リア充の苦悩
木漏れ日の落ちる森の中を、ざっくざっくと歩く。
俺の前には道案内のアイヴィが、俺の後ろにはティトとパメラが続く。
昨夜にアイヴィから良い狩場があると教えられた俺は、今日の朝食を終えたのちに、仲間たちを連れて街を出た。
そして街の門を出て、アイヴィの案内通りに小一時間ほど歩くと、木々の生い茂った森の中へと足を踏み入れることになった。
件の狩場までは、もう少しだという。
俺たちはアイヴィの進むままに、その後をついて行く。
「──それにしても、つくづくキミは鬼畜だね、カイル」
ふと、赤いポニーテイルの髪をぴょこぴょこ揺らしながら俺の前を歩いていたアイヴィが、後ろの俺に視線を投げつつ、声をかけてきた。
「……? 何がだよ」
俺が聞くと、アイヴィは立ち止まって振り向いた。
そして後ろ手に手を組み、可愛らしいポーズで身を屈めつつ、上目遣いで俺を見つめてくる。
「何が、と来たか。まったく──昨日ボクはずっと、ベッドの中で布団をかぶってドキドキしながらキミが来るのを待っていたんだぞ。まさか丸一日放置プレイを受けるとは思わなかったよ」
「あー……」
そう言えばそんなこともあったな。
ていうか、そんなものドキドキしながら待つなよ。
「ふふっ──まさかこうして毎日焦らし続けて、ボクがどうしようもないほど出来上がってしまうのを待つつもりかい? 恐ろしい男だな、キミは」
「…………」
この人が何を言っているのか分からないし、分かったら負けだと思う。
ていうか恐ろしいのは確実にお前だからね。
そんなことを思っていたら、後ろからパメラが質問してきた。
「なあダーリン、何の話してんの?」
「……お前は知らんでいい」
無碍に突っぱねる。
お前はそのままのアホの子でいてくれ。
「まぁたそれかよー! ダーリン、ねぇダーリンってば、教えてよー!」
しかしパメラは、俺の背中に飛びついてしがみつき、駄々をこねてきた。
暑苦しい……。
何というか、あれだ。
そろそろ俺の嘆きを分かってくれる味方がほしい。
俺は唯一の味方として期待できるティトに、助けを求める。
「なぁティト、お前からもパメラに何か言ってやって──って、ティト?」
そのティトは、いつの間にか俺の隣に来ていて、俺の手を、その小さくてやわらかい両手で包み込んできた。
そして、俺より少し背の低いティトは、俺を見上げながら聞いてくる。
「──何の話ですか、カイルさん」
ティトの声は、低かった。
三角帽子のつばが、少女の顔に影を落としている。
その瞳から、光彩が失われている気がするのは、気のせいだろうか。
何の話、と言っているのは、アイヴィが喋った内容についてに違いない。
しまった、味方だと思っていたら、実際の識別信号は赤だったらしい。
俺は、ごくりと息をのむ。
「あ、いや、だから……」
何となく、しどろもどろになってしまう俺。
何だろうこの、ティトの正妻プレッシャーっぽい何かは。
「その、あれだ……いまティトが考えているようなことは、まったく何もないぞ……?」
変な汗が出てくる。
おかしい、やましいことは何一つしていないはずなのに……。
「──いま私が考えているようなことって、何ですか?」
ティトの声は冷たい。
「いや、その、だから、な……?」
「……カイルさん」
ティトがつぶやく。
その少女の両手が、包み込んだ俺の右手を、そっと動かしてゆく。
……え、何する気、この子?
俺の手は、ティトに動かされるままにしておいたら、彼女の胸の上にぽふんと置かれた。
ローブ越しの大きな胸の上の手に、少女の鼓動がとくん、とくんと伝わってくる。
「私の胸の音、聞こえますか」
「あ、ああ」
「じゃあ、当ててください。私が今、何を思っているのか」
すごい無茶を言われた。
生まれて初めて、リア充の苦労が分かった気がした。
「──ダーリン! ねぇダーリンってばぁ!」
背中では、張り付き虫が喚いてるし。
前途多難、という言葉は、こういうときに使うんだろうなぁと、しみじみ思った。
その後ティトは、事情を全部すっかり説明してやると、納得してくれた。
ティトは元より、誤解さえ解いてやれば、分かってくれる子である。
が、納得はしてくれても、彼女の立ち位置は変わらなかった。
その両手で、俺の右手をぎゅっと握りながら、俺の隣を歩いていた。
「……私を不安にさせた分は、補填してください」
というのがティトの言い分だった。
よく分からないが、彼女によると俺の手を握っていれば損害に対する補填が自動的にされるらしいので、そのまま放置することにした。
ちなみに、パメラの方はというと、めんどくさいので断固無視した。
背中にしがみついて離れないが、もうそういうものだと思って放置した。
で、しばらくそうしていると、
「……あれ? ねぇダーリン、あたし何の話してたんだっけ?」
と、こうなった。
理をもって挑んではならない相手というのが、世の中にはいるのである。
一方、前を歩くアイヴィは、子連れパパのような姿になった俺を見ながら、
「……いいなぁ。一体どんな鬼畜な手段で調教したんだろう……」
なんて、指をくわえながら物騒なことを言っていた。
口を開くたびにこう、要注意度がうなぎ上りする人も、珍しいと思った。




