もう二度と、許さないから
ところで、家に帰ってからガチ説教された俺の話はさておき。
より問題なのは、当のアルトの処遇だった。
つまりこれは、俺たちがみんなで一緒に家に帰る前の、後始末の話だ。
***
ティトから精神的にフルボッコにされ、パメラからわけの分からないトドメの刺され方をしたメイド服姿の少女は、へなへなとへたり込んで、路地裏の地べたに膝をついていた。
アルトがそうなったのには、もっとほかの想いがあったのかもしれないが──ともあれ彼女は、すべてを失ったというように、呆然と力なく佇むこととなった。
こうなるともう、俺のアルトに対する怒りの感情は、霧散していた。
そして次には、憐れみ──アルトに対する「可哀想」という感情が湧きあがって来た。
もうこれは、理屈じゃなかった。
理屈では、加害者の一端である俺が可哀想と思うのはちゃんちゃらおかしいし、逆に俺の日常に危害を加えようとしたアルトを憐れむ理由もない。
なのだけど、ボロボロのメイド服を着て、地べたにへたり込み、何もかもを失ったという様子で呆然としている少女の様子を目にしてしまうと、このまま見捨てていいのかという気持ちが湧いてくる。
まさに俺のエゴがむき出しになって表出したような感情だと思ったが、でも一方で、やはり罪悪感みたいなものも、俺のこの気持ちの原因の一端になっていた。
……とは言え、だ。
アイヴィに甘え、ティトとパメラに助けられた情けないばかりの今の俺に、アルトに対して手を差し伸べてやれるだけの資格があるとは、到底思えなかった。
すると、ちょうどそのときだった。
冷たい目でアルトを見下ろしていたティトが、一つはぁと息をつき、それから俺のほうへと視線を向けてきた。
「……カイルさん、一つお願いがあります」
「あ、ああ、何だ……?」
「このクソビッチ、家に連れて帰ってもいいですか? ……私、この子のこと、憎み切れません。もう勝敗はついたし……甘いでしょうか?」
ティトは心配そうに、そう聞いてきた。
しかし──
パアアアアアッ……!
俺はティトの背後に、神々しいばかりの後光を見た気がした。
俺はそこに、確かに天使の姿を見たのだ。
俺はアイヴィの元からふらりと離れ、地べたに正座すると、ティトに向かって深々と頭を下げた。
土下座だった。
でもそれは、謝罪の土下座ではなく、溢れる敬意によっておのずから神を拝む、尊敬の土下座だった。
「──えっ、ええっ!? か、カイルさん……?」
ティトはドン引きしていた。
俺は顔を上げて言う。
「ティト、大好きだ!」
「はっ……? え、えっと……あれ、何なんだろうこれ? ……えっと、オーケーってことで、大丈夫ですか……?」
ティトは真っ赤になりながら、落ち着かなさげな様子で聞いてくる。
俺は一も二もなく答える。
「もちろんです。ティト様の仰せのままに」
「あはは……カイルさんが壊れた……。──ふふっ、でも良かった。逆にいつものカイルさんだ」
ティトの目元が、少しだけ潤んでいた。
そしてティトは、俺の前にやってきて膝をついてしゃがみ、俺をそっと抱擁してきた。
俺の顔が、ティトのローブ越しの豊満な胸に埋まる。
天使の匂いがする。
「──でもカイルさんには、あとでお説教がありますから。覚悟しておいてくださいね」
ティトはそう言って、子どもをあやすように、俺の背中をぽんぽんと優しくたたいた。
……あ、あれ?
優しい声と態度で言われたけど、内容……。
俺はティトの胸の中で、恐怖にカタカタと震えた。
その俺を、ティトは再びぎゅっと抱きしめる。
それからティトは、俺のもとから離れて立ち上がった。
そして再び、呆然自失のアルトの前へと向かい、彼女に手を差し伸べる。
「──さあ、行こう、クソビッチ。これから私たちがみっちりと、常識と、楽しい日常っていうものを教えてあげる。もう二度と、哀しい出来事なんて許さないから」
そう言って天使は、アルトに向かって笑顔でほほ笑みかけた。
ぽかーんとしたまま、半ば無意識的だろうという様子で、自分の手を重ねるアルト。
その一方で──
「……なあ、あたしたち、影薄くねぇ?」
「しょうがないよ。ティトちゃんだもん。──じゃあ、こっちはこっちでよろしくやろうか、パメラちゃん」
「やっ、やだっ! だ、ダーリン助けて!」
アイヴィに襲われそうになったパメラが、必死に俺にしがみついてきた。
それを見て、アイヴィがあははと笑う。
ティトも笑い、俺もつられて笑った。
──まあ、何が正しいのか、どうするべきかなんて、俺にはまだ到底分からないのだけど。
ただ、アルト一人救えなかったり、俺自身や俺の周りの人たちの幸せすら満足に守れないようなザマでは──
そしてそんな俺が、世界中の人の不幸をどうこうできるだなんて考え──それが思い上がりも甚だしいってことだけは、間違いなく言える真実だと思う。
すごい能力を持って神にでもなった気になったこともあるが、本質のところは、どこまで行ったって俺は俺なのだ。
人間としては、みんなに支えられて、少しずつ成長してゆくぐらいしかできない。
俺は、今回いろいろ助けてくれたアイヴィに、感謝の気持ちを込めてパメラを献上しながら、再びやってきてくれた日常をありがたく噛みしめるのだった。




