浮気の論理
俺とティトは、互いにがっちりハグをして、アイヴィに説得が通じたことの喜びをかみしめた。
が、次の瞬間に、抱き合っていることの恥ずかしさにお互いに気付いて、そそくさと離れる。
俺から離れたメイド服姿のティトは、顔を真っ赤にして、俺から視線を逸らしていた。
そしてチラッとこっちを見て、俺と目が合うと、また恥ずかしそうに視線を逸らす。
──めっちゃくちゃ可愛い。
この子、俺の彼女なんだってよ。
世界中の誰のものでもなくて、俺のものなんだって。
「──ふぇっ!?」
俺はあらためてティトの肩を抱き寄せて、頭をなでなでする。
あまりに可愛すぎて、そうせずにはいられなかった。
「ふぁっ……はうぅぅぅ……」
俺の腕の中で、ぷしゅううううっと、ティトが頭から湯気を噴いたようになる。
俺はそのティトの髪を、優しくなでてや──
「あ、あのぅ……ボクやっぱり、邪魔だよね……?」
──ビクビクゥッ!!
俺とティトは、弾かれるように離れた
ラブラブしていた俺たちのすぐ横、ベッドに腰掛けているアイヴィが、おずおずと挙手をして聞いてきたのである。
……うおぉ、アイヴィの存在忘れてた……。
人がいるところだろうがお構いなくイチャつく、リア充どもの気持ちが少しわかってしまった……。
「あっ、あっ、あのっ……わ、私、お茶淹れてきますねっ」
ティトはそう言って、パタパタと部屋から出て行こうとする。
おい待て、この状況に俺を置いていこうとすんな!
一方、アイヴィも戸惑ったようで、ティトに声をかける。
「えっ、ちょっ──ぼ、ボクはどうしたら……!?」
「カイルさんと、お話しててくださいっ。三人分、淹れて来ますからっ」
そう言い残して、ティトは逃げた。
バタンと扉が閉まり、取り残されたのは俺とアイヴィの二人。
「──あ、あははは……残ってろって言われちゃった……どうしよう」
困ったなという様子で笑うアイヴィ。
どうしようと言われても、こっちだって困る。
くっそ、ティトのやつ、後で覚えてろよ……!
……そして流れる、気まずい時間。
何か話さないと、と焦っていると、先にアイヴィのほうが口を開いた。
「……でもアレだね。カイルは──ティトちゃんと、らぶらぶなんだね」
俺の目の前、ベッドに腰掛けて両膝に手を置いたアイヴィが、そう話題を振ってくる。
気まずいのはアイヴィのほうも一緒なのか、あまり俺と視線を合わせようとはしない。
「……ま、まあ、そうだな。俺たちがらぶらぶだったことに気付いたのは、つい先ほどだったりするんだが」
「何それ? ……でもいいなぁ。ボクもそういう相手が欲しいよ。──ねぇカイル、ついでだからボクももらってくれない?」
そう言って、あははははと笑ってくるアイヴィ。
冗談なのか本気なのか不明だが、それを抜きにしても、どうもこの世界での貞操観念というか、男女付き合いの感覚は、よく分からない。
あと、こいつ自身のこともよくわからない。
「お前、女の子が好きなんじゃなかったのか?」
俺はアイヴィに、前々から持っていた率直な疑問をぶつける。
すると、
「えぇぇええっ!? ボクのことそんな風に思ってたの? それとこれとは別腹だよ~。そりゃ可愛い女の子はぎゅーってしたくなるし、たくさん愛でたいけど、それとボク自身の身の振り方をどうするかは、全然別の話だよ」
なんて、分かるような分からないようなことを言ってきた。
「そういうもんか。でも、いまみたいな冗談はやめたほうがいいぞ。こっちにしてみりゃ、冗談か本気か分からん」
「……ん? ……冗談って、ボク何か言ったっけ」
「いや、ついでだからボクももらって、とか何とか」
俺がそう言ってやると、アイヴィはベッドの上でまたもじもじし始めた。
「……ああー……いや、それは、そのぅ……冗談っていうか、願望っていうか、そうなったら嬉しいなぁっていう……うん、そんな感じ。──あ、いや、おこがましいのは分かってるよ? ボクみたいな行き遅れで年増の毛虫みたいなのが、ティトちゃんやパメラちゃんと同じように可愛がってほしい、なんてそこまで図々しいことは考えてないよ。……でも、その……本当にたまにでいいから、ボクもカイルとイチャイチャしたいなぁ、なんて……その、やっぱり、ダメかな……?」
なんてのたまいながら、赤くなってうつむいたり、ちらちらと上目遣いで俺を見上げてきたりする。
…………。
……何の罠だろう。
俺がこのトラップに引っかかって、ワオーンと狼さんになって飛びかかったら、部屋の扉が開いて、ドッキリ大成功、なんて看板を持ったティトが現れるんだろうか。
「えっと……イチャイチャしたいの?」
俺がそう聞くと、アイヴィは顔を真っ赤にしたまま、こくんとうなずく。
いやそりゃ、俺もイチャイチャするのは大好きだから、気持ちは分かるが……
ていうか、俺のほうもヤバい。
アイヴィが、なんかすごく可愛く見えてきた。
俺の中のなで魔が、胸の内側からむくむくと顔をもたげてくる。
目の前のこいつをひしっと抱き寄せて、心行くまでなでなでしたい。
──そう思ったら、もう止まらなかった。
「…………」
「あっ……か、カイル……?」
まるで、夢の中の出来事のようだった。
自分の意志とは別に、俺の体が動き出す。
一歩。
また、一歩。
俺は何かに操られるように、アイヴィに接近してゆく。
接近する俺を、ベッドに座ったアイヴィは、何かに陶酔するようにぽーっと見上げていた。
だけど、少ししてハッと気付いたように、恥ずかしそうにうつむいてしまった。
もともとすぐ近くだった。
二歩も歩けばもう、彼女は俺の眼下にいる。
アイヴィが、ついに勇気が足りなくなったのか、ぎゅっと目をつむった。
あとは俺の為すがまま、ということだ。
俺は、ごくりと息をのむ。
……これは、やっぱり浮気になるんだろうか。
しかし、パメラのこともあるし、今更という気もする。
ティトが部屋に戻ってくるまで、あと何分ぐらいだ?
お茶を淹れてくると言っていた。
井戸から水を汲んできて、炎魔法でお湯を沸かすのに、十分はかからない──
──って、いやいや俺は何を考えているんだ。
ティトに顔向けできないようなことをするつもりか?
違う、そんなことはない。
──ただ少し、なでなでするだけだ。
ちょっとお互いの要求が一致したから。
やましいことなんて何もない。
そう、これはただの利害の一致──。
俺の手が、アイヴィの頭へと伸びる。
「ふぁっ……」
俺の手が赤髪をなでてやると、アイヴィが妙な声を上げた。
俺はそのまま、アイヴィの肩を抱き寄せる。
「あぅ……」
アイヴィの頭が、ぽふっと俺のお腹に寄りかかってくる。
そしてさらに、なでなで、なでなで……。
「……うぅぅ……カイルぅ……ボク、おかしくなりそう……」
「……安心しろ、俺もだ」
それから俺は、超聴覚のスキルで部屋の外、ティトが戻ってくる足音に耳を澄ませながら、禁断のなでなでを続けた。
別に、超聴覚を使ったのは、やましい気持ちがあるからじゃないぞ。
李下に冠を正さず──あらぬ誤解を与えたくないからだ。
うん、まったくもって、それだけだ。




