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星の泉  作者: 詩穂
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28話 Pray for stars②

星願祭当日。アンジュは朝からスイと実行委員とともに聖堂へ向かって行った。


 ルサリィとウィル、ンヴェネとルジェロは二つに分かれて王都の中をパトロールすることになっていた。広報なので、パトロールという名の手振り対応だが、休憩は何度か挟むものの1日殆ど出ずっぱりである。

 出発前4人で顔を見合わせる。


「ルサリィ、髪綺麗になったね。3日でだいぶ変わった。」

「分かる?私も髪を触るのが好きになるくらい指通りがいいのよ。」

「昨日俺も実家に渡してきたけど、父さんも母さんも使って驚いていた。父さんは特に仕事、張り切ってたよ。俺も暖炉の前で試したけど、暖炉の前なのに熱くない。」

「ルジェも驚いていたよね。」

「…見んな。」


 それぞれ気になったので使ってみたが、天才魔術師の言う通りの結果になったようだ。疑ったわけではないが、そのクオリティーの高さは息を呑むものだった。


「僕は非常時用だろうと思って使ってないけど、触るとウィリーが言ってた『魔力の流れ』がなんとなく分かるんだよね。ただの魔力結晶では感じないのに。」

「なんか魔法使ってみれば?」

「やらないよ。何が起きるか分からない。新入りくんも想定外の挙動にはビビっていただろう。僕が使っても何が起こるかわかんないよ。街中で使う時が来た時は新入りくんがいる時にするよ。」


 ンヴェネは首を振ってもう一度腰につけている小さなバッグに入れ直した。


 各々に分かれてパトロールしている時、ウィルとルサリィはミルフィーに声をかけられた。ミルフィーのおさげにつけているリボンが真新しく高そうな艶のあるものに変わっていた。


「ミルフィーちゃん、元気そうね。可愛いリボンだわ。」

「アンジュが昨日くれたんです!」

「あれ、アンはハンカチ用意してなかったか?」

「それはこっちですね!」


 ポケットから出した白いハンカチーフはこないだ見たものと同じだ。


「あら、じゃあ両方あげたのね。」

「こちらのリボンは別のお守りの魔法をかけているそうなので、髪紐の代わりにと。」

「オシャレな赤色だ。」

「なんの守りの魔法なんだろ。」

「健康と厄除けらしいです。すごいんですよ、着けてるだけで、体が軽くなる感じがするんです。」

「……さすが天才魔術師。本人から聞いていると思うけど、今日のメインイベントはアンだよ。いい席で見れそうか?」

「リーラさんとスミスさんご夫婦と向かう予定なので、広場は混雑していて危険かなと思って遠くから眺めます。」


 今回の星願祭メインステージは、星の祈りの場という聖堂へ続くメインストリート中央にある大きな広場で行われる。気が早い人間は既にステージ前で場所取りをしている。前座のパフォーマンスが始まるのも昼からなのに元気なことだ。


「こんなお祭りだと村では知らなかったので、すごく楽しみです。」

「ここでミルフィーちゃんが当たったら大盛り上がりだな。」

「いえ、流石にそれは申し訳ないです。いつもアンジュに魔術使ってもらってるのに。特に今厳しい状況の人が当たることを願ってます。」


 リレイラ村の方もアンジュがいなくなった影響でここ6年無縁になっていた害獣被害には苦しめられていたが、基本的には殆ど自給自足の生活をしている為、王都の平民たちほどには困ってない。


「アンジュの晴れ舞台、応援しような。」

「ええ、パトロール中にすみません。ありがとうございました。」


 パタパタとミルフィーは下町の方へとかけていった。


「俺の家に向かっていくのなら、送って行けばよかったな。」

「人も多いし、アンジュの魔術なら大丈夫よ。以前のモンスター襲来時のミルフィーちゃんの危機にすぐ対処していたらしいもの。」

「公私混同は気をつけるよう言っておこうと思ったけど、今はミルフィーちゃんがいなくなったら王国にいる理由の半分が消えるから言わなくていいか。」

「さ、あそこ酔っ払いが騒いでるから落ち着かせにいきましょ。」


ーーーー


 アンジュは休憩中に抜け出して聖堂の時計塔の鐘の所から王都の街並みを見まわした。ともに連れ出したスイも絶景だと声を上げた。そういえば昔にもスイがただ薪割りをしていたところに、エルが連れ出して高い木に登って景色を眺めたことがあった。見えるものは全く違うが、こうしてスイに新しいものを見せるエルに郷愁に駆られる。


「こんなに空が近くても曇ってるね、空。」

「十六夜の国はもう少し見えるのかもしれない。任務とかないのか?」

「あるといいな。」


 父親は十六夜と似た長いぬばたまの髪を持っていた。処刑される時には恐らく邪魔になるという理由ですっかり切られてしまっていたが。あの日も今日のように王都には人が溢れかえっていた。


「聖堂のイカルアの絵ってさ、似てるよな。父さんになんとなく。」

「似てる…、けど、流石の他人の空似だと思う。」

「なんで?」

「父さんは、確実にアナンタの息子だから。」

「……ああ、そういえばタラリアが異母弟を名乗ってたな。エルはよく覚えているな。」

「結構衝撃的な告白だと思うけどな。他のことは兄さんもよく覚えてるのに。」


 少なくともこの数年、魔術師のスイは彼らの世話になっていたはずだ。けれど、スイは彼らを既に切り捨てているようだった。


「さぁ、もうよく分かんない。500年前、俺は助けて欲しかったよ。父さんもエルもいなくなったあの絶望感。助けて欲しかったんだよ。ここ最近は…覚えてない」

「……うん。」


 今でもスイの腕の中に父親の頭が残っている感触がある。あの時誰よりも救って欲しかった。

 アンジュは、ふとルジェロにぶつけられた復讐についてスイに尋ねた。


「兄さんは、復讐したいと思う?」

「アナンタに?」

「アナンタだけじゃなくて、王国にも。」

「分からない。」


 辛い時何もしてくれなかった祖父と、父を奪い、弟を虐待していた王国。確かにどちらも憎んでるし、恨んでいる。でも、もう今は弟と自分さえ幸せなら、彼らなんてどうでよいのだ。正直王都から出て再びリレイラの村でミルフィーやリーラたちと暮らせればもっと幸せだとスイは思うけど、きっとそうもいかない。


「と言うかエルはどうなんだよ。」

「どうだろ。アンジュ・クラントはタラリアが苦手だったけど、それは僕を知っていたからであって、戻った俺としてはあんまりなんとも思ってないんだよね。でも、アナンタとイカルアの関係性に関しては気になってる。イカルアと父さんが他人の空似のくせによく似ているのですら、意味がある気がしてしまうから。父さんとタラリアとは全然似てないのにさ。」

「恨みつらみの話は?」

「分からない。こんなにも分からないのは肥大化した大脳のお陰か、感情制御の魔術の影響か。」


 スイにはエルの言いたいことが少しだけ分かりかねた。スイは確かに正気を失って、惨殺を続けるエルを見た。だから、ずっと警戒を続けているが、今のアンジュにそんな気配など感じない。スイが1人で見た残酷な夢だったような気がしてきてしまう。そんな心情を察してか、アンジュは続けた。


「人間ってどんな理不尽だろうと守る人がいると思うと意外にも堪えられちゃうんだ。アルベルトもそうだった。」

「ああ。」

「ミルフィーやリーラがいるから堪えられるし、それを失ったルジェロは復讐しか目に映らない。」

「まあ、確かに。俺もエルが不幸になるのを無視してまで、この国に復讐しようなんて思わないしな。」


 アンジュは白い王国のマントを靡かせて、眼下に広がる王都や王都御前町の人間たちを見やる。祭りではしゃいでいる人たちも、祭に興じるほど余裕がない人たちも、そもそも祭に参加出来ない御前町の人たちも、よく見えた。


「魔術塔の10年は確かに魔術の研鑽にはなったけど、見落としてきたものがたくさんある。」

「ん。」

「こうして見ると、自分の感情なんてちっぽけなような気がする。」

「エル。そろそろ時間だぞ。」


 あの小さなサラも王都にはいないが、きっとこの寒い空の下で今日も理不尽に怒られながら水を汲んでいるのだろう。

 

 アンジュはスイの肩を掴むと塔の上から姿を消した。


ーーーーー


 ミルフィーは、友人のマルゲリータも連れてウィルの両親やリーラと共に街のマーケットにやってきた。父親のチャールズはあれ以降リハビリを続けて少しずつ普通に歩けるようになってきている。今回は念のために杖を持ってきているが、少しなら杖がなくても歩けるようになってきたのだ。


「ミルフィーちゃん、ホットワインがあるわよ。」

「寒いですもんねぇ。アンジュは大丈夫かなぁ。」

「大丈夫よ。今日の主役に選ばれるくらいだもの。なんとかしちゃうわ。」


 そう言ってウィルの母のへリアはミルフィーに購入したばかりのホットワインを手渡した。


「す、すみません。お金。」

「大丈夫よ。今うちには稼ぎ頭が3人いるからね。アンジュくんだって自分が稼いだお金をミルフィーちゃんに使いたいと思ってるわよ。」

「あ、やや、…はい。」


 顔を真っ赤にするミルフィーの頬をマルゲリータはニヤニヤとしながら頬はつついているのを見て、リーラは申し訳なさそうに謝った。


「ミルフィーも友達と2人で行きたいだろうに、気を使わせて悪いな。」

「そんなことないです!私がリーラさんたちとも居たくて無理を言ってマルゲリータに来てもらってるので。」

「私もミルフィーのお義母様に会えて嬉しいです。」

「ア、アンジュのお母さんね。」


 マルゲリータもへリアからホットワインを受け取り、並んで街を散策する。


「中央街の飾り付けは本当に綺麗だわ。」

「夜も光が灯って本当に綺麗なのよ。皆今年は今日の為に節約したと思うし、今日は目一杯楽しみましょうね。」


 メインステージでも前座の集団がダンスや演奏を披露しているが、ストリートでも即興の絵や大道芸人たちがここぞとばかりに盛り上げている。


「あれ、ミルフィーちゃんに、それにウィルのご両親。」


 大道芸人の玉乗りを横目に歩いていると、短い金髪で青い目の軍人が話しかけてきた。隣にいるのは赤髪の青年だ。


「あ、あ、えーとアンジュのリーダーの。」


 1回目はモンスターの襲来時で、2回目はアンジュがノスランドから帰ってきた時に少し話した程度でしかなく、ミルフィーはすぐにンヴェネの名前を思い出せなかった。


「ああ、ごめん、ちゃんと話したことがないからね。こっちは新…アンジュの影響で知ってる気がしてしまうけど。僕はンヴェネ・ルーイで、こっちの無愛想な人間はルジェロ・ビトレーイ。これでも悪気はないんだ。」

「ああ、お前はあの子の手紙に書いてあったやたら面倒見がいいとかいう。いつもお世話になってる。」

「ああ、やっぱり。ミルフィーちゃんとウィルの両親と一緒だからリーラさんだと思ってたんですよね。彼はいつも頑張ってますよ。」

「……あの子はいつも文句も泣き言も言わなくて心配ばかりしてんだよ。」


 ンヴェネは、遠巻きに文句を言われても全く気にしていないアンジュ・クラントを思い出していた。それはエルに戻ったアンジュも同じだ。それどころかかつて喧嘩を売った側のボブは怖がっているのに、アンジュが積極的に話しかけているのを見た。


「実際無理して怪我も病気しても1人で解決してますからね。でも、今はストッパーの兄がいるので大丈夫だと思いますよ。」

「ああ、あの子のそばにいてくれるのが本当助かる。けど、スイは溜め込んだりしてないだろうか。あの子と似ているところがあるようだから心配だ。」

「それもアンジュがいるから大丈夫ですよ。」


 リーラはスイと言葉を交わした回数は数回と少なく、スイはアンジュよりも溌剌とした様子を見せていても、それが親の愛なのかスイのこともその本質を見ていた。


「あの受け身の新…アンジュが珍しく前のめりで今日のこと頑張ってたので見てやってください。」

「……そうか。人前に立つのがあんなに苦手だったのに。」


 苦手というよりは、恐らく目立って魔法が使えるということを広めたくなかっただけに思うが、ンヴェネは言わなかった。


「祭の楽しんでる最中に声をかけてすみませんでした。祭に浮かれて変なことをしてる人がいたら、すぐ軍や警察に連絡ください。」

「仕事の最中長話してすまない。どうかあの子達をよろしく頼む。」


 ンヴェネは制帽をとって挨拶すると、ルジェロも続けてその仕草をして一行の前から去っていった。


「ウィルくんもそうだが、あの子たちはいい仕事仲間に恵まれたな。」


 リーラがいうとチャールズはははと笑った。


「ウィル曰くンヴェネは歴代最高のリーダーと囁かれているのだとか。」

「ルサリィさんも風使いという凄い力の持ち主らしいです。アンジュも含めて王国史上一の強いチームなのではと言われているようです。」

「ミルフィーのダーリンも凄く強いそうだし、安心できますよねぇ」

「だ、ダーリンって。」

「はいはい、もういいの。貴女はそろそろ彼と自分の関係をもっと自慢しなさいよ。絶対今日の後からありえないくらいモテると思うもの。」


 リレイラの村では、余所者または(同じ年頃では女の子のミルフィーとしか仲良くないせいで)軟派者と思われがちで、そういった対象にはなかったが、王国軍五星士に選ばれたことにより注目を集め、魔法使いということが知れ渡るとまたその方向で人気になっていった。他の街ではまだ知らない人の方が多いが、王都内では人気は高まっているからマルゲリータはウカウカするなと注意をするが、リーラはアンジュを知っているので否定した。


「そんな気にしなくてもいい。あの子は昔からミルフィー以外興味ねえからな。」

「…へぁ。」

「わあ、お義母さん公認なんです」。」

「そんなこと…。」

「あるだろう。何度ジルがミルフィーに近づくなと言っても、あの子は聞かなかっただろう。」

「アンジュは『何故』って尋ねてましたよ。ちゃんとした理由がないならその意見は受け入れないって。」

「あの子は理由を聞きたがるけれど、結局は引き下がることの方が多い。でも、ミルフィーのことは一度も引き下がったことがないんだ。」


 そう言われてしまうと赤くなった顔がなかなか戻らない。ミルフィーの可愛らしい様子にウィルの両親もあらあらと微笑ましく眺めていた。


「もう暫くアンジュのことまともに見れないかもしれないわ。」

「そしたら、ダーリン心配しちゃうわよ。」

「そろそろからかわないでぇ。」


 頬の熱が引かないのはホットワインのせいだとしてパタパタと手で顔を仰いだ。


ーーーーー


「お集まりの紳士淑女皆様方ー!」


 日が落ちるとともの、今日だけは魔術で王都の街灯が灯っていく。

 そして、ちょうどメインステージにはたくさんの人が集まっていた。

 リーラやウィルの両親は混雑を避けたが、3人に言われてミルフィーはマルゲリータとともになんとか広場の中に入った。


 聖歌を歌った後は、現国王陛下と大司祭が国民の今年一年を労い、今年の水害から始まる一連の悲劇について触れ、新しい年に希望を述べた。ミルフィーにとってもこの一年は恐ろしいくらいのスピードで時が経過した。

きっと当事者であるアンジュはもっと早かっただろうと思う。


 真面目な話の後、大司祭は、両手をあげて呼び込んだ。


「さあ、これからの話をしようじゃないか。今年は若くて優秀な魔術師が誕生し、今や八面六臂の活躍を見せている。救われた人間も多数おるだろう。もったいぶっても仕方ない。さあ、この場を主役に明け渡そうぞ。」


 そうして普段なら脇の階段から上がるのだが、何かが上がってくる気配もないので観客がきょとんとしていると、


「こんばんは。五星士のアンジュ・クラントです。」


 と、いつのまにかステージ中央のスポットライトの光の下に彼はいた。誰もそれには気づかなかった。


「1年間、苦しいことや悲しいこともたくさんあったと思うけど、今日だけは忘れて笑顔になろう。」


 パンという火薬が弾ける音がして、複数の噴水のような花火が広がり、そのまま花びらと変わって舞い散る。


 うぉぉと観客のボルテージも上がっていく。その様子に少しだけ気後れしていた心が上がる。


「早速今年の対象者を決めるよ!」


 魔術式防御システムで、住人がどこにいるかまで把握できるので、それを活用するのだ。

 魔術によってステージ上にある板に投影された映像に目にも止まらないスピードで人の名前が流れていく。


「じゃあ、声を揃えて!」


 止まれ!とメインステージ前の人間が声を合わせると早く流れていた名前がゆっくりと通り過ぎていく。ここで通り過ぎた名前の人はもう選ばれないことが確定するので既に落胆の声がちらほらと聞こえる。そして、ゆっくりと1人の名前で止まる。


「今年の幸運の1人は…、ノア・サッチャー!」


 決まるとノリのいい民衆たちはわあと盛り上がる。祭時点で抽選が決まっていて既に対象者がいるという形式ではない為、段取りは悪いが魔術式で魔術師たちが場所を把握して実行委員たち迎えにいき、その間はトークやパフォーマンスで繋ぐ。事前通達で配られている台本では、どのくらいで迎えに行けるかわからない(それこそ目の前の広場いる可能性もある)のでかなり柔軟に対応することとなっている。

 だが、アンジュならすぐに連れてこれるので、そんな慣れないトークなどする必要もない。


「俺が連れてくるから少しだけ待ってて。」


 実行委員が出かけようとしていたところを察知してアンジュは一瞬ステージから消えた。司会が焦りつつトークでかわそうとしていた頃には、アンジュは9歳の男の子と手を繋いであらわれた。会場は今まで見たことない魔術師の力にわっと盛り上がる。


「さっき少しだけ話したけど、君が今年選ばれたんだよ。」

「あ、と、その。本当になんでも?」

「そうだね、君自身のことなら。」


 ノアは、おずおずと口に出す。


「…しい。」

「もう一度聞いてもいいか?ちょっとここは賑やかだから。」


 アンジュはかかんで下からノアの顔を覗く。一度口にしたら、覚悟が決まったかのように叫んだ。


「お父さんを生き返らせてほしい!」


 会場も息を呑んだ。司会が慌ててそれはできないと言おうとしたが、一度アンジュは司会を制止した。


「それが君の願い?」

「うん。」

「そうか。理由を聞いてもいい?楽しかった思い出だったり、苦しい理由だったり。」


 基本的にこの願いは選ばれた人間にかけられる魔術でないといけないのだ。愛しい人に魔術をかけてほしいというのもなしだ。

亡くなった人を蘇らせてほしいというのは、 魔法原理上できないのもそうだが、本人自身にかけられる魔術ではないということで暗黙の了解で不可とされていた。


「…お父さんが死んで、お母さんが働いてるんだけど、お母さんがずっと疲れててやつれているんだ。お父さんが戻ってくれば、きっとお母さんも…。」


 アンジュがノアを迎えに行った時、彼越しにベッドに横たわっている女性が少し見えた。きっとあれが母親だ。


「分かった。でも、ノア。申し訳ないけど亡くなった人間を蘇らせることなどできないんだ。俺も父親が子供の頃に亡くなっていて、当時、生き返らせようとしたけどできなかったんだ。」


 500年前、首がない父親を“元”に戻そうとしたが、結局うまく行くこともなかった。


「だから、今からノアに魔法をかけるよ。」

「ぼくに、魔法?」

「ノアがお母さんにハグをしたらお母さんが元気になる魔法。だから、お母さんが辛そうにしていたらノアが抱きしめてあげるんだよ。」


 アンジュはノアの手を握り、小さな子供の額に親愛のキスをする。


 ノア自身は何が変わったのかわからなかった。


「じゃあ、帰ったらやること分かる?」

「お母さんにハグ?」

「そう。だから、今日はもうおかえり。来てくれてありがとうな。」


 置いてけぼりの司会を置いて、アンジュはノアを魔術で元いた場所に返した。観客は何が起きたのかよく分からない。優しいという人間もいれば、誤魔化しただけだろと文句を口にする人間もいた。


「とりあえず、今年はこれだけ。だけど、これは俺から皆へのプレゼント!」


アンジュが両手を空の方に向けて手を挙げると、空からお菓子の赤い飴が降る。それは地面に落ちることなく、それぞれの人の前に浮かぶ。魔術式の外のため王都のように1人一つのようにはできないが、王都御前町の方にも降らした。暫く困惑していたが、お腹を空かせていた人間は甘いキャンディの香りに我慢できず透明の包みを外して口に入れる。

 勿論ただの飴ではない。耐えきれず口にした人間から歓声が上がった。


「なんだこれ、元気になる!」

「美味しい!」


 その声に導かれるように他の人たちも口にして、顔を綻ばせた。不思議とじんわりと体が温かくなり、一年の疲れなど吹っ飛ぶ。物価の値上がりでろくにご飯を食べられず栄養失調になっていた人間たちに力を与えた。


「それから、星願祭なんだから星が必要だよね。」


 いつからか王都の空は煙で霞がかってしまって月や星が見えなくなってしまっていた。エルは500年前と比べて唯一残念なことだと思っていた。


 アンジュの魔術が空を割る。王都全体を覆っていた厚い霞は弾けるように消えていき、冷たく乾燥した空で無数の星がキラキラと輝いていた。すると、誰が始めたか分からないが、屋台や街灯の光が伝播するように消えて、王都の人間は空を眺めた。


 王都では数百年ぶりに見える無数の星々に歓声は上がらず、噛み締めるように静かに眺め始めた。

 司会はこれ以上野暮なことはしないと静かに閉幕をした。




ーーーー


 スイを囮にしてアンジュは会場をひっそりと抜け出した。スイはウィルを連れてくればよかったと後悔しつつも、ノリノリで囮を引き受けてくれた。

 殆どの人間が空を見ている脇をアンジュはひっそりと抜けた。人が少ないところに一応魔術でやってきたが、広場近くは難しい。


「ミルフィー!」


 友人と広場を静かに去ろうとしていたミルフィーを何とか捕まえることができた。


「アンジュ。」

「あ、じゃあ、私は帰るわね。気をつけて。」

「ありがとう、マルゲリータ。」


 ミルフィーの友人のマルゲリータは、ニヤニヤと笑顔を浮かべて去っていった。もう夜が遅く、祭りの気に当てられて酒を深く飲んでいる人間も多いので、ミルフィーは心配になって彼女の背を見守っていた。


「大丈夫、ミルフィーの友達を危険な目には合わせないよ。」

「ありがとう、アンジュ。」


 ミルフィーの中にあったマルゲリータへの心配が消えると、目の前にいるアンジュに全ての意識が向かった。アンジュは本当に祭りの時のままの恰好でミルフィーの前にやってきたのだ。


「あ、あの。」


 こうしてみると本当に精霊のような人に思えてミルフィーは顔を逸らした。


「なんか変だった?五星士の皆んなに見てもらったけど……。」

「ううん。違うの。綺麗だと思って、恥ずかしくて。」

「…俺が?」


 ミルフィーの記憶にいるアンジュは、服や見た目に関しては無頓着だったので、綺麗に着飾ると言うことがなかった。しかし、今日はちゃんと国行事の主役として華やかに飾り立てられているから、普段のアンジュと違ってドギマギしてしまうのだ。

 2人してそこまで話して動かなくなる。丁度見回りでウィルとルサリィが側を通ったが、慌てて物陰に隠れた。

 周囲の人間が星に願っているのを見て、古い星願祭のことを思い出した。

 まだエルが家族と森にいた時、父が話していたのだ。冬至祭では星に強く祈れば叶うのだと。厳しい冬の寒さを切り抜けるための人々の知恵だとしても、機会を与えなければ願うことすら忘れてしまう。


「ミルフィー。」

「なあに?」

「ずっと逃げてた俺が言うのもおかしな話だけど。」

「うん。」

「これからもそばにいてくれる?」

「当たり前だよ。王都にきたのはその覚悟があるからだもん。」


 相変わらずミルフィーの方が何倍も強くて格好いい。


「星に祈るよ、ミルフィーと永遠にいられることを。」

「私も。」


 アンジュの活躍を見るためにずっと外にいたミルフィーは冷たい。魔術を使えばすぐに温めることができるのだが、魔力を使いすぎたと自分に言い訳をして、彼女が温まるようにとミルフィーを強く抱きしめた。

 

ーーーー


 王国軍長官ペチュウ・ヤナとルートヴィヒ・ラダカーンは星空を眺めて手中にある赤い飴玉を見つめた。飴玉は貴族・平民問わず全員に一つ配布されたのだ。


「これは完全に彼の善意だが、もしこれに毒が含まれていたらと思うと恐ろしいな。」

「でも、これで魔術部隊は本腰を入れるはずだ。漸く彼が王都民全員を自由にできるのだと理解しただろうさ。司祭に頼み込んで正解だったな。元々向こうもアンジュくんに興味津々だったが。」

 

 彼の瞳と同じ色をした飴玉を口の中に放り込む。誰かが言うように確かに気力が湧いて落ち着いた気分になるのだ。


「さあ、王都で国王陛下よりも注目を集めた魔術師は今後どうなるだろうかね。」


 星願祭に星がはっきりと見えるなんてどれくらいぶりなのだろうとルートヴィヒは口にする。


 いつもとは違って、綺麗な空には流星が降っていて、王都民たちは必死に願いを口にしていた。





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