ちょーっと待ったー!
竜の谷を抜けて、俺たちは一路、帝国へと向かう。
カラッと晴れた夏空の下、五人の少女たち──ティト、パメラ、アイヴィ、フェリル、アルト──を引き連れ、人気のない荒野を歩いてゆく。
「あっぢぃ……」
だらだらと汗をかいたパメラが、ぐでっとした様子で俺の後ろをトボトボと歩いていた。
確かに、陽光に焼かれた赤茶けた大地から湧き上がってくる暑気が、今日は特に厳しい気がする。
夏真っ盛りなわりに、最近涼しい日が続いていたから、なおさら厳しく感じる部分はあるんじゃないだろうか。
ちなみに、快適万能傘で日差しそのものは遮ることができるんだが、すでに熱くなってしまった地面からの放射熱は防げない。
だから歩きながらだと、暑さ除けにはあまり効果を発揮してくれない。
「パメラ、キミは本当に情けない奴だな。暑いのはみんな一緒だ、少しぐらい我慢できないのか。──それにあの魔族を見ろ。暑さに弱いはずなのに、涼しい顔をしているじゃないか」
パメラのさらに後方を黙々と歩いていたアルトが、パメラに食ってかかりつつ、横手のフェリルを指さして見せる。
ほうと思って見ると、魔族姿のフェリルは確かに、汗一つかかずにクールに歩いていた。
俺は不思議に思い、フェリルに聞いてみる。
「フェリルひょっとして、お湯とかは苦手だけど、気温が高いのは大丈夫なのか?」
「……別に。周囲に冷気を放って暑さを和らげているだけよ」
フェリルは事もなげにそう答える。
でもその爆弾発言を聞いて、周囲の者たちが黙っているわけがなかった。
「──あ、ホントだ。フェリルの周り、すごく涼しいよ。みんな来てみなよ」
そのアイヴィの言葉に、周囲の者たちが一斉にフェリルの近くへと殺到した。
俺とティトは近くへ寄った程度だが、パメラとアイヴィに至っては、本人にへばりついて密着する。
「ば、バカっ──暑苦しい! 離れろ人間ども!」
「えぇー、いいじゃない。折角の機会だし、ボクたちとお肌とお肌の触れ合いしようよぉ」
「そうそう、お肌の触れ合い大事だよな。あー、フェリルっちの肌、冷たくて気持ちー」
それぞれ異なった欲望に忠実なアイヴィとパメラを見て、俺とティトが目を合わせ、苦笑する。
一方で、一人だけ輪に混ざらずにいるのはアルトだった。
一人で黙々と、汗をかいたまま我が道を歩んでいる。
「アルトはいいのか、涼まなくて?」
「……ふん、そんなのは堕落だ、戦士には必要ない。我慢できるんだから、我慢すればいいだけの話だ」
アルトはそう言って、輪に混ざるのを突っぱねる。
うーん……変に意地っ張りというか、息の抜きどころを知らないというか。
「フェリル、頼みというか、命令がある」
「……ん? 何、突然。あなたが私に命令なんて珍しい」
「あのな……ごにょごにょごにょにょ……ってわけなんだが」
「……なるほど。前言撤回する、あなたらしいわ」
フェリルは俺の命令を受け、前方を歩くアルトに向けて、左手を向ける。
そしてその手から、白く凍てつく冷気を、アルトに向かって放った。
「わっひゃああ!」
首筋に突然吹き付けてきた冷気に、アルトが跳び上がった。
「な、何するんだよフェリル!」
「……私の意志じゃない。我がご主人様の命令よ」
一度はフェリルを批難したアルトが、今度は憮然とした顔で俺を睨みつけてくる。
「何って、弱肉強食だよ。俺がお前にやりたいことをやっただけだ」
「くっ……それもう、都合よく揚げ足取ってるだけだろ。くっそぉ……意味がわからない……」
「いいからこっち来て一緒に涼めって」
「わかったよもぅ……まったく……」
そう言って、アルトもしぶしぶフェリルの近くまで来て涼みに入る。
「はぅ……」
そしてホッとしたように息をつくアルト。
素直じゃない奴だなぁ本当。
俺はティトと目を合わせ、二人でくすくすと笑う。
「暑苦しい……」
一方で、フェリル一人、どっと疲れた顔をしていた。
ふふん、一人だけ冷房完備状態で旅などさせるものか。
お前の物は俺の物なのだ。
良い物は分かち合うべきなのだ。
はー、涼しい。
あとまあ、アルトもそうだけど、こいつもすぐに孤立したがるからな。
気の合わん人間と一緒にいるのが面倒なのは俺も分かるが、たまには構ってやらんと本当に孤立する。
隷属の首輪で縛っているとはいえ、俺的にはこいつももう家族の一員っていう認識だ。
鬱陶しいかもしれないが、俺の自己満足空間には付き合ってもらおう。
「ところでカイル。いま向かってるバルバトス帝国なんだけど……」
ふとアイヴィが、フェリルに張り付いたままの姿で、俺に声を掛けてきた。
「ん、なんだアイヴィ? 何か知ってるのか?」
「あ、いや、ボクも人並みぐらいにしか知らないけど、カイルはどのぐらい把握してるのかなって。竜の谷に出掛けるまでのことパメラちゃんに聞いたら、ドラゴンのこともよく知らなかったって言うから」
「ああ……」
ふむ、確かにな。
何となく帝国っていうところに向かおうとは決めたものの、どんな国かとかはまったく知らない。
「つまり俺を常識知らずだと思っているわけだな。その通りだ。教えてくれ」
「あはは……それじゃあ、普通の人が知ってるぐらいのことだけサクッと話すね。えーっとね──」
「──ちょーっと待ったーっす!」
そのとき、目の前の空中にくるくるぽんっと現れたのは、最近見かける機会の少なくなった妖精姿だった。
手の平大の妖精姿は、半透明の翅をパタパタさせながら光の鱗粉をまき散らしつつ、存在感をアピールするかのごとく無駄に無限大の軌道を描いて飛び回る。
「おう、どうしたフィフィ。食事ならまだだぞ」
「違うっす! ──ご主人様、うち気付いたっす! このままだとうち、ご飯をたかりにくるだけの単なるごく潰しになっちまうっす!」
「いや、このままだとっていうか、ずっとそうだったろ。自覚なかったのか?」
「みぎゃーっす! 違うっす! うちは、うちの役割は、ご主人様の案内役っす! 単なるごく潰しにはなりたくないっすー!」
「お、おう」
何だかよく分からない、涙の叫びだった。
「それで?」
「この世界の一般常識の説明は、うちにやらせるっす! それはうちの仕事っす! うちも働いておいしくご飯食べたいっす!」
「ふむ、そうか。それで本音は?」
「女神様から『フィフィちゃん、最近案内役のお仕事やってないみたいだから、お給料カットしていいわよね♪』って言われたっす。うちのボスは血も涙もないっす」
「…………」
俺の耳元に寄ってきて、こそっと伝えてくるフィフィ。
女神通販センター(仮)の勤務形態は、今日も世知辛かった。
「……わ、わかった、じゃあ頼む」
「任せるっす。……えーっと、帝国、バルバトス帝国っすよね……」
フィフィは言って、いつもの定位置である俺の胸元に移動すると、その目の前にデバイスのようなものを出現させて操作しはじめる。
……えっと、それは何だ、カンペか?
むしろそれを俺に寄越してくれればフィフィそれこそ必要ないんじゃないだろうか、なんて思うが、まあ言わないでおいてあげよう。
「あ、あったっす。──えっと、いまは帝国、バルバトス帝国って言われてるっすけど、少し前まではバルバトス王国っていう、そんなに大きくない普通の国だったみたいっすね。それがいまの国王──皇帝の代になって、侵略戦争で周囲の国を併合、爆発的に版図を拡大した国らしいっす」
「ほうほう。なかなかキナ臭い話だな」
「もっとキナ臭い話もあるっすよ。バルバトス帝国では、魔物を兵として使っているという噂がある──って、ワールドガイドに書いてあるっす」
「ワールドガイド」
「ワールドガイドっす」
身も蓋もなかった。
この案内役には、もうちょっと情緒というものを大事にしていただきたい。
「まあいいや。ちなみに『魔物』っていうのは、フェリルみたいなののことか?」
「や、フェリりんは『魔族』っすね。『魔物』っていうのは、もっと広いカテゴリっす。『魔族』も『魔物』に含まれるっすけど、もっとこうゴブリンとかオークとか、そういう十把一絡げの連中も含まれるっす。あとはグリフォンとかワイバーンみたいな『魔獣』ってやつも、『魔物』の一種っすね」
「ふむ……。ってことは、あの竜神様──ドラゴンのお姉さんとかも?」
「あー、際どいところっすね。ドラゴンは『魔獣』って呼ばれることもあるけど、『幻獣』なんて呼ばれ方をすることもあるっす。『魔物』って呼び方は、何となくの部分が大きいんすよね。知性があって人間と友好的な存在は、『魔物』とは呼ばれないことが多いっす」
ん、なるほど分からん。
まあいいや、何となくそういうものだと思っておこう。
「──で、何だっけ。帝国は、魔物を兵として使ってる、だったか。そういうのできるもんなのか?」
「あくまで噂っすよ、噂。できるかどうかで言ったら、ご主人様が取得できるスキルにも、そういうのあるっすよ」
「え、マジで?」
フィフィに言われて探してみると、確かに『魔物支配』という低レベルの魔物を従属支配できるスキルをはじめとして、何やかんやとそれっぽいスキルがいくつかあった。
相変わらずとんでもねぇなこのスキル群。
ともあれ、これから足を踏み入れようとしているバルバトス帝国というのは、なかなかにキナ臭い面白げな国だというのは間違いないようだ。
オラちょっとワクワクしてきたぞ。




