赤の剣士
たのもう、という挨拶は物騒だが、この街中でいきなり暴力沙汰が起こるとも思えない。
というわけで、ひとまずフリーだったパメラに応対に出てもらうことにした。
パメラは「あいあいさー、旦那さま」と答えて敬礼しつつ、部屋を出て行った。
……あいつは根本的に、何かを間違っている気がする。
俺とティトはその後、乱れた衣服を整えてから、のそのそと玄関まで出向いた。
俺を前にして、ティトが三歩下がって付き従う感じ。
すると、俺とティトが玄関に到着する前に、玄関先からパメラの悲鳴が聞こえてきた。
俺とティトが、顔を見合わせる。
急いで玄関に出てみると──
──パメラは出口先で、とある見覚えのある女性に抱きつかれていた。
「ああ~、何これ、何この可愛い生き物~! やっばい、もうやっばい! うあ~、可愛いよぉ~!」
「やっ、やめろよ! おまっ、何なんだよ……!」
ミニスカメイド服姿のパメラが、来訪者に抱きしめられたまま、脱出できずにじたばたしている。
来訪者は、声に聞き覚えはないが、見覚えはある女性だった。
赤色い髪をポニーテイルにしていて、年の頃は二十代中頃から後半ぐらい。
黒のアンダーの上に赤色の軽装鎧を身に着け、腰のベルトの左右には、それぞれ一振りずつの剣を提げている。
ぽっちゃりさんに付き従っていた、Aランク冒険者の人だった。
確か、『赤の剣士』とか呼ばれている、有名人だったはず。
……頭に思い描いていた印象となんか違うんだけど、あの人で合ってるはずだ。
「だ、ダーリン~! あいつ何なんだよ~!」
拘束状態からの脱出をどうにか果たしたパメラが、半泣きで俺の後ろに逃げ込んできた。
赤い人は、理性を取り戻したかのようにハッとした顔をして、
「す、すまない、あんまり可愛かったものだから、つい取り乱してしまった」
などと言った。
……どうしようこの人、かなりヤバい人だ。
「それで、どういったご用件でしょうか?」
俺の後ろから、メイド服姿のティトが声をかける。
その姿を認めてか、赤い人は驚愕に目を見開くが、すぐにふるふると頭を振る。
そしてそれから、俺のほうをキッと睨んできた。
「──お前、そんな可憐な子たちに無理やりメイド服を着せてご奉仕させようなどと、なんて羨ま──なんてけしからんことを! ──この鬼畜男め、ボクと勝負しろ!」
そう言って玄関先の赤い人は、両手でそれぞれ腰の剣を引き抜き、その片方を俺に向かって突き付けてきた。
えー……。
もう何だか、突っ込みどころが多すぎて、どこから突っ込んだものやら……。
ていうか勝負好きだね、この世界の人たち。
えっと、とりあえず──
「勝負って、何をするつもりだよ」
「お前はジャイアントアントクイーンを倒したと吹聴しているみたいじゃないか。だったらシンプルに行こう。ボクと剣で勝負だ。もちろん、お前が魔術師だっていうなら、魔法を使ってもらっても構わないけどね。──クイーンを倒したっていうのが本当なら、ボク相手だって勝てるはずだ」
どうやら彼女、自分の剣の腕に相当自信があるみたいだった。
あと、俺がジャイアントアントクイーンを倒したというのを、ペテンか何かだと思っているらしい。
まあこの赤い人、ステータスを見た感じ、戦って負ける相手でもなさそうだったと思うが……。
俺は改めて、両者のステータスを確認してみる。
まず赤い人のステータスを再確認してみると、レベルは11、戦闘系のステータスは30~40ぐらいだった。
ちなみに名前は、アイヴィというらしい。
で、一方の俺のステータス。
確かレベルはこの人より少し上で、ステータスは70~80平均ぐらいだったと思うが──一応、再確認。
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名前:カイル
種族:人間
性別:男
クラス:ノーマルマン
レベル:17(+3)
経験値:14,561,280/17,433,000
HP:435(+40)
MP:166(+16)
STR:88(+8)
VIT:87(+8)
DEX:84(+8)
AGL:88(+8)
INT:89(+8)
WIL:83(+8)
スキル
・獲得経験値倍化:10レベル
・治癒魔法:5レベル
・炎魔法:5レベル
・ステータス鑑定
・ステータス隠蔽
・痛覚遮断
・飛行能力:3レベル
・ホークアイ
・無限収納
・超聴覚
・暗視
・生命感知
・盗賊能力
チートポイント:144
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──あれ?
なんか地味にレベル上がってねぇ?
え、いつの間に──って、そうか。
前にステータスを確認したのって、ジャイアントアントのクイーンを倒す前だ。
ってことは、クイーンと取り巻きの分の経験値が入って、これってことか。
おう、これは嬉しい誤算だ。
まあいずれにせよ、ステータス面ではこっちがだいぶ上。
現状、戦って問題になるような相手ではない──と思う、多分。
「──ボクが勝ったら、彼女たちをボクのもとに保護させてもらう。お前のような鬼畜男のもとに、彼女たちのような可憐な少女の身を、いつまでも置いておくわけにはいかないからね」
アイヴィさんは、俺の背後のパメラとティトに視線を向け、そう言ってくる。
ふむ、保護とな。
いったい何を勘違いしているのか、このアイヴィさんの中では、俺はとんでもない鬼畜らしい。
……うーん、まあ、清廉潔白とも言えない気はするので、大外れでもないとは思うけど。
そういえばこの人、前に炭鉱で会ったときも、俺のこと睨んできてたな。
あのときは粘液ででろんでろんになったティトとパメラを、抱っこにおんぶで抱えていたわけだが──ああ、うん、勘違いの方向性が、何となくわかってきた気がするぞ。
にしても、さっきのパメラの態度とかで、分かりそうなもんだけど……無理かなぁ、この人も思い込み激しそうだしなぁ。
それでなくとも人間、一度こうだと思い込むと、なかなか見方を変えられないもんだしな。
まあいいか。
面倒事や揉め事は、戦って解決。
中世ヨーロッパの決闘みたいで、分かりやすくていいな。
「──で、俺が勝った場合は?」
「そのときは、ボクがお前の言うことを、何でも聞くよ。好きにするがいい」
ほう、出たな、「何でも言うことを聞く」。
そして何だかんだ言って、相手は美人のお姉さんだ。
俺にはいっぱしの健全な男子として、見過ごせない欲望がある。
しかしパメラの例もある。
これは聞いておかざるを得まい。
「へぇ……ところで──」
と俺がお約束の確認を取ろうとしたところで、しかしアイヴィさんは首を横に振り、何やら頬を赤らめて言ってきた。
「だ、大丈夫だ。──みなまで言わずとも、お前のような鬼畜男の考えることなど、手に取るようにわかる。どうせボクのことを、めちゃくちゃのぐちゃぐちゃにしたいんだろう?」
……はい?
「ふっ、ふふっ……覚悟はできているさ。ぼ、ボクだって、もういい大人だし? そういうことの一度や二度ぐらい、け、経験だってあるよ? う、嘘じゃないぞ。だから、ボクはそうなっても全然平気だからな。お前の、す、好きにするがいい。ふ、ふふふふふっ……」
……あっれー?
この人ひょっとして、思った以上にヤバい人なんじゃあ……。
俺は何となく、すがるものが欲しくなって、ティトのほうへと振り向く。
俺が『ヤバいよな?』と言わんばかりに赤い人のほうを指さすと、ティトは『ヤバいです』と言うように、こくこくとうなずいてきた。
確認が取れて安心した俺が、再び前を振り向くと、
「──さあ! ボクを打ち負かせるものなら、打ち負かしてみせろ! そしてその鬼畜ぶりを、ボクにも見せてみろ……!」
そう言って、再びちゃきんと剣を向けてくる赤い人がいた。
頬を赤らめて、何かすごいドキドキした顔をした美人が、そこにいた。
男子の健全な欲望は、しわしわになった風船のように、しゅるしゅると萎んでいった。
……にしても、この人どうしよう。
頭いてぇー。




