お巡りさんこいつです
「は……?」
部屋の入口に立ったアイヴィは、俺たちの姿を見て固まっていた。
ベッドに腰掛けた俺、その膝元ですっかり眠っているメイド服姿のティト。
なお、部屋の入口は、俺の正面側にある。
つまり扉側からは、メイド服を着たティトの背中やお尻が見えるという位置関係で、事によると、アイヴィの側からは事実よりもさらにとんでもない光景と映っているかもしれない。
「んぅ……?」
そのとき、俺の悲鳴がうるさかったのか、ティトが目を覚ます。
ぼんやり眼で俺を見上げてきて、
「はぅ……申し訳ありません、旦那さま。私がご奉仕しなければならないのに、あまりにも気持ち良すぎて……こうして旦那さまに愛してもらえるティトは、幸せ者です」
えへへっと笑いつつ、とんでもないセリフを吐いてきた。
その少女の微笑みは、まさに女神か天使かと思うぐらいだが、いまはそんなものに興奮している場合でもない。
俺はふるふると首を横に振り、ティトに部屋の入口の方を指さして見せる。
「……はい? 何でしょう、旦那さ……ま」
ティトが部屋の入口のほうへと振り向く。
そして、その姿勢のまま、少女は固まった。
一方、入口に立ったアイヴィは、顔を真っ赤にして、
「す、すまない! ノックぐらいするべきだった!」
そう言って、慌てて部屋の外に出て、バタンと扉を閉めた。
しんと静まり返る、部屋の中。
「……あ、あの、カイルさん……? 状況が、よく分からないんですけど……」
さすがのティトも、メイドさん演技が解けていた。
……うん、残念ながら俺も、この状況を的確に説明できる自信がまったくないな。
とりあえず、あれだ、核心部分だけでも共有しておこう。
せめてティトを味方につけた二人掛かりでないと、あの難聴さんに対応できる気がしない。
「えっと、多分なんだが……」
「……は、はい」
「俺たち、エロい事してたと思われた、と思う」
「エロい事……?」
ティトが首を傾げる。
ううぅっ……ここから先、言わなきゃいけないの……?
別に誰が聞いているわけでもないんだが、俺はティトを手招きして、彼女にそれを耳打ちする。
ごにょごにょがごにょごにょで、ごにょごにょごにょごにょ……。
すると、俺の言葉を聞いているうちに、ティトの顔が徐々に赤く染まっていった。
そして俺の言葉をすべて聞き終えると、
「はあああああっ!? だって、そんなの──やってないじゃないですか!?」
ティトがあげたのは、まるで悲鳴のような声だった。
「いや、だから……向こうからそう見えたんじゃないか、っていう話で……」
「──私、アイヴィさんのところに行って、説明してきます!」
ティトはそう言って立ち上がり、つかつかと早足で部屋を出てゆく。
思い込みの激しいアイヴィのことだ、説明したところで、分かってもらえるとも思えないが……。
しかし、事態はそれよりも前、思ってもいなかった場所でつまずく。
ティトが部屋の扉を開いて出て行こうとしたところで──
「──うわあっ!」
「きゃあっ! ──って、アイヴィさん……?」
ティトが扉を開けたすぐ先、部屋の外の廊下には、尻もちをついた姿の赤髪の美女がいた。
……えっ、どういうこと?
「あ、あはははは……」
誤魔化すように笑っているアイヴィ。
俺は自分の頭の中で、可能性を模索する。
アイヴィの性格、彼女が見たもの、それにあのとことんダメな性根──それらも計算に入れ、導き出されるものは──
ぽく、ぽく、ぽく……ちーん。
…………。
あんにゃろう、まさか。
中でアレなことが起こってると思って、部屋の外でこっそり盗み聞きするつもりだったんじゃ……。
「……や、やあ。邪魔しちゃ悪いと思って、でもその、やっぱりちょっと気になっちゃったかなー、なんて、あはははは……──その、ごめんなさい」
アイヴィは廊下で素早く正座し、床に額をこすりつけるように、頭を下げた。
その姿は、大変に潔かった。




