後付けの奥の手
空手になったその時点で、俺の心は決まっていた。
だけど、それがいきなり宙に現れるってのは、できれば避けたい。
「──くらえ、流星剣!」
再び間合いに踏み込んできたアイヴィの姿が、揺らめく。
ちっ、またアレか──!
怒涛の連撃が、俺に襲い掛かった。
俺はその二刀による連続攻撃を、右に左に後ろにと身を振って、どうにか回避してゆく。
アイヴィの高速の剣が、高速でことごとく空を切る。
初見のときと剣の軌道がほぼ一緒だから、何とか対応できている感じだ。
そして最後の剣閃を、後ろに跳んで回避──
「まだだ! ──紫電、雷光!」
──なぬっ!?
アイヴィはまるで格闘ゲームでのキャンセル技のように、連続攻撃の最後の一閃を嘘のように中断したかと思うと、そのまま剣を突き出し、猛烈な速度で一足飛びに突進してきた。
その剣先がバチバチと、電撃をまとっている。
「──んぎっ!」
俺は着地するなり横方向にダイブし、これもギリギリで回避。
地面で一回転でんぐり返しして、俺の背後へと回ったアイヴィへと体を向ける。
突進技の影響でだいぶ先まで直進したアイヴィも、俺のほうへと振り向き、
「くっ、ちょこまかと──大人しく観念しろ! そうしたらあの子たちはボクのものだ!」
俺に向けて剣先を突き付け、そんなことを言ってきた。
……あっれー、おかしいなぁ。
いまこのお姉さん、『ボクのもの』とか言った気がするなぁ。
さっきは『保護』とか言ってたような……。
まあそれはともかく、このままじゃ埒があかない。
防戦一方で、いずれやられる。
ちなみに魔法は、使おうとするとわずかにだが動きを止めなければならない時間があり、高速近接戦闘の最中に混ぜ込むのは、ちょっとしんどいものがある。
まあ──やるなら、今だろうな。
俺はしゃがんでいた状態から立ち上がりつつ、ポケットから無限収納を取り出す。
「……ふぅ、やれやれ。──あんた大したもんだよ、俺にこいつを使わせるなんてな」
「……何? まだ奥の手を隠してるとでも言うつもり?」
俺の思わせぶりな適当台詞に、怪訝そうな顔をするアイヴィ。
その間に俺は、畳んであった無限収納を広げ、その袋の口に手を突っ込む。
同時に脳内でチートポイントを3ポイント消費。
女神通販センター(仮)から、俺の手の中にそれを取り寄せた。
……いや、別に無限収納の中から取り出す必要もないんだけどさ。
なんか一応、この世界の人たちがそこそこ信じられそうな体裁ぐらいは、整えておこうかなと思って。
そんなわけで俺は、取り寄せたそれを、無限収納の中から取り出す。
「まあな──奥の手ってのは、隠しておくもんだろ?」
そう言いながら俺が取り出したのは、一振りの剣だった。
ただし、先に持っていた普通のショートソードなどとは、鞘を帯びた状態での見た目からして、まるで高級感が違う。
──チートポイントを消費することで、魔法の武器、いわゆる魔剣と呼ばれるアイテムを手に入れることができるんだが。
これによって手に入れられる魔剣には、3段階のグレードがある。
チートポイント1ポイントで入手できる魔剣は、この世界でもわりとありふれたものだ。
これはシングルランクと呼ばれ、街の武器屋でもたまに並んでいるぐらいの代物らしい。
値段にすれば、金貨数十枚から百枚前後といったところ。
アイヴィが持っている二本の剣も、魔剣だとするならこのランクだろう。
次いで、2ポイントで入手できる魔剣。
ダブルランクと呼ばれるこのレベルの魔剣は、当然ながらシングルランクより強力だが、かなり希少で、店に並ぶことはほとんどありえない。
値段で言えばシングルランクの十倍といったあたりが相場とのことだが、それ以前に、そもそも取引自体がほとんど発生しないという。
そして、3ポイントで入手できる、トリプルランク。
これは神々が鍛えた武器などと言われているもので、世界中を探しても、このランクの魔剣は両手が必要ないほどの数しか存在しない、とのこと。
値段で言えば、天井知らず。
そんなわけで、折角チートポイントを使ってお取り寄せするなら、トリプルランクかなと。
シングルなんかその気になれば全然買えちゃうだろうし、そこにチートポイントを使うのは、ちょっと俺の中ではありえないわけで。
ちなみに言うと、ここで言う魔剣というのは魔法の武器の総称らしく、魔槍であれ魔斧であれ、一緒くたに魔剣と呼ぶんだとか。
だから槍でも斧でも何でも選べたのだが、敢えてそれらを選ぶ理由もなかったので、とりあえず一般的な剣にしておいた。
リーチの問題で槍最強だろ、とかそういう最強武器論争なんかは、ひとまず置いといて。
俺の取り出した剣を見て、アイヴィの目がスッと細められる。
「その剣──魔剣か?」
「さあね。あんたの自慢の剣で、試してみたらどうだ?」
俺は無限収納をポケットにしまい、剣を鞘から抜く。
しゃりっ、という音がして、その刃が引き抜かれた。
剣身は、ため息が出るほどの美を備えていた。
そろそろ中天にかかり始めた太陽が光を投げかけると、それを反射して、まばゆく輝く。
アイヴィは、ふぅと一つ息をついて、それから鋭い眼光で俺を見据えてきた
そして、
「そうだね──そうさせてもらう!」
──三度、地面を蹴った。
俺に向かってあっという間の速度で突っ込んでくると、両手の剣を振り上げ、
「はぁぁあああ──斬岩剣!」
二本の剣を同時に、振り下ろしてきた。
俺は無造作に、右手の剣を頭上へと差し出す。
俺の魔剣に、アイヴィの二本の剣が同時に叩きつけられた。
今までにない、重い一撃。
──ピシッ。
剣に、亀裂が走った。
「なっ──!?」
アイヴィの振り下ろした二振りの剣が、ともに刃の一部を砕かれ、その身にヒビを走らせていた。
もちろん俺の剣は、ピッカピカの無傷。
そして俺はその剣を、横薙ぎに振り払う。
「──くあっ!」
土台、STRの値が違う。
アイヴィの体が、後ろに吹き飛んだ。
手にしていた二本の剣は、弾き飛ばされて宙を舞い、それぞれが放物線を描いて落下し、地面へと突き刺さる。
尻もちをつき仰向けに倒れたアイヴィは、すぐに起き上がろうとしたが、それよりも早く、俺はその喉元に剣を突きつけた。
赤髪の剣士は茫然と俺を見上げていたが、少ししてはぁとため息をつき、両手を上げた。
「──ボクの負けだ。完敗だよ。……さあ、ボクのことを好きにするがいい」
頬を染めて、視線を逸らされた。
そういうのは、やめてほしかった。




