門番との密やかなる対決
俺が目覚めた地点から、フィフィに連れられて十分ほど歩くと、木々が途切れ、視界の開けた小高い丘の上に出た。
眼下の道はゆるやかな下り坂になっていて、その道が蛇行して続いた先には、中世ヨーロッパ風の都市が見えた。
「お、いい景色だな」
俺がおでこに手を当てて、景色をぐるりと一望していると、俺の横を飛んでいた妖精姿が、驚いた顔で俺のほうを、まじまじと見てくる。
「……何だよ」
「ご主人様、景色を楽しむ風情なんか、持ってたんすね」
心底意外そうに言ってきた。
今までゲーマーっぽい発言しかしてこなかったからだろうか、ひどい偏見だった。
「俺だって、十秒間ぐらいは景色を楽しむ心を持ってる」
「それ以上は?」
「飽きる」
「ん、ご主人様はご主人様っすね。安心したっす」
「よし、飽きたから行こう」
俺は下りの道を、てくてくと歩いて行く。
その後ろを、フィフィがふよふよとついてくる。
それから数十分ほど道を歩いて行くと、森からの小道は、大きな街道と合流した。
このあたりまで来ると、通行人や馬車が行き交い、賑わいを感じさせる。
「うちは目立つっすから、ご主人様の服の中に隠れるっすね」
フィフィはそう言って、俺の服の襟元から、その中へともぐり込んだ。
そして服の内側に、その身をすっぽりと収納する。
「……ご主人様の汗の臭いがするっす」
フィフィは服の内側から俺を見上げ、クレームを言ってきた。
「なぜそこを選んだ」
「……イケメンの体臭に、少々興味があったと言ったら引くっすか」
「…………」
クレームじゃなかったらしい。
うちの案内役は、思いのほかド変態だったようだ。
「だ、黙らないでほしいっす! ご主人様にだって、アブノーマルな嗜好の一つや二つあるはずっす! だったら乙女のそういうのにも、寛容になるべきっす!」
「お、おう」
しかし残念ながら、この妖精もどきは俺の中で、乙女枠から全力でスピンアウトしていた。
まあ変態案内役のことはさて置いて、俺は街道を歩いて、正面にそびえる街へと向かう。
街の外側をぐるっと囲んでいる石の壁は、高さは二階建ての建物の屋根ぐらいあるだろうか。
その壁の上は、どうも歩道橋のような感じで人が歩けるようになっているらしく、槍を持って鎖帷子を着た兵士が、のこのこと歩いていた。
……ふと思うんだけど、あの外壁って、空飛ぶ敵相手には、まったく役に立たないよな。
この世界、空飛ぶモンスターとか、あまり多くないんだろうか。
あ、それと武装している兵士の姿を見て思い出したけど、武装といえば、今の俺もわずかばかりの武装をしている。
腰に小剣を一振り携え、背中には木製の円形盾が括り付けられていて、鎧は硬革のそれを身に着けている。
どれもこの体が元々持っていたもので、いずれも新品同然なあたり、見ず知らずの間柄ながら、この体の元の持ち主に対して、憐憫の情が浮かんできたりもする。
まあ、だからと言って、何ができるわけでもないんだけど。
ほかには、背負い袋に野外生活道具一式みたいなのが入っているのと、懐の財布らしき布袋に銀貨十枚ちょっとが入っているのが、俺の持ち物のすべてだった。
さて、そんなことを考えながら、街の入り口の門の前まで進む。
でっかい門扉が開かれた広い門の前で、門番が一人ひとり、出入りをチェックしている。
門の前では、チェック待ちの人による、ちょっとした行列ができていた。
「なあフィフィ、ここまで来てみたはいいけど、街への通行証が必要とか、あったりするのかね?」
俺が自分の服の中にこっそり声を掛けると、妖精姿が胸元から見上げて返事をする。
「特にないはずっすよ。戦時下でもないっすから、通行税を払えば普通に通してくれるはずっす」
「うっ、金取られるのか……」
「よそ者は最初だけ取られるっすよ。活動拠点を街中に置くなら、門番に顔を覚えてもらえば、あとはフリーパスっす」
それもすごいな。
門番の記憶力に頼るとか、さすがにアナログだ。
つか、門番の人、大変そうだ。
しかし通行料かぁ。
飛行能力を使うとかして忍び込めないこともないんだろうけど、フィフィに聞いたら通行税は銀貨一枚ぐらいだというので、手持ちの銀貨を十数枚持っている俺としては、大人しく払った方がいい気がする。
ちなみに銀貨一枚は、だいたい千円ぐらいのイメージとのこと。
一度中に入れば二度は払わなくていいと考えると、高速道路の料金所ぐらいに考えれば、そんなに高い支払いでもない気がしてくる。
そんな風に考えていると、やがて俺の番がやってきた。
俺は門番の人に、声を掛けられ──
──あれ、小さいぞ。
俺はその門番を、上から見下ろす。
「あんた見たことない顔だな。よそ者だったら、通行料、銀貨一枚だ」
ソプラノではない、その通りのよいアルトの声は、子ども──いや、女の子の声だ。
門の前に立って出入りのチェックをしていたのは、俺の胸ぐらいまでしか背丈のない、子どもみたいな大きさの門番だった。
パッと見で、鎧を着たロリっ子という印象。
丈の長い斧を手に、落ち着いた様子で立ち、俺を見上げている。
俺が財布袋から銀貨を一枚手渡すと、彼女はそれを、腰に身に着けた布の小袋に入れる。
そして俺に問いかけてくる。
「見た感じ、冒険者候補ってトコか?」
「えっと……まあ、そんなとこ」
「煮え切らない返事だな。まあいい。それなら中央広場を左に折れた先に冒険者ギルドがあるから、まずそこに行くことだ。あと、宿が決まったら、今度でいいから教えてくれ。じゃあな、頑張れよ」
鎧と斧のロリっ子は、そう男前に言って、俺を通してくれた。
何あの子……かっこいい。
「ドワーフっすね。なかなか腕の立つ、ベテランの門番みたいっす」
門を抜けて市街に入ってから、服の中のフィフィが告げてくる。
ほう、と思って、俺は彼女に「ステータス鑑定」のスキルを試みてみる。
スキルの発動方法は、例によってそうと念じるだけ。
すると、以下のような情報が、俺の脳裏に滑り込んできた。
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名前:リノット
種族:ドワーフ
性別:女
クラス:ウォリアー
レベル:7
経験値:382,490/577,000
HP:170
MP:46
STR:42
VIT:34
DEX:26
AGL:17
INT:13
WIL:23
スキル
・斧マスタリー:2レベル
・クラフト/武器:1レベル
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……むっ。
ステータスだけ見たら門番さん、結構強い気がするぞ。
いやいや、俺が1レベルにして、ベテランさんに全方位で勝っていることを驚くべきなのかもしれないが……いずれにせよ、街の人も結構バカにならんな。
これはまずもって、レベル上げが急務かもしれん。
「よし、冒険者ギルドへ行こう」
「……どうしたんすかご主人様、急にやる気出して」
ふふん、乙女(笑)には分かるまい。
男の子の、俺Tueeee!魂というものはな。