朝チュンだけど朝チュンじゃない
朝だ。
窓の外から、チュンチュンという、鳥の鳴き声が聞こえてくる。
この世界にスズメが存在するのかどうか、俺は知らない。
その部屋の壁は白を基調とした石造りで、天井にはシャンデリアも吊り下がっており、なかなかに豪奢な部屋だった。
俺はベッドに寝ていて、そのすぐ横にある窓からは、まぶしい朝日が光の帯となって斜めに降り注いでいる。
……ここは、どこだろう?
俺は自分が寝ていたキングサイズのベッドから身を起こそうとして──その前に、重大な異変に気付いた。
ベッドの真ん中に、俺が寝ている。
右側に顔を向けると、
「すぅー……ダーリン……あたし、もう、無理……むにゃむにゃ……」
とんでもない美少女の顔が、目の前にあった。
可愛い。
ちゅーしたい。
いや違う。
ベッドの上、俺のすぐ隣で、パメラが寝ていた。
鼻と鼻が、今にもくっつきそうな、至近距離に顔がある。
同じ一枚の羽毛布団をかぶって、身を寄せるように隣り合っている。
──いや、待て待て待て。
どういうことだ。
落ち着け、話し合おう。
いや、誰とだ。
俺は逃げるようにして、ベッドの反対側へと体を向ける。
「すぅー……すぅー……」
とんでもない美少女の顔が、目の前にあった。
もちろん、パメラが瞬間移動したり、分裂したわけじゃない。
目の前にいたのは、ティトだった。
そのあどけない顔が、にへらっという表情に変わり──
「うへへ……カイルさん、責任……」
多分、寝ぼけているんだろう。
ティトが抱き着くように俺の体に腕を絡め、すり寄ってくる。
少女の寝間着越しの、豊満な胸の感触が──
──いやいやいや、違う違う!
何が違うって、俺もティトも、服を着ているということだ。
ここは大事だ。
よかった。
何がよかったんだ。
我ながら混乱している。
「えへー……ダーリン、既成事じちゅ……」
さらにパメラが、背後から、俺の胴回りに腕を回して引っ付いてきた。
寝てるんだよな!? 寝てるんだよなお前ら!?
「──むっきゃあああああああっ!」
耐えられなくなった俺は、ついに発狂して布団をはねのけ起き上がり、ベッドの上に立ち上がった。
俺に抱き着いてきていた美少女約二名が、ひっぺがされて、ぽてんとベッドの上に転がる。
──チュンチュン、チュンチュン。
鳥の鳴き声が、窓の外から聞こえてくる。
……何だ、何なんだ、朝からこのカオスな状況は。
昨日の夜、何があった──?
──くっ、ダメだ、思い出せない。
冒険者ギルドの酒場で、なんかやたらとどんちゃん騒ぎをしたところまでは覚えているんだが……。
「……あれ、カイルさん……?」
ベッドの上にぺたんと座ったティトが、ぼんやりと目を開き、目をこすりながら俺を見上げてくる。
ウェーブのかかった長い銀髪に、胸の部分だけ大きな山になったピンク色の寝間着姿。
一言で言って可愛い、二言で言って超可愛い美少女が、そこにいた。
「……ここ、は……?」
ティトが、寝ぼけ眼であたりを見渡す。
それから、みるみるうちに目が見開かれ、顔が赤くなっていった。
「なっ、あ……これ、どういう……カイルさん、まさか……?」
俺の顔をまじまじと見てくる。
俺は首を横に振ろうとしたが、果たしてそれが本当にそうなのか分からず、固まってしまった。
「……ふにゃ?」
後ろから、パメラの声が聞こえた。
振り返ってみると、ティトと同じようにベッドの上に座った、もう一人の少女の姿があった。
ライトグリーンの寝間着を着た、栗色ショートカットの美少女は、俺を見上げるなり、にへらっと笑って、
「あ、ダーリン、おはよー」
と、至って自然体で挨拶してきた。
「お、おいパメラ」
俺は一縷の希望を抱いて、パメラの前に膝をつき、少女の両肩をつかむ。
「……な、何、ダーリン……?」
「お前、昨日の夜のこと、覚えてるか?」
「うん。覚えてるけど」
「どうだった? 俺なんか、変なことしたか?」
「あー……昨日の夜のダーリン、すごかったよー」
パメラがえへへっと、屈託のない笑顔を向けながら言ってくる。
ちょっ、ちょっと待て……落ち着け、話し合おう、だから誰とだ。
「す、すごかったって……」
「うん。ダーリン一人で、樽一本空けてたもんね。ドワーフの冒険者が、舌巻いてたぐらいだもん。いやぁ、さすがダーリンって思ったね」
……はい?
「えっと、何の話?」
「だから、ダーリンが酒場ですごかったっていう話だろ?」
「酒場」
「うん。ほかに何があんの?」
…………。
……よ、よし、分かった。
そうか、俺は酒場ですごかったんだな。
そうかそうか、それはよかった。
「で、ここどこ?」
「ん? あの貴族のデブから、ダーリンがもらった家だろ?」
──パメラから詳しく話を聞くと、どうも昨日の夜のうちに、賭けの対象物であった家の引き渡しが行なわれたらしい。
ということは、ここは日当りのいい庭付き一戸建ての家で、あのぽっちゃりさんの別荘──いや、元別荘にあたる場所ということか。
なんかこうなると、あのぽっちゃりさんに、すごい悪いことした気分になってくるな。
まあいいか、金持ちのやることだし。
そうなると、あと気になるのは……
「で、俺とパメラとティトは、どうして同じベッドで寝てたの?」
これだ。
ぽっちゃりさんから昨日のうちに家を受け取ったとしても、そこに説明はつかない。
するとパメラは、一度崖の上まで這い上がった俺を再び谷底に突き落とすかのごとく、実にストレートな答えを返してきた。
「どうしてって──そりゃあ、ダーリンが『一緒に寝るぞ』って言って、あたしたち連れ込んだんじゃん。あたしとティトっちの肩に腕回して──ワイルドだったな~、あの時のダーリン」
…………。
……マジか。
……マジか、俺。
「……そ、それで?」
「それで、って?」
「いや、その、あれだよ……一緒に寝るぞって言って、その後は……」
……俺は何を聞いているんだ。
いや、しかしだな、一応こう、はっきりしておかないと……ねえ?
「……その後? だから、三人で寝たよ」
「寝た」
「うん。ダーリンが真っ先にばたんきゅー」
……うん?
「俺が真っ先に寝た」
「そーだよ。ベッドにもぐりこんで、すぐに寝息立ててたよ」
…………。
「昨日はティトっちも、べろんべろんだったしな~。ダーリンが『一緒に寝るぞ』って言って、ティトっちが『おー、寝るぞー!』って。ティトっちも、ダーリンが寝てからすぐに、『なんら、お前それでも私の王子さまか!』とか言って、そのままぐーすかぴーだったよ」
俺はティトと顔を見合わせる。
そして二人で、「セーフ」と両手を横に広げた。
パメラはその俺たちの様子を見て、一人きょとんと、首を傾げていた。




