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星の泉  作者: 詩穂
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6話 五星士とアンジュ


 アンジュがいつものようにウィルと鍛錬し、昼食を取りに食堂へ向かった時だった。いつもより1.3倍くらいで騒がしかった。


「さすがでした、あのグレートベアーの大群を倒せるなんて!」


 喧騒の中で聞き取れた言葉がそれだった。誰かがA級モンスターの大群を倒し切ったと言う話らしい。


「ああ、帰ってきたんだなぁ。あの3人でちょっと長かったから、大変だったんだろ。」

「あの3人?」


 食堂に入ると人の群れの中心にいた中の1人の背の高い男がこちらへ手を振った。


「やっほー、ウィー!たっだいまー。」


 またその横にいた女性がそれに気づいて、手を振った。エメラルドの瞳が、右目だけ白金の髪に隠れてよく見えないが、軍人とは思えないほど美人だ。


「あら?ウィルの隣にいる子は初めて見るわ。ねえ、ルジェロ、知ってる?」

「知らん。」


 中心にいた3人(1人は無理矢理連れられてだが)は、人だかりを抜けるとウィルとアンジュの方へやってきた。


「ウィー、元気そうだね。その子は?」

「ンヴェネ、相変わらず適当なあだ名で呼んでるな。こっちが新しい五星士のアンジュ・クラント。」


 ウィルの紹介に頭下げつつ、自己紹介するとヒールの為にアンジュと同じ目線の女性が嬉しそうにアンジュの手を取った。


「はじめまして、アンジュ。私はルサリィ・ウェンディと言うの。会えてとても嬉しいわ。私の方が年上だけど、気軽にルサリィと呼んでね。」

「よ、よろしく、お願いします。」


 ルサリィの勢いに驚き固まっていると、ウィルに最初に手を振ったンヴェネがルサリィの肩を叩いた。濃い金髪を短く切り、青の瞳は朗らかな口調の割に、アンジュを睨んでいるように見えた。


「ルサリィ、僕にはそんな風に手を取って挨拶してくれないのに狡いよ。新入りくん、僕が五星士のリーダーのンヴェネ・ルーイだよ。てきとうによろしく。んで、こっちの顰めっ面がルジェロ・ビトレーイ。」


 顰めっ面と称された、ルジェロは肩口までのびた赤髪をハーフアップ

にして、赤茶の瞳はこちらのことを見ようともしない。三者三様の対応にアンジュはドギマギとするしかなかった。ルジェロの態度は流石にウィルも見かねたのか、腕を引っ張った。


「おい、挨拶くらいしろよ。お前の気に入らないって言うのは仕方ないとしても、同僚だぞ。」

「五月蝿い。どうせすぐ死ぬ。」

「死なせるか、馬鹿。アンは…。」


 ウィルがそう言いかけた時、ルジェロの怪訝そうな瞳がウィルを捉えた。


「お前…。」

「…なんだよ。」

 ウィルとルジェロが互いに睨み合って何も言わなくなると、ンヴェネ

がアンジュの肩を叩いた。


「2人は同期入隊だから、幼馴染みたいな感じだよ。」


 ウィルが8つの時から王国軍にいると言っていたから、アンジュとミルフィー以上の知り合いというわけだ。全く仲良くは無さそうだが。


「やめてくれ、ンヴェネ。ルジェロとまともに話した数なんて、アンより少ねえ。」

「そんなそんな。っていうか死なせないってなんで?同じ軍人だろ?」

「アンは希少な魔法使いだ。死なせてしまったら俺らクビかもしれねえぞ。」

「…まほう、使い。」


 ンヴェネが言葉を失っていると、ルサリィは凄いと手を叩いた。


「若いのに凄いわ!お互い大変だと思うけれど、頑張りましょうね。」

「お互い?」

「ああ、ルサリィ、僕の手も握って!」


 アンジュが魔法使いであることよりも、ルサリィがアンジュの手を握っているのが許せなかったンヴェネが騒ぎ立てる中で、ルジェロはアンジュの方を一瞥し、


「知るか。」


と、言い捨て食堂から出て行った。


「なあ、ンヴェネ。アイツいいのかよ。」

「んー?大丈夫っしょ。ちゃんと戦いの中では仕事してくれるし。」

「兵の中ではあの無愛想男人気あるし、アンのことを目の敵にしている勢力に力を与えそうだ。」


 国の英雄としての役割である五星士にただの農民が大抜擢されたことに、反感を抱かれているのをウィルが簡単に説明すると、ンヴェネは全く興味がなさそうだった。


「それはちゃんと魔法使いですーってアピールしない軍部がいけないんじゃない?そういうところが見えてくれば新入りくんも認められるさ。」

「でも、五星士抜てきはアンジュのせいじゃないのに可愛そうよ。私もなるべくそばにいるわ。」

「え?」


 ルサリィはアンジュのどこが気に入ったのかは分からないが、ルジェロやンヴェネとは反対に好意的に接してくれている。

「全くルサリィは優しいんだから…。そういうところが好きだけどね。」

「ンヴェネはアンジュの何が気に入らないの?」

「気に入らないなんてそんなぁ。仲良くしような、新入りくん。」


 ルサリィの手を引き離すように、今度はンヴェネがアンジュの手を握る。ルサリィとは違って、硬くて厚い皮膚で、火傷の後がよく目立つ。


「金髪青目同士だしね。」


 笑った顔が怖いと思うのはアンジュは初めてだ。

 席に座り落ち着くと、仲良くしようと建前のように言ったンヴェネは

さまざまな質問をしてきたが、アンジュは困惑するばかりだった。


「君って何歳よ。何も知らないじゃん。」

「16ってことになってる。6年前以前の記憶はないよ。」

「うわぁお。僕やルサリィの五星士になった時レベルじゃんか。こりゃあ赤ちゃんだ。」

「2人とも同期ってこと?」


 赤ちゃんという言葉を無視して、アンジュは尋ねるが、ンヴェネが喚きたてるから、ルサリィが苦笑して訂正する。


「違うわ。ンヴェネはモンターニュ戦争の時に辺境の部隊に入隊しているから、かなりの古株よ。」

「はは、下積みが長いのだ。崇め給え、新入りくん。」

「ンヴェネは、口調こそウザいが銃の天才だよ。モンターニュ戦争で生き残って一般兵から五星士までなったんだ。まあ、口調はウザいけど。」

「ウィーは僕が嫌いなんだっけ?」

「好きじゃあないな。なるべくなら、仕事の付き合いだけにしたい。」

「率直!」


 酷いよ、ルサリィ慰めてとンヴェネはいうが、ルサリィも雑な扱いで頭をぽんぽんと叩くだけだった。


「魔法使いっていうけど、魔術式は使わないの?」


 魔術式というのは、数字や文字で魔法を表したもので、魔法発動の補助する役割を持つ。感覚で行う魔法とは違って、魔力の消費が少ない為、現在は魔法よりも魔術式を用いる魔術の方が使用者は多い。有名なところで、王都を守る魔術式防御システムも名の通り魔術式が使われている。また前にウィルと一緒に戦った猪の森神様にも魔力を狂わせる魔術式が貼り付けられていた。


「使ったことない。漸く文字が読めるようになったから。」

「…文字が読めない、か。」

「ん、あれ?そういえばお前モリガミの魔術式解いたって言ってなかったっけ?」

「解いたな。」

「文字読めないんだよな?あと数も数えるだけしかできないって。」

「うん。そうだな。魔術式を無効化するのは簡単で、計算結果が0になればいいんだ。」

「ちょいちょいちょい、矛盾してねえか?」

「何が?」


 本来なら文字が読めない時点で魔術式は作れないし、それを解けない。が、アンジュは森神様のは魔術式を解けたのだ。


「まあ、じゃあ、知らないんじゃなくて忘れているだけなんだろう。6年前にもしかしたらどっかの研究所から抜け出したってありそう。中々新入りくんを公表しないのは、その線を危惧しているのか。」

「研究所?」

「魔力や魔術師が減少しているから、各国で研究されているらしいよ。噂にも出てこないのは非人道的な研究をしているから、とか言われているね。」


 声を潜めてアンジュにだけ聴こえるようにンヴェネは言った。


「なーんてね。」

「俺がラットだったって?」

「納得できることがあった?」

「ううん。分かんねえけど、そんなことは無い気がする。」


 もちろんアンジュには否定するだけの根拠があるわけではないが、一つもしっくりこなかったから、首を振った。


「なんだ、俺の推理もそんなに当たらないかー。」

「けど、魔術式解けるんだったら、読めるはずだし、計算できるはずなんだよなぁ。」

「あれはどうやって解けるかを俺知っていた。でも、知らねえ。」

「なんだこれ、なんなんだ?」

「後で魔術式一覧でも借りてこようか。それで少しは調べられるだろ。」


 ウィルとンヴェネが2人で頭を悩ませているのを、アンジュは傍観するのみだった。


「興味なさそうね、自分のことなのに。」

「え、あるよ?」

「そうは見えないけど。」


 アンジュは表に感情が出てきづらいし、言葉も少し気怠げに見えるから、やる気がなさそうにしか見えない。そうルサリィが指摘するとアンジュは納得したようだった。


「ここに自分がいない感じはずっとしている。6年前からずっと。」

「え?」

「離人感?」

「難しい言葉を知ってるのね。」


 現実なのに、どこか俯瞰的で夢のような錯覚を覚えてしまう。


「ねえ、アンジュ。」


 と、ルサリィは言いかけて、言うのをやめた。


「どうした?」

「いいえ、何でもないの。」


 アンジュはそれ以上追求するのをやめた。


 昼ご飯が終わった後、3人に連れられてアンジュは談話室にやってきた。ンヴェネが一度席を外し、暫く経つと分厚くて大きい本を手に持ってきた。


「簡単な魔術式の本を持ってきたよ。ああ、その前にコーヒー淹れるからちょっと待って。」


 ンヴェネはコーヒーを淹れるとアンジュの前に差し出した。ウィルがいれた美味しくないコーヒーが頭をよぎり、口をつけるのを躊躇った。


「ンヴェネのコーヒーは美味いから、安心しろ。」


 ウィルが察して、耳打ちをしたので、飲んでみるとあっさりとして香りが良く飲みやすかった。


「慣れてなさそうだから、浅く薄く挿れた。香りだけでも楽しんで。」

「あ、ありがとう。」


 それから、ンヴェネが借りてきた本を開いてみたが、アンジュは眉を顰めるばかりだった。

 円形に書かれた文字と数字、それから図形たち、何を意味するのか全く持って分からなかった。


「読めないか?」

「分かるのはこのインクには魔力がないってことだけ。」


 ンヴェネはアンジュの言葉に内心驚きを持ったが、表情には出さないようにした。


「これ書ける?」

「見様見真似なら。」

「ウィーも描いてよ。」

「魔術式なんて書いたことないけど。」

「だからだよ、確かめたいんだ。」


 ンヴェネは紙とインクとペンを用意して2人に渡した。


「因みにこのインクに魔力は?」

「ない。俺が魔力を込めながら描いてみようか?」

「お、それは興味深い。やってみて。」


 文字は円形に沿って並ぶ。文字自体は読めたとしても何処からが始まりなのか分からないウィルは頭を悩ませながらああでもない、こうでもないと紙を何度も回転させながら描いた。


「できた。」

「え、早くね?」


 ウィルがようやっと半分まで描いたところで、アンジュはペンを置いた。字や数字の形は多少歪ではあるが、ウィルも何度かみたことのある魔術式だ。


「アン、記憶がある内では初めてだろ?」


 ウィルは自身の途中まで描いたしっちゃかめっちゃかな形になってしまった、魔術式らしい何かと見比べた。


「初めてだよ。」

「ウィーのと比べて、やっぱり描き慣れているよね。ペンも一度も迷ってない。ちなみになんの魔法かわかる?」

「いや、全く。でも、魔力は込めたよ。」

「ほい、ウィー。いつものリーンが炎だすようにやってみて。」


 ンヴェネはアンジュから魔術式が書かれた紙を受け取り、ウィルの方へ投げるように渡した。ウィルはンヴェネの意図を計りかねたが、その紙を手にして、いつも戦斧で炎を出すように力を込める。すると、マッチで火がつけられたように紙がぼうっと炎だし、一瞬で燃え尽きあわや火傷するところだった。


「ぎゃあ、危ねえ!」

「これ、炎を出すっていう魔術が書かれた魔術式だったんだよ。新入りくんが魔力を込めたら僕たちでも簡単な魔術くらいは出せそうだね。」

「凄いわ、五星士が魔導武器を持っているけど、これなら応用がいくらでもできるわ。」

「流石に魔術式との相性はあるだろうけど。」

「ああ、だから、俺にやらせたんだな、ンヴェネ。」

「魔導武器ってウィルが炎を出したやつ?」

「ん、それすらも知らないか。ウィーが教えてないの?」

「どう説明するのか分かんなくてさ。」


 ルーグ王国には、魔導武器という魔力が結晶化した魔力結晶を動力とした武器がある。似たような事象を起こせるものの、自身の魔力を使う魔法や魔術式とは似て非なるものである。まず魔力は武器の方にあり、出てくる事象が炎だったり氷だったりするのは武器の魔導技術によって定められているが、意思を持って動かすのは武器の使い手であり、どこまでの現象を引き出せるかも使い手次第だ。これが誰でも使える代物ではなくて、限られた人間しかできず、五星士はこれができるのが前提条件なのだという。

 ンヴェネに言われて、ウィルは自身の武器を持ってきてアンジュに手渡した。初めてよく見ると刃の付け根の近くに、歯車が回る宝石のような石がはめ込まれていた。


「…変な感じ。使いづらそう、よくこれで炎が出せるなぁ。」

「変な感じ?」

「魔力って液体というか、流れるものだけど、この魔力は固まっていて動かない。魔法って魔力を自由自在に変形させるものだから、これから引き出して使うというのが凄い。」

「その魔力部分、魔力結晶って言うんだけど、これが良く産出される場所の利権を争ったのが、モンターニュ戦争なんだよ。」


 と、ンヴェネが説明していたが、アンジュは魔導武器の方に好奇心が移っていて、ンヴェネの説明は聞き流していた。


「これきっと生き物や植物の死骸の魔力が固まったやつだ。」


 アンジュはジジジと静かな音を立てて、回っている歯車と宝石を楽しそうに眺めた。それから、ウィルの瞳をじっと見つめた。


「な、なんだ?」


 戸惑うウィルや、質問をするンヴェネを放置して、アンジュは魔力結晶に触れる。すると、宝石が紅く光を放ち、中の歯車がスピードを上げて回り始める。それから、ウィルの額に指を差した。


「動け。」


 静かで優しい声でひとこと呟き、宝石は更なる輝きを持ったあと、すぐに光は収束した。


「な、何だったんだ?」


 ウィルが勝手に戸惑っていると、アンジュはウィルの武器を返した。


「多分大丈夫。」

「いや、何をしたか説明しろよ!」


 ウィルの気持ちの昂りに反応して、持っていた戦斧が炎を纏った。


「え…、なんだ。」 


 ウィルの感情に伴って炎が出たことはない。未知の現象にあたふたしていると、漸くアンジュは話し始めた。


「他人の魔力で、かつ固まった魔力は使いづらいだろうと思って、少しでもウィルの魔力に近づけてみたんだ。」

「俺の魔力?おれにも魔力が?」

「炎出すっていうことはウィルの魔力ではできないほど小さいけど、魔導技術や魔術式を稼働させるくらいには魔力があるってこと。」


 アンジュの説明に、3人は納得したように頷いた。


「言うなれば、火打ち石程度の魔力は僕たちにもあるってことか。面白いね。で、魔力を近づけるってどういうこと?」


 と、ンヴェネが尋ねるとアンジュはキョトンとして首を傾げた。


「さあ?」


 やった本人もよく分からないらしい。


「これだもんなぁ。」


 ウィルとンヴェネは仰々しく肩をすくめる。


「早く言語化できるようなって。」

「なんだろうなぁ。」


 そういうと、アンジュはコーヒーを空のカップに注ぎ入れた。


「何をして。」

「はい、どうぞ。」


 と、そのカップをウィルに渡した。


「これ牛乳じゃねえか。」


 一口飲んでみても、ちゃんと牛乳だ。


「コーヒーと牛乳じゃあ大分違うから大変だったけど、出来たな。」

「俺たちは謎が深まっただけだぞ。」

「石の魔力をウィルの持っている魔力に似せたんだよ。コーヒーが牛乳になるようにさ。」

「へえ。」

「これは魔法が解けたら元通りになってしまうけどね。」


 アンジュがパチンと指を鳴らすと、ウィルの持っていた牛乳はコーヒーに戻っていた。


「斧もお前の魔法が解けたら昔通りになるってこと?」

「それはちょっと違う魔法で解けないやつ。元に戻すなら、逆回しの魔法かけないといけない。」

「へえ、色々あるもんだな。」


 アンジュとウィルの会話を聞きながら、ンヴェネは違和感を抱いていた。


「新入りくんさ、話し方すっごい色々混ざるよね?」

「そうか?」

「魔法関連を、話す時だけ少し幼い。」


 そういえばと、王国軍に来てから側にいるウィルは頷いた。剣を振るうときは、もう少し大人びていて、荒っぽい話し方だ。


「考えたことなかった。」

「まあ、そうだろうね。口調っていうのは環境によってすぐ変わるもんだし、言語によってキャラが違うっていう人もいるくらいだしさ。」


 アンジュは少しだけまゆに力が篭った。


「気にしすぎよ。私もヤナ長官と話すときはもっと堅苦しいわ。」

「それは僕もそうだ。」


 ルサリィの一言で話は終わった。白銀の髪で隠れた右目には何が映るのだろうとアンジュは彼女を見つめた。


「どうかしたかしら?」

「ルサリィは…。いいや、何でもないよ。」


 ンヴェネが、また喚き立てるが、アンジュには聞こえていなかった。


「ンヴェネは喧しいけど、それにしても、ルサリィはヤケにアンのこと気に入ってるよな?」

「あら、私が可愛い男の子に冷たいことあったかしら。」

「無いと思うけどさ…。」


 ふふふとルサリィは笑う。ルサリィとアンジュはお互い目配せをするのみで、何か会話らしい会話をすることはなかった。


「アンジュ・クラント、長官殿がお呼びです。」

「それって新入りくんだけ?」

「はい、そうです。」


 伝令係の少年が、敬礼をして答える。アンジュは重たい腰を上げるとじゃあと手を小さく振って談話室を出ていった。


「でさでさ、本当は何を言いかけたんだ?」


 ンヴェネはアンジュの姿が見えなくなると、ずいっとルサリィの方へ向いた。

 ルサリィは言うか言わまいかを悩んでから、ゆっくりと恥ずかしそうに小さく口を開いた。


「…恥ずかしいのだけれど、私、アンジュと会ったことがある、と思うの。」

「え、それっていつ?」


 ウィルも驚いて声を上げた。


「私が、王国軍に入る少し前のことよ。助けてもらったの。」

「じゃあ、6年前?」

「年齢も10くらいの男の子で。」

「歳も合うな。」

「…でも、アンジュの反応的に全く覚えてないと思うわ。だから、言うのも恥ずかしくて。」

「それって季節は。」

「9月よ。残暑だった。」

「アンが、リレイラの村に現れたのは冬って聞いたことがある。じゃあ、記憶がなくなる少し前ってことか?」


 3人は顔を見合わせた。


「その時の彼の様子は覚えている?」

「厚手の濃紺のマントを被っていたの、暑い日だったのに。でも、色々あったせいかそれ以外のことははっきり覚えてなくて。」

「彼が何かから逃げていて、顔を隠すためというのならわかるが、状況的には目立つ格好だね。」

「でも、彼が覚えていないのなら、話したところで意味ないし、人違いかもしれないもの。」



 ルサリィが寂しそうな顔をして話している時、アンジュは険しい顔の王国軍長官のペチュー・ヤナの前で話を聞いていた。隣には更に険しい顔をしたルジェロ・ビトレーイがいた。その重々しい雰囲気にたじろいでしまう。


「つまり、俺たちはその夜な夜な起こる殺人事件犯人、モンスターを倒せば良いってことですね。」


 ヤナ長官は頷いた。


「殺されているのは、貴族から土木工事関連の業者だ。ただの殺人事件に思えるが、殺された人間の傷口からは大型モンスターの可能性が高い。」

「了解。」

「全く犯行時間が分からない。モンスターではなく竜の一族の可能性も高い。」

「竜の、一族?」


 その言葉を聞いたルジェロが更に眉を顰めて歯軋りした。


「竜って。」

「竜の一族は人間だ。恐らくな。しかし、人間離れした力を持つ恐ろしいテロリスト集団だ。かつて人間たちを脅かした竜のようだと、それを我々は竜の一族と呼んでいる。」


 見つけ次第捕縛、できなければ、殺害やむなしとまで言われている人間の集団。その過激行為の割に信奉者も多く様々な国や地域で事件を起こしているものの、拠点を発見することは出来ていない。


「アンジュ、死んではならん。竜の一族を見つけても、敵わないとなれば撤退しろ。」

「はい。」

「ルジェロ、お前も死に急ぐな。」

「…ヤナ長官、俺は。」

「分かったな。今回は例え見つけたとしても追い払えればよしだ。」


 ヤナ長官はルジェロが頷くまで何度も繰り返し言い含めた。

 ヤナ長官の執務室を出て、離れていくルジェロの背に声をかけた。


「ルジェロにとって足手まといかもしれねえけだ、怪我を治すことはできるから。」


 しかし、彼はアンジュの言葉なんてほとんど聴こえていないようだった。


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