AランクとFランク
ぽっちゃりさんのパーティがクエスト受領後、同じ貼り紙を受け取った俺たちも、ジャイアントアント退治のクエストを受領する。
パーティ登録とか、俺のギルド証の受け取りとか、いろいろと手続きがあって、地味に時間がかかった。
「はい、こちらがカイルさんのギルド証です。お受け取りください」
昨日の噛み噛み受付嬢から、ギルド証を受け取る。
しかし、この人に会うと、また噛まないかなと、つい期待してしまうな。
その俺の視線に気付いたのか、受付嬢は顔を赤くして、
「……もう、昨日のことは忘れてくださいよぉ」
なんて拗ねた口調で言ってきた。
可愛い。
ちなみにギルド証は、きっとオーバーテクノロジーっぽい魔法的なカードが出てくるんだろうと思っていたら、実際に出てきたのは、ただの木の札だった。
文庫本より少し小さく、キャッシュカードより少し大きいというぐらいの大きさの木の札に、名前と冒険者登録番号、それに加えてでかでかと「F」の文字が記されている。
アレだな、銭湯とか居酒屋の靴箱で抜き取る、鍵代わりの木札に似てるな。
「え、なになにダーリン、ランクアップでもしたの? Sランクにでもなったとか──」
パメラがその俺の様子をのぞき込んでくる。
そして、俺の冒険者証を見て、その顔が固まった。
「え……えふ……?」
「おう。昨日冒険者になったばっかりだ」
パメラは首を傾げ、そのまま壊れた人形のように固定した。
「ぐっふふふふ! どれほどのものかと思えば、よもやFランクとはな。これはもう、お前たちは僕ちんのメイドになったも同然だな」
すぐ近くで様子を見ていたぽっちゃりさんが、そう言いながら俺たちの方に近寄ってきて、ティトの肩に手を置こうとする。
が、ティトは一歩身を引き、その手を回避。
そしてすがるように、俺に身を寄せてくる。
ぽっちゃりさんは、少し不愉快そうな顔をしながら、
「……ふんっ、まあいい。せいぜい明日からを楽しみにしておくのだな」
そう言い残して、ぐーっふっふっふと高笑いをしながら、仲間の冒険者たちとともにギルドを出て行った。
パーティ登録などで、ぽっちゃりさんたちより少し遅れて街を出る俺たち。
門でクエストの話をして、街の外に出ようとする。
すると、ドワーフ門番のリノットさんは、勝負の話をぽっちゃりさんから聞いていたらしく、呆れたように言ってきた。
「──『赤の剣士』って、名前ぐらいは聞いたことがないか?」
そのリノットさんの言葉に真っ先に反応したのは、パメラだった。
「なんだよリノっち、やぶから棒に。そりゃあ、『赤の剣士』っつったら、あの有名なAランク冒険者だろ? 会ったことはねぇけど、この辺で冒険者やってるなら、名前も知らないってのはモグリだろ。なあリノっち、あたしのことバカにしてる?」
「リノっち言うな。──やっぱり気付いていないようだから教えておいてやるが、あの貴族についていた赤髪の女剣士、あれが『赤の剣士』だよ」
「……へ?」
リノットさんの言葉に、パメラの目が点になる。
いや、まあ、そんなことだろうと思ったよ。
でも、あの程度の強さで、名前が知れ渡るレベルなのか……。
ひょっとして、俺のステータスって現段階で相当アレな感じなんだろうか。
「まあ、やれるだけやって来い。だが命あっての物種だ、無理はするなよ」
そう言って送り出してくれるリノットさんに手を振って、街道へと出る。
街を出てしばらく、パメラは口から魂が抜けたように、ふらふらとゾンビ歩きをしていた。
が、街が背後に小さく見えるようになってきた頃、はたと覚醒する。
そして、俺の前に回り込むと、俺にしがみつき、泣きついてきた。
「──ど、どどどどどうしようダーリン~! ねぇどうしよう~! ヤだよ~、あんなやつのメイド一ヶ月もやりたくないよ~!」
俺がFランク冒険者、相手がAランク冒険者だというのを知って、一気に弱気になったパメラだった。
ちなみにティトはと言うと、街を出てからずっと、
「……私の王子さまは負けない……絶対負けない……カイルさんは私の王子さま……ちょっと変態だけど王子様だから……だから大丈夫……あんな豚に……絶対そんなことないもん……絶対にないもん……」
などと延々ループでつぶやきながら、うつむき加減で歩いていた。
暗いし怖いし目が危ない。
俺はとりあえず、パメラをなだめにかかる。
俺の胴回りにしがみついているところを、頭をなでこなでこして、
「大丈夫だって。『赤の剣士』より、俺の方が強いから」
そう言ってやる。
間違ったことは言ってないと思うんだが、これだけ聞くと単なる自信過剰ちゃんみたいだな。
「……ほ、ホントに?」
「ホントホント」
涙目で不安げに見上げてくるパメラを、少し強くなでてやって、安心させてやる。
そろそろ頭なで魔と呼んでもらっても、一向に構わない。
そして、ふと気づくと、ティトが後ろから、じーっとその様子を見つめていた。
「……ティトも、やろうか?」
俺が聞くと、ティトは三角帽子を乗せた頭を、こくんとうなずかせる。
そして、てってってと俺の前に来て、帽子を取って、頭を差し出した。
そしてなでてやると、ティトの口元がえへらっと緩んだ。
──うん、あれだ、やっぱりこの日常は、手放せないな。
「よし──やるか」
俺は一つ、気合を入れ、片腕でティトを抱き寄せる。
驚いた顔で俺の胸元に抱き寄せられたティトは、次には赤くなってうつむく。
街道の対面からやって来た、野菜を乗せた馬を引く農家風のおっちゃんが、通り過ぎるときに「チッ」と舌打ちしていった。
……うん、ごめんなさい。
ちょっと調子に乗りました、ホントごめんなさい。




