危険な夜
その夜。
俺は私室にて、物思いにふけっていた。
「ふむ……」
俺の前の机の上には、文字が書き込まれた一枚の紙があり、その横には羽根ペンとインクが置かれている。
灯りは机の上のランタンによるもののみで、ゆらゆらと揺れる小さな火が、机とその周囲を薄暗く照らしている。
机の上の紙には、うちのパーティメンバーのレベルが書き込まれていた。
もちろん、俺が書き込んだものだが──
俺、17レベル。
ティト、3レベル。
パメラ、3レベル。
アイヴィ、11レベル。
──とある。
俺はそれらの文字を見て、つぶやく。
「バランス悪いよなぁ……」
……と。
Aランク冒険者のアイヴィは、まあいい。
俺とあれだけの接戦を繰り広げられるレベルなら、パーティメンバーとして問題はないだろう。
問題は、ティトとパメラだ。
足手まといと言っては何だが、実際のところ、現状では戦力外だ。
この間のジャイアントアントクイーンのようなレベルのモンスターを相手する場合には、むしろ守ってやる必要すら出てくる。
「うーん、どうしたもんかなぁ……」
俺が一人うなっていると、不意にガチャリと、俺の部屋の扉が開いた。
振り向いてみると、そこに立っていたネグリジェ姿の赤髪の美女は、アイヴィだった。
「──どうしたの、何か困ったことでも?」
部屋に入ってきたアイヴィは、俺のすぐ横まで歩いてくると、机の上に手をつき、紙をのぞき込む。
俺の横目に、寝間着越しの豊かな胸──ティトほどではないが、パメラよりは優秀なそれが、たゆんと揺れて映る。
彼女の肌がまとう体温が、伝わってきそうなすぐ近くの距離。
俺は気付かれないようにひっそりと、唾をのむ。
──シチュエーションの暴力だ。
こいつの内面が残念だと分かっていても、やはりこうして肌と肌の距離に寄られると、健全な男子的なアレがナニで辛抱たまらん感じになる。
「……いや、ティトとパメラのレベルが、もうちょっとどうにかならないもんかと思ってな」
俺は内心を隠すように、表面的な話題を持ち出す。
アイヴィは「ふぅん」と言って、俺のそばから離れ、俺のベッドのほうへと歩いてゆく。
「レベルねぇ──レベル上げだったら、やっぱりあそこかなぁ」
「いい稼ぎ場、知ってるのか?」
「まぁね。わりと穴場かな? ボクが明日、案内するよ」
アイヴィは言って、俺のベッドに腰掛けると、ネグリジェの上衣のボタンを上から一つ一つ外してゆく。
俺はその姿を見て、言う。
「──あと今、もう一つ、困ってることがあるんだ」
「ん、何? ボクに解決できるか分からないけど、言ってみてよ。話を聞くぐらいは、できるからさ」
そう言って、俺に向かって微笑んでくる美人のお姉さん。
俺は意を決して──その何物にも包まない、生の言葉をぶつけることにした。
「ああ、じゃあ聞いてくれ」
「うん、どうぞ」
「──なんでお前、夜中に当たり前のように俺の部屋に来て、当たり前のように脱ごうとしてんの?」
「……?」
俺の当然の問いに、アイヴィは年甲斐もなく、可愛らしく小首を傾げた。
いや、なんで不思議そうな顔してんだよ……。
あの後、微妙に会話に齟齬がありながらも俺の仲間になることを了承したアイヴィには、自室を一つ、与えたのである。
そのアイヴィが、なぜ今ここにいるのか。
「いや、だって……キミの(ピーッ)奴隷にされたボクは、今日から夜な夜なキミに欲望のままに、その、なんだ……じゅ、蹂躙、されるんだろ……?」
「…………」
恥ずかしそうに上目遣いで言ってくるアイヴィの姿を見て、俺はかくんと、自分の頭を倒す。
その設定、生きてたんだ……。
「はっ──そうか、ごめん! 自分で脱がしたい派だった?」
「違うわっ! 違わないけど違うわっ! ていうかいいから出てけ! そして自分の部屋に帰れ!」
俺はそう言って、部屋の出口を指さしてやる。
いや本気で、この残念脳の爆弾お姉さんには、俺の理性が生きているうちに帰ってほしい。
「で、でも、それじゃあ、ボクの(ピーッ)奴隷としての価値が──はっ、まさか! 部屋まで襲いに来るから、待ってろってこと!?」
ベッドの上、脱ぎかけの姿で、慄くように身を引くアイヴィ。
……ダメだ、話が通じない、どうしよう……。
そしてヤバい。
そろそろ俺も、ベッドの上にシティーがハンターする感じにダイブしたい気持ちを、抑え切れなくなってきた。
そして、百トンハンマーを振り回して止めてくれるような人は、ここにはいないのだ。
えーっと、もう、アレだ。
しょうがないから、話を合わせよう。
「──ああ、そういうことだ。分かったら、部屋で大人しく待ってろ」
「うっ……わ、分かった」
その俺の言葉に、アイヴィは恥ずかしそうに顔を赤らめながら、部屋を出て行った。
……よし、ひとまずこれでオッケー。
もちろん俺はその後、自室でぐっすりお休みしたのだった。
明日からのことは、明日以降また考えよう。
おやすみ!




