そして少女は、にゃーと鳴いた
「最近うちの存在感がないと、もっぱらの評判っす」
家に帰って夕食を終え、俺の私室。
ベッドに腰掛けた俺の前に、フィフィがふよふよと浮きながら自己主張してきた。
何の話だ。
「はあ……。で、そんなフィフィに久々に質問があるんだが」
「うちのスリーサイズに関する質問じゃなければ受け付けるっす」
「安心してくれ、1/8スケールのスリーサイズを聞いて興奮する趣味はない。──この世界って、ハーレムとか一般的なの?」
俺は露天商のお姉さんとの会話で気になっていたことを、フィフィに確認してみる。
あの口ぶりだと、それ自体がゲスの極みっていうイメージじゃなさそうだったが……。
「一夫多妻制っすか? まあ国や地域にもよるっすけど、この辺の地域では違法ではないし、社会的に忌避されてるってこともないっすね。ただ、その人数の嫁さんたちが、働かなくても食っていけるだけの経済力が大前提っすよ」
ふむ、経済力。
意外と世知辛い話だった。
そしてフィフィは、肩をすくめ、
「──はっ、ご主人様も偉くなったもんっすね。この世界に魂が転移したばっかりの頃は、一人で格闘ごっこして喜んでたっすのに、今やたくさんの美少女に囲まれてハーレムの心配っすか。はー、やれやれっす」
「…………」
等身大の自分を思い出させてくれてありがとう。
今すぐこいつの口を封じられるチート能力はないものかと探したが、残念ながらそんなものはなかった。
と、そのとき──俺の部屋の扉がコンコンとノックされた。
誰だろう、こんな時間に……。
いや、こんな時間に部屋に来るのは一人しか思いつかないんだが、しかし昨日はあいつ、ノックもせずに入ってきた気がする。
まあいいや、露天商のお姉さんの説教の話もあるし、ちょっと真面目に話でも聞いてやるか。
「開いてるよ、どうぞ」
「──はい、失礼します、旦那さま」
しかし返ってきたのは、予想外の声と言葉だった。
なん……だと……?
「それじゃ、うちは邪魔者みたいなんで退散するっすよ~。ばっはは~い♪」
フィフィはその場で、ドロンパっと消えていなくなった。
えっ、こいつ消えられたの?
そう言われてみれば、ここ最近服の中にいても、いることを忘れるぐらい違和感がなかったが……。
いやいや、いま重要なのはそれじゃない。
俺はキィという音を立てて開かれてゆく、部屋の扉へと注視する。
部屋の扉が開き切り、そこに姿を現したのは、案の定、ティトだった。
しかもこれまた案の定、メイドさん姿だった。
ウェーブのかかった長い銀髪の上には、メイド姿特有のヘッドドレスが乗っかっていて。
クラシックなロングスカートの黒白メイド服は、使用人服と呼ぶにはあまりにも美しく、少女を彩っていた。
「──てぃ、ティト……?」
俺がベッドに腰掛けたままで狼狽していると、ティトは入り口で深く一礼してから、部屋に入り、ロングの白手袋に包まれた手で扉を閉めた。
そして優雅な足取りで、俺の前まで歩いてくる。
ティトは俺の前に立ち、俺をじっと見つめてくる。
「──旦那さま」
「あ、ああ、何か……?」
俺が聞くとティトは、うつむき、両手でぎゅっとスカートを握り、言ってきた。
「あの、その……旦那さま……今日は何か、お忘れではないですか……?」
ドキドキする。
何か忘れてないか、と言われても、とても思い出せそうにない。
「……今日は、その、私……まだ旦那さまから、愛してもらっておりません……し、失礼いたします」
ティトはそう言って、少ししゃがみ込むようにして、俺の胴に抱き着いてきた。
俺としてはもう、パニックしかない。
「てぃ、ティト……?」
少女の柔らかな体温が、メイド服の布越しに伝わってくる。
意味が分からない幸福に、意味もなくぶん殴られた感じ。
俺の眼下には、ヘッドドレスの乗った綺麗な銀髪がある。
思わず肩を抱いて、優しくなでなでしたくなるような綺麗な髪からは、ふわっと女の子のにおいが──
──って、あれ、ひょっとして。
「……ひょっとして、頭なでなでの話?」
俺が聞くと、ティトは顔を上げて俺と視線を合わせると、こくんとうなずく。
「旦那さまは、毎日自分に頭をなでさせろと、そうおっしゃいました。──お忘れですか?」
少女は少し、むくれていた。
ああ、いや、うん……確かに「毎日」って言った、気はするよ。
言った気はするけど──当時こんなシチュエーションは、想定してなかったよ。
えっと、どうしよう。
えっと、えっと──とりあえず、なでとくか。
「──じゃあ、なでるぞ」
「……はい、旦那さま」
ティトはぽふっと、俺の胸に自分の顔を預けてきた。
俺は左手でティトの肩を抱き寄せ、右手でその少女の頭をなでなでした。
腕の中のメイド姿が、なんかごろにゃんと、猫のように丸まった気がした。
「にゃー……」
漏れる声まで猫だった。
うちのメイドさんは猫になった。
俺は飽きるまで、その腕の中の猫さんの髪をなでることにした。
でもしばらく、飽きることはないだろうと思った。




