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星の泉  作者: 詩穂
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29話 竜影②

 時間の感覚も失われ、次に気づいたときには視界は暗く、周囲を窺い知ることができなかった。アンジュは魔術で複数の火の玉を生み出し、周囲を照らした。以前のようにただ光を放つより、こちらの方が魔力の消費は少ない。


「…なんだここ。」


 そう口にしたのは誰だったのか。ただ言わないだけで全員が同じようにそう思った。


「新入りくん、何か分かるかい?」

「今のところ、情報が何も得られていない。それ自体が、異常すぎる。」


 アンジュが複数の火の玉を操って、周囲を確かめるが幅10ヤード程の道であることだけしか分からない。


「何でこんなでかい空間が……、あの黒い穴みたいなのは竜の一族の力みたいだったけど。」


 そう言われて、全員ハティの方向を見る。


「ってもなぁ、俺も分かんねえんだよな。」

「役に立たないなら、とりあえず後顧の憂いを断つか。」

「兄さん!」


 スイが剣を再び握りハティに対して振り翳そうとしたので、スイの腕にアンジュは巻きついて止めた。


「……兄さんがやるのはやめようよ。」

「ん?」

「スイって、もしかしてあの変な魔術師のスイ?んん?でも、匂いはお前からするな。」


 ハティは不躾にアンジュを指差す。感情を上手く整理できないアンジュはスイの後ろに隠れた。


「エル、とりあえずハティを縛っておくか?」

「縄じゃ意味ないよ。」

「俺はさっきまでこの狂った男に殺されかけてるし、風使いもいるから変な抵抗はしねえよ。」


 エルが表情が消えた冷たい顔をしていた。

 殺しかけたスイと瓜二つのアンジュが近づいたことでハティは恐怖で少しだけ後ずさった。


赤い双眸がハティを捉え、その薄い喉元に、静かに指先が触れた。


「ルサリィ、これが使役術。」

「えっ?」


 ハティの喉元に複雑な幾何学的な紋様が浮かび上がっていた。見慣れた数字や図形で構成された魔術式とは、まったく異なるものだった。



「え、俺どうなったの?」

「俺のいうことを無視できなくなった。」

「何で?」

「古の術だよ。今の人は解き方を知らないけど、竜の一族なら分かるかもしれない。ルーグ王国では500年前には廃れた。」

「知らねえ。んだそれ。」


 普通にフランクに話すハティに対して、アンジュの魔術に対してンヴェネは不審に思った。


「新入りくん、その魔術ちゃんと機能してる?君にも紋章はあって効力は失ってもそれは消えないって言ってたじゃん。それは効果発揮してるの?」

「してる。解除されたら兄さんが対処してくれるから、他を探そう。」

「俺任せ?別にいいけどな。」

「助かる。」


 一度ハティのことを捨て置き、ルサリィは風で石を遠くに飛ばしてみたりして空間の広さを確かめようとしたが、予想以上に大きい空間であると言うことくらいしかわからなかった。


「アンジュ、ここはどこら辺にあると思う?」

「うーん、一応あの森の地下だとは思ってるんだけどかなり深い位置にあるはず。ハティ、知ってる?」

「知らねぇ。ウッコとタラリアがなんか竜がどうたらこうたらで調べたいけど、面倒なのに見つかりたくねえから周囲を探るために俺が呼ばれたんだよ…え?」


 先程とは違いベラベラと背景情報をハティは口にする。何の躊躇いもなく話したことにハティ自身が困惑した。


「新入りくん…。」

「簡単にかかりやすいタイプみたいだ。」

「疑って悪かったね。」

「ん。でも、使役術って現代だと本当によく効くみたいだなぁ。当時は使えない物扱いされてたのが信じられないや。ここまで綺麗に紋章がついたところで攻撃できない程度だと思ってたのに。」

「くそっ、舐めんなってウッコに言われてたのにぃ。敵意を感じなかったから油断した。」

「とりあえず、ハティも周囲を探って。気になることがあったら教えてくれ。」

「分かった。」


 思考等は縛れないにしても、アンジュが何か尋ねたら否定や拒否ができないようだ。ンヴェネは「ならもっと楽に」といいそうになったが、口にするのはやめた。


 スイは何かが気になってそちらに意識を向けた時、ハティの耳がピクピクと動き、鼻をそちらへ向けた。


「なんかやばい怪物いるぞ。」

「…なんか変な感じがする。」


 アンジュが索敵をするための他の生物を出そうとしたところで、それは目の前に現れた。


「なっ。」

「んだこれ、竜?!」


 体高だけで5メートル近くある、羽が生えた爬虫類のような生物はその大きな首を振り回して雄叫びを上げながら火を噴く。

 アンジュの魔法による遮蔽とルサリィの風で誰にも届かず、事なきを得たがスイの表情は堅い。


「とりあえずンヴェネとエルは距離を取れ。よく分かんないが、…こいつ生き物じゃない。」


 生と死を司る神獣には、目の前の動くそれに生命反応がないことに気づいた。

 スイとルサリィの連携で、前足一本を切り落とす。

 だが、竜のようなそれはバランスを崩しただけで、痛みを感じる素振りも、血液が溢れることもなかった。そして、切り捨てられた足も勝手に動き回る。

 アンジュは勝手に動き回る足を氷漬けして動きを止めさせたが、アンジュもこの状況は芳しくないと思っていた。


 竜のようなものの雄叫びは強く鼓膜がおかしくなりそうだ。


「だ、れが何の、ために作った、んだろうな。」


 ンヴェネの雷の弾丸でも怯みこそすれど、止まることはない。


「殺すことも、意識を奪うことも意味がない。この人形を操る何かがいるのかと思ったけど、自律型なのか?」


 動きは単調だから、スイも全て避けて攻撃を加えているが、手応えがない。


「なら、私が粉々に砕いてみるわ!」

「じゃあ、一旦俺はエルのところまで下がるから、ルサリィ頼む。」

「任せなさい!」

「ルサリィ、破片や攻撃は気にしないで。俺が全部止める!」

「ありがとう!」


 ルサリィは風の力で竜のようなものの頭より高く飛び上がり、上から巨大な切り裂く強い風をくらわせた。最初こそそれも耐えられていたが、少しずつヒビが入り、経年劣化していたのかそれは砂のように崩れていった。


 ルサリィは何事もなく地面に降り立ち、アンジュとハイタッチを交わす。


「ありがとう、アンジュのおかげで全力が出せたわ。」

「ルサリィの力のおかげだよ。」


 スイはどちらかと言うと技巧派であるから、ただ巨大でシンプルな強さのものにはかなり不利だ。生物であればスイの力が役にたっても無生物には何の力も発揮しないから、ルサリィの単純な力が今回ありがたかった。


 アンジュは膝跨いで砂になったそれに手を触れる。


「…強い魔力だ。」


 その魔力を読み取ろうとすると膨大な情報が流れてきて、理解をする前に頭がショートして目が眩み、体勢を崩しかけたが近くにいたルサリィが慌てて支えてくれたから怪我はしなかった。


「解析したらヒントを得られそうだ。」

「でも、魔力を解析なんてできるの?アンジュでも厳しいんでしょ。」

「エリヤ、どうだろう。」


 アンジュの呼びかけに魔術式システムの中の彼、エリヤはその姿を現した。


「調べてみますか。魔力結晶に組み込まれた演算装置があれば可能かもしれません。」

「ん、ある程度魔力が分割されれば俺でも何とかなるし。」


 とエリヤが魔力の塊の砂を掬い取って魔力部分だけ体に取り込んだのだが、エリヤは首を傾げた。


「王都の魔術式への帰還ができません。ここに来た時点で、断線されたようです。」

「ん、え、あ。」


 エリヤが淡々と告げる事実にアンジュは1人顔が青くなった。


「た、たしかに。」


 通常なら魔術式に魔力を供給してから、探ろうと思えば王都内を自由に探れるし、王都内であれば移動も簡単に行える。が、今回そんなことは問題ではない。


「それってさ、護衛くんが邪魔だと思って魔力の供給を切った時と同じってこと?」


 アンジュ・クラントが消えた日の話だ。スイの記憶を取り戻した魔術師は、エルの事情を忘れて魔力を吸い取られる元を切った。

 その時起きたのはモンスター及び神獣による王都の強襲だった。アンジュはンヴェネの質問に肯定すると、スイがアンジュを落ち着かせるように肩を叩く。


「魔力結晶がメインだから、エルが魔力供給を絶ってもすぐには穴が開かない。あん時もそうだったよ。数日は持つはずだからさっさと脱出すれば何の問題もない。」

「あの魔術式から情報が得られないと帰る時馬車か歩きだよ。」

「それは確かに面倒臭いが、どちらにせよ俺たちがここを脱出しないと終わりだ。」


 携行食も水もすぐには切れないが、心許ない量しかない。


「とはいえ、エルがいる限り俺たちの生存は確定だから、それも気にしなくていい。さっさと出る手段探そう。」

「そうだね…、ここでは魔力切れだけが良くないか。」


 アンジュは背に腹は変えられないと、自身にかかっている16歳になる魔術を解き、10〜11歳くらいの見た目に戻る。ただ見た目が変わるだけの魔術ではなく、脳や身体が大きくなるおかげで、精神的に身体的にも16歳程度には強化されるので、本来は解きたくない術だが、消費魔力も馬鹿にはならない。


「あら、アンジュ!可愛いわ!」

「あ、ありがとう。」


 ルサリィはいつも通りに接したのだが、アンジュはビビってしまい、スイの背に隠れた。


「エル、あんまり無理すんなよ。」

「うん。」


 アンジュはスイが剣を握ってない左手の方に回って手を結んだ。


「じゃ、行こう。」

「……僕らの記憶がなくなったわけじゃないんだよね?」

「うん、あるよ。」

「それでも、僕らが怖いのかい?」

「……うん。」

「あら、困ったわねぇ。」


 以前元の姿に戻った時は気絶だったから、アンジュもわかってなかったが、どうやら突然体の大きさが変わると魔力が乱れるらしく、感情が大きく揺さぶられるらしい。


「……こんなところで新たな発見だ。」

 

 魔力が乱れた時は植物の穏やかな魔力の流れて癒されるのが手っ取り早いのだが、スイの手でも近しい穏やかさは手に入れられるのも新しい発見だ。相反する力が逆位相のような形で相殺しているのだろう。スイの手は繋いだまま、アンジュは大人しいハティに声をかける。


「…ハティ、君たちは竜じゃないのに、何故竜を名乗ってるんだ?ここに来た時の君たちの一族らしい力に、偽物の竜。本当に全く関係ない?」

「俺は、そーいう詳しいこと頭に入れねえよ。」

「じゃあ、何で君は竜の一族に入った?」

「そりゃあ、そばに居たからだろ。じゃあ、お前はなんで王国に所属してんだよ。」

「俺は連れ去られたからだけど、王国に。」


 アンジュの淡々とした割には納得できない回答にハティは目を丸くして


「……なんで逃げねえんだ?」


と至極真っ当な疑問を口にしたが、この手の質問には慣れている。


「守りたい人がいるから。」

「ああー、まあ、そう言うもんだよな。」


 ハティがアンジュの簡単な一言に納得し、迷うことなく共感したのを見てンヴェネやルサリィは気まずくなった。見た目は確かに狼男で、恐るべき竜の一族の一人のはずなのに、言葉を交わすと気のいい人間と変わりないのだ。知ってしまうと戦いづらくなってしまうのに。

 

「っつーかさ、やっぱりお前って竜の一族に拾われてた魔術師じゃねえの?」

「今更だね。」

「エル、そろそろ元の体に慣れてきたか?」

「ん、大分。」

「答えろよ。」

 

 慣れたとはいえまだスイの手は借りたままだ。


「さあ、俺は違うと思う。兄さんは?」

「俺も違うと思う。」


 エルであるアンジュが、本物のアンジュ・クラントだと言い難いのと同様にここにいるスイがあの情緒不安定な竜の一族の魔術師とは言い難い。

 

「違うとは思うが、責任は俺にある。」

「でも、それは僕の体に引っ張られていたわけで。」

「けど、エルだったらやらなかった。なら責任は俺だろ。で、ハティ、何だ。ケジメでもつけたいのか?」

「何言ってんのか分かっかんねえー。」


 事情を知っているルサリィやンヴェネなら言いたいことは分かるが、事情を知らないハティが困惑するのも仕方ない。しかし、双子は説明する気は全くない。エリヤも含めてさっさと他のヒントがないかと歩き出そうとしたが、ハティの一言で止まった。


「分かんねえけど、とりあえず血縁者がなんかだろう。竜王様は寂しそうだった。口にはしねえけど。もし伝えれるんだったら伝えてやってくれ。無事くらい知らせてやれってさ。」


 それを聞いたエルはスイの手をさらに強く握り締め、スイはエルの肩を掴んでハティを睨んだ。


「ならその王に伝えてやってくれ。数百年遅えってな。まあ、ハティがここから生きて戻れたらの話だけどな。」

「…はぁ?」


 ハティを無視して、エルの魔法で照らしながら先を進む。


「壁画とかもないし、人間が作った構造物じゃなさそう。」

「人間以外にもこういう物体を作る生き物がいるんだね。」

「現代じゃいないだろうね。けど、竜族であれば考えられる。」


 滅びたのは大体500年前。しかし、その時既に落目で、権勢を誇ったのはおおよそ1万年前だ。


「人間の歴史が一応40000年前から一応観測できて、いわゆる文明的な暮らしをし始めたのが大体4000年前、生物の中で台頭しはじめたのが大体2500年前。それまでは、この世界は竜のものだった。って言うのが最近の考古学。」

「じゃあ、ここはすごく古い竜が作った空間ということなのかしら。」


 ルサリィが人が作るには遥かに高さのある天井を見上げて納得する。


「竜や人以外にこう言う構造物を作ったっていう考察は聞いたことがない。ンヴェネは?」

「そっち方面は全然読んでなかったな。」

「ンヴェネは、なかなか新しい本を読む時間ないだろ。ほとんど鍛錬と報告書で。」

「そんなことないよ。短い時間でも積み重ねればそれなりの時間は得られる。ただ考古学は今まで興味なかったから、全く知らなかった。でも、興味出てきたよ。」


 ンヴェネならアンジュがまだ届いてない本まで知ってると思ったが仕方ない。スイはンヴェネに気を使ってエルを嗜めるように言うものの、ンヴェネは肯定した。


 元の姿でいることに慣れたアンジュは、スイの手を離し、急に前を歩く。


「こんな状況で不謹慎だけど、ここには俺が最も今知りたいことがあるかもしれない。」


 そこにいたのは、逃げたがっていたアンジュ・クラントではなく、ただのエル・ウォッカだ。ハティもそこで魔術師スイとはイコールではないと言うことまでは理解した。


「それってウッコとかと同じやつか?」

「ウッコが何を知りたいのか知らないよ。」

「だから、竜のなんかだろ。お前が知りたいのは何なんだよ。一緒なんじゃねえの?」


 真っ暗な中を周囲を警戒して歩くが、この場所には全く情報がない。それでも、ここであるなら情報があるかもしれないと言うのなら同じ目的があると思っても仕方ない。


「竜は文字を持たないけど、情報を残して未来に繋げることができたと言われてるんだ。」

「へえ。」

「おそらくそれは竜の玉と言われる魔力の塊。そこにはたくさんの情報が残っていると思うんだ。それがあればなって。」


 ハティは、ピンと来なかったようだ。


「じゃあ、目的違うのか。」


 ずっと真っ直ぐ道なりに歩いて、曲がり角はあるがどこかに分岐する様子はない。


「ただの回廊?」

「竜が作ったとはいえ何のためのものなんだろう。」

「竜の刑務所だったりとか。」


 各々が思ったことを口にしてみるが、的を得た何かは得られない。


「エル、距離は測ってるよな?」

「大体歩き始めて500ヤードくらいで最初の曲がり角があって、曲がり角から次の曲がり角までは800ヤード程度だったな。暗くて先が見通せないし警戒しながらだから、長く感じてるけど。」

「俺たちが見落としてるだけで、実は隠し扉があったりしたのか?」

「竜は基本的に四足歩行の生き物で扉は邪魔だと思うけど…、魔法を使って開け閉めしてるのかもなぁ。」


 竜も雨風を避けるために建物を建てていたと言う説がある。ならば、扉があることは不自然ではない。


「……なんか無いかなぁ。」

「ここの空間は魔力が満ちてて探ることが難しいんだよ。この魔力も情報過多で、エリヤも王国の魔術式と繋がってないと演算できないから、八方塞がりだ。」

「最近は新入りくんの影響で触ると魔力があるの分かってる気がしたけど、それは分からなかった。」

「ああ、何と言うか普通の読む魔力って感覚としては液体なんだけど、ここにある魔力の感覚は気体なんだよね。」


 よく考えたら凝固して魔力結晶になるのだから気体というのもあり得るのかもしれないが、その気体を観測するのは人間離れの域だろう。


「俺も普段は分からないけど、ここは濃いから分かるよ。」

「でも、ファンタジックに考えすぎていたけど、魔力にも質量があって、実体を動かしたり、変化させる物質でしかないってことだね。」

「うん、さすがンヴェネ。だから、最近は魔導技術というものが確立されたんだよ。」


 ンヴェネとアンジュが興味深そうに話しているのを、楽観的な現実逃避だとスイは思う。けれど、ンヴェネの言う通りそこまでファンタジックではないのなら、この場所もしっかりと世界の中に存在する場所のはずだ。


「あらゆる手段を確かめるべきじゃないか。例えば、ここの石積みの壁を壊してみるとか。」

「確かに、それは考えてなかったな。ここがもし地下なら窒息してしまうと思ってたけど、確かにここが地下であることも確定してなかった。」


 全員スイの提案に賛同し、工程を決める。破壊するのはルサリィで、もし地下だった場合生き埋めにならないようにアンジュは結界を張ることにした。


「じゃあ、みんな行くわよ。」

「ルサリィが一番危ないから気をつけて。」


 アンジュの合図を得てルサリィの全力で奮った風が、轟音を立てて壁にぶつかった。


「なんじゃこりゃ。あり得ない。」


 しかし、先ほど巨大な石の龍を粉砕した時とは違い、何も起きていないかのように綺麗な壁だ。

 スイが壁を触って探ってみる。エルの言う通りなら数百年経過しているはずなのに、亀裂もなく綺麗なのはよく考えればおかしい。


「あの偽物の竜は劣化してんのに、この壁は劣化なんてしてない。」

「となると、壁は僕らにとっては石に見えているけど、石ではない純粋な魔力の壁ということかも。」

「何それ。」


 竜に似せたものを倒したときのようにルサリィは飛び上がって壁を叩き壊した。石造りの壁はルサリィの力を受けて破壊された、はずだった。ルサリィの風で破片や砂埃が散っていた、残る壁は綺麗なものだった。


 その違いが分からんと首を傾げる皆に、アンジュは2匹の蝶を作り出した。見た目は全く同じで、2匹の蝶がアンジュのそばに舞っている。


「兄さん、この2匹を切ってみて。」

「え……大丈夫なのか。」

「所詮は僕の作り物だからね。あ、兄さんの力は使わないで純粋に切って欲しい。」

「分かった。」


 スイは一瞬躊躇ったが、アンジュの言う通りにそれを叩っ斬った。

 片方は普通の蝶のように、切ったところから中身も出た死骸となったが、片方は切られたところは液体のようにぐにゃりと曲がった後すぐにくっつき再び同じように飛び始めた。


「簡単に言うと、魔術には大きく分けて二つのパターンがある。

 “本物”を作るものと、“見た目”だけを作るものだ。」

「なるほどね、この壁は見た目だけ石なだけであとはなんでもねえ魔力ってことか。」

「そうだね。もちろん作り方の癖とかもあるから、今のは大まかな分類だけどね。」


 現段階で解決策は見当たらないということで、やはりとりあえず進めるところは進んでみようという結論に至った。


 見て回った結果、縦およそ一二〇〇ヤード、横九〇〇ヤードほどの、巨大な長方形の回廊であるらしい、というところまでは分かった。いろいろなところをスイとエルが触ってみてもどこも同じ壁のようだった。


「いよいよ絶望的だし、何のための回廊なのかがわからないね。」

「こういう拷問だったりしないか?」

「やだねぇ。大体何時間経ったんだろう。」


 座ってアンジュが魔術で用意した水や食べ物を口にする。アンジュはそれで回復できないので、持っていた携行食や水で体力を回復させた。


「ハティを助けに竜の一族が来るかと思ったけど、それも来ないね。」

「俺も予想外だったし、気づいてねえんじゃね?」

「でも、あの穴は新入りくんからすると竜の一族っぽい力だったんだよね?」

「その俺たちっぽい力ってなんなんだ?」

「魔力は厳密に言うと個々人で全く別のものを持ってる。けど、傾向分類もあるんだ。この人種は発燃性が高い魔力とか…ね。あの穴から感じた魔力はサウスポートで君たちが現れた時の力とよく似ていたんだ。」

「すげぇ、そんなことも分かるんだな。そんなことに着目したことなかったぜ。」


 ハティはとても素直にアンジュのことをすげえと褒めるから、ルサリィやンヴェネは五星士としては中々苦々しい。1番後ろ髪引かれそうな立場のスイがすっかり割り切れるのがおかしい。

 黙っていたスイがふと気になったことを尋ねる。


「例えば、俺たちを閉じ込めるために自分がおとりにされたとか思ったりしないのか?」

「確かに、あり得る。どうなの、ハティ?」


 しっかり答えさせるためにアンジュからハティの名前をつけて聞き直したが、ハティはあり得ないと一蹴した。


「状況を思い出して欲しいんだが、俺たちはお前らを誘き寄せてなんかねえよ。邪魔だから退かそうとしたんだ。」

「たしかに、そうだった。」


 手も足も出ない状況だ、考えがごちゃごちゃする。考えもまとまらない。


「兄さんが言ってた刑務所や拷問関連は、正直俺は否定したい。いくら時間が経過して風化したとしても全く血痕などが無いのはあり得ないと思う。」

「まあ、確かに。」

「じゃあ、何のためにっていうと、俺も分かんないんだけどさ。竜の回廊と竜の一族らしい魔力の穴……、地上で竜の一族が探し物をしていた…。」


 と頭を悩ませているアンジュの隣で、ンヴェネがそもそもと口にした。


「新入りくんが使っていた移転魔術と穴が空いた竜の一族のものって全然違うらしいけどさ、新入りくんとしてはあの穴の力のことをどう思ってる?」

「竜の一族の『扉』の力は…正直分かんないけど、僕が知っている全ての物理法則を無視してるよ。俺が使ってるのは対象を超細分化して高速で移動させているんだよね。見た目上一瞬で移動しているけど、距離はちゃんと移動してる。でも、竜の一族のものはそうじゃない。」


 その力を使っているはずのハティは、全く何言っているのか分からんとハナから理解を諦めていた。


「それってさ、竜の一族の長であるアナンタの世界から与えられた力じゃないか?」

「確かにタラリアが速さを司ってたしあり得るかも。ハティはアナンタが何の力を世界から分け与えられたか知らない?」

「そりゃあ『地震』だよ。」


 スイとエルは、驚いた。確かに大地を揺るがすという大きな力ではあるが、人間の神獣が持つには不自然な力に見えた。


「さっきの穴が開く前に体のバランスを崩したのは、大きな地震が影響した。ということは、今回アナンタにやられたっていうのは正しいのか。」

「名前といいこの場所といい、アナンタは竜と何か密接なものがあるんだろうな。」

「竜王様が?名前だけじゃねえのか。」

「君がそれをいうんだ。」


 一応王とまで呼び敬意を表しているのに、ハティは不遜だ。彼の息子であるタラリアも誰よりも臆病者であると少し小馬鹿にしたような言い方をしたいたことを思い出すと、彼は随分身内には甘いのだろう。


 そこで休憩をやめにして、もう一度この大回廊を探ろうと一行が立ち上がった時に、奇妙なリズムの音楽が大回廊に流れ始めた。

 悲しんでいるような穏やかな音楽だ。


「なにこれ?」


 周囲をキョロキョロしている中、スイとアンジュだけは静かに音楽に耳を寄せていた。しばらくすると音楽は小さくなる。


「…ここはウラノスの墓所。かつて竜が最も権勢を誇り、世界神とまで登り詰めた時の竜の神獣。っていうことを話していた。」

「誰が?」

「おそらく管理者。…今も生きているかは微妙だ。自動的に流れる事務的な音声に思えるから。」


 この世界においては、絡繰が自ら考えてで話なんてものはない。エル・ウォッカが作成した自律して動いているエリヤ以外で人間の世界で例はないだろう。いや、は


「なあ、何かが動く音がしたぞ。」


 仲間の1人なのではないかと錯覚してるかのように、気付いたことを全てハティは自分たちに共有している。

 そのハティの大きな耳が石を引きずるような音をとらえ、ハティのいう方向へ警戒をしながら進むと回廊の真ん中の内側の壁に四角く穴が空いていた。この暗闇の回廊の中、その内側の壁が動いたところから灯りが漏れ出ていて曲がり角を曲がってすぐに異変に気付いた。

 あの壁の中に何があるか分からない。明るさに目を慣らしながら向かった。

 

「何だここ。」


 中に足を踏み入れた瞬間、誰も言葉を発せなかった。その壁の先には一面の花畑が広がっており、色とりどりの花が今が盛りと咲き誇っていた。


「暑いわね。」


 外の世界は雪が降るような気候で、それなりの厚着を重ねていたのだが、花が咲き誇るその場所は、外界より気温が10度は高くなった。


「……この花はウラノスの力によるもの。死んだ後も強い力が残ってて周囲に影響を与えている。そんな神獣を竜は殺すことに成功したんだ。」

「竜の神獣は竜によって殺されたんだ?」

「ウラノスは少なくともそう、であるはずだよ。」


 アンジュはルニアが話していた内容を思い出す。神獣は自分の種族を嫌いになることはないと話していたその時、竜は自分たちの神を殺したと語っていた。


「なんでアナンタは僕らをここに入れたんだ?」

「お前たちがそこにいたのは偶然だが、お前たちに見せたかったんじゃねえのか、ここを。」


 ハティはスイとエルに向かって言ったが、2人は黙って周囲の音に気を配っていた。そして、その花畑の中央に向かって歩くので他の3人も黙って着いて行く。


「エル。」


 その中央にあったものに全員閉口した。


「これは死んでいるのか?」


 それは巨大な竜の体がそこにあった。今にも呼吸を再開しそうなほど、瑞々しく、完全だった。


「死んでる。」


 そう判定したのは死を司るスイだった。エルも遅れながら肯定した。


「ウラノスの権能は天空。花畑はウラノスの配偶者の力で、ウラノスの力で維持していると言うのが正しいみたいだ。」

「死んでるのに力が死んでないってそんなことありえんのかよ。」

「ウラノスの持ってる力があまりに強大過ぎて、復活させないようにしているようだ。原理は、これも別の神の力なのかな。さっきから自然の法則を無視し過ぎてる。」


 エルがそれに近づこうとした時、スイが勢いよく手を掴んで進ませるのを止めた。


「死んでるとはいえ、全てが綺麗に残ってる。ウラノスそのものが生き返らなくても、エルの力でウラノスの体が復活する可能性がある。世界神とまで称された肉体が復活したらどうするんだ?それを止めることができた竜の種族は力が弱いルニアを除いて絶滅してるのに。」

「ここから出るのに世界神と称されたその竜の力が必要だったとしたら?」

「それが条件だったとしたら、俺はここで滅びることを選択する。」

「兄さんがそこまでこの世界のことを愛しているとは知らなかった。」

「エルがここにある命を優先するためなら、元世界神を起こすことを躊躇わないなんて思わなかったよ。」


 アンジュは掴まれていない手の方でヒラヒラと振った。


「そんな大層なこと僕は考えてなかった。ごめん、ただの好奇心だったよ。」

「…知ってる。」


 スイはアンジュが肩を落として、反省した様子を見て強く掴んだ手を離した。


「悪かった、強く掴み過ぎた。」

「このくらい強くでも何でもない。」


 手の跡が残るくらい掴んでいたのに、エルはスイに対して気を遣った訳でもなく、そう答えた。スイはエルの憎しみや悲しみを痛いほど実感し、そして耐えられなかったことを思い出して、眉を顰めた。


「じゃあ、兄さんよろしく。」

「僕もついて行きましょう。ンヴェネ・ルーイ大尉も連れて行きます。」


 大人しかったエリヤがンヴェネの脇に現れて、勝手にンヴェネを推薦した。何でと抗議の声を上げながらも、ンヴェネも興味がない訳ではないのでスイの隣に立った。

 アンジュは後ろに下がってルサリィの後ろに回る。


 より近づいてみてもそれが死んでいるとは思えない身体をしていた。ただ確かに呼吸もしなければ、臭いなどもしないから生きているようにも思えない。


「普通なら腐って植物の栄養分となるはずなのにな。」

「できのいい剥製にも見えるけど、いや、ある意味それで正しいのか。」

「…なあ、死ぬその瞬間の判定ってどこで決まるんだろうな。」

「何が言いたいの?」

「生から死へ向かう、その時いつ死となる?エルの力を使えば心臓が止まった一定時間の内なら元に戻せる。首が落ちたすぐもそうだ。果たしてその生き返る可能性がある時間は死と判定されるのだろうか。」


 エルの力による蘇生可能時間であっても、エルの力を使わなければ、自然界としてはその時点で死が確定しているのであれば、スイの力でも死と判定されるのではないかと言う仮説だ。

 スイは振り返りルサリィの背後にいるエルに声をかけた。


「エル、これは“時”が止まってないか?」

「…恐らく。死ぬその瞬間時を止めた。使われた能力は一瞬では消えないけど、徐々に効果を消すはず。それが止まらずに動いているのは時が止まった証拠だと思う。とてつもなく恐ろしい話だ。時を止める力がどこまで作用するものなのか分からないけど…。」

「ねえ、これが死体というなら死因は何になると思う。」


 ンヴェネの表情は硬い。それは既に嫌な想像を終えているということだ。


「普通に考えれば外的な損傷がないから毒殺か窒息死。」


そしてこの場所で死んだのは確定だ。


「つまりさ、その殺害方法がまだ残ってる可能性は高いよね?」


エルもスイも肯定した。


「ここが彼の死場所で、尚且つここは同時に彼の棺だ。」

「時を操るなんて大それた能力を持つものが神獣だったとして、同じ神獣であるウラノスを殺す理由は?」

「さあ。そんなのどんな理由でもあり得る。ただかなりの計画的にウラノスを殺害しているのは確かだね。」


 エルはしゃがんで咲き誇っている花を見る。先ほどアナウンスで「ウラノスの配偶者による花畑」というのが流れた。そして、そのウラノスの配偶者の花畑をウラノスの力で強化して保存している。


「恨まれてた、か。天空を司るなんて意味わからない権能だけじゃ、殺される理由ま分からない。本当に何ができる力なんだ。」

「ううーん、多分あらゆる物理法則に対して強化・弱化する能力らしい。地味だけど使いこなしたら最強の力だね。タラリアが速度にしか使えないことを鑑みると尚更。あらゆる物理法則を基盤にしている魔術師からすると最悪の相手だ。」


 エルは花を一つ一つ確かめながら話し続ける。


「……新入りくんが焦ってないのなら、僕らがその殺害方法で死ぬことはないのかな。」

「そもそも、ここから脱出しない限り生きていけないもの。もう何時間経過したのかしら。」


 ここは昼間のように明るいが外は既に夜になっているはずだ。漏れた不安をよそに別に探索していたハティがアンジュとスイに呼びかける。


「なんか文字書いてあるぞ。読めるか?」


 ハティが示した場所の地面に石板がはめてあって、そこには古代文字が刻まれていた。


「う、読めないんだよなぁ。」


 しかし、この文字列はどこかで見たことがある。古代文字などそうそう見かけるものではないが。


「あっ…、猫が持っていた写しと同じだ。あれ、解読してなかったんだよねぇ。…いや、文字?」


 竜は文字を持たない。代わりに竜の玉という魔力媒体で後世に情報を残す種族だ。文字は現状人間しか使っていないと考えられている。


「……人間の文字だ。」

「ウラノスの殺害には人間も関わっていたということ?」

「竜の神獣を殺しても人間には何のダメージはないから、いるのもまあ変ではないか。勝手にいないものと思い込んでいただけだし。」


 魔力を若干帯びているその石に触れてアンジュは様子を探る。


「…この魔力…知ってる。」


 だが、それを口にはしなかった。まだ知られていいものだと思えない。


「魔力だけでなんか読めたか、エル?」


 スイに尋ねられて、アンジュは慌てて返答をした。


「弱くて、情報にノイズが多いけど、恐らく人の神獣。」

「アナンタ?」

「違う。」

「随分はっきり言うじゃん。」

「けど、違うんだよ。違うことだけしか分からないけど。」


 だってこれは恐らく、星の泉と同じ魔力だ。それはスイ以外の誰にも告げてはならない。その魔力を必死に読み解こうと強く意識を向ける。

 文字情報ではないため、肌と心で感じるそれだけが頼りだ。その時点でエルは落とし穴に嵌っていたのだろう。

 深く読もうとすればするほど、消えかけた魔力に残る感情に飲まれる。その深くて強い怨嗟の感情に。元々エルには深い憎しみが残っていた。暗く膿が出るほど腐った憎しみの感情が。


「……これで、漸く殺せる。」

「え?」


 様子がおかしいと思って顔を覗き込んだンヴェネにギリギリでその斬撃は当たらず、スイの剣によって弾かれた。


「エルっ!」


 次の魔術が発動される前に、スイに手を掴まれ、発動直前の魔術は霧散した。そこで、アンジュは目を瞬かせ何が起きたのか分からないとキョトンときた顔をする。


「…僕?」

「エル、もう変なの触るの禁止な。相当強い悪意が残されてたんだろ。」


 アンジュは頭を抑えながら、ンヴェネに謝罪するとンヴェネは首を振った。


「いや、僕も軽率だった。心まで影響されるとは思わなかった。」

「エル、大丈夫か。」

「……兄さん、まだ僕の手を掴んでて。」

「いくらでも。」


 スイの魔力で再び落ち着かせつつ、アンジュは掴んだ情報を整理する。憎悪のその先に、何か重要な情報があったはずだ。


「…殺せる…殺したい、何故…、憎い…。」

「エル、本当に大丈夫か。」

「兄さんが手を離さなければ。」

「それはいいんだけど…。」

「“憎い“のは何故だと思う?」

「王国が?」

「いいや、“血の分けた兄弟が”。」

「俺?」

「兄さんに対してじゃない。」

「……無理するなよ。」


 ブツブツと呟いて読み取った情報を纏める。


「“大嫌い“、。“何故お前が選ばれた”…“ある”“アル“?」


その言葉を呟いた瞬間、アンジュの腕が、強い力で掴み上げられた。スイの手の届く範囲にいたはずなのに、”また”引き離された。


「エルっ!」


 アンジュがその自分の腕を掴んでいる”それ”を見た。それは背の高い人間の。銀髪と銀の瞳を持つ人離れした容姿の持つ男だ。憂いを帯びたその瞳は、同時に、何一つ動かない鋼鉄の冷たさを孕んでいた。


「竜王様!」

「おい、エルを離せ!」


 まだ魔力と感情が整理されていないが、アンジュはスイと引き離された。それは、弟エルを探し続けてきた時間そのものを、無造作に断ち切られる行為だった。

引き離されることに、深い傷を持つスイが、冷静でいられるはずがない。


 心が凍りつく。

 次の瞬間、激情の炎が体を焼いた。

 結果として、エルの暴発的な魔術とスイの剣がほぼ同時に放たれた。男---アナンタがエルから手を離して身を引いたせいで、二人の攻撃は互いを切り裂いた。


「二人ともっ!」


 ルサリィが即座にアナンタと倒れ込んだ二人の間へと割って入る。ンヴェネは、彼女を援護するように銃を構えた。


「すい。」

「くっそぉ、いってぇ。」


 腕を切り落とすという、大きな事故。

アンジュはパニックに陥ったまま、震える手でスイの腕を治している。ルサリィは彼らを背に庇い、アナンタを睨み据えた。

「そこを退きたまえ。」


 磨き上げられた銀細工のような瞳。人の神らしきその男は、愚者を憐れみ、嘲るように、ルサリィに言葉を叩きつける。


「二人に、何をするつもり?」


 この男がいなければ、双子が互いの大事な半身を傷つあうようなことはしなかった。それだけで許しがたい。だが更に続いた言葉には、ルサリィの胸を深く抉った。


「彼らは私の孫だ。まだ未熟でその力も不安定だ。人の世界に入れておくのは危険だ。」

「それなのに?!」


 エルに腕を修復されたスイは、ンヴェネにエルを託し、一歩前へ出る。


「……よく、そんなことを言えたな。」


 スイは、弟エルの血で汚れた剣を、仇を見るようにアナンタへ向けた。そのスイの横でンヴェネは未だ動揺を隠せないアンジュに自分の怪我を治すように説得しながら、ンヴ

ェネはハティの動向とアナンタの一挙手一投足から決して目を離さない。


「仮に貴方が本当に祖父だったとしても、貴方の言う通りスイとアンジュが不安定だったとしても、2人のことを気にかけもしない貴方に、そうですかと頷く理由はないわ。」


 ルサリィの愛の溢れた憎しみを理解しない超人の心は、微塵も揺れなかった。


「ルサリィ。」

「何も知らない人間が---」

「違う。」


 スイは神の戯言を遮る。


「ルサリィは俺たちのことを何も知らない。それにもかかわらず、俺たちの隣に立ってくれている。それがどれだけ尊いことなのか分からないのか。人の神のくせに。」


 ルサリィはスイに当たらないように気を配り、彼の斬撃に合わせて、風を束ねて放つ。

 ハティが動きかけるが、ンヴェネの牽制によって止まる。

 アナンタは戦闘に慣れているようには見えない。それでも、二人の攻撃を当然のように防いでいた。


ーーー才能がなくなりつつあるこの世界で魔術だけが未だ才能だ。

ーーー所詮野生の才。才能にあぐらをかくだけの生き物だ。人間ほどの努力をしねぇ。


 ンヴェネは双子が話していた言葉を思い出す。アナンタもハティも常人のそれとは違う、卓越した能力を持つ。だが、スイの洗練された無駄のない動きと比べると冗長だ。


 まだ届かない。

 だが、いずれ追いつく。神に。


 避けられていたハティの手に、ンヴェネの魔導武器から放たれた弾丸がかすめた。


「っつう、んなこれ痺れる。」

「雷が通っているからね。」


 が、次の弾丸は当たらなかった。空気の振動によって進路を捻じ曲げられた。それに気づいた時にはスイとルサリィの攻撃の隙をぬって、アナンタが、ンヴェネの間合いに入っていた。


 来る。

 ンヴェネは次に来るだろう衝撃に備えて身構える。

 しかし、それは来なかった。背後を見ると16歳の姿に戻ったアンジュが魔術式を展開している。アナンタの攻撃は、そこで止められていた。精神を安定させる魔術が通常より強く使われているのか、アナンタと同じような鋭く冷たかった。


「やっぱり兄さん、俺は捨てるよ。」

「エル。」


 スイがすぐにアナンタに追いつき、再び切り掛かる。その隙に、アンジュは魔術を行使した。スイに強く止められていた、ウラノスの蘇生だ。


 ウラノスの心臓が、再び動き出す。

 ドクンと大きな鼓動が空間を震わせた。アナンタが、力でスイとルサリィの攻撃をいなしている間に、目覚めた竜は世界を揺らすような咆哮をあげる。


「エル。」

「ウラノス、今から空間を破る。その力を貸して欲しい。」


 かつての世界神とも呼ばれた竜が、ただ人のアンジュの言葉に従うはずがない。

 アナンタは嘲笑を浮かべてそれを見ていたが、アンジュには確信があった。


 他の予想を裏切り、目覚めたばかりのウラノスは、アンジュが構築する魔術に力を分けた与えた。あらゆる物理法則に干渉する力。この異常な世界を割くための力だ。


 やがて、ここに来た時と同じように足元に大きな黒い穴が口を開く。


「な、え?」


 ンヴェネの間の抜けた声と同時に、四人の身体は闇へと投げ出された。


ーーーー


 4人が気がついた時は、そこは夜空だった。地中に落ちたはずなのに、今は空から落下している。


「お、落ちてるけど、エル!」


 と、混乱の声が上がるとほぼ同時に、大きな竜が4人を空中で拾った。


「ありがとう、ウラノス。」

「なんでウラノスが僕らを助けてるんだ?」

「竜の上に乗る日が来るなんて思わなかったわ。」


 やはりウラノスはアンジュに従っているように見えた。かつて世界神とも言われた神獣が。

 混乱している4人に対して強い精神安定の魔術を自身にかけたままのアンジュは、機械的に淡々と告げる。


「ウラノスに使役術がかかっているから。」

「あの、廃れた魔術ね。」

「500年前には廃れた技術だけど、数千年前に封印されたウラノスからすれば超最先端魔術だ。」


 ハティにかかっていた魔術にアナンタは気づいた様子を見せていたが、すぐに解除してこなかった。アナンタもまた解術を知らなかったように、それ以前に生きていたウラノスには理解してないようだ。


「けど、これからどうするの?こんな大きな竜。」

「それは」


 アンジュが何かを言おうとした時、流星の如く平行に飛ぶ小さな光が現れた。


「現竜の神獣であるルニアに引き取ってもらおうと思ってた。」

【もうなんなんだよ。こんなに世界が大きく変わることってあるの?】

「ルニア、相変わらず駆けつけるの速いな。」

【2人とも血だらけだし、何があったの?】


 小さな光の正体は、知った仲のルニアだ。

 以前、竜の模造品をアンジュが出した時もルニアはすぐに駆けつけたから、今回も出てくるだろうと予想していたが、あまりにも速い。

 混乱をしているルニアにアンジュが詳細に説明に説明すると、ルニアは驚きながらも納得してウラノスを引き取ることを了承した。


【多分その奇妙な空間から抜けた時にウラノスは世界から与えられた神の力を失った。こんなことを世界も想定していなかっただろうけど、同じカテゴリーの神獣が二柱いることは矛盾しているからね。だから、君たちと話すことができないんだと思う。】

「ルニア、ウラノスは何か話しているの?」

【ああ、うん。まさか生き返るなんてみたいな呪い節をね。この世界はウラノスが知る世界じだいじゃないから、説明を求めてるんだけど、君たちには聞こえてないよね。】


 大きな翼竜の背に乗って、その冷たい鱗を撫でる。こんなことが生きているうちにあるなんて思ってもみなかった。まるで夢でも見ているようだ。

 ルニアの誘導によって4人はあの森の中に静かに降ろされて、再び2頭の竜は闇に隠れて空に帰った。人里近くに降りるにはウラノスが巨体すぎるからだ。近くにウッコがいるかと警戒したが、全く矢はふってこなかった。


 真っ暗な森のなか、疲れた4人は体を引きずるように元の村を目指した。

 4人が森を抜けて、元の村に戻るとそこにはよく見知った王国軍を指し示す紺色と金色の縁がある天幕がかかっていた。


「…なんだ、これ?」


 疑いながら王国軍の陣の中に入るやいなや、真夜中に警備している軍人が4人を見つけて叫んだ。


「い、いたぁぁ。」


 アンジュがようやく再び王都の魔術式に接続できて、情報を探ると衝撃的なことが発覚した。


「俺と兄さんが王都をでてから1週間経過したみたいだ。魔術式にモンスターに気づかれるくらいの穴ができるギリギリだったな。」

「ええええ、私たち半日だと思ってたわ。」


 他の兵が軍医を叩き起こして連れてきた。アンジュとスイが血だらけだったことによって大いに心配されたようだ。軍医が顔面蒼白してハラハラして尋ねる。


「アンジュ・クラント准尉、腕は……どうされたのですか?」


 片腕を失っているにもかかわらず、アンジュの表情はあまりに落ち着いていた。その温度差に、周囲の人間がどう反応すべきか迷っていると、


「あ、治してなかった。」


 と、思い出したように言って淡々と腕を治した。あの空間でアンジュにとって腕は必要なかった。ウラノスの使役術でどこまで魔力を持っていかれるのかが不透明だったため、腕の修復は後回しにしていただけだ。


「よ、良かった、アンジュ・クラント准尉となれば自分で治せるんですね。」

「見てる方が辛かったよ。」


 安堵と同時に、拭いきれていない戸惑いが場に広がる。


「俺の腕一つくらい気にしなくていいよ。王国魔術師が好き勝手に持っていくもんだから、自分の四肢や眼球の修復は慣れてる。」


 あまりにも無感動な口ぶりに、

通常の世界で生きている人間たちは、言葉を失う。心配から一歩引いた周囲の空気を気にも留めず、アンジュはまだ余裕のある魔力で、四人分の服や髪を整えた。


 驚きと沈黙の中で、ルサリィだけがすべてを飲み込み、柔らかく微笑む。


「アンジュ、綺麗にしてくれてありがとう。」


 その率直な言葉に、アンジュは一瞬だけ目を瞬かせてから答えた。


「ルサリィもありがとう、嬉しかった。」


 アナンタに対してルサリィが啖呵を切ってくれたことに感謝すると、スイも一緒に頭を下げる。その少し張りつめた空気を断ち切るように、ンヴェネが雑にアンジュの肩を掴んだ。


「新入りくん、大分僕は精神的に疲れたから和らげて欲しい。これから上に報告しなきゃいけないからさ。」

「了解。」


 当然のように返事をして、アンジュが軽く魔術をかけ始めた、その時。

 仮眠していたと分かる服装のウィルが、ルジェロの首根っこを掴んで走ってきた。


「だ、大丈夫だったのかよぉ!」


 酷く心配をしていたが、四人が通常通り――いや、それ以上に整った姿で立っているのを見て、ウィルはようやく息をつく。


「ま、ちょっと竜の一族と接敵しただけだから、異次元の世界でさ。」


 ンヴェネも茶化すようにウィルとルジェロに告げると、目を丸くして怒った。


「でも、怪我らしい怪我はそこの双子の相打ちくらいだよね。」

「ああ。あんな大怪我をしたのは、初めてだよ。さすがエルの魔術だ。」


 スイが一度は失った左腕を愛でるように撫でる。


「2人が相打ちってどういうことだよ。」

「竜の一族についてなにか分かったのか。」


 結局暫くンヴェネは、参戦できなかった2人に対して報告をすることに尽力する羽目となった。


ーーー


「エル。」

「……スイ。」


 灯りはない。休めと急かされ、ほとんど押し込まれるように二人きりのテントへ入ったものの、流石にすぐ眠れるはずもなかった。

 少しずつ夜の闇に目が慣れて、ぼんやりとお互いの影が僅かに見える。

 その影に何を話すかも決まらずに、ただ名前を呼ぶとその輪郭が少しだけはっきりする気がした。


「久しぶりに名前を呼ぶな。」

「兄さん。」

「別に言い直さなくてもいいし、スイでいい。」


 そもそも何故エルがスイのことを呼んでるのかも分からない。アンジュは少しだけ言い淀んたが、暗闇に紛れて本心を落とした。


「スイのことを皆そう呼ぶけど、兄さんと呼べるのは俺だけ。」


 思ってもみなかった言葉だったのか、スイが一拍置く。


「可愛いこと言うじゃん。」

「今の兄さんは揶揄うから言いたくなかった。」

「悪いな、俺も人間らしくなった。」


 エルの記憶にあるスイは、父に剣を教わり、黙々とそれを振っている少年だった。

 感情の起伏は乏しく、剣以外のことにはほとんど興味を示さない。その姿は、今のルジェロに少しだけ似ている。二人の違いは、エルの世界に興味を持っているかどうか、それだけだった。


「で、何か言いたかったんじゃないのか。」

「…怪我させて、ごめん。」

「それはお互い様だ。」

「僕は慣れてるんだよ。」

「慣れんな、んなこと。」


 スイの声が、ほんの少しだけ強くなる。

 王国魔術師の非業。精神に作用する魔術で痛覚も恐怖も鈍らせていても、あまりにも、自分を顧みなさすぎる。10年以上魔術塔で刷り込まれれ多価値観がこびりついて簡単にはがれないのは分かっていても、もっと自分のこと大切にしてほしいと願わずにいられない。


「あれはただの成り行きでそうなったんだろうか。」

「計画的だったにせよ、偶然思い立ったにせよ、アナンタは僕らを人間たちから切り離したいのは確実だ。」


 エルは静かに続ける。


 「善意、きっと善意で、僕らにも、そして、人間たちにも双方がそれが幸福だと思ってると思う。」


 一拍置いて、少しだけ声を落とす。

 

 「正しいことを言っているのはアナンタなのだと思う。僕は不発弾のようなものだから。」


 スイがいなかったら、ンヴェネは怪我では済まなかっただろう。

 だから、ここにいることを望むのは、どうしようもない我儘だとは分かっている。しかし、一体どうしてようやく得た安寧の場所を自ら手放せるだろう。父親が処刑されてから、初めて得た居場所を。恐怖からアンジュは、手の中に残っていたミルフィーから貰った髪のリボンを握りしめた。テントに押し込まれた拍子にほどけてしまったらしく、結い直す余裕もなかった。


「やっぱりミルフィーたちと生きていけないのかな。」

「行けるだろ。」


 即答だった。


 今日で推測は確信に変わった。俺たちは離れていると確かに不安定な爆弾だ。でも、一緒にいれば普通に生きていける。」


 スイはエルを通して人間の喜びや悲しみを得られるが、エルもまたスイのおかげで精神の安定を得られるのだ。


「お互いがお互いの楔なんだよ。ほら、ミルフィーのリボン結んでやるよ。」

「自分でできる。」

「俺の方が上手い。何年、自分の髪を結ってきたと思ってる。」

 

 スイはごく自然な手つきで髪をまとめ、ほどけていたリボンを結び直した。人の中で生きる時間が長かったからか、その仕草には無駄がなく、落ち着いている。アンジュが自分で結うよりも、ずっと整っていた。


「こうしてみると俺の顔は兄さんに似てるんだな。」

「目の色以外は瓜二つだってみんな言うだろ。」


 だから、性格がアンジュ・クラントとして変わっていても、エルがそのまま受け入れられているのだろう――そう言われて、アンジュは少しだけ胸が痛んだ。それでも、否定はできずに黙って頷く。

 結い直された髪が揺れ、ミルフィーから貰ったリボンが、首の後ろで小さく覗いた。

 アンジュは、その感触にミルフィーの面影を重ねるように、ぽつりと口にする。


「ミルフィーに次は何あげよう。」

「あげたばっかじゃん。でも、なんかあげるなら花がいいだろ。俺にはあの魔法は真似できないが、ミルフィーとアンジュの確かな思い出のものだ。」

「そんなこと言われたら毎日でも魔法で作って花をあげてしまうよ。」

「気持ち悪。せめて週一だ。」


 弟は0か100かの愛し方しか知らないらしいと頭を抱えた。それでも、きっとミルフィーは常識だけを身につけた冷たい人間である自分より、奇想天外であっても温かい人間であるエルの方が好きだろう。


「兄さんも花は欲しいか?」


 そんな話はしてなかっただろうに、急に問われた。


「花は要らないが、花を作る魔法は見たい。」


 その言葉が終わるよりも早く、スイの周りには花で溢れた。


 そうだった、スイの弟は0か100の愛しかないのだ。




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