剣は剣士のなんとやら
さて、この人どうしよう、と思ったのだが。
相手してやらないで逆にめんどくさいことになっても嫌なので、ひとまず勝負を受けることにした。
好きにしろ、というのだから、まあこっちが勝って別方面で好きにすればいいだけの話だ。
通行人のいる道端でやりあうのもアレなので、うちの庭に移動。
テーブルとか余計なものをどけて、戦える場所を作る。
庭は小さめの道場ぐらいの広さはあるので、広さ的にさほど大きな問題はない。
俺の装備は、ティトに剣だけ持ってきてもらって、それを使う。
いつものショートソードだ。
鞘から抜いてみると、よく見たらその剣身は少し、刃こぼれをしていた。
あー……ジャイアントアントの甲殻、結構固そうだったからなぁ。
あれだけ大量に相手をして、しかもクイーンの特に固い甲殻まで叩き切ったから、無理もないか。
「……そんな武器でいいのか?」
俺から五メートルほど離れて対峙する赤髪の女剣士が、バカにしたように聞いてくる。
「まあ、しょうがないだろ。こんな武器しか持ってないんだ」
「そうか。──一流の剣士は普通、扱う剣も一流のものを求める。そんな剣しか持ってないってことは、つまりそういうことか。──お前には少し、期待してたんだけどな。残念だよ」
そう言って、アイヴィは両手にそれぞれ、一振りずつの剣を構える。
左半身を前にした半身になり、左手のロングソードを横向きに置くようにし、右手のショートソードと交差させるような構えだ。
アイヴィが構えた二振りの剣は、どちらも芸術品のように磨き抜かれた剣身を持っていて、それらの刃が陽光を受けて、淡く虹色に輝いているようにすら見えた。
業物、あるいは魔法の武器というやつだろうか。
「ねぇダーリン、大丈夫……?」
「旦那さま……」
庭の縁側の前で、メイド姿の二人が、不安そうに見守っている。
いかん、目の前のポンコツお姉さんが、人類最強のソードマスターか何かに見えてきた。
「ちょっ、ごめん、タイム」
俺はアイヴィに、待ったを要求した。
「はっ? えっ、いや、いいけど……」
「ん、サンキュー」
俺は要求が受け入れられたことを確認すると、縁側前に立っているティトのもとに歩いてゆく。
「えっ……な、なんでしょうか、旦那さま……?」
「いや、今日のなでなで権を、まだ行使してなかったなと思って」
「……はい?」
俺はメイド服姿のティトを左腕でそっと抱き寄せて、ホワイトブリムを身に着けている少女の頭を、右手でなでなでした。
「ふえっ……ふえええええっ!?」
メイド姿のティトが、ぼひゅっと顔から湯気を噴く。
「なっ……! 何してるんだよお前……!?」
後ろから、アイヴィの悲鳴のような声が聞こえてくる。
「何って、なでなで権の行使だよ」
「な、なでなで権……?」
──説明しよう!
なでなで権とは、ティトが俺に、毎日その頭をなでなですることを認めた権利のことである!
昨日の朝に酒場で許諾されたこの権利は、神聖にして不可侵。
何人たりとも、これに異議を唱えることは許されない。
そして俺はいま、今日の分のなでなで権を行使した。
それはまったくもって、正当な権利の行使なのである。
「だ、旦那さま……いけません、このような場所で……」
ティトはそう言いながら、ひしっと俺の胴に抱き着いてくる。
ノリノリだった。
ていうかその演技、いつまで続けるの?
「あー、ティトっちばっかずるい! ダーリンあたしもやって!」
そう言ってパメラも頭を差し出すので、俺は左手をティトの背から外し、パメラの栗色の髪をなでなでする。
「えっへへー♪」
ミニスカメイド姿のパメラは、そこに尻尾があったら絶対パタパタ振ってるだろという様子で、嬉しそうになでられていた。
あー、くそ、こういうときのパメラは普通に可愛いから困る。
「なっ、なっ──何やってんだよ!? いま戦うって話だったよね? ねえ?」
赤の剣士さんからの突っ込み。
正常な反応をありがとう。
「ああ、悪い悪い。ちょっとこっちのペースってやつを補充したくてな」
俺はティトとパメラを放すと、元の立ち位置に戻った。
そして無造作に、相手に向かって半身で立ち、刃こぼれしたショートソードの剣身を肩に置いて、空いているほうの手でちょいちょいと手招きする。
「──じゃ、始めようぜ。いつでもかかってきな」
「くっ──バカにして……っ!」
戦いのときは、相手をこっちのペースに呑み込むことが重要──かどうかは分からないが、気持ちの問題ってのは、何をやるにしてもバカにならない。
自分が本来の実力を発揮し、相手に本来の実力を発揮させないことで、両者のパフォーマンスをも左右する──と、言えなくもなくもなくなくない気がするかも。
まあ本音は、ちょっとムードを変えたかっただけだ。
なんかちょっと負けそうな雰囲気だったんだもん。
が、さすがに相手も一流の剣士だ。
すぅと一つ深呼吸をすると、気負いも乱れもない、真剣な表情になる。
「──いつでもかかって来いと言ったね」
「ああ」
「じゃあ──行くよ!」
言って、地面を蹴った。
──速い。
赤い剣士は、瞬く間に俺の懐に踏み込んでくると、
「行くよ──流星剣!」
両手の二本の剣で、怒涛の連続攻撃を仕掛けてきた。
まるで彼女の姿が、ぶれて見えるかのような素早い動きで、縦横無尽の斬撃と突きを立て続けに繰り出してくる。
俺の目によるスローモーションで見ても、スローモーションのまま残像が残るような、流れるがごとき動き。
これは、なかなか──!
──ガガッ、ガガガガッ、ガキンッ!
「──なっ……!」
一瞬の攻防の後、いったん滑るように後退して距離を取ったアイヴィが、驚きに目を見開く。
「ボクの流星剣を、全部防いだ……!?」
そう驚く赤の剣士さん。
確かに俺の剣は、彼女の連続攻撃をすべて受け止め、はじき返していた。
まあ速いとは言っても、こっちのほうがステータスは上だから、さもありなんだ。
だけど今のは、こっちとしてもかなり、ドキドキものだった。
あっぶねー、という感じだ。
速さだけだったらこの人、ジャイアントアントのクイーンより上かもしれない。
あるいはスキルの問題もあるのかもしれないが、とにかく今のはちょっとギリギリ感があった。
もう何度かやったら、一撃ぐらいもらってしまうかもしれない。
なら、その前に──
と、思ったところで、アイヴィがニヤッと笑った。
「──だけど、剣のほうは、もたなかったみたいだね」
えっ。
そう言われて自分の剣を見ると、ひび割れた剣身は根元からぽっきり折れて、ぼろぼろに崩れ落ちていた。
……マジか。
あの速さ相手に、受け太刀ができないのは、ちょい厳しいぞ。
「腕のほうは本物だったみたいだけど──悪いけど、それも実力のうちだ!」
アイヴィが再び二刀を構え──俺に向かって突進してきた。




