なでなではどこまで破廉恥になれるのか
「まったく、目の前でいちゃいちゃされるこっちの身にもなってほしいっすよ。……はっ、随分とイケメンっぽくよろしくやってましたっすね」
部屋に戻って解放してやると、フィフィは随分とやさぐれていた。
空中で腕を組み、ぷいっと顔を背けて、全身で不機嫌を表現している。
「悪い悪い。フィフィも頭なでてあげるから許して」
「なんすかそれ。あーあー、やだやだっす。イケメンだと思って調子に乗ったご主人様なんか見たくなごろにゃん♪」
人差し指と中指の二本で頭をなでてやると、フィフィは空中で可愛らしい猫のポーズで丸まった。
不機嫌なときでもこのリアクション、見上げた芸人魂である。
「──っと、そう言えばフィフィ。ティトが獲得経験値倍化のスキル持ってたんだけど、あれってチートポイントのオリジナルじゃないんだな」
俺はさっき、疑問に思ったことを聞いてみる。
「あー、そっすね。その辺のスキルは、生まれつきで持って生まれてくることがある、ナチュラルボーンのスキルっす。後天的には、取れないっすよ」
ほー、なるほど。
いわゆる生まれつきの才能とか、天才とか呼ばれる類のものか。
「持って生まれてくる人、結構多いの?」
「獲得経験値倍化っすか? さっきの娘は、何レベルだったっす?」
「たしか、4レベル」
「それは大したもんっすよ。1レベルや2レベルだったら、この街だけでも何人かはいそうっすけどね」
ふーん、そんな感じか。
たしかにそれだけでも、神童と呼ばれるレベルだな。
と、そんな調子で、俺はフィフィとしばらく話していたのだが。
そうしているとやがて、隣の部屋の入り口の戸が開かれ、それから閉まる音がした。
隣の部屋の人が、戻ってきたらしい。
しかし、隣の音が、もろに聞こえるな……。
何だかんだ、安宿だからなぁ。
防音能力までは、あまり期待できないか。
そんなことを思っていると、そのことを理解していないのか、隣の部屋からほんのりと声が漏れてきた。
『くぅ~! 何あの人、やっばいんですけど! カッコいいし強いし、何なのあの人、王子様!? 王子様なの!? 白馬とか乗ってきちゃう!? あぁんもう~!』
女の子の声だった。
でも──あれ、おかしいな、なんかこの声、聞いたことあるぞー。
『しかも頭なでなでしてくるとか、わけわかんないんですけど! わけわかんないんですけど! しかもお礼として!? はぁ~!? そんなのこっちのご褒美だってば! ああもうヤバい、今日寝れないかも! いやんもう、いやんいやん!』
…………。
あー……世の中には、知らないほうが幸せなことって、あるんだなぁ……。
俺はそんなことを思いながら、超聴覚の逆操作で隣の部屋からの音声を遮断して、ひっそりと床についた。
翌日。
朝起きた俺が部屋を出て行くと、ちょうどばったり、隣の部屋から出てきた少女と遭遇した。
その寝ぼけ眼の銀髪美少女は、隣の部屋から出てきた俺を見て、首を傾げる。
「……はへ? 本当に、隣の部屋?」
「おはよう。昨日は寝れたか?」
「いえ、それがその、なんか興奮しちゃって、明け方まで寝付けなくて……あれ?」
「そうか。ここ、部屋の壁薄くて、音が筒抜けだからな。気を付けた方がいいぞ」
「はい…………はいぃっ!?」
俺は片手をあげてティトに背を向け、酒場のある一階に降りてゆこうとする。
が、その俺を、少女はバタバタと追っかけてくる
「って、ちょっちょちょちょっ──な、な、なにを聞いたんですか!?」
「悪いけど俺、白馬とか乗ったことないんだ」
「にぎゃあああああっ!」
美少女が俺の背後で、頭を抱えて床に崩れ落ちた。
完全に容姿の無駄遣いだった。
宿の一階の酒場で、朝食を取る。
メニューはパンと目玉焼き、ベーコンの入った野菜のスープと、カットしたオレンジ、それに牛乳がコップ一杯。
宿賃のサービスとして付いてくる食事としては、なかなかだろう。
ちなみに、なんか朝の流れで、昨日の夕食同様、ティトと一緒にテーブルを囲んでいた。
「……分かりました、観念します。カイルさんがあんまりカッコよかったんで、キャーってなってました。……これでいいですか?」
俺の対面で、拗ねたような顔で俺を見上げつつ、スープをすする銀髪の少女。
ほんのり頬を赤らめた顔は、残念ながらやっぱり可愛い。
しかしそんなものでは、俺は騙されない。
「ダメだ、許さない。これから毎日、俺にその頭をなでなでさせなさい」
……いや、許すも許さないもない気がするし、我ながら言っていることも意味が分からないのだが。
しかし、ティトはぶつくさ言いながらも、好意的な言葉を返す。
「……だから、そんなのご褒美だし。……カイルさんが私の中で、超絶カッコいい変人から超絶カッコいい変態にクラスチェンジしますが、それでよければ」
「ティトも俺の中で、超絶可愛い清純派美少女から、超絶可愛い残念美少女にクラスチェンジしているから、問題ない」
「はあ、そうですか」
「というわけで、今日のなでなでタイムを所望する」
「……はあ、分かりました」
ティトは了承の言葉を述べて、席から立つ。
彼女は俺の前まで来て身を屈め──椅子に座っている俺の胴に、腕を回して抱きついてくると、「どうぞ」と言った。
その顔はと見れば、真っ赤に染まっている。
……ぐっ、こいつ、残念なくせに、俺を萌えで殺す気か……!
俺は、自分の懐に収まった少女の肩を抱き、その髪をなでる。
少女が纏う温かな体温と気配が、衣服越しに俺の肌へと伝わってくる。
天国は再び、ここに生まれた。
……しかし何だろう、出会って一日もたたないうちの、この爛れた関係は。
Win-Winと言えば聞こえはいいが、どうにも退廃的な匂いしかしない。
そんなことを思っていたら──
「やってられっけー!」
俺の胸元からすぽっと、妖精姿が飛び出てきた。
「──ふえっ!?」
ティトは俺に抱きついたまま、驚きの表情で空中のフィフィを見上げる。
一方のフィフィは、空中で腰に両手を当て、
「はっ、何すか何すか、朝っぱらからイチャイチャと。かーっ! まったくこれだから、最近の若いもんは困るっす!」
ついに我慢の限界が来たらしい。
こんな公衆の面前で出てきちゃって、大丈夫か?
「えっ、えっ、何、フェアリー? カイルさんの知り合いですか?」
「ああ、俺のペッ──俺の友達みたいなもんだな」
「ちょっ!? ご主人様、今うちのこと、『ペット』って言おうとしたっすよね!?」
「ご、ご主人様って……カイルさん、お友達に自分のこと、そんな風に呼ばせてるんですか……?」
ああ……まずい、収拾がつかなくなってきた……。
ていうかフィフィの物珍しさに、酒場の周りの人たちまで集まってきた……。
そんな人だかりの中で、ティトに抱きつかれている俺、そんな姿勢で俺になでられているティト。
その少女の顔が、あわわわわっと焦りの表情を浮かべてゆく。
なんかこう、異世界二日目にして、いろいろと社会的に終わった感が、ひしひしとしてきたわけで──。
ああもうお家に帰りた……くはないな。




