところで会って話した方が、人とナリが見えるんよ」
別に怖い顔をした覚えはないんだが、そんな風におちゃらけられて、毒気も抜ける。
まあ、悪意がないというのは本当だろうし、どうこう言う必要もないだろう。
「で、その結果、俺の人とナリは、どう映ったんだ?」
俺がそう聞くと、ターニャはニッと微笑んで、
「正味の話、信用できんって思う男に、うちの可愛いアイヴィは渡さんわ」
なんて言ってきた。
「……『うちの』って、ボクはターニャの所有物じゃないんだけど」
「お母さんは許しません!」
「お母さんでもない……」
そんなアイヴィとのやり取り。
まあとにかく、娘を嫁にやっていいというぐらいに、信用されているらしい。
その辺はステータス鑑定じゃ分からないから、本当にこの人の勘なんだろう。
「なるほど。で──つまりターニャさんは、本当はこの冒険者ギルドのギルド長で、中央広場でラッシュ鳥のパンを売る露天商は仮の姿と、そういうわけか」
俺はそう確認する。
しかしターニャは、「いんや、それはちゃうよ」と否定してきた。
「うちの情熱は、いまやあのラッシュ鳥のパンにこそ注がれ──あ、いや、仕事はちゃんとやります。すんません」
ターニャは、自分の情念をしゃべっている途中で、職員たちから一斉にジト目で見られ、へこへこ謝った。
なかなか人望のあるギルド長だなと思った。




