常識さんは仕事しない
オークたちの退治を終えると、俺たちは事情を聞くために、農夫の家に入った。
六人全員でお邪魔すると狭苦しくなるので、俺とティト、パメラの三人だけ中に入って話を聞くこととし、ほかの三人には家の外で待っていてもらうことにした。
「それで、さっそくですが事情を聞かせてもらってもいいですか?」
俺は土間に腰を下ろし、その腰回りに抱きついてくるパメラの髪をなでつつ、正面に座った農夫のおっさんに声を掛ける。
ティトはさすがに恥と外聞を気にして「後で」と言って横に控えているが、パメラの辞書には、恥や外聞や、ましてや我慢なんていう言葉は存在しない。
率直に、いますぐにご褒美を要求してきたので、約束をしていた俺にそれを断ることはできなかった。
その俺たちの様子を見て、農夫のおっさんがおそるおそる敬語で問いかけてくる。
「あの、このまま話をさせてもらっても大丈夫なのでしょうか……?」
「あ、はい。これはその、お気になさらず」
「はあ……」
そこには農夫のおっさん、娘さん、お爺ちゃんの三人がいたが、おっさんとお爺ちゃんの二人は顔を引きつらせており、十代中頃ぐらいの娘さんは恥ずかしそうにして顔を赤くしてうつむきつつ、たまにちらちらとこちらを見てきていた。
ごめんね、こんな教育に悪い光景を見せてしまって。
でも俺に拒否権ないんだ。
「なあダーリン、あたしのこと好きって言って」
「お、おう。パメラのこと大好きだぞ」
「えへへー。ねえもっと、耳元で囁くようにしてさ。今度は可愛いって言って」
「えっと……パメラ……すごく可愛い、大好き」
「うっきゃああああっ! もうやっば! あたし死ぬ! もう死んじゃう! うっひぇへへへっ……」
俺の懐中でぐにゃぐにゃと悶えるパメラの髪を、よしよしとなでる。
それをぽかーんとした様子で眺めている農夫たち。
「あ、話の腰折ってすみません。これはお気になさらず」
「はあ……じゃあ、お話ししますけど……」
しきりに首を傾げる農夫のおっさんと、顔を引きつらせているお爺ちゃん、手で顔を覆い指の隙間から見ている娘さん。
うん、常識さん仕事しろって感じだよね。
分かってる。
でもこれは約束されたご褒美だからしょうがないんだ。
「まず、何からお話したものか……確実に言えるのは、数年前に我が国が帝国の侵略を受け、彼らに支配されたときから、私たちの暮らしは地獄に落とされたのだということです」
農夫のおっさんは、俺たちのほうをちらちら気にしながらも、何とか話を進めてくれる。
うん、ごめんね、頼みます。
「それまでは、私たちの村の者たちは、慎ましくも幸せに暮らしていたのです。ですが村が帝国の支配下に置かれたとき、この村のもともとの領主であった騎士様が殺され、新たな領主が派遣されてきたのです」
ふむふむ。
もともとこの村は、帝国の領地じゃなくて、別の国の庇護下にあったわけか。
それが、もとの国が帝国による侵略戦争を受けて破れ、この村も帝国の領地になった。
そして領主も変わって──まあ、その領主が悪徳領主だったってパターンか。
「あの……ちょっといいですか? さっきのオークたちは、どうして村の中に? 税がどうとか言っていたかと思うんですけど、まさか……」
ティトが俺の横で挙手をしつつ、おっさんに質問する。
おっさんはその質問に、苦虫をかみつぶしたような顔で答える。
「そのまさかです。あれは我が村の領主の手下で……そもそも、その派遣されてきた領主というのが、オークどもの親玉──オーク将軍なのです」
「そんなっ! 確かにバルバトス帝国っていう国は、魔物を兵として使っているって聞いたことはありますけど……そこまで深く、国の支配層にまで……」
「はい。私ども下層の者たちには、詳しいことまでは分かりませんが……どうも軍部では実力主義が取られているらしく、力を持つ者であれば人間か魔物かに関わらず重用されるのだと聞いたことがあります」
うーむ、マジか……。
実力主義って言葉だけ聞くと聞こえはいいが、やっていることはむちゃくちゃだ。
っていうか、そもそもそんなので国として成り立つのか?
侵略した土地の人と資源を、好き放題食い荒らして食い潰す行為にしか思えないんだが……。
「でもそんな、何年も前から虐げられ続けてきたんですよね? 立ち向かおうとは思わなかったんですか?」
ティトのその言葉にも、農夫のおっさんは首を横に振る。
「もちろんそうした行いもありました。先にお伝えした領主の騎士様の息子様が、こっそりと村人たちを束ねて、現領主に立ち向かったこともあります。……ですが彼は、オーク将軍の圧倒的な力によって赤子のように捻り潰され、無惨になぶり殺しにされました。……先ほどの私のように一時の感情で歯向かい殺される者はいても、組織立てて彼らに歯向かおうとする者は、もはや誰もおりません」
「…………」
おっさんのその言葉で、場に重苦しい空気が流れる。
俺もティトも、何と言っていいか分からず、言葉を失ってしまう。
ところが、その空気を破ったのは、俺の懐でごろごろしていたパメラだった。
「なあダーリン。そいつダーリンがやっつけてやればいいじゃん」
顔を上げ、純真な瞳で俺を見て、あまりにもあっけらかんと言うパメラ。
俺はそれを聞いて、ついつい噴き出してしまった。
「……ああ、そうだな。パメラの言うとおりだ」
俺はパメラの髪をなでながら、そう答える。
正直なところ、色々と後先とか考えてどうしたもんかと困っていたんだが、そのパメラの言葉で吹っ切れた。
とりあえず、動いてから考えよう。
倒した後どうするかとかは、その後だ。
「よし、じゃあそのオーク将軍とやら、ぶっ倒しに行くか」
「はい、カイルさん!」
ティトも嬉しそうに、笑顔で同意してくる。
さらには、
「カイルさん、大好きです!」
なんて言って、俺に向かってぎゅーっと抱きついてきた。
「お、おいティト! 恥と外聞はどうした!」
「えへへー、パメラちゃんがそうやってるんだから、今更です。カイルさん好き好き~!」
「あ、あのなぁ……! ……あー、すんません、そういうわけなんで、ちょっと行ってきます」
俺は農家の三人にそう頭を下げて、そそくさと家を出る。
家の主たちは、ただただぽかーんとして俺たちを見送るばかりだった。




