二人の美少女メイドと庭付き一戸建ては等価なのか
「勝負はいいけどよ、具体的には何すんだよ。表出てケンカすっか? へへっ、いいのか? うちのダーリンは強いぜぇ」
パメラが俺の前に立ち、ぽっちゃりさんに向かってシュシュッとボクシング的な動きをする。
いちいち所作が残念な子である。
「ふんっ、それでも構わんがな。──しかし折角だ、これで勝負と行こうではないか。より多くを討伐した方の勝ちということでな」
ぽっちゃりさんは、さっき見ていたクエストの貼り紙を差し出してきた。
「ジャイアントアント討伐」という見出しのクエスト用紙には、こんな内容が記述されていた。
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ジャイアントアント討伐(ランク:C)
内容:東の坑道に巨大蟻が棲みついたので討伐してほしい。ただし、女王蟻は手ごわいので、見つけた場合は近寄らないよう要注意(ギルドに発見報告をすれば、事実確認の後に追加報酬)。
報酬:ジャイアントアント一体につき金貨二枚
追記:このクエストは複数のパーティが受領可能。クエストを受領したら、この貼り紙は掲示板に戻すこと。
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「げっ、ジャイアントアントかよ……」
さっきまで威勢が良かったパメラが、そのクエスト内容を見て及び腰になる。
俺はそのパメラに、率直な疑問をぶつける。
「巨大蟻──ジャイアントアントって、強いのか?」
「──ん? ダーリンやったことねぇのか。体長二メートルぐらいあるでっけぇ蟻なんだけどな、殻は硬くてなかなかダメージ通らねぇし、顎に捕まったら手足の骨ぐらいは軽くへし折られるしで、駆け出しの冒険者にはしんどい相手だぜ。おまけに、一体見つけたら百体はいるって言うし、ダンジョン内じゃ神出鬼没だしで、冒険者キラーのモンスターだって有名だよ」
体長二メートルって……マジか。
人間の身長よりでかいってことか。
そんなのがダンジョンでワラワラ襲い掛かってきたら、そりゃ怖いわ。
そして、その俺たちの様子を見て、悦に浸っているのがぽっちゃりさんだ。
「ぐふふふふ、怖気づいたかね? 今なら僕ちんに対する非礼を泣いて詫びれば、許してやらんこともないぞ」
「──あんたこそ、ジャイアントアント舐めてると、痛い目見るぜ?」
パメラがそう挑発するが、ぽっちゃりさんは余裕の態度を崩さず、
「ぐふふふ、僕ちんには秘密兵器がついているのだよ」
そう言ってふんぞり返っている。
俺はそのぽっちゃりさんの後方、すまし顔で立っている赤髪ポニーテイルの女剣士へと目を向ける。
するとちょうど、彼女も俺のほうを見ていた。
その女剣士の口元が、スッとわずかに吊り上がる。
……うん、これは見ざるを得ないね。
俺はひっそりと、ステータス鑑定を敢行する。
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名前:アイヴィ
種族:人間
性別:女
クラス:ソードマスター
レベル:11
経験値:2,405,600/3,022,000
HP:105
MP:56
STR:40
VIT:41
DEX:51
AGL:53
INT:21
WIL:28
スキル
・獲得経験値倍化:3レベル
・剣マスタリー:3レベル
・二刀流
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──お、強い。
ドワーフ門番のリノットさんより高レベルの人、初めて見た気がする。
あのぽっちゃりさんが言っている秘密兵器っていうのは、この人のことなんだろうか。
周りのモブっぽい男冒険者たちを見ても、4~5レベルほどと粒揃いだがまあその程度なので、多分そうなんだろう。
ちなみにぽっちゃりさん自身はというと、当然のように1レベルだった。
ですよねー。
「ぐふふふ……どうする? やるのかやらないのか。土下座するのか、しないのか、さっさと決めるがよいぞ」
なんか口を開くたびに条件が変わってる気がするが、多分気にするだけ無駄だろう。
まあ、泣いて詫びるのも土下座するのもどっちにしろ嫌だし、怖気づいたって思われるのもちょっと癪だし──それに何より、退く理由がないんだよな。
「パメラ、冒険者ランクは?」
「ん? Dランクだけど、なんで?」
うん、Dランク冒険者がパーティにいれば、Cランククエストは受けられる。
問題はないな。
俺はぽっちゃりさんに向かって言う。
「分かった。その勝負、受けてやるよ。──で、どうするんだ? ただ勝負して、勝った負けたって言うだけでもないんだろ?」
いい感じに下衆そうな、ぽっちゃりさんのことだ。
何かいい感じに下衆な賭け項目を、考えているに違いない。
「ぐふふふ……分かっているじゃないか。では、僕ちんが勝った暁には、その二人に一ヶ月間、僕ちんの身の回りの世話をするメイドになってもらおうか」
ぽっちゃりさんは、パメラとティトを舐め回すように見ながら、げへげへと欲望丸出しの顔でそう言ってきた。
俺はそのぽっちゃりさんの言葉に、戦慄する。
こ、こいつ……できるぞ!
絶対に受け入れられないでもない、なんかこう、一応賭けとして成立しそうな、絶妙なラインを突いてきやがった。
ていうか、その勝ち報酬、俺がほしいぞ。
だがしかし、ぐぬぬぬ……俺の方がそれを言っては、このぽっちゃりさん相手の賭けとして成立しない。
「き、貴様……!」
「ぐふふふ……どうした? ほれ、早よそっちが勝ったときの条件を言え」
歯噛みする俺。
優越感に浸るぽっちゃりさん。
まさかの精神的敗北……!
しかし、かと言ってあの赤髪ポニテの綺麗なお姉さんを同じ条件でどうこうしたいと言えるほど、俺は振り切れていない。
目の前のぽっちゃりさんほど、外道になり切れない自分がいる……くそっ、なんてこった!
……いやいや、待て待て、落ち着け。
そもそもそんな条件、パメラとティトが呑まなければ成立しないんだ。
そう思ってひとまずティトを見ると──銀髪美少女魔術師の目は、これ以上ないほどに据わっていた。
絶対零度のまなざしで、ぽっちゃりさんを睨んでいる。
「……カイルさん」
「はい、なんでしょうティトさん」
「私、カイルさんとの愛の巣がほしいです。あの豚から、家を奪ってください。日当りのいい庭付き一戸建ての広い家がいいです」
──ティトさんは、やる気満々だった。
ていうか、いまこの子、愛の巣とか言った?
なんかいつの間にか、俺との仲が進展してない?
「あ、それいいな。あたしもダーリンとの愛の巣、ほしいかも」
一方のパメラはもう、全然お気楽だった。
「……いや、いいのか? 負けたらお前ら、一ヶ月アレのメイドだぞ?」
俺がそう聞くと、ティトは俺の腕に抱きついたまま、真摯な眼差しで俺を見上げてきた。
「カイルさん。いまから大事なことを言うので、よく聞いてください」
「はい」
「私の王子さまは、誰とどんな勝負をしても、絶対に負けません」
「…………」
この美少女、大変な重症だった。
早く何とかしないと。
一方のパメラはというと、俺の前に立ってぽっちゃりさん相手にチンピラ風にガンつけて、「あとで吠え面かくんじゃねぇぞ、あァ?」なんて調子に乗っている。
うん、うちの美少女たちは、ダメだ。
相当ダメだ。
「……というわけで、うちのお姫様たちは、日当りが良くて庭付きの広い一戸建ての家をご所望なんだが、どうだ?」
ぽっちゃりさんに提案。
二人の一ヶ月メイド権と、家一軒。
ちょっと無理がある気がするが……。
「ふん、いいだろう。ちょうどこの街にある僕ちんの別荘に、条件に合うものがある。万一お前が勝つようなことがあれば、それをくれてやる」
えー、この条件で呑むんだー……。
いや、まあ、どうも話の流れからこのぽっちゃりさん、すげぇ金持ちっぽいし、金持ちだと所有物の価値に対する感覚も違うのかもしらんが。
あるいは、それより何より、「秘密兵器」とやらの力を、信じてるのかもしれない。
負けることを考えてないのは、お互い様ってことか。
いずれにせよ、勝負の取り決めはこれで成立した。
さてはて、どうなるかね。




