チンピラが美少女連れてお礼参りに来ました
酒場でやんややんやと揉みくちゃにされ、どうにか脱出できたのは、十分以上たった後のことだった。
酒場を出て路上にどうにか逃れ出た俺とフィフィ、それにティトの三人は、なんかこう、ぼろ雑巾のようになっていた。
「ひ、ひどい目に遭った……」
そう言うティトは、三角帽子が斜めにずれ、ローブの肩口がはだけているような状態で、ぽけーっと路上に立っていた。
相変わらず、無駄にエロい。
「まったく、フィフィがあんな場所で出てくるからだぞ」
「ご主人様があんな場所でイチャイチャしだすからっす」
一方の俺とフィフィは、同じく酒場の前の路上で、お互いに罪のなすりつけ合いをしていた。
その様子を見たティトが、フィフィに問いかける。
「妖精さん、フィフィさんっていうんですか? フェアリー族?」
「……まあ、そんなようなもんっすね」
「可愛いなぁ……あの、翅とか触ってみてもいいですか?」
「だ、ダメっす。翅は敏感なんっすよ。それに、うちの翅に触った人には、おそろしい呪いが降りかかるっす」
「の、呪いですか……?」
「夜な夜な耳元で、延々と恨み言をささやかれる呪いっす」
呪い(物理)だった。
その呪いは嫌なので、フィフィの翅を弄るのはやめておこう。
ま、それはさておき。
「──それじゃ、ちょっと出遅れちゃいましたけど、冒険者ギルドに行きましょうか」
ティトがそう言って、俺たちは冒険者ギルドへと向かうことにした。
そのときだった。
「あ、姐御っ、あの野郎です!」
何やら背後から、そんな叫び声が聞こえてきた。
振り返る。
するとその先には、昨日酒場でティトに絡んでいた二人の男と、その後ろにもう一人、見知らぬ少女が立っていた。
「へぇ……あの優男か」
少女はそうつぶやくと、悠然と俺たちの方に向かって歩いてくる。
その少女のあとを、昨日のチンピラ二人が付き従ってくる。
少女は俺たちの数歩先まで歩み寄ってくると、そこで立ち止まって、俺に向かって口を開く。
「あんた、昨日ウチのやつらを、随分と可愛がってくれたみたいじゃない」
綺麗な声だった。
どことなくチンピラ風だが、容姿を見ても、ティトと比べても遜色ないんじゃないかと思えるほどの美少女である。
年の頃も、やはりティトと同じぐらいで、15、6歳ぐらいだろうか。
姐御なんて呼ばれていたが、少なくとも、あのチンピラどもより年上なんてことはありえないだろう。
髪は栗色でショートカット。
同色の瞳には強気が宿っており、ほのかに吊り上がった口元にも自信が見受けられる。
身に着けているものは、軽装の衣服だ。
シャツの袖から伸びる細い腕、露出したおなか、丈の短いズボンから伸びる健康的な太ももなど、ティトとは別種の魅力がある。
「な、何ですかあなた! カイルさんは、その人たちに絡まれている私を助けてくれただけです!」
ティトが、俺の後ろで杖を握りしめ、目の前の少女に向かって抗議する。
しかし少女は鼻で笑い、
「はっ、だから何だよ。ウチのもんが舐められたまんまじゃあ、このパメラさんの名前にも傷がつくから、お礼参りに来た──それだけの話だよ。どっちが悪いとか、んなこた知ったこっちゃない」
どうやら、パメラというのがこの少女の名前らしい。
俺は少女に向かって問いかける。
「それで、お礼参りってのは、具体的には何をするんだ?」
「……へぇ、余裕だねぇ、優男。何って、そりゃあ決まってるさ──」
少女はそう言って、身を低くして格闘技っぽい構えを取ると、
「──ケンカだよ!」
地面を蹴り、俺に向かって腕を伸ばしてきた。
低い姿勢から、俺の胸倉と袖口をつかもうと迫りくる、少女の両手。
そしてその動きは鋭く──
──は、なかった。
俺はひょいと体を横に流して、パメラの手の動きをかわす。
「あれっ……?」
驚いている少女の後ろに回って、少女を羽交い絞めにする。
「えっ、ちょっ……! は、放せっ……!」
俺に羽交い絞めにされたパメラは、じたばたと暴れるが、別に大した力でもない。
全然普通だった。
俺はステータス鑑定を発動し、パメラのステータスを確認してみる。
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名前:パメラ
種族:人間
性別:女
クラス:グラップラー
レベル:3
経験値:42,240/70,000
HP:65
MP:24
STR:14
VIT:13
DEX:10
AGL:20
INT:9
WIL:12
スキル
・獲得経験値倍化:2レベル
・格闘マスタリー:1レベル
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……何とも言えない普通さだった。
いや、確かにあのチンピラたちよりは強いけど……。
ていうか、ドワーフ門番のリノットさんとかより全然レベル低いんだけど、どうしてこの子、あんなに自信満々になれたの?
「──は、放せよ! えっち、スケベ、変態っ!」
「あ、はい」
別に変なところ触った覚えはないけど、放せと言われたので放してみる。
するとパメラは、しゅたっ、しゅたたっという感じで、無闇にアクロバットな動きをしながら、俺から距離を取る。
「……へへっ、ちったぁできるみたいだね。もう手加減はナシだよ」
「お、おう」
「──行くよ!」
それから再びパメラさん、俺に向かって突進してくる。
そして今度は、パンチ、パンチ、キックという感じで、打撃の連打を放ってくる。
俺はそれらの攻撃を適当にさばきながら、今度は彼女の片腕を取って、腕関節を決めてみた。
「──イデデデデデッ! ギブッ、ギブギブッ! お願い、放してっ!」
「あ、はい」
俺が再び放してやると、パメラは再びしゅたしゅたと距離を取り、
「ちょっ、ちょっ──お前ら来い!」
そうチンピラ男二人を呼んで、道の端っこの方に行って、何かごにょごにょと話し始めた。
えっと……超聴覚発動、と。
『……何だよお前ら! あいつ、めちゃくちゃ強いじゃねぇかよ!』
『だから言ったじゃないすか、めちゃくちゃ強いって』
『お前らの言う「めちゃくちゃ強い」なんか、アテになるわけねぇだろ!』
……あー。
うん、よくわかった。
とりあえず、すごい残念な子なんだね、あの子。
いっそチンピラたちが不憫に思えてきたわ。
俺はてくてくと三人のほうに歩いて行って、背後から少女の肩にポンと手を置く。
「きゃああああっ!」
内緒話に夢中になっていたパメラは、びくっと跳ね上がる。
そしてギギギっと首を回し、俺のほうを見て、
「──ちょっ、ちょっと待て、今あれだ、タイム、タイムな!」
「いや、あのさ」
「お、おう、何だ?」
「俺たち、もう行っていい?」
「あ、はい、どうぞ」
許可を得た俺は、ティトとフィフィに合流。
俺たちは何事もなかったのように、冒険者ギルドへ向かって歩き始めた。




