うちの飼い犬なんで
「くそっ、こうなったら構いやしねぇ──やっちまえ、テメェら!」
いきり立ったチンピラリーダーが、部下のチンピラたちに指示を出した。
しかしその言葉に、周囲のチンピラたちが少し戸惑う。
「やっちまえって、アニキ──パメラのやつも、ボコっちまっていいんですかい?」
「ああ。クソ生意気なメスガキにゃあ、それなりの躾が必要だってことだ。ボコってアジトに連れ帰って調教してやりゃあ、いい具合に従順になるだろうよ」
そう言ってチンピラのリーダーは、くっくっと笑う。
そのゲスの鏡みたいな発想には、いっそ惚れ惚れするぐらいだ。
で、そのリーダーの指令を受けて、チンピラのうちの一人が、ニヤニヤしながら前に出てきた。
それと対峙するのは、俺からバトンタッチされたパメラだ。
前に出た大柄のチンピラは、拳をごきごきと鳴らしながら、パメラを威圧するように口を開く。
「……だそうだ、パメラちゃんよぉ。ちょっと可愛いからって、調子乗っちまったなぁ。ま、安心しろよ。ちゃんと動けなくなるまでボコったら、あとはアジトでたっぷり可愛がってやるからよぉ」
うん、御多分に漏れずゲスい。
やっぱりチンピラはこうじゃなくっちゃな。
そして、それに対してパメラは、ペッと路地に唾を吐き捨て、言い放つ。
「ザコがごちゃごちゃ言ってんじゃねぇよ。御託はいいから掛かって来な」
おー、カッコイイ。
パメラのこういう面はあまり見てきてないから、なかなか新鮮だ。
「ぐっ……誰がザコだ、こんガキャア!」
パメラの挑発にいきり立ったチンピラが、少女に駆け寄って、大振りのパンチを見舞おうとする。
だが、パメラはそれをスッと身を屈めてかわし、がら空きの男の腹部に強烈な肘を叩き込んだ。
「お、ごっ……」
思わず膝をつくチンピラ。
パメラはさらに、素早く一歩飛び退き、そのチンピラの顔面に回し蹴りを放つ。
「がっ……!」
白目をむいて、チンピラが倒れた。
そのチンピラはそのまま、尺取り虫のような格好で地面に突っ伏し、動かなくなった。
「ふぅ──どうした、次来いよ」
パメラはチンピラたちを挑発する。
ヤダこの子、いつになくカッコイイ……。
一方、額に青筋を浮かべて、ぷるぷるしているのはチンピラリーダーだ。
「調子乗ってんじゃねぇぞパメラぁ……。この人数、一人でどうにかできるとでも思ってんのか、あぁ?」
「はっ、んなもん、やってみなきゃ分かんねぇだろ。それにな──こっちにゃあダーリンがいるんだよ。テメェらみたいなザコが何人集まろうが、ダーリンに敵うわけねぇんだよ。──な、ダーリン?」
そう言ってパメラは、背後の俺にチラッと視線を向けてくる。
うん、他力本願。
やっぱりパメラはパメラだった。
ちょっとイラッとするので、いじめてやろう。
「えっ、俺やらないよ? パメラがこいつら全員倒すんだろ?」
「えっ」
「応援してやるから、頑張れ」
俺はそう言って、パメラにサムズアップ。
するとパメラは、さっきまでの精悍さが嘘のように、俺の胴にしがみついて泣きついてきた。
「えええええっ! む、無理だよぉ! あたし一人であんな人数無理! 助けてよダーリン~!」
「やってみなきゃ分かんないんだろ?」
「やんなくても分かる! 何人かならいけるかもしれないけど、あの数は無理っ! あたしダーリンがいなかったら、即行逃げてるもん!」
自分のカッコイイ発言を全力で台無しにするパメラ。
よかった、さっきまでのカッコイイ子、誰かと思ってたんだ。
「ああもう、分かった分かった。手伝ってやるから」
「ありがどうダーリン~!」
俺が言って頭をなでてやると、全力で俺にしがみついて頭を振ってくる。
ええい、鼻水をこすりつけるな。
「──というわけで、仕方がないんで、俺が相手だ。どこからでもかかってきな」
俺は胴にしがみついたパメラをなでなでしながら、チンピラたちにそう言ってやる。
が、どうもこの仕草がチンピラたちの癇に障ったようで、
「舐めてんじゃねぇぞゴラァーッ!」
チンピラたちは怒声を上げて、次々と襲い掛かってきた。
「──っと、ザコはこれで全部かな」
俺はパンパンと、手についた汚れをはたきつつ、周囲を見渡す。
俺の周りには、俺の拳でノックアウトされたチンピラたちが、地面に山積みになっていた。
まあ、1レベルのチンピラが何人束になっても、負ける道理はないわな。
だいたいまっすぐ突っ込んでくるし、ほとんどラッシュ鳥を処理するのと変わらなかった。
「へへっ、さっすがダーリン♪」
相変わらず俺の胴にしがみついたまま離れないパメラが、俺を見上げて、笑顔を向けてくる。
くそっ、可愛い、可愛いのだが。
……こいつ、結局何もしなかったな。
全部俺任せにしやがった。
こいつ振り回して、武器にでもしてやればよかったかもしれない。
「……な、何なんだテメェ……ば、バケモノかよ……!?」
一方、残ったチンピラリーダーはというと、路地のどん詰まりに追い詰められたという様子で、壁を背にしてたじろいでいた。
俺がゆっくり近づいて行くと、「く、来るな……!」なんて言って怯えてくれる。
ヤバっ、気分いいぞこれ。
「──あのさ」
「な、な、なんだ……お、俺を、殺す気か……?」
俺は勘違い発言をするチンピラリーダーの前に立つと、自分にすりついているパメラの首根っこをつかんで、持ち上げる。
「わふっ?」と言って、俺の前で宙づりになるパメラ。
「これ、うちの飼い犬なんで、もう手出ししないでくれるか?」
「わんっ、わんっ」
俺の調子に合わせて、犬になりきるパメラ。
どうやらこいつに、プライドとかいうものはないようだ。
一方、チンピラリーダーはというと、
「わ、わかった。もう二度と、パメラに手出しはしねぇ」
俺の要求に、怯えた様子で従ってくれた。
まあ、これで大丈夫だろう。
「じゃ、帰るか、パメラ」
「わんっ♪」
パメラを地面に下ろしてやると、少女はいつものように俺の腕に抱き着いてきながら、犬のように鳴いた。
俺はその様子に呆れつつ、チンピラたちが山積みになった路地裏を、あとにしたのだった。
──なお、後にこの街のチンピラ界に、嘘とも誠ともつかない恐怖の調教師の逸話が広まることになるのだが、そんなのはまったくもってどうでもいい話であった。




