パメラとお散歩
翌日。
パメラ成分が補充したくなった俺は、パメラと二人で街を散歩していた。
パメラ成分とは何か。
パメラと一緒にいると補充される、アホの子成分を主とした、俺の精神に何らかの作用を及ぼす何かである。
人間、イチャイチャによる幸福度が一定値以上たまると、一度クールダウンしたくなるものらしい。
そんなわけで俺は、主たるイチャイチャ幸福成分であるところのティトやアイヴィを置いて、パメラと散歩に出た。
料理で言うところの、箸休めみたいなものだな。
……え?
昨日の夜、あの後何があったかって?
そんなことはどうでもいいじゃないか。
何かがあったかもしれないし、なかったかもしれない。
それで十分だ、そうだろう?
──さておき、今はパメラと二人で、街を冷かしている。
露店が並ぶ街中は、ちょっとした縁日のようで、歩いていて楽しい。
ちなみに冒険者稼業は、今日も休業だ。
生活するお金があるのに、働くこともない。
また金が欲しくなったり、冒険に出たくなったら、そうすればいい。
金のある自由業ほど、素晴らしいものはないな。
「ねぇ、ダーリンダーリン」
俺の左脇、すぐ近くから、パメラが声をかけてくる。
パメラは俺と初めて会った日のように、俺の左腕にぎゅっと張り付いていた。
あのときと違うのは、逆側にティトがいないことか。
「ん、何だ?」
「えへへー、何でもなーい。呼んでみただけ」
パメラはにへらっと笑って、そう言ってくる。
またそれか。
パメラはときどき、この遊びをやりたがる。
このときのパメラは普通の可愛い子のようで、つまりは普通に可愛いので、俺としては一向に構わないのだが、一体何を考えてこれをやっているのかは分からない。
とりあえず、可愛いので頭をなでてやる。
「わふっ──きゃいんきゃいんっ♪」
するとパメラは、気持ちよさそうに目を細めて、犬のように鳴いた。
──うーん、なんだろう、やっぱりこういうときのパメラは、普通に可愛いな。
普通にめちゃくちゃ可愛い。
ちゅーしたいぐらい可愛い。
「──へっ?」
俺は自分の左腕に張り付いていたパメラを前に抱っこして、その唇にちゅーをしようとした。
飼い犬にちゅーをするようなものなので、別段問題はないだろう。
「──ちょっ、だ、ダーリン、何やって……!? や、やめっ……!」
しかしパメラはそれに猛抵抗。
両手で俺の顔を押し返して、俺のその行為を阻止した。
「何って、ちゅーしようと思っただけなんだが、ダメか?」
「だ、ダメに決まってんだろ!? ダーリンちょっとおかしいぞ!?」
ダメらしい。
仕方ないので、抱っこ状態から地面に下ろしてやった。
うちの飼い犬は、まだちゅーは許してくれないらしい。
ちなみに、俺たちがいるのは街中の往来で、周りの通行人を見ると、皆ちらちらとこっちを見ていた。
……何だろう、確かに何か俺、タガが外れてるな。
こんなの恥ずかしいとも思わなくなってきた。
「……ったく、どうしたんだよ。今朝はティトっちとか、あの頭のおかしいねーちゃんも、なんか様子が変だったし」
パメラがなんだか常識人っぽいことを口にする。
何かの逆転世界にでも来てしまったんじゃないかと錯覚するが、別にそういうわけでもない。
人の良識なんてものは、一晩で簡単に溶けてしまう。
それだけの話だろう。
……と、そんな益体もないことを考えていたときだった。
「──い、いた! 姐御! パメラの姐御っ!」
道の向こうから息を切らせて駆け寄ってきたのは、パメラの子分──というか元子分の一人だった。
酒場でティトに絡んでいた、あのチンピラの一人である。
ちなみに、その顔やら全身やらには、誰か複数人からボッコボコに殴られたような青あざが、あちこちにできていた。
……なんぞこれ?
「はぁっ、はぁっ──姐御っ、探したんスよ」
「……あん? 何だよ、あたしにはもう、お前らに探される謂れなんてねぇぞ」
膝に手をついて息を切らせている元子分の前に立ち、両腰に手を当ててふんぞり返るパメラ。
ティトやアイヴィと比べてしまうと若干貧相と言わざるを得ないその胸を、精一杯に自己主張させているそのパメラの姿には、どこかいじらしいものを感じる。
「俺たち、姐御から自分の道は自分で切り拓けって言われて、奴らのトコに殴り込みに行ったんッス!」
「おう、何でそうなるのかわかんねーけど、そうか。──そんで?」
「奴ら大人数でフルボッコにしてきやがって、相棒が連中につかまって、それで……奴ら、パメラの姐御を連れて来いって」
……うん、『奴ら』とか、背景がよくわからないが、何が起こったかはだいたい分かった。
バカが暴走して、何らかのグループに殴り込みかけて、返り討ちにあったと。
それで、バカのリーダー分だったパメラが、そいつらからお呼び出しを受けたと。
……だけどなぁ。
「──はぁ? 知らねぇよそんなの。テメェのケツはテメェで拭けよ。あたしんとこに持ってくんな。──行こうぜ、ダーリン」
まあ、そうなるよな。
パメラは元子分をスルーして、俺との散歩を再開しようとする。
「──待ってくださいよ姐御! 姐御を呼んでこないとあいつら、相棒を殺すって……!」
「……知らねぇよ。バカやったテメェらの、自業自得だろ」
「そんなっ! 姐御──!」
元子分を無視して、パメラは道を進んでゆく。
「…………」
俺は黙ってその後をついて行くが──しばらくすると、パメラがその歩みを止めた。
そして、苛立たしげに、足元の地面を蹴り飛ばす。
「……ちっ。──ダーリン、悪い、先帰っててもらえる? あたし、バカどものケツ拭いてくるわ」
そう言ってパメラが踵を返したので、俺はその頭に手を置いて、くしゃくしゃとなでてやった。
「わぷっ……だ、ダーリンっ! いまそういうのは──」
「なに、元々どこに行くって決めてなかった散歩だろ? ちょっとおもしろそうだし、俺も一緒に行くよ」
俺がそう言うと、パメラは俺の掌の下で少し照れたようにして、
「……うん。……あ、ありがと」
なんて、しおらしくなってしまった。
でも、かつてないほど可愛かったので抱き着いてちゅーしようとすると、それにはやっぱり猛抵抗されたので、うちの犬っころは意外と気難しいんだなと思った。




