くっ付いちゃったんです
どこかからカーカーと、カラスらしき鳥の鳴き声が聞こえてくる。
朝出掛けた俺たちが、炭鉱を出て街へと戻ってきたのは、その日の夕方のことだった。
遠くの山に日が沈みかかった頃に見える夕焼け空は、今日も綺麗だ。
「……で、何がどうしてこうなったって?」
その綺麗な風景の下。
街の入り口の門の前で、俺はドワーフ門番のリノットさんから尋問を受けていた。
その長柄斧を手にしたロリっ子門番の目は、懐疑と呆れに満ちたジト目である。
彼女の視線の先にいる俺たちはというと、いまだに三位一体、ならぬ三身一体の状態だった。
ちなみに、パメラはあろうことか、俺の背中ですやすやとお昼寝になられていて。
一方のティトは、もう羞恥で壊れかかっていて、「恥ずかしくて死にそうです……もうお嫁に行けません……こうなったらカイルさんに責任を取ってもらうしか……うへっ、うへへへっ……」とか、ずっと俺の耳元でぶつぶつ呟いていて、非常に怖い。
「えっと、だからその……ジャイアントアントのクイーンに吐きかけられた粘液が、しばらくしたら乾いて固まって、剥がれなくなっちゃった、なぁ、なんて……」
俺はリノットさんに、改めて事情を説明する。
──そう、女王蟻の吐いた粘液は、しばらくすると接着剤のように固まってしまい、パメラとティトの体が、俺の体に張り付いた状態になってしまったのだ。
気が付いた時には、すでに遅しで、ガッチガチの状態だった。
まあもちろん、力ずくでやれば、無理やり剥がせないこともない。
ないのだが、瞬間接着剤で指がくっついてしまったときに、無理やり剥がすと指の皮が大惨事になるのと同じで、無理やり剥がそうとするとスプラッタなことになるのは、想像に難くない。
そこで、困ってフィフィに聞いたところ「お湯で濡らせば、剥がれるんじゃないっすか?」という大変にありがたいアドバイスを頂いた。
とは言え、お湯が出せるんなら最初から出せばいいじゃない、という話になるのは目に見えているのもあり、なんかもうノリで、そのまま街まで戻ってきてしまった。
この世界、入浴の文化は広まっているらしく、宿には狭いながらも浴場が付いていることが多いし、街にはそれよりも広い専用の公衆浴場施設も存在する。
そんなわけで、とりあえず街に入れば、何とかはなるだろうという気はしている。
「あのなぁ……ジャイアントアントの女王蟻には近づくなって、ギルドで言われなかったか? 女王蟻の退治は、Sランクのクエストとして別途出されるんだよ。AからBランクの冒険者で固めたパーティぐらいじゃないと、太刀打ちできないからな。──まあでも、それで逃げられて、命が残ってるだけでも儲けもんだよ。はい、通ってよし」
リノットさんはそう言って、三人団子状態の俺たちを、通してくれた。
逃げてきたと決めつけられたけど、DからFランクの冒険者で固まった俺たちが倒せるわけないと判断するのは、まあ普通と言えば普通だな。
というわけで、街中に入った。
当然ながら、行き交う人々の視線が痛かった。
ティトは、「……子どもは私、三人がいいです……一番上が男の子で……」なんて脳内ストーリーを進展させているし、パメラはやっぱりすぅすぅと寝息を立てている。
むぅ、後でどうしてやろうかこいつら。
俺はひとまず、昨日宿泊した宿に行って、風呂を借りようと画策した。
しかし宿に到着して話をすると、女将さんからまだ風呂は沸かしていないと言われ、どこの宿でもこの時間には風呂の準備はしてないはずだよと付け加えられた。
仕方がないので、俺は公衆浴場へと向かうことにした。
しかし問題がある。
公衆浴場は、決して混浴ではないのだ。
三身一体の俺たちは、男湯に入っても女湯に入っても問題ありだ。
……ううむ、こんなことになるんなら、自前で水魔法覚えた方が楽だったかもな。
今度こういうことがあったらさっさと取得してしまおうと心に決めるが、しかし今日はもう、なんか意地だ。
今から取得したら、どこか負けた気がする。
そんなことを思いながら、街の公衆浴場に到着。
建物の中に入っていくことにする。
公衆浴場の番台さんは、地味な感じの少女だった。
浴場の入り口をくぐって左手側が男湯、右手側が女湯の入り口になっていて、その真ん中に番台さんが座っている。
俺は番台さんに事情を伝え、代金は払うから、お湯だけでも貸してほしいと伝える。
すると、
「それだったら、いま女湯の方が誰も入ってないから、使ってもらっていいですよ」
と、笑顔で勧めてくれた。
番台さんが、天使に見えた。
俺は三人分の代金、銀貨一枚と銅貨五枚を番台さんに支払って、女湯側の入り口へ。
「あ、でも、変なことはしないでくださいよ。うちはそういうお店じゃないんですから」
くぎを刺された。
そんなつもりはさらさらなかったが、そう言われると、変な想像をしてしまう。
裸になった三人が、湯気の中でくんずほぐれつあはーん──って、いかんいかん、これではティトの妄想を笑えない。
俺は頭を振って妄想を振り捨て、女湯へと足を踏み入れる。
更衣室を、服を着たままの姿で通り過ぎる。
……許可をもらっているとはいえ、禁断の場所に踏み込んでいるようで、どうにも落ち着かない、ドキドキする。
浴場に到着。
露天風呂だった。
木造の円形の湯船は直径五メートルほどで、その直上部分にだけ、同じく木造の屋根が付いている。
俺は手桶を一個持ってきて、それで湯船のお湯を掬い、自分の頭からぶっかけた。
「──ふわっ!?」
「──ふぇっ?」
妄想世界から戻ってきていなかったティトと、ぐっすりお休みだったパメラが、ともに目を覚ました。
「えっ、あれっ、ここ、なんで……えっ、えええええええっ!?」
「あれ……ダーリンと、お風呂……?」
現実世界に戻ってきて騒がしくなったティトと、まだ寝ぼけ眼のパメラは、とりあえず無視。
そんなことよりも、固まった粘液が──おっ、溶けてきた、溶けてきた。
俺はさらに何度かお湯をかぶり、固まった粘液がいい感じに柔らかくなってきたところで、二人を引き剥がしにかかる。
ねちょっと、柔らかくなった餅のように粘つきながらも、どうにか剥がせる感じだ。
「やっ、カイルさん、変なところ、触らな……ひゃんっ!」
「あははははっ……ダーリン、そこっ……くすぐったい……あっははははっ」
ええいうるさい、気が散る。
こっちはいま、それどころじゃないんだ。
──その後、俺は一人奮闘して、どうにか三人の引き剥がしに成功したのだった。
おのれジャイアントアントクイーンめ、倒すのよりこっちに苦労した気がするぞ。




