前夜のティータイム
──前日の夜、ティト視点──
三人分の紅茶を入れて戻ってきた私は、その光景を見て、言葉を失いました。
「や、やあ、ティト」
カイルさんが、ベッドに腰掛けています。
そのカイルさんの膝の上に、アイヴィさんがこてんと横になっていました。
カイルさんは、自分の膝の上に乗ったアイヴィさんの頭をなでなでしています。
アイヴィさんは顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにしています。
私はその光景を見て、少しムッとしてしまいました。
しかしすぐに、思い直します。
カイルさんに想いを寄せたときから、こうなることは分かっていました。
カイルさんは、私の王子さまです。
でも、カイルさんは、私一人の王子さまにしていいほど、器量の小さい人ではないです。
私一人では、ただカイルさんの器量に呑まれるだけだし、カイルさんほどの人を、私一人のものにしていいはずもありません。
だから、カイルさんは、必然的にハーレムを築く人で──そんなのは、最初から分かっていたことです。
私の王子さまは、彼を慕う人みんなの王子さまになればいいと思う。
それが、私がカイルさんみたいな人を慕っていいと思える、最低限の条件です。
一人でこの人と釣り合うのは無理でも、何人かでなら、きっと大丈夫。
私は努めて平静を保ち、トレイに乗せた三人分のティーカップとお茶菓子を、机までいったん運んでいきます。
手が震えている──ということは、無いと思います。
この私室には、三人で紅茶を嗜むためのテーブルも椅子もありません。
なので、一度トレイを机に置いてから、その机に備え付けの椅子を、ベッドの横──カイルさんたちの前まで運びます。
そしてその椅子に、改めてティーカップとお茶菓子を配膳します。
ベッドが椅子代わり、椅子がテーブル代わりです。
「見た目は悪いですけど、ありものでご容赦ください、旦那さま」
実際にメイドがこんなことをしたら、旦那さまは憤慨ものだろうけど、ごっこだし、多分カイルさんは許してくれます。
そして、やっぱりごっこな私は、カイルさんの隣、ベッドの上にぽふっと座ります。
実際のメイドだっらありえないけど、それを言ったら自分の分のお茶を淹れてくるところからありえないし、まあいいや。
私の行動に、カイルさんもアイヴィさんも、固まったままです。
生意気と思われるかもしれないけど、カイルさんのこういうところは、なんだか可愛いって思うときもあります。
この人、自分の器量が分かってないんですよね、多分。
変に奥ゆかしいっていうか……もっと傍若無人でもいいと思うんですけど、これはこれで、とも思います。
──でもちょっと、そんな彼をからかってみたくなっちゃうのも、仕方ないことだと思うんです。
「──旦那さま、奥さまとともに、私にもご寵愛を頂ければと……」
私はそう言って、カイルさんにそっと体を寄りかからせます。
カイルさんがドギマギしているのが分かって、こっちもドキドキします。
ふふっ、私って結構、悪女の素質があるのかも。
それはそれとして──ふへへ……カイルさんの体温が伝わってくるよ~、幸せ~。
「お、奥さまっ!? って、ボクのこと!?」
私の言葉に反応して、アイヴィさんが、がばっと身を起こして聞いてきます。
この人は……どうなんだろう?
綺麗な人だし、冒険者としては文句なしの一流だし、ものすごくダメで残念なところを除けば、私なんかよりよっぽどカイルさんにふさわしいっていう気もするんですけど。
でも、なんか可愛らしいって思ってしまうのは、私がおこがましだけなのかなぁ。
多分、私より十ぐらい年上だと思うんだけど、私より乙女な気がして、ムムムって思ってみたり。
でも、負けませんから。
「奥さま……ボクが奥さま……はわわわわわっ……」
「いや、落ち着けアイヴィ。ティトの中での設定だからな」
カイルさんがつれないことを言います。
いけずです。
これはもっとからかってやらないといけません。
「……旦那さまは、自分の女がメイドと奥さまの設定では、お嫌ですか?」
私はカイルさんにしなだれかかり、その体を横からやんわりと抱いて、彼の耳元でささやきかけます。
「──い、いや、嫌じゃないが……じゃなくて、ティト、どうしたんだお前? きょ、今日は、そういう設定なのか……?」
ドギマギするカイルさんが可愛くて、私はさらにからかいたくなってしまいます。
「今日は、ではありませんよ。これからずーっと、です」
からかうつもりで言った言葉だったけど、言ってしまったら、自分の胸が高鳴ってきちゃったり。
これからずーっと、だって!
キャーッ!
ヤバいヤバい!
「……てぃ、ティトちゃんって、ベッドの上ではいつもこんな感じなの?」
カイルさんを挟んで反対側についたアイヴィさんが、カイルさんにそんなことを聞いています。
「いや、いつもというか、ベッドの上でというの自体が初めてだって、さっき言ったはず……っていうかベッドの上っていう言い方やめれ」
「そ、そっか、そうだね」
アイヴィさんが顔を赤くして、カイルさんの横で小さくなってしまいます。
カイルさんがそれを見て、アイヴィさんの赤髪をなでなで──うー、いいなぁ……。
「あうぅ……」
カイルさんになでられたアイヴィさんが、ぷしゅーっと湯気を噴いています。
……むぅ。
私をダシにして、カイルさんとアイヴィさんの世界が作られている気がします。
これはあの空間に、攻撃を仕掛けなければいけません。
「──ふふっ、旦那さま? 『初めて』だなんて、嘘はいけません。先日、パメラと私と一緒に、ベッドの上で幸せな一夜を過ごしたではありませんか」
「……へっ?」
「──お、おいティト! 解いたばっかの誤解を、再燃させるようなこと言ってんじゃねぇ!」
てへ♪
嘘は言ってないもーん。
「や、やっぱり……二人は、そういう関係なの……? ていうか、パメラちゃんも……?」
「ふふっ……奥さまも、『そういう関係』、お望みですか?」
「ふえぇっ!? そ、それは、その……はうぅっ……」
うーん、アイヴィさんも、からかい甲斐あるなぁ。
私よりいくつも年上に見えるけど──ずっと剣に一途で、そういうことには縁がなかったとか、そんな感じなのかも。
っていうか、乙女力高いよこの人。
誤解が解けてみたら、とんだダークホースです。
と、そんなことを思っていたら。
カイルさんから突如、私の頭にチョップが飛んできました。
「──痛っ。……ううっ、何するんですかカイルさん……」
「何するんですか、じゃねぇ。お前、俺たちで遊んでるだろ」
むむっ、バレたか。
カイルさんのくせに生意気ですよ。
「──ふふっ、どうでしょう? 場を盛り上げるのも従者の務め、とだけ申し上げておきます。──そんなことより旦那さま、紅茶が冷めないうちにいただきましょう」
そう言って誤魔化して、ティーカップに手を付ける私。
とことんメイドとしてはありえないけど──許してくれますよね、旦那さま?




