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星の泉  作者: 詩穂
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29話 竜影①

アンジュ・クラント 中身はエル・ウォッカ 王都の最強の防衛システムを作成した天才魔術師

スイ・ウォッカ(クラント姓を名乗っている)エルの双子の兄弟

ンヴェネ・ルーイ(25)五星士のリーダー 雷の銃使い 面倒見がいい

ルサリィ・ウェンディ(23)誰にでも優しいが、アンジュには殊更優しい。風使い。アンジュの服を選んであげている


 星願祭翌日、ノア・サッチャーの家には幾人もの記者が集まっていた。今年の幸運の結果が祭中では分からなかったこともあって、は例年以上だった。

 幼いノアの代わりに母親が応対し、「昨日まで寝込んでいたが、もうだいぶ良くなったのだ」と発言をしてその日の夕刊はそればかりが載っていた。


「まあ、凄かったものね、昨日。」

「『五星士の魔術師の真価』とか『天才の御業』とかまあまああることないこと書かれてるよ。」


 あの派手なステージの後の今日は、いつもと変わらずに五星士と双子は鍛錬を続けていた。しかし、彼らの取り巻く空気は確実に変わっていた。いつもの「卑怯者」のような視線がなく「憧憬」や「羨望」に近い視線になった。朝食の場ですれ違った際に「凄かった」や「助かった」などという感想を言われたが、アンジュ自身としては何も変わってないので戸惑っていた。昨日は目立つことを言っていたから、今になって恥ずかしいとすら思い始めてきた。


「祭りテンションって怖い。」

「ノリノリだったじゃん。」

「引かないでよ。」

「引いてないよ。」


 何も悪いことなどなかったが、アンジュとしては既に恥ずかしくて忘れてしまいたい思い出になってしまった。トークがしたくないというだけで自分が迎えに行ったことも、凄い凄いと褒め称えられており、耳を塞ぎたくなってしまった。


「ちゃんと救えたんだから、アンは何故恥ずかしがるんだ。」

「後悔はして……る。あんな衆目に晒されて可哀そう。できないって言って断って後から助ける方法とあった。」

「始まる前のアドレナリンが切れたって感じ?」

「そうともいうかもしれない。」


 

 恥ずかしそうにして、視線から隠れるように本に目を移す。

 最近の学術書を読んでいるアンジュの傍らで彼が作った蝶たちが舞っている。精巧に作られたものではなく、魔力で形とかたどっただけの幻想的な色の蝶たちだ。彼が昨日と同じ衣装を着ていたら、夢かもしれないと疑っただろう。ルサリィはその彼の隣に座って微笑む。


「遠目だったけど、良かったわ。お姉さん、涙が出てきそうだったもの。」

「いつもありがとう、ルサリィ。」

「あ、信じてないでしょう。」

「信じてるよ。ルサリィのことだから、信じてる。これがンヴェネだったら真意探っちゃうけど。」

「余計なことを言わなくていいよ、君は。良い意味でも悪い意味でも素直だな。」


 ルサリィは軽率にアンジュを褒めるし、ちゃんとアンジュも言葉を言葉通りに受けとる。それがンヴェネは羨ましいが、25にもなってアンジュのような子供の素直さは出てこない。

 ルサリィに微笑まれたアンジュは自分のことよりもルサリィの話題に変えた。


「話が変わるけど、ルサリィの契約した相手のこと。俺が現在見れる範囲で王都の文献を探したけど見つからなかった。どうにかしてルサリィが契約を結んだ場所、オルガンに行けないかな。」

「でも、もう何もない場所よ。生存者もみんな散り散りになってしまったからね。」

「何もない可能性も高いけど、まだ魔力は探ってないし、見てみたいんだよ。俺は自分の目で確かめたもの以外信じられなくて。」


 ルサリィを困らせている子供の話を遮るようにンヴェネは手をパンパンと叩いて話を切った。


「はいはい、ルートヴィヒを経由して上にあげた方が早いよ、きっと。」

「そうか。」


 話の内容はさておき、いつも通りの穏やかな時間を切り裂くようにマントの集団がぞろりと入ってきた。この王国軍の中で見かけたことがない異様な装束をしている彼らは、魔術部隊だ。マントのフードを深く被っているのでその表情はよく見えない。

 彼らのマントが目に入ったアンジュはすぐさま自分より背の高いンヴェネの背の後ろに隠れた。ンヴェネが幼子に苦言を言う前に、2人の前にスイが立ち、スイはクルクルと剣を弄んだ後、魔術部隊しんにゅうしゃを睨みつけて、煽るように丁寧に話す。


「ここは王国軍の建物ですよ。いくら魔術部隊とて許可なしで入ってくることはできないはずですが?」

「…このっ」

「待て。」


 部隊の後ろにいた人間がスイの無礼に怒ろうとすると、最前にいた老齢らしい男の声がそれを止めた。


「先に非礼だったのはこちらだ。すまない、そちらの魔法使いの男と話がしたいとヤナに話をしていたが、なかなか通らなかったのでな。」

「どう言う理由で拒否されたのか分かります?」

「王国軍側から複数の人間の同席を求められたのだ。こちらとしては国家機密に関わるのでそれはできぬ。」


 一応無礼を認めて謝罪をしているが、やはりこちら側の常識は通用しない。

 王国魔術師がお願いをすれば殆ど通るのが彼らの常識で、断られたからとわざわざ集団で許可なしにやってきたと言うのだ。


「どこの恋人に捨てられた勘違い男だよ。やってること気持ち悪いって。」


 彼らの態度にうんざりして、スイは保っていた礼節を捨てた。変わらずアンジュはンヴェネの陰に隠れたままだ。


「俺たちは現在の人間たちに罪はないと思ってはいるが、正直当時の当事者の血縁者は殺したい気持ちがある。それでも、俺はお前たちを守らんと牽制してる。つまり、これは優しさだ。」


 スイと魔術部隊の剣呑とした様子にとばっちりは困ると鍛錬室から去っていく部隊や静観する部隊もあった。

 ンヴェネは後ろで縮こまる情けない凄腕の魔術師をどうしたものか考えていた。スイの言っていることは立場上冷や冷やして胃が痛い。王国軍上層部は、スイやエルのことはなかなか処罰しにくいけれども、他のメンバーに塁が及ばないとも限らない。


 スイの牽制に魔術師たちも苛立ってはいるが、実力行使をすることも退避することもなく静かな睨み合いが続いた。それを破ったのはアンジュだった。


「俺と話したいことっていうのは、王都の魔術式のことでしょ。ルミエールもエン・レイもうまく再現できなかった。」

「…国家機密の話だぞ、この公の場で話さないでもらいたい。」


 強い口調の割に変わらずンヴェネの背後に隠れているアンジュだが、そう言われた後に小さく呟いた。


「行け。」

「…え、何?」


 ンヴェネが聞き返した時には、自身の背後から無数の鼠が現れて横を通過していく。気持ちが悪すぎてンヴェネは固まった。そして、その鼠たちはスイの脇を通り、魔術部隊の足に襲いかかった。


「おい、おい、やめさせろ!」


 ただの鼠たちはその小さな歯で噛み付いているだけで、大きな怪我を負わせようとしているわけではない。五星士もスイもどうするべきなのかも分からず武器も掲げることなく脱力していた。ンヴェネの背後の住人は続ける。


「王都では500年前に根絶した不治の病のペスティア病の病原体を保有した鼠だよ。」

「な、はやく、早くやめさせろ!」


 アンジュに話が通じないのを見て、リーダーであるンヴェネに向けて怒鳴るので、ンヴェネは容赦するようにと告げようとした。が、アンジュの方が早かった。


「500年経過してもあれは多くの絵画や歴史書に書かれてるから、理解も早いな。病気についてだけだけど。」

「な、なに。」


 その場にいる魔術師全員が噛まれたことに動揺していると、鼠は跡形もなく消えた。


「500年、この王都でペスティア病が根絶されたのは、この王都を包む魔術式の仕組みのうちの一つ。動植物でこの菌を保有するものは魔術式の中に入れることは叶わないし、中いたものがこれに感染した場合菌を殺すための魔術が施されてる。」


 そして、この魔術を作ったエル・ウォッカをしても、この病原体を持った生物を生み出しても消えていく。だから、あの鼠たちが病原体を持っていることはあり得ない。それが理解できないという事実は、彼らがいまだ魔術式の解析を終えていないことを示していた。


「つまり、それすらも分かってない。君たちはこの魔術式をほとんど知らないくせに、俺から何を聞くつもりなんだよ。」


 そう啖呵を強く切っているくせに、情けなくンヴェネの背の後ろに隠れたまま、幼子のようにべーと舌を出す。


「そこまで言うなら、君、僕の前に立ったらどうだい。」

「……拒否。」

 

 記憶が戻る前のアンジュには到底一致しない子供じみた反応に、ンヴェネは何度目か分からないため息をついた。アンジュがそこから何も言わなくなったので、再びスイが口を開いた。


「俺たちの現在は王国軍所属だ。ペチュウ・ヤナを説得できてない時点で、こちら側としては話す謂れはないし、“個人的に“話すことはそもそも拒否している。せめて礼儀を以って話し合いにしてもらおうか。」


 スイが剣を構えてひと睨みすると、現時点で老齢の魔術師は分が悪いと判断しマントを翻して去っていった。


「はあ、本当にいきなりだったなぁ。行き当たりばったりは魔術師の特権か。」

「昨日の星願祭で、ようやく危機感を覚えたんだろ。あまりにもエルが自在に王都の魔術式から情報を得ていることにさ。」


 魔術師のマントが見えなくなった後で、スイはポケットから赤い飴玉を出して手で弄ぶ。


「食べてないんだ。」 

「俺は必要ではないからな。なんで俺にもくれたんだよ。」

「数が膨大だから、魔術式内の人間の生命反応に全て贈ってるだけだよ。取り合いにはなってほしくなかったから、均等に。」

「なるほどなぁ。俺が食っても吐かない?」

「俺の魔力で作ってるけど、恐らく大丈夫だよ。怖かったらウィルにでもあげて。」

「大丈夫なら、腹が減った時に食べる。」


 エルの権能はスイにとって天敵だ。勿論スイの力もエルにとっては天敵になり得るが、最後にはエルの権能が勝つらしい。

 再び医学書を読もうと鍛錬室の端で本を広げたところで、バタバタと駆け込む音がする。


「これは僕たちに対してかな。」


ンヴェネの予想通りそれは任務を告げる伝令の声だった。


ーーーー

 ルサリィとンヴェネは任務に出てしまったが、他の4人で夕飯時まで鍛錬に打ち込んだ。アンジュは横で新しい魔術を作っていただけだが。そのまま4人で食堂へ向かう途中で声をかけられた。


「昼間は大変だったようだね。」

「ルイス。」


 知っていたなら止めて欲しいとアンジュは軽口を叩く。そんな本気で言っているわけでは無いとルートヴィヒもわかっているので笑いながら謝罪した。


「全く動かない、変化がないことで有名な魔術部隊が今大きく動き変わろうとしている。アンジュくんのお陰だ。」

「俺は、恨み言を言っているだけだ。」

「例え発言したそれが善意だろうと悪意だろうと、良い結果を生み出せば良いことなんだよ。裏を返せば、善意で行ったことでも時として害になることもある。」

「どうだろうか。」

「元より君の精神が善良だから、君の悪意すら一般的な悪にはならない。」


 何を知っているんだと思ったが、思い返してみれば魔術の数式の中に自分の感想やら何やらを書き加えたような恥ずかしい記憶がある。誰も見るわけがないという落胆と、誰かに見つかって欲しいと言う二律背反で書いたそれを、実際に解かれると逃げ出したくなるくらいにはこそばゆい。


「……なるほど、ルイスは俺の魔術書を読み込んだんだ。しっかり暗号化もしてたのに。」

「ああ、難しかった。漸く解けたよ。よくただの手計算の時代にあそこまでのことをやってのけたな。」

「……あ、そうか…魔導計算機かぁ。」


 魔術に関することを全て数字に置き換えて暗号化していたが、所詮は500年前の暗号。現在は、色々な補助する機械があるのだから、簡単に解けてしまうのだろうと少しだけ恨みがましく呟いた。


「そんな顔しなさんな。処分しなかった自分と読まれていることに気づかなかった自分を恨んでくれ。あんなの見つけたら研究者は息巻いて解読するに決まってるだろう。」


 アンジュは仮に自分でもそうしただろうとわかるからルイスに反論できなかった。


「とは言え医療魔術の魔術書のほんの一つだ。著者が別のヤツになっているやつのな。ただその口調だと君1人が全て書いたものがありそうだな。」

「……口滑ったか。」

「探してみるか。」

「いや、まあ…製本化されてるのは無いよ。糸で閉じてればいいほうかも。」


 ルートヴィヒにジロジロ見られていい気はしない。眉を顰めて、前にウィルの隣を歩くスイの横に並んだ。


「どうした、エル。」

「ルイスに舐め回すように見られたのが嫌だった。」

「ルイス、普通に殴るぞ。重ねた年齢以外エルは子供なんだから。」


 スイが威嚇するとルートヴィヒはそれは誤解だと訂正をした。


「ルイスは魔術書目当てなんだよ。」


 アンジュも付け加えるが、スイの目は更に鋭くなるばかりだった。エル・ウォッカがどれほど魔術の知識を王国に搾取されてきたかが分かっているスイには許されることではない。


「ルイスはいい奴だとは分かっても、所詮はこの王国魔術師の立場だ。」

「今のこの期間は君たちがくれた譲歩だったな。悪かった。調子に乗った。」


 ルートヴィヒは、これ以上はと言い止めた。

 剣呑とした言い合いの中にも穏やかな空気があることがアンジュには新鮮だった。しかし、その空気を全て壊す伝令が入った。


「伝令、ンヴェネ殿とルサリィ殿が竜の一族と交戦中。すぐに援護に向かうようにとのこと。」


 アンジュはンヴェネの魔力石の場所を探した。自分の魔力だ、さぐろうと思えば座標を特定することができる。ただ向こうの戦況がどうなっているかは分からないし、ンヴェネがいるところを少し避けて転送しても、そこに建物や障害物があるかもしれない。


「欠損のリスクがあるから、復元が容易な兄さんと俺しか無理けど、魔術ですぐにその場に行けるよ。」

「いいぞ、向かおう。」

「全員向かった方が良さそうだな。」


 スイとアンジュが目の前から消えた後、

 状況をすぐに判断したウィルとルジェロは、すぐに厩舎の方へとかけだした。



ーーーー


 王都からそう離れていないドゥルという村で、人間たちも不作に喘いでいたが、それ以上にモンスターも蓄えができておらず冬眠できないまま暴れていたというのを聞きつけて、ルサリィとンヴェネがやってきた。暴れているのがシュレという1ヤードを超える巨大なリスのような見た目をした、雑食性のモンスターだ。


「ここらは雪が積もってて歩きづらいね。」

「途中から馬車じゃなくって馬にして良かったわね。」


 雪に隠れるために白いコートと帽子を着て、馬は厩がある村長の家に預けて村の周りを歩く。


 既に村人数人が重傷を負っている。モンスターレベルとしてはそう高くないので、わざわざ五星士が来るようなことでもないのだが、この時期暴れる高位のモンスターが少ないのと、他の部隊は近頃国防に力を入れている影響もあって2人がやってくることになった。


「聞いた話だと猟師の銃声で逃げていったらしいけどねぇ。」

「Cクラスのモンスターが銃声で逃げるのは珍しいわね。」

「まあ、向こうも雪で足が取られたんじゃない?通常なら冬は冬眠しているモンスターだから、慣れてなかったんでしょ。」


 ンヴェネは軽口を叩きながら足跡の痕跡を追っていく。


「ルサリィ。」

「どうかしたの?」

「森の奥に行く人の足跡あるんだけど、まだ帰ってきてない村人がいるのかな。」

「私が森の上を見てみる?」

「そうだね。でも、管理されている森とは言え、木で見えない可能性が高いから、ざっとでいいよ。」


 ルサリィが木が倒れないギリギリの強い風を纏って木々の間を抜ける。冬のため空を飛ぶモンスターもほとんどいないので、ルサリィは飛ぶことに警戒心はそれほど持っていなかった。


 何かが風を切る音がして、ルサリィはそれを避けたつもりだった。しかし、それは無軌道に変化して避けたルサリィに向かって迫った。それが矢だと認識した時にはルサリィの足に刺さっていた。

 

 ルサリィは理解できないことに驚きつつも冷静になって、ンヴェネの横に降り立った。


「ルサリィ!」

「ごめんなさい、油断したわ。」


 ンヴェネはルサリィに刺さった矢を見て、触れるとそれに魔力が宿っていることを感じた。


「……新入りくんのおかげで多少の魔力が分かるようになってきたな。恐らくこれは竜の一族だ。ルサリィ、自分で手当できる?」

「ええ、手は無事だから。」


 ンヴェネは銃を構えて周囲に気を配りながら、ルサリィの手当が完了するのを待った。


「一度、村へ戻ろう。…歩けないなら僕が背負おう。」

「風の力を使って動くわ。ンヴェネは周囲の警戒を続けて。」

「分かった。場所はバレてるしルサリィが前を歩いて僕は後ろを警戒しながら行くよ。」


 警戒しながら戻り、ンヴェネは後からついてきた御者の男に竜の一族と会敵したことを伝えて伝令を頼んだ。


「……スイの予想だとこの冬は王国を狙わないと言っていたけど、結局狙ってきたのか。それとも様子見なのか。」

「私たちと会ったせいでこの村が狙われる可能性があるわ。森の近くで対応できるようにしておきたいわね。何もなければそれでいいけれど。」


 ルサリィは足を負傷しているので、全力では戦えない。狙われるかと思っていたが、あの後からルサリィへの攻撃の後追撃してくる様子もない。こちらは応援を呼んだが、森から追い出すための威嚇が目的だった可能性はある。


「あの森に何かあって私たちに近づいてほしくなかったということかしら。」

「とりあえず新入りくんさえきてくれれば魔術方面の知識は補われる。あとは何の知識が必要なんだろうね。」


 彼らを生きたまま捕まえられればそれが一番だが、そこまでの余裕はない。

 ただ応援で第一師団や第二師団が来る可能性もある。ヤナ長官がどのような采配をするか全く見当がつかない。


「このまま何も起きなくても、応援が来るまではじっと監視継続だね。交代交代で休みを取ろうか。」

「ええ、ただ応援が来る頃には太陽が落ちているでしょうし、そこが心配ね。」


 馬を飛ばして2時間程度の距離。小さな村だから、電報というのもない。それなら、王都に直接向かった方が早い。


 そこから2人は黙って森の監視を続けた。森は静まり返っており、時間が過ぎるのはとてもゆっくりだが、気の休まらないまま時が悪戯に過ぎるのを待った。

 

 空が赤くなり、お互いの顔が視認しづらくなり、一段と風の冷たさを感じた時だった。突然なんの脈略もなく2人の前に白い布がふわりとゆっくり落ちてきたのだ。

 その脇でスタっと落ちる影を見てみれば、よく知っているスイで、白い布はゆっくりとマントを翻しながら重力を感じさせずに降りたのは、片割れのアンジュだった。


「無事に転移できたな。転移魔術の理論聞いた後だったから怖かったけど。」

「本当に壁の中とかに転移しなくて良かった。座標だけじゃ周囲は探れないから。」


 聞きなれた双子の少しだけ気の抜けた会話を聞いて、張っていた気持ちが緩まる。物陰にいたルサリィとンヴェネに気づいた2人は、一度周囲を見渡してから近寄って話しかけた。


「ルサリィ、怪我してる。」

「ええ、そうなの。」


 ルサリィが簡単に状況を説明している間に、怪我は見事に治っていた。


「竜の一族がこの森に何の用なんだろうなぁ。エル、周囲を探れるか。」

「この寒さで少し魔力の流れは弱いけど、探ってみるよ。」


 アンジュは近くにある木に手を当てて魔力の流れを読む。その間にスイは周囲を見渡すが何もないように見えたが、違和感を覚えていた。


「冬の割に五月蝿い森だな。」

「護衛くんは何かが聞こえてる?」

「いや…聞こえるんじゃなくて、そう感じるってだけ。ああ、モンスターが冬眠できてないからかもな。」


 周囲の魔力を読んでいたアンジュは振り返った。


「ここの森って新しいんだね。多分数百年前ここには村か町があったみたいだ。」

「ん?」

「古い木があまりない。で、多分なんだけど地中に何かないかを彼らは探しているみたいな、そんな動きをしている気がする。」

「村や町っていうのはどっから?」

「植物の根の張り方から。形取っていくと人為的な四角の枠組みのようなものがいくつか感じられたんだ。」

「何らかの災害でこの地域がぶっ飛んだ可能性があるか。」

「兄さんは何か覚えてない?」

「さぁ…、エルじゃあるまいし、詳細は覚えてないよ。」

「けど、新入りくんのおかげで大分情報を得られたね。さりげなく彼らの位置も特定しているし。」


 ンヴェネに言われて伝えていないことを思い出した。


「彼だけじゃなくて、狼男のハティもいるよ。ルジェロと俺しか会ったことないけど。」

「名前と狼の力があることだけ知ってるよ。」


 彼らが離れた場所にいたから、特に気にせず話していたが、アンジュは森の奥の方を睨みつけた。


「……逆探知されたかも。」

「逆探知?」

「近くからまだしも遠くのものを探る時は自分の魔力を流しているんだけど…逆に辿られた気がする。」


 その説明をした直後にぶつかってきたものをスイが捕まえて力任せにぶん投げた。投げられたにも関わらず、その何かは二足の足で綺麗に着地をし、暢気な声をあげる。


「俺のスピードと力によくついてきてやがるなぁ。」

「へえ、所詮野生の才の力だな。才能にあぐらをかくだけの生き物だ。人間ほどの努力をしねぇ。」

「めんどくさそうな生き物だな。」


 その何かは、狼の耳を生やした人間ーーーと評するのが正しいのだろうーーーのハティだった。


 ンヴェネがスイとハティの話の隙を狙ってサイレンサー付きの弾丸を打ったが、当たらなかった。

 直後、物量としてあり得ない数の矢の雨が空から降ってきた。ルサリィの風とアンジュの使った見えない壁で全て当たらなかったが、こうなったら戦いは止まらない。


「ごめん、逆探知される可能性に気づいてなくって。」

「どうする?」


 スイとンヴェネでハティを抑えて、ルサリィとアンジュでウッコの矢を止めるのは負ける気はしないが、こう着状態になることは避けたい。


「おーい、この村って何があんだよ?」


 スイはまだまだ余裕があり、対してハティは口を開かずにスイを捌いている。ハティの狼の力はスピードも力も常人のそれではないが、スイは大口を叩くだけある。


「まあ、もう1人いるからいいか。」


 スイは剣で切ると見せかけて、思い切り胸板を蹴りとばす。不意を食らったハティは体勢を崩し、その首を前に出してしまった。スイがそれを斬り捨てようとした時、アンジュの脳裏にスイが自分の体にいた時に気安く話しかけてきたハティの顔が浮かび、悲鳴を上げるようにスイの名を呼んだ。


「スイっ!」


 その弟の悲鳴のような声に流石にスイもそちらに意識が浮かび、その首を取る前に剣が鈍った。その直後地面が跳ねるように揺れて、全員体勢を崩した。


「じ、じ、しん?」


 あまりこの地域では起こらない地震に戸惑っていると、ハティを含めた5人の下にポッカリと黒い穴が開いた。声を上げる暇もなく、彼らは黒い穴に飲み込まれた。


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