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心の中で悪魔と天使が戦うとき、両者の戦力が常に互角であるとは限らない

 ベッドに腰掛けた俺の懐で、メイド姿のティトがすぅすぅと寝息を立てている。

 ずっとなでなでしていたら、あんまり気持ちよかったのか、少女はいつの間にか眠ってしまっていた。


 腕の中のメイド服姿を見て、膝枕的な意味で言えば、普通立場が逆だろうと苦笑する。

 まあ、幸せなことには変わりないから、いいんだが。

 今度、膝枕して、耳掃除とかしてほしいと言ったら、ティトはやってくれるだろうか。


「んぅ……」


 ティトが少し身じろぎする。

 背中に流された銀髪が、左右にさらりと分かれ、服の襟元から伸びた麗しい首筋が露出する。


 ……ごくり。


 いまこの閉じられた部屋の中には、俺とティトしかいない。

 俺の腕の中で、これ以上ないという美少女が、眠りについている。


 健全な男子の欲望が、首をもたげてくる。


 ──今ならちょっとぐらいイヤラシイことしても大丈夫だよ、バレないバレない、と心の中の悪魔がささやく。


 バカっ、バレるバレないの問題じゃないだろ! 自分のことを信頼して身を預けてくれてる女の子に、そんなことをして恥ずかしくないのかお前は! と心の中の天使が叱責しっせきする。


 バーカ、お前だって、この子が自分に好意を抱いてる事ぐらい分かってんだろ。だいたいそうじゃなきゃ、男の部屋で二人きり、こんな風に身を委ねるわけないだろ。こいつだって誘ってるんだよ、やっちまえやっちまえ、と悪魔。


 そ、それなら……なんだ、あれだよ、ちゃんと、起こして、本人の同意のもとにだな……と天使。


 あのなぁ、こんなの同意してるようなもんだろ。襲えっつってんだよ、襲わなきゃ失礼なの。この子は勇気出して、お前にアプローチしかけてきてんだよ。この上さらに女の口から言わせるつもりか。はー、最低だなお前、これだから童貞は。


 う、うるさいな! だってティトだぞ! もっとこう、そういう大人的なあれじゃなくて、単純に甘えたかったとか、それだけの可能性だって──。


 はいはい、童貞乙ー。いいか、人生にはな、たいてい誰にでも、何度かのチャンスってものが訪れるんだよ。何度もじゃない、何度かだ。その何度かのチャンスをモノにできるかどうか、チャンスに手を伸ばそうとするかで、そいつの人生の質が決まるんだ。何かを手に入れたけりゃ、チャンスのときに自分から手を伸ばすしかないんだよ。


 そ、それは……でも、こういうときのことを言うものじゃ……。


 はいはい、そうやってこれまでずーっとチャンスをスルーし続けてきたボクは黙ってましょうねー。はい、さいなら!(げしっ)


 ──うわぁあああああっ!


 …………。


 脳内茶番劇の末、天使は蹴り出された。

 天使は弱かった。

 悪魔の圧勝だった


 現実世界に戻ってきた俺は、自分の腕の中にいるメイド姿の美少女の無防備な姿を見て、再びごくりと息をのむ。

 肩に回していた腕をそっと外し、頭をなでていた手もそっと離し──




「──やあ、カイル。今日ボクは、どうしたらいいのかな。やっぱり昨日と同じように──」


「──ぎゃあああああああっ!」


 突然に部屋の扉が開かれ、闖入ちんにゅう者が到来。

 俺はこの異世界に来てから一番の悲鳴を上げた。


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