表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/121

そして少女は、にゃーと鳴いた

「最近うちの存在感がないと、もっぱらの評判っす」


 家に帰って夕食を終え、俺の私室。

 ベッドに腰掛けた俺の前に、フィフィがふよふよと浮きながら自己主張してきた。

 何の話だ。


「はあ……。で、そんなフィフィに久々に質問があるんだが」


「うちのスリーサイズに関する質問じゃなければ受け付けるっす」


「安心してくれ、1/8スケールのスリーサイズを聞いて興奮する趣味はない。──この世界って、ハーレムとか一般的なの?」


 俺は露天商のお姉さんとの会話で気になっていたことを、フィフィに確認してみる。

 あの口ぶりだと、それ自体がゲスの極みっていうイメージじゃなさそうだったが……。


「一夫多妻制っすか? まあ国や地域にもよるっすけど、この辺の地域では違法ではないし、社会的に忌避されてるってこともないっすね。ただ、その人数の嫁さんたちが、働かなくても食っていけるだけの経済力が大前提っすよ」


 ふむ、経済力。

 意外と世知辛い話だった。


 そしてフィフィは、肩をすくめ、


「──はっ、ご主人様も偉くなったもんっすね。この世界に魂が転移したばっかりの頃は、一人で格闘ごっこして喜んでたっすのに、今やたくさんの美少女に囲まれてハーレムの心配っすか。はー、やれやれっす」


「…………」


 等身大の自分を思い出させてくれてありがとう。

 今すぐこいつの口を封じられるチート能力はないものかと探したが、残念ながらそんなものはなかった。




 と、そのとき──俺の部屋の扉がコンコンとノックされた。


 誰だろう、こんな時間に……。

 いや、こんな時間に部屋に来るのは一人しか思いつかないんだが、しかし昨日はあいつ、ノックもせずに入ってきた気がする。


 まあいいや、露天商のお姉さんの説教の話もあるし、ちょっと真面目に話でも聞いてやるか。


「開いてるよ、どうぞ」


「──はい、失礼します、旦那さま」


 しかし返ってきたのは、予想外の声と言葉だった。

 なん……だと……?


「それじゃ、うちは邪魔者みたいなんで退散するっすよ~。ばっはは~い♪」


 フィフィはその場で、ドロンパっと消えていなくなった。


 えっ、こいつ消えられたの?

 そう言われてみれば、ここ最近服の中にいても、いることを忘れるぐらい違和感がなかったが……。


 いやいや、いま重要なのはそれじゃない。

 俺はキィという音を立てて開かれてゆく、部屋の扉へと注視する。


 部屋の扉が開き切り、そこに姿を現したのは、案の定、ティトだった。

 しかもこれまた案の定、メイドさん姿だった。


 ウェーブのかかった長い銀髪の上には、メイド姿特有のヘッドドレスが乗っかっていて。

 クラシックなロングスカートの黒白メイド服は、使用人服と呼ぶにはあまりにも美しく、少女を彩っていた。


「──てぃ、ティト……?」


 俺がベッドに腰掛けたままで狼狽ろうばいしていると、ティトは入り口で深く一礼してから、部屋に入り、ロングの白手袋に包まれた手で扉を閉めた。

 そして優雅な足取りで、俺の前まで歩いてくる。


 ティトは俺の前に立ち、俺をじっと見つめてくる。


「──旦那さま」


「あ、ああ、何か……?」


 俺が聞くとティトは、うつむき、両手でぎゅっとスカートを握り、言ってきた。


「あの、その……旦那さま……今日は何か、お忘れではないですか……?」


 ドキドキする。

 何か忘れてないか、と言われても、とても思い出せそうにない。


「……今日は、その、私……まだ旦那さまから、愛してもらっておりません……し、失礼いたします」


 ティトはそう言って、少ししゃがみ込むようにして、俺の胴に抱き着いてきた。

 俺としてはもう、パニックしかない。


「てぃ、ティト……?」


 少女の柔らかな体温が、メイド服の布越しに伝わってくる。

 意味が分からない幸福に、意味もなくぶん殴られた感じ。


 俺の眼下には、ヘッドドレスの乗った綺麗な銀髪がある。

 思わず肩を抱いて、優しくなでなでしたくなるような綺麗な髪からは、ふわっと女の子のにおいが──


 ──って、あれ、ひょっとして。


「……ひょっとして、頭なでなでの話?」


 俺が聞くと、ティトは顔を上げて俺と視線を合わせると、こくんとうなずく。


「旦那さまは、毎日自分に頭をなでさせろと、そうおっしゃいました。──お忘れですか?」


 少女は少し、むくれていた。


 ああ、いや、うん……確かに「毎日」って言った、気はするよ。

 言った気はするけど──当時こんなシチュエーションは、想定してなかったよ。


 えっと、どうしよう。

 えっと、えっと──とりあえず、なでとくか。


「──じゃあ、なでるぞ」


「……はい、旦那さま」


 ティトはぽふっと、俺の胸に自分の顔を預けてきた。


 俺は左手でティトの肩を抱き寄せ、右手でその少女の頭をなでなでした。

 腕の中のメイド姿が、なんかごろにゃんと、猫のように丸まった気がした。


「にゃー……」


 漏れる声まで猫だった。

 うちのメイドさんは猫になった。


 俺は飽きるまで、その腕の中の猫さんの髪をなでることにした。

 でもしばらく、飽きることはないだろうと思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ