お宅を拝見してみましょう
俺たち三人は、ひとまず寝起きのままの姿で、家の中を見て回ることにした。
着替えるなり何なりするにせよ、そのために適切な場所がどこかをまず知っておく必要がある。
そうした結果、この家がなかなか見事な豪邸だということが分かった。
二階建ての石造りの住居で、部屋数はトータルで十を軽く上回る。
リビングが各階一つずつ、適度に広くて使いやすそうなキッチン、食堂、私室が五つ、例のキングサイズのベッドが置かれた寝室、客室、使用人室、広々としたバスルームに、果ては書斎や食料庫、物置のような部屋まである。
また一階のリビングからは、燦々と朝日が降り注ぐ広い庭に出られるようになっていて、その庭にはちょっとしたテーブルと椅子が用意されていた。
ひとまず俺、ティト、パメラの三人は、五つある私室の中からそれぞれ一つを決めて、そこを各自の部屋とした。
……なんか、当たり前のように三人で住むことになっているが、いいんだろうか。
いつの間にかティトとパメラが、俺の運命共同体みたいになってる。
それって、ほとんど結婚生活するのと変わらんのじゃないか? とか真剣に考えてしまう。
というか、この家の所有権とか俺のものになってるっぽいんだけど、本当にいいのか?
賭けの代償を払う予定だったのはパメラとティトなんだが、俺でいいのか?
それにしても、わらしべ長者どころの話じゃない。
贈与税とか、固定資産税とか掛かるんだろうか。
根っこが小市民の俺は、そんなことばかり考えてしまう。
異世界に来ても、チート能力もらっても、そうそうすぐに根っこの考え方が変わるものでもないな。
各自何となく着替えたり、庭の井戸で汲んできた水で顔を洗ったりしてから、朝食をとる。
食材を市で買ってくると、ティトが鮮やかな手並みを見せて、あっという間に朝食に仕立ててしまった。
メニューはパンとスクランブルエッグ、ボイルしてから焼き目を付けたウィンナーに、レタスときゅうり、カットしたリンゴ。
食卓についたのは、俺とティト、パメラ、そしてフィフィの三人と一匹……っていうとフィフィが怒りそうだから、四人と表現しておこう。
長方形のテーブルの長辺側の真ん中に俺が着席すると、その対面にティトとパメラが並んで座った。
……なんだろうな、この一家の大黒柱的なポジション。
「──ん、うめぇ!」
パメラがそう言って、目の前の食事にがっつき始めた。
俺もスクランブルエッグをフォークでひとかけ取って、口に運ぶ。
──む、確かに。
見た目の段階で焼き加減が絶妙だとは思っていたが、味付けも濃すぎず薄すぎず、ほのかにバターの風味も効いていて、実に俺好みの味だった。
次はウィンナーを齧る。
パリッと香ばしく表面が焼いてあるが、焦げているというわけでもない。
パーフェクトだ。
当たり前のことが当たり前にできているだけ、という見方もできるが……一応、元の世界では一人暮らしをしていた俺には、それがどれだけ難しいことか、それなりにわかっているつもりだ。
「うん、うまい。これだけの料理をパパッと作れるんだから、ティト、いいお嫁さんになるよ」
「わかる。あたしもティトっちお嫁さんにほしいもん」
俺の意見に、パメラも賛同する。
しかし、パメラお前……いやまあ、こいつに関してはもう、何も言うまい。
ついでにちらっと、パメラとティトが百合百合しているところを想像してしまう。
……うん、悪くないな。
「べ、別に、料理っていうほどのことはしてないですし。見習い時代、お師匠様の食事をずっと作っていたから、少しできるだけです」
ティトは褒められて照れたのか、顔を赤くして、フォークでスクランブルエッグをかき混ぜている。
可愛いなぁ。
「可愛いなぁ、ティトは」
「──はいぃっ!? か、カイルさんっ……!? ……そういうの、不意打ちで言うの、やめてください……」
つい、思ったことが口に出てしまった。
ティトがさらに赤くなって、身を小さくしてしまう。
「朝食と一緒に食べちゃいたくなる可愛さ」
「も、もうっ、やめてくださいっ! ……本気にしますよ、そういうことばっか言ってると……」
今まで本気にしてなかったのか。
しかし、ティトが本気にするとどうなるのかと考えると、若干怖い。
と、その俺たちの様子を、パンを頬張りながら横目に見ていたパメラが、それをごくんとのみ込んでから、言葉を発する。
「ところでさ、このフェアリー──フィフィだっけ? こいつダーリンの何なのよ」
パメラの話題転換は強引だった。
空気読む気ないな、こいつ……。
それにしても今更フィフィの話題か、と思ったが。
よくよく考えてみれば、パメラが加入してからこっち、フィフィはわりとずっと、俺の服の中で大人しくしていた気がする。
「まあ、お気になさらずっす。うちはあくまでも、ご主人様の案内役っすからね。目立たないように、影にひそむ者としてひっそり生きていくっす」
フィフィはそう言いながら、大きすぎるウィンナーを両手で持ってはぐはぐと齧りながら、口元を食べかすでべとべとにしている。
影にひそむ者のイメージとは、だいぶかけ離れている気がした。
──とまあ、そんな具合に楽しい朝食を終えた俺たちだったのだが。
俺はその段階で、一つ忘れていたことを思い出した。
昨日のクエスト報酬の分配についてだ。
差し当たって俺の財布に入れてしまったので、ティトとパメラは、昨日の活動による報酬を、まだ銅貨一枚たりとも受け取っていない。
俺は食事後のテーブルで、その話を切り出した。
すると、食事後の食器を重ねていたティトが、なんだか難しい顔をする。
「ほとんどカイルさんの働きで得たクエスト報酬ですから、受け取れません。私なんか、お守りしてもらってただけだし……」
俺も金に困ってるわけじゃないし、とりあえず後腐れなく三等分を提案したんだが、綺麗に突っぱねられた。
うーん、まあわからんでもないが、その理屈で行くと、ティトは今後、俺と一緒に活動する限りは文無しになってしまうわけで。
それは俺が困る、っていうか嫌だ。
ちなみにパメラは「え、もらえるモンはもらうよ?」とさっぱりしたものである。
こいつはまあ、いいとして。
うーん……どうするか。
ティトは、「とりあえず、この食器洗ってきますね」と言って離席しようとするが──
「──それだ」
「はい?」
そうだ。
あのぽっちゃりさんの勝ち報酬は、俺が欲しかったのだ。
俺はテーブルを回り込んでティトの前まで行くと、その両肩をがしっとつかむ。
「ティト!」
「は、はいっ!?」
今こそこの想いを解き放つ時だ。
轟け、我が欲望!
「──キミを、俺の身の回りの世話をするメイドさんに任命する!」
「えええええっ!? やったー!」
……あれ、なんか会話おかしくね?
まあいいか。




