奇跡が起こった
「アイヴィ」
「は、はいっ!」
俺は廊下で土下座しているアイヴィに呼びかけた。
そして彼女が顔を上げると、部屋に入って来いと手招きする。
話しても無駄な気もするが、それでも一応、話はしておこうと思ったんだが。
「──いえいえっ、ボクなんかが二人の邪魔をするなんて、滅相もない! ──どうぞ、ごゆっくり。ボクはその、部屋の外で大丈夫だからっ」
何が大丈夫なのか分からんが、アイヴィは部屋に入ってこようとはしなかった。
ああもう、めんどくさいな。
「──お仕置きしてやるって言ってんだよ。四の五の言わずに入って来い」
俺はアイヴィ語で話してやった。
彼女の横でティトが、えーっという顔で俺を見ている。
「あぅっ……わ、分かりました」
しかし効果はてきめんで、アイヴィはいそいそと部屋の中に入ってきて、扉を閉めた。
ティトは再び、えーっという顔で、今度はアイヴィのほうを見る。
「こっちだ、ベッドに座れ。俺のすぐ横だ」
「で、でも……」
「早くしろ。口答えが許される立場だと思ってんのか?」
「あ、あうぅ……」
俺のエロゲや薄い本で鍛えた俺様キャラセリフが炸裂すると、アイヴィは耳まで真っ赤にしてもじもじしつつ、俺のほうへと歩いてくる。
そして、ベッドに腰掛けている俺のすぐ横に、俺の指示通りに腰掛けた。
「よし、じゃあティト──やるぞ」
俺は立ち上がり、いまだ部屋の入り口付近で呆気にとられていたティトに呼びかける。
すると、
「やるって……何をですか」
ティトからジト目をぶつけられた。
いや、何をって、もちろんお仕置き……じゃない、誤解を解くための説明だよ?
さてそんなわけで、俺のベッドに腰掛けたアイヴィと、その前に立つ俺とティト、という構図ができあがった。
「い、いきなり三人でなんて……心の準備が……」
俺とティトに見下ろされたアイヴィは、ベッドの上でやはり、顔を真っ赤にしてもじもじしていた。
うん、安定の腐りっぷりだな。
一方、俺の隣のティトも、今のアイヴィの言葉で何らかの妄想をしてしまったのか、ほのかに顔を赤らめる。
が、彼女は一つ深呼吸をして、アイヴィに話し始める。
「アイヴィさん、よく聞いてほしいんですけど──私とカイルさんとは、まだその……アイヴィさんが考えているような関係じゃ、ないんですよ?」
ティトの率直な言葉。
しかしその言葉に、アイヴィは首を傾げる。
「言ってる意味が、よく分からないんだけど……」
──ですよね!
分かってた、簡単じゃないことは。
俺はティトに次いで、アイヴィに説明する。
「俺とティトとはまだ数日前に出会ったばっかりで、お互い頭をなでたりなでられたりするような関係でしかないってことだ。な、ティト」
「はい。私とカイルさんとは、まだ頭をなでたりなでられたりする程度の関係です」
説明に余計な要素が入ってしまった気がするが、事実だからしょうがないな。
そして、俺たちの言葉を聞いたアイヴィは、少し考え込み、結論を出す。
「えっと……鬼畜系じゃなくて、本当はらぶらぶ系えっちってこと?」
惜しい!
まだ少しズレてるかな!
ティトは顔を真っ赤にして、さらに説明を続ける。
「だからその……えっちを、まだしてません」
「えっちをしてない」
「はい。……ぷらとにっく、です」
「ふむ、ぷらとにっく……えっ」
えっ、じゃないからね。
普通のこと言ってるだけだからね。
……あれ、でも待てよ?
いまティト、ぷらとにっく、って言ったよね。
っていうことは、ティトと俺は、プラトニックなラブはしているってことだよね?
ってことは──俺とティトって、いつの間にか、恋人関係?
いやでも、俺とティトとの関係って、せいぜい頭なでなでしたり、抱きしめて頭なでなでしたり、メイドさんコスした主従ごっこでイチャイチャしたりしてるぐらいで……。
…………。
……………………。
はい、どう見ても恋人関係です、本当にありがとうございました。
うわー、そうだったのかー……。
ありゃりゃ、そう思ったら、急に恥ずかしくなってきたぞ。
いま発覚した、衝撃の真実!
「ティトさん」
「えっ、何ですかカイルさん、急にかしこまって」
「不束者ですが、これからもよろしくお願いします」
「は、はい、こちらこそ……。……えっと、何ですか突然?」
人生苦節三十余年と数日、気が付いたら超可愛い美少女と恋人関係でした。
なるほど、道理で最近、幸せ満天なはずだ。
……あれ、でもそう考えると、パメラってティトの中で、どういう立ち位置なんだ?
結構俺、パメラともイチャイチャしてるような……。
んんんんっ……?
俺が二股かけてて、それが許容されてる……?
そういうことだよな……。
いやでも、ハーレムが問題ない世界だと、そういうもんなのか?
うーむ……。
──ま、まあ、とりあえずこの話は置いておこう!
今はそう、アイヴィをどうにかせんと。
俺がそう決心したとき、それまで一人でうんうんと考え込んでいたアイヴィが、再び口を開く。
「……ぷらとにっく、だと言ったね。じゃあ、さっきのメイドさんプレイは……?」
疑問点を質問してくるアイヴィ。
良い傾向だ。
でもとりあえず、プレイとか言うのはやめようか。
「えっちなことはしてないぞ。頭なでなでしていたら、そのままティトが寝てしまっただけだ」
「頭なでなで」
「ああ、頭なでなでだ」
自分で言っていて、何言ってんだろうこいつと思うようなセリフだが、事実なので仕方がない。
「じゃ、じゃあ、あのジャイアントアント退治のときに、べとべとのぐちゃぐちゃ姿でぐったりした少女たちを抱えていたのは」
「女王蟻が吐いた粘液を、ティトとパメラの二人が受けて、ねちょねちょで歩けなくなっちまったから、俺が抱えて運んでたんだよ」
「じゃあじゃあ、ボクが決闘を挑んで負けたとき、ボクに(ピーッ)奴隷になれって言ったのは……!」
「そもそも言ってないからな? 俺はお前に、仲間になれって言っただけだぞ」
「えっ、あれっ、でも、それじゃあ……」
もつれた糸が、解きほぐされてゆく。
そして次の瞬間──奇跡が起こった。
「……最初から全部、ボクの勘違いだったってこと……?」
アイヴィが、茫然としながら、そうつぶやいた。
──通じた。
アイヴィに、言葉と意思が正しく通じた!
諦めなければ、奇跡は起こるんだ!
「──ティト!」
「──カイルさん!」
俺とティトは顔を見合わせると、お互いひしっと抱き合った。
「やった……俺たちついにやったよ……!」
「やりましたね、カイルさん……!」
俺とティトは、涙を流す。
それは、諦めない努力の末に生まれた、感動の瞬間だった。
「えっ……えっと……」
そして、アイヴィが一人、その状況に困惑していた。




