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星の泉  作者: 詩穂
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28話 Pray for stars①

アンジュ・クラント 中身はエル・ウォッカ 王都の最強の防衛システムを作成した天才魔術師

スイ・ウォッカ(クラント姓を名乗っている)エルの双子の兄弟

ンヴェネ・ルーイ(25)五星士のリーダー 雷の銃使い 面倒見がいい

サフィ・ヤナ(16)ヤナ長官の長男 麗しい見た目の少年でベルンハルト・イェーガーのことを尊敬している。

ミルフィ―・テロット(16)アンジュの一等大切な人間で、この国に残ることを決めた理由

ウィル・ザ・スミス(19)アンジュの同室の仲間で、気のいい。自分の恋が実らなかったため、アンジュとミルフィ―のことを熱心に応援している。炎の斧使い

ルサリィ・ウェンディ(23)誰にでも優しいが、アンジュには殊更優しい。風使い。アンジュの服を選んであげている

ルジェロ・ビトレーイ(18)王国軍最高の剣士 竜の一族に復讐を誓っている。氷の剣

ルートヴィヒ・ラドカーン(32)現王国魔術部隊の筆頭魔術師 研究が大好きで、魔術部隊の腐っているところには辟易している。

「ああ、星願祭。」


 ちらほらと北の砦があるノスランド領は雪が降り始めた頃だった。演習や時々のすらあ平和記念病院に顔を出しては人を癒す日常に少しずつ慣れ始めた。ンヴェネが中央からの連絡が来たと言って夕食の時間に席を離れ、アンジュとスイはサフィとゆっくり話をしていた。あと一月ひとつき後にある星願祭という行事の話題で盛り上がっていた。

 星願祭というのは、夜が一番長い冬至のお祭りで、基本的には家族で過ごす行事で地域によって様々だ。ノスランド領では、家族で贈り物を贈り合い、一年を労うと言うのが主流で、リレイラの村では、不要なものなどを持ち出して焚き火を囲って願い事をすると言う形だった。

 すぐにンヴェネも戻ってきて、星願祭の話に参加した。


 王都では、一番賑やかな祭りだ。冬至の当日から新年までの1週間、出店や大道芸人、花火と賑やかなのだ。冬至当日はイカルアを預言者と崇める星願教がセレモニーを執り行い、王都の中で選ばれた人間が優秀な魔術師に願いを叶えてもらうと言うものがある。簡単に言うと、年1で行われる最強の福引大会。

 エルは何度か魔術塔の窓からそれを見ていたが、祭自体はほとんど知らない。


「それがねぇ、大司教から新入り君への指名が入ったらしいよ。」

「ん?何に」

「優秀な魔術師役に決まってるでしょ。」

「…ええ?」


 世界的宗教の大司教といえば、世界でも上から数えた方が早い権威のある存在。存在を抹消されているエルなんかとは比べ物にならない。

 しかし、今はノスランド領。帰るのに1週間かかるわけで(魔術で一瞬で帰ることは可能だが。)、今年はすっかりノスランド領で過ごす気で、せっせとミルフィーとリーラへの星願祭のプレゼントの作成に本腰を入れようとしたところだったから、正直なところ面倒という思いが一番だ。


「でも、アンジュの力を見せつければ、難航している魔術師たちとの折衝の足がかりになりますよ。」

「それもあるし、君がイザヨイの時に派手に魔法使ったでしょ。あれをもう一度と願う貴族も結構いるんだよ。」

「でも、願いを叶えるなんて何すればいいんだろ。」

「僕が説明するよりも、君の場合は王都の魔術式を見た方が早いでしょ。」

「ちょっと疲れたからサボった。」


 1日いろんな魔術をかけていたからと言い訳をいいつつ、スイも星願祭は見たことがないというので、アンジュは王都の魔術式のデータ層から直近数年の映像を取り出して、30インチの魔力でガラスの球体のようなものを複数作ってそれに投影した。夕食時の食堂という事もあって一気に騒がしくなった。


「去年はメインストリートに住んでる商人が、腰を治してほしいっていう願望で、去年の魔術師はロイか。王太子から俺って価値下がらないか?」

「その前はルートヴィヒだったし、気にしなくていいと思うよ。対象は平民子供で、巨大なケーキが食べたいっていう可愛い夢だったな。」

「3年前はランドール・レイで、叶えた夢は、お金が欲しいか。こんなん魔術でかなえるのか?」

「金銭の夢は、一応国庫から出されるよ。でも、確か1万シェル(約100万円)が上限だった。」

「これはいつかわからんけど、この時の魔術師もルイスじゃん。対象者は貴族女性で願望は若返り…って、エルなら簡単だろうけど難しくね?」

「うーん、この人60近いからなぁ。俺の魔術で対処するとなるとほとんど細胞の入れ替えをしなくちゃいけなくて、魔力耐性の有無や体の変化に耐えられるかどうかで俺としても難しいな。」

「未だに魔力耐性っていう言葉の意味がよく分からないんだけど、どういう意味?体に馴染むように君たちは魔術を改良してるよね?」

「魔力がほとんどない人にとっては馴染みのない物質なんだよね。馴染みのない物質から確かにその人の体に合うようにしていくのが医療魔術や治癒魔法の基本ではあるんだけど、最初の段階で合わせていくために純の魔力で触れる必要がある。けど、その段階で体が毒だと思って過剰反応する場合が偶にあるんだ。俺も一度だけ魔術で治そうとした人を殺しかけたことがある。」

「あれだけの力を持っているアンジュがそうなるとは信じ難いですね。でも、死なせなかったんですよね?」

「もうどうやったかも思い出せないくらいがむしゃらだったけど、なんとか最後は助かったよ。」


 2週間ほど一緒に過ごしたサフィと同い年(見た目)で、読書の趣味が一緒だったり、中央のことが詳しく、それでいて苦手なところも一緒で、2人とも立場を鼻にかけないのですっかりと仲良くなっていた。ノスランドの星願祭はプレゼントを渡すというのを聞いて、プレゼントを作り始めたのはサフィの影響だ。


「しかし、今年は秋の収穫祭も取りやめとなって、星願祭も取りやめかと思いました。」 


 福引のチャンスの恩恵を得られるのは王国籍の当日に王都にいる人間のみだ。王都周辺の物価は上昇しているし、復興も追いついていないため、反発を避けるために、秋以降王都周りのイベントは軒並み自粛となったが、今回の星願祭はなくならない。


「とはいえ、星願教の宗教行事でもありますもんね。」


 世界一の信者がいると言われている星願教。その総本山が王都にあり、王都ルーグ王国も国教として据えているのだが、王国の中央になればなるほど、この宗教を“大事にしてない”。専ら人心掌握の為のものとして利用されているだけだ。あの秘境にある村の話を信じるならば、預言者イカルアを追い出したのは今の王国の中心である古い魔術師の家だから当然のことなのかもしれない。


「頑張れば願いが叶うっていうのを星願教は主軸にしているから、星願祭は一番大事なんだよねぇ。実際のところ、頑張ればじゃなくて大抽選会だけど…。」

「1000年くらい前までは、王都で一番頑張った人が選ばれていたらしいですよ。しかし、結局のところそれは声が大きい人が勝つだけなので、今の抽選方式に変わったようです。」


 アンジュの知っている貴族はもっと強欲な気がしたが、直近数年で確認しただけでも、この福引の当たりを引いたのは立場も年齢もバラバラだ。


「貴族と宗教が、こんなに癒着もせずに平等な機会を与えられてるの不思議。」

「そうですねぇ。この行事、どちらかと言うと一体感のためのものではございますから。しかし、この2000年続く行事の趣旨が変わらずにいられたのも奇跡だと思います。」

 

 アンジュの話にサフィも相槌を打つ。その横でスイはところでと切り出して話を元に戻した。


「その大福引大会をはじめとした祭に参加するなら、王都に帰らなきゃいけないってことだよな?」

「そうだね。新入りくんの魔術で帰るなんて想定していないし、変に騒がせるのもね。」

「俺はどっちでもいいよ。魔術でも馬車でも。」

わたくしは折角ここまでお話しできるようになったのに寂しいです。」

 

 女性と見間違うほど美しい面差しをした彼がしゅんとすると罪悪感がより強い。


「でも、サフィも中央貴族のわけだから、いつかは王都に戻るでしょ?」

「勿論国の行事には出ますよ。3月に開催予定の建国記念パレードやパーティなど、帰る予定はありますが、長期滞在する予定はありません。私はこのノスランド領か自領であるコルトフィールドの方が好きなのです。ああ、しばらくは旱魃の影響がありますが、数年後にコルトフィールドのほうにお越しください。」

「行ってみたい。行ったことない。デュラン辺境伯領と王都の中央あたりにあると聞いたけど、海路で向かったから通ってない。」


 ヤナ家の領地であるコルトフィールドは、畜産が有名で様々な乳製品や羊毛などが高値で取引されている。また、コルトフィールドの山間部では星涙石という青い宝石が取れることでも有名で、魔力結晶とはいかないが魔力を帯びているので魔導技術の回路の一部としても使われている。とても裕福な地域だ。


「そういや、ヤナ家って長官もサフィも空けているのに、誰が政をしているの?」

「ああ、そうですよね。ノスランドもかつては辺境伯領だったこともあって封建社会時代の長が務めておりますが、私共、中央貴族と言われている家の領地はその土地にある地方議会と議会に選出された首長が実務を担っているので、不在だからどうしたということはありません。ただただ、私たちが土地持ちというだけです。」

「新入りくん、ラシェルやリレイラのあたりは王直轄領と言われているけど、実際のところ領知事がいるからね。」

「そんなふうになってたんだ。全然知らなかった。」

「魔法や魔術に関連してないことは興味ないですか?」

「そんなことは…、あるかもしれない。」


 リレイラはあまり社会的な仕組みというのがわからないムラ社会だったが、近くのラシェルの街にいけば、嫌でも耳に入っていたはず。その記憶が全くないということは、自分には全く関係のないことだと思って脳の記憶から捨てられたのだろう。


「コルトフィールドであれば私の顔が効きますから、議会から何までお見せできますよ。気になりますでしょう、人間社会の仕組み。」

「うん、楽しみにしてる。」


そう言われてしまうと確かに気になる。


ーーーー


 3人が王都に戻った時、王都ではそれが初雪だったらしい。ミルフィーに王都へ戻る日を手紙で伝えていたが、態々手前のクイーンズタウンまで迎えに来て、更にはマフラーを手渡してくれたので、それだけで王都に戻ってきた甲斐があった。ンヴェネは後ろから彼らのことを見て、微笑ましくも憎たらしくも思った。


「とっとと結婚でもなんでもしてくれればいいじゃん。まどろっこしい。」

「ンヴェネのその感情は何?応援してんの、嫉妬してんの?ってこないだの法律改正で男子の結婚可能年齢は18になったからまだ無理なのに。」

「よく知ってるじゃん。」



 呆れた様子でスイにツッコまれる。そういうのはアンジュらしくないので、スイだなと素直に思える。


「どっちもに決まってるでしょ。こちとら、結婚適齢期だからね。」

「恥ずかしいからって茶化すように話してるから、ルサリィも本気だと思ってないだけなのに。」

「そういう君は恋愛とか興味ないわけ?」


 ンヴェネだってルサリィに似たことを言われていてそんなことは分かりきっているので反論はしない。

 スイのことを弟のエル以外興味がない狂人として最初は見ていたが、実際はもう少し普通なのではとンヴェネは思い始めていた。


「興味ないね。俺は傷つきたくないからな。」

「なんで傷つく前提?」

「俺が10歳くらいの見た目の時に、同い年のメイドがいたんだけど、俺が12くらいの見た目になった頃には、メイドは16で結婚した。そんなんばっかりなのに誰かと付き合うつもりはない。」


 それが彼の真意なのか、はたまた興味がないということに真実性を持たせるために作った口実かは分からないが、それ以上踏み込ませないように跳ね除けられた気分だった。


 王都からの迎えが再び車で来たが、まだ無関係なミルフィーを連れていくことはできなかった。アンジュはならば歩いてミルフィーと2人で帰ると主張したが、それも却下された。ミルフィーは勝手にきただけだからとアンジュの発言に遠慮したものの、アンジュは納得しなかった。


「なら、魔法で送るから少し待ってほしい。」


 アンジュは、ミルフィーに別れの挨拶としてハグをした。そして、名残惜しそうにその両腕がミルフィーと離れた時には彼女はいなかった。


「はぁ、すごい魔法ですねぇ。」

「お待たせ。」

「アンジュ・クラントはミルフィーちゃんから逃げていたけど、新入りくんは向き合ってるよね。生きる時間が異なってても」


 片割れのスイは生きる時間の違いに怖がってるのになと思っていたが、アンジュは少し考えてから、


「分からないんだ。俺の周りにいる人は寿命を迎えるよりももっと前に殺されてるから。今怖いのはミルフィーやリーラが俺の手が届かないうちに殺されることであって、時の違いではない。」


 と答えた。それに関してはンヴェネは何にも言及できなくて話を変える。


「そういえば、この6年は普通に成長していたでしょ。スイの体は。」

「うーん、一旦多分当時の俺と同い年くらいの体になっただけで、その後に関しては徐々に元の身体に戻るようになっただけだと思う。」


 時の違いを意識したから、そうなったわけではないらしい。勿論アンジュも彼らが先に死んでいくことは分かってるし、それに怯えてはいる。但し置いていかれるという感覚をまだ理解してない。


「でも、そうだなぁ。あの時『お前の実年齢なら、お前の見た目くらいの子供がいてもおかしくないんだよ』と言われた時は色々と申し訳なさを感じたな。」

「…500年前なんてもっと結婚も出産も早かっただろうしね。」

「そうそう。俺は年月としつきを重ねても、身体がそこまで成長していないから、子供ができるとか結婚するとかなんて思ったこともなかった。」

「誰に言われたんだよ。とっくにもう死んでるんだろうけど、俺はムカつく。」


 殆ど苛立ちなどを顔に出さないスイが、顔を顰めた。アンジュは、一度大きく目を逸らしあと、気まずげに口に指を立てて2人にこっそり伝えた。


「俺が初めて殺した人間。」


ーーーー


 王都に戻ると、他の五星士たち3人が出迎えた。ルジェロは鍛錬場に行きたそうだったが、ルサリィに腕を掴まれたら一切の抵抗はできない。


「おかえり、長かったなぁ。」

「ただいま、楽しかったよ。」


 アンジュ・クラントの人格だったら、もう少し素っ気なかったかもしれないが、アンジュは出迎えたウィルにハグをして笑顔を返す。


「エリヤ。」

「なんでしょうか、本体。」

「初めてにしては上出来。でも、ちょっとまだ爪が甘い。」


 アンジュはウィルの肩に手を置くとウィルの体に残っていた僅かな違和感が消えた。どうやら魔術式防御システムの中の彼、エリヤの治癒魔術がアンジュの及第点を越さなかったらしい。


「はい、今ので勉強しました。」

「ん、次からの不在時も頼む。」


 アンジュは呼び出したエリヤに伝えた後、ルサリィに腕を掴まれてるルジェロの前に立ち、首スジに右手を当てた。ルジェロは逃げたくてもルサリィとアンジュの立ち位置から逃げれず睨みつけるだけだった。


「ちょっと無茶しすぎだよ。」

「別にこれくらいなんともねぇ。」


 アンジュが魔術で回復をさせようとするとルジェロに腕を叩き落とされた。そういえば、エルがアンジュとなってからルジェロに魔術や魔法はかけたことはなかった。機会がなかったから気づかなかったが、アンジュとは違ってエルは彼に仲間だとも思われてないのかもしれない。


「…ごめん。」


 まだ信じるに値する相手ではないのに、アンジュ・クラントと同じことをすれば拒否されてしまうのは仕方ない。仕方ないが、アンジュではないという事実をここで実感した。それを誰も咎めることはできないのでーーースイであってもーーー、ルサリィは手を叩いて切り替えて、3人を労った。


「帰ったばかりでお腹ぺこぺこでしょ。お夕飯にしましょう。」

「ルサリィぃ、久しぶりに会えてすごく癒されるぅ。」

「はいはい、ンヴェネ。リーダー業お疲れ様。お父様には会えた?」

「会ってない、会ってない。でも、昔の仲間たちには会えたよ。」

 

 ルサリィとンヴェネが連れ立って先に歩き、ウィルはルジェロの肩を叩いて前を歩かせる。


「ウィルはなんで大怪我したんだよ。」

「いやぁ…本当…恥ずかしいよ。」

「エルがそれまで話していたことをぶった斬って、怪我したとか言うから遠くながら心配した。」


 スイが空気を変えるようにウィルの肩に手を回し、アンジュにも話を振ったが、アンジュはハハと苦笑いを返すのみだった。


ーーーー


 夜、アンジュは一人で自室を抜け出して、あの時のアンジュ・クラントが見ていたように廊下の出窓から空を眺める。やはりノスランドとは違って、月がぼやけて見える。空気が冷えて乾燥し、はっきりと見えるようになっているはずなのに。


 こつんこつんと静かな空間に足音が聞こえて、アンジュは振り返った。そこに丁度剣を手にしていたルジェロが通りかかったのだ。


「また鍛錬に行くのか?いくらルジェロでもオーバーワークじゃない?」


 夕方余計なことをするなと言われたが、それでも、アンジュは彼に声をかけていた。


「うっせぇ。」


 そのまま通り過ぎて行こうとしたルジェロが止まった。


「星の泉の主人公だった父親は殺されたんだろう、この王国に。」


 アンジュは息をのんだ。

 そうエル・ウォッカを虐待していたというよりも先にルーグ王国は、スイとエルの父親を殺している。それだけでも憎むのは十分だったが、スイの話だとそれが始まりで、長々と話が続いてしまったから誰もそれだけをツッコむことをしなかった。


「復讐しねえのは。」


 ルジェロの現在の生きる原動力は復讐のみだった。アンジュもスイも憎むべき場所で働いている。正直「500年前の話だから、今の人間たちを責めたくない」というのは、ルジェロとしては「人が出来すぎていて」信用が出来ないのだ。アンジュやスイは、「復讐は何も生まない、新たな悲しみを生み出すだけ」なんて言える善性の人間でなく、二人とも当然のようにルジェロの復讐心を肯定している人間なのにだ。

 ルジェロの主張を聞いてアンジュはひどく納得した。


「俺は確かに一貫していない気分屋だ。直したいんだけど、性格なんてなかなか直せないもんだよね。気分が昂ってそれだけで人を殺してしまった。」

「…それは。」


 追いつめられたが故の殺人ではあったが、それはそれだ。結局感情を揺さぶられた故の殺害であることは間違いないのだ。


「だからこそ、復讐云々なんて俺が言えた道義はない。たくさん人を殺した。あるのは私怨だけ。」


 復讐したいのかすら、最早わからない。ただ感情がぐちゃぐちゃになって、それを言葉で綺麗に形作れない。


「だが、なぜまだ王国に協力する。なぜわざわざ俺の復讐に手を貸そうとする。」

「復讐に手を貸しているつもりはない。でも、ルジェロが死んでいくのは嫌だ。なら、生存率を上げておきたい。」

「死なせとけばいいだろ。」


 ルジェロは信じられなかった。そもそもアンジュ・クラントという人間は、「死んでいくのが嫌だ」なんて宣うほどルジェロを大事な人間の勘定には入れていないはずだ。


「アンジュ・クラントだったのなら、俺は同じ五星士だからそれが仕事だといったんだろうな。でも、俺は…、僕はアンジュ・クラントではないから。」

「なら、なおさらだろ。」


 元々アンジュ・クラント時代も話してなかったがそれ以上にエル・ウォッカとは話してもいない。よりルジェロは懐疑的に思ったが、アンジュは首を振った。


「ルジェロに生きててほしい。理由は君が誠実な人だから。ただ、それだけなんだ。」

「あ?」

「信じなくてもいいけど、俺はルジェロの誠実で素直で、公平なところを見ていると心が落ち着く。本当にそれだけ。」

「意味わかんねぇ。」


 聞くのは無駄だったとルジェロはそのまま元の進行方向へと歩き出そうとしたが、アンジュは最後にその背に告げた。


「話を聞いてくれてありがとう、ルジェロ。」


 君が優しい人でよかったなんて宣われて、ルジェロはただただ困惑するしかなかった。



ーーーー


 アンジュは朝から星願祭のための衣装だ何だといわれて、星願教の祭実行委員会の人間い連れていかれた。五星士の盛装でよいと主張したが、これは軍の行事ではなく星願教の行事なのでNGと言われたので、引っ張られるように連れていかれた。アンジュのほうにはクルルとスイがつき、国側の監視は実行委員会側の人間がいるからよいとされて、久しぶりに魔法使いがいない五星士4人だけとなった。


「ンヴェネ、今年なんかくれるの?」

「そんなねだってくるだけのウィリーには何もあげないよ。」

「いや、くれるっていうならなんかお返し考えねえとなって思っただけ。特にないなら、俺もなんも考えない。」

「プレゼントを贈りあうのって素敵な文化よねえ。でも、全員分買うのなんて大変ではない?」

「まあ、全員が1:1交換しているわけじゃなくて、大体親と子供で交換しているのがほとんどだよ。余程感謝してない限り、仕事仲間に渡すようなものでは本来ないけど、僕は家に帰る予定はなかったし、五星士は最大でも4人だし丁度いいかと思って渡していただけ。」


 ここ2~3年は選定に時間がかかって五星士なのに4人の場合が多かった。


「そういえば、ルジェロが五星士に選ばれてすぐだったねえ、去年の星願祭。4人でしっかり話したのはあれが最初だったくらいじゃない?もう3年くらい前な気分。」

「ルジェロはいつも集まりの時無口だから、4人で話したってちゃんと言えるか?」


 それでも、ルジェロは顔を顰めながらもなんだかんだ同席しているので話は聞いているだろうとンヴェネはウィルを嗜める。

 その時は、5人目が魔法使いで、500年前の天才魔術師だなんて全く予想はついていなかった。確かその時くらいにラシェルの街で魔法使いがいたなんて噂を聞いた気がする。


「まさか魔法使いが在野にいるなんて思わなかったね」

「実しやかに言われていたっけ。そのときはただただ嘘だとおもってすっかり忘れていた。」

「最初に噂を聞いたときは、わくわくしたわ。なんというか魔術師は王都にいるけど、ここの厳かな所にいるんじゃなくって、あのにぎやかな街にひっそり生きている魔法使いなんてロマンチック!って。」

「僕は噂だけじゃロマンチックなんて全く思えなかったけど、本人は本当におとぎ話に出てくるような魔法使いだったな。」

「実際父親と母親はおとぎ話の住人だけどな。星の泉伝説の。」


 と口にして、今まで気づかないふりをしていたことを思い出した。


「星の泉って実在してんのかな。」


 500年前の天才魔術師はいた。星の泉伝説に出てくる戦士もいた。


「その魔術師の女性を隠すために、戦士がついた嘘かもしれない。」

「ありえる。」


 でも、もしそれが実在していて、双子がその場所を知っていたとしても、きっと彼らは話すことはないだろう。そこまでこの王国を信用していない。


「俺たちって結局いつかアイツらと敵対しなきゃいけない時が来るのかな。」

「そんなことしても王国に利がないってさ。」


 ンヴェネは竜を出したアンジュを知っている。数の暴力で王国が最終的に勝てたとしても、そこで得られる利益よりも損失の方が大きいだろう。勿論ただ単に利益の勘定せず、感情だけで排斥する可能性もないわけではない。


「もしそんな時が来たら、王国の崩壊のきっかけだ。そこまでこの国も腐り切ってはないよ。」


 ンヴェネの話を聞きながら、ルジェロは昨晩のアンジュの様子が頭の中で想起した。



ーーーー


「久しぶり、アンジュくん。」


 実行委員会の人間と共に、星の祈りの場という聖堂の中にある会議室のような場所に入った。中には魔術師のルートヴィヒと複数の実行委員がいた。


「あれ、なんでルイスが?」

「こう見えても私は敬虔な星願教信者だからな。貴族には珍しく。」

「信じなさそうなのに。」

「星願教は、努力をしたものはいつかは救われる話なんだ。例えまやかしの言葉でも、幼い私は救われた。」

「ラドカーン様、忙しいとおっしゃってましたが、お時間よろしいんでしょうか。」

「私は久しぶりにアンジュくんの顔を見たかったからね。あと、彼は本当に腕のある魔法使いだから、本番どうとでもなるよ。」


 ルートヴィヒの今日来た役目というのは、祭の要である「市民の願いを叶える」シーンの段取りについての説明だった。


「ルイスはこの10年選ばれがちだったな。」

「累計4回もこの役割をやったから、慣れたものだ。と言いつつ、毎度どんな願いを言われるのか戦々恐々しているがな。」

「ヤラセはないんだね。」

「うーん、100ないとは言えないな。でも、ちゃんと心から望んでいる願いを叶えるからこの祭は成立しているんだ。」

「じゃあ、ヤラセはどこで起きる?」

「舞台に立つのは1人だが、得意な魔術が別の人間が実は複数隠れている。この時だけはいつも偉ぶっている魔術師たちが、協力しているのを見て可愛いと思うな。いつもは嫌いなのだが。」

「じゃあ、今回も?」

「私はついているよ。」


 その言い方は、他の魔術師は来ないと言うことだ。アンジュとしては、ルートヴィヒ以外の魔術師に未だ慣れていないので、その方が良いが、ルートヴィヒが多少言いづらそうだったのは魔術師たちなりの嫌がらせだろう。


「ルイスも客席で見ててもいいよ。」

「はは、大した自信だ。ちなみに、殆どが、健康、容姿、金銭、性欲だ。大丈夫そうか?」

「金銭は国から出すんだろ?最後のはどうやって叶えてるの?」

「最後のは異性からモテたいって言うのが殆どだが、要はまあ周囲をそんな気にさせれはいい。ただこの願いでその後幸せに暮らしたというのは聞いたことがない。」


 叶えることということが大事でその後どうなるかは願った当人次第。もちろんしばらく幸運の人間として王都民たちからの羨望の的となり、パパラッチなどがついて大変なことになるらしい。


「容姿も難しいのありそう。」

「難しいな。可愛くなりたい、美しくなりたいと言われても何が可愛いで何が美しいになるんだと毎度オッサンたちは悩んでいるよ。」

「で、どうするの?」

「大体は肌を綺麗にして、髪を艶々にする。あとは祭り終わった後に細かく聞く。」

「俺もそう言うの言われたらそうしておこう。けど本当大変な祭だ。」

「でも、これだけは昔から魔術師たちは真剣だからな。」


 500年前からは魔術式が治安を保っているが、王国軍から嫌われている魔術師たちが民衆からはある一定の支持を得られているのはこれのおかげでもある。


「じゃあ、今年から民衆の人気は全て王国軍が貰っていくよ。」

「それは困るなぁ。」

 

 そう冗談を言うとルートヴィヒは笑って、席から立ち上がった。


「そういえば、君は私の養子にならないのかい?」

「俺はやっぱり書面の上だろうと、リーラの息子でいたい。」

「ま、それが人間なんだ。じゃあ、また気になったら声をかけてくれ。私は研究に戻る。」


 アンジュは終始和やかにルートヴィヒと話した。少なからずルートヴィヒにもアンジュ・クラントは魔術師の恐れというのを抱えていたが、今は彼に対してだけはほとんど思わなくなった。彼が魔術師の象徴であるマントを着ることが少ないこともエルとしては助かっているし、何となく事情を察しているルートヴィヒも気を遣って、アンジュと立ちながら話すことがほとんどない。


「とりあえず流れは説明したので、衣装からですね。採寸して急ピッチで合わせていきます。人の手では間に合わない箇所は全て魔術でどうにかするので気になさらず。」


 実行委員の人間は、慣れた様子で採寸していった。



ーーー


 1週間後、冬至まであと3日と言うところで星願祭の魔術師の衣装が作り終わったらしいと朝からアンジュとスイは聖堂へと向かっていた。

 その華やかな祭の雰囲気とは裏腹に、あの水害とそれに付随して起こった干害の影響がひたひたと近づいており、浮浪者や浮浪児の死体を日に見る機会が増えた。寒さも厳しくなり、日が出る時間が刻々と短くなっていることもあいまって暗雲が立ち込めていた。


「いつもは第三から第五師団までの人たちが警備なのに、今回は第二師団と僕らも警備に呼び出されたよ。」


 何が起きるのかわからないことが想定されるので、制服を着て街を歩くことになった。いくら広報用の英雄だとしても、現実で活躍しなければ広報にもならない。


「街中を歩くから、祭の雰囲気は楽しめそうじゃない!」

「うんうん。基本どんちゃん騒ぐのを見てるだけだしな。でも、冬至に祭を開く理由は分かる気がする。同じように日常として過ごしてしまうには暗い時間が長い。」

「先人たちの知恵として感謝しないとねぇ。」


 折角仲間が大役を任されたのだから、こちらも仕事をしながら祭の雰囲気を楽しもうとルサリィやンヴェネは口にした。


「なんか顔を見合わせているけどなんかあった?」


 急に聞き慣れた声が聞こえたと思ったら、目の前に急に聖堂にいるはずのアンジュとスイが現れた。ゆっくり地面に降り立っているところを見るに、魔術でやってきた。アンジュはいつも雑に纏めている髪を下ろし、金のじゃらじゃらとした額飾りに、古代のようなワンピースのようなトゥニカに、帯やネックレス、腕輪などが金飾りをつけていた。トゥニカは足首まであるが、動きやすさのためにスリットが入っていて、肩を出してる衣装は見ている方が寒い。


「できたんだ、衣装。寒くない?」

「神話の神様みたいで素敵だわ。でも、風邪引かないようにね。」

「我慢するには寒すぎたから、魔術で補ったよ。ほら俺の周り暖かいだろ。」

 

 ウィルの顔の前にアンジュが手を出すと、確かに空気が暖かい。


「で、どうしたのさ。」

「当日朝から晩まで時間取られそうだったから、見せに来た。」

「わあ、ありがとう!素敵な衣装だもの、近くで見られて嬉しいわ。」

「君は子供か。」


 そんなわざわざ見せにきたところで、褒めるのはルサリィくらいだが、その声が聞きたかったのかもしれない。いつもアンジュの服を決めて、アンジュの服装を全肯定しているルサリィに新しい服装を見せないという選択肢がなかったのだろう。


「ノスランドの地域では家族でプレゼント交換すると聞いてさ、リーラたちに作ったんだよ。でも、どうかなって思ってちょっとだけ確認したくて。」

「アンは何をあげるんだ?」


 アンジュはどこからともなく正方形の白い小さめの布を出した。


「なんだそれ。」

「刺繍はできなかったんだけど、魔術で作り上げたハンカチーフ。ミルフィー用に。体に悪い菌を消す力があるんだ。」

「へぇ、凄いな。」


 ミルフィー用のハンカチーフをスイに渡すと、今度は人以上ある大きさの白い布を取りだした。


「今度は何?」

「これは安眠効果のある布団カバー!これで眠るとぐっすり眠れるんだ。最近リーラは眠りの浅さに悩んでるみたいだから。」

「全人類欲しいやつだな」

「ウィリーの場合は、スッキリ起きれる方がいいでしょ。」


 それは今度考えておくとアンジュは言った後、また5フィートほどの布を取り出す。


「これがウィル用。耐火布。何かが燃えてもこの布で覆い尽くすと火は消えるし、耐熱性もあるから、火事などで火傷もしない。」

「うお、俺の分もあるんだ。」


 アンジュから渡された白い布は、光沢もあるし、サラサラで軽くて気持ちがいい。


「めっちゃ肌触りいいし、綺麗な布だなぁ。高いんじゃないか?」

「生糸を模して作ってるけど、原料俺の魔力100%の糸から作った布だよ。」

「糸から?!」


 横で見ていたスイは苦笑していた。


「機織りの機械が好きとは言ってるくせに、使わないで機織りの機械の作業を全て魔術で完結してるからな。」

「機織り機の仕組みを魔術で再現しただけだから、偉大なのは機織り機。」

「そうだな。超高速だったけどそうなんだろうなとは思った。」

「新入りくん的には自分のものだから無料感覚なんだろうけど、世界的に見たらただの生糸より高いじゃん、こんなの。」

「高いものをあげられて良かったよ。」


 そう言ってアンジュはさらに二枚の布をウィルに渡した。


「これは古傷の痛みを抑える魔術付きの布で、こっちは保湿ができる布。」

「すげぇ、ありがとう。」

「いくらでも刺繍しても構わないよ。」

「母さんでもこの布で失敗するのが怖くてできないんじゃねえかな。」

「解れたらいくらでも言ってくれ。」


 アンジュはニコリと笑うとルサリィとルジェロにも布を渡す。


「こっちは濡れた髪を速乾して、艶が出る。ルジェロのは刀剣用の布。切れ味を保つ効果を持ってる。」

「まあ、すごく助かる!」

「新入りくん、布作るのに嵌ったの?見事に見た目は全員一緒だけど。」

「デザインに関して各々やって欲しい。まだそこまで魔術の技術が追いついてない。」


 何を貰ってもルサリィは嬉しがるが、ルサリィが気を遣っている髪のためのものということで、しっかりと自分を見てもらえている気がして喜んだ。ルジェロも小さく何か礼のようなものを口にするくらいには嬉しかったのかもしれない。


「で、ンヴェネにはこれ。」


 ンヴェネの前に現れたのはキラキラと光る赤い石だった。加工はされていないようで、形は歪だ。


「…なにこれ?」

「俺の魔力100%の魔力結晶。」

「…え、え?」


 他の全員布だったのに、何故か石だ。しかも、この大きさの魔力結晶なら500シェル(5万円)は下らない。(生きた人間の魔力で作られたのものは、もっとするかもしれないが、前例がない)


「ンヴェネは魔導武器の扱いも上手いし、色々知ってるから、なんでも使えるようにしたよ。」

「あ…ありがとう?」


 ンヴェネは困りつつも、ありがたく貰った。スイに預けたリーラやミルフィーへのプレゼントをしまうとアンジュは満足げに踵を返そうとすると、スイが待て待てと呼び止めた。


「俺の分は?」

「え、兄さんいる?」

「ノスランドのプレゼントの風習って家族に渡すものだろ。俺唯一の肉親ですけど?」

「んー、でも、兄さんは自分の魔力があるし、わざわざ魔術を織り込まなくても、そばにいるから俺が魔術かけられるし。」

「確かに。でもさぁ。」

「護衛くんはその唯一の肉親に何かあげるの?」

「エルは大体自分で用意できるから俺も困ったけどさ。」


 スイはズボンのポケットを探り、それをポイっとアンジュに投げた。それは、スイの目とと同じ深い青い色の石がついたペンダントだった。


「エルがミルフィーにやっていたのを真似て、魔力込めてみた。魔力を帯びているのは感じているし成功しているはずだけど。」


 アンジュは礼を言ってそれを掲げて透かしたように見て一頻り観察した後自分の首に下げた。


「これ俺やベルンハルトさん以外がつけたら呪いの装備だ。」

「……俺の力だからなぁ。」


 エルは自分の力と相殺できるが死の力が込められているから、普通の人間からしたら大体1分過ごすたびに少しずつダメージを喰らうという恐ろしい仕上がりになってしまっているようだ。スイの力を知っているウィルとンヴェネはなんとなく察して苦笑する。


「俺からと言っていいのか分からないけど、兄さんに渡すものはあるんだよ。本番当日に渡そうと思ったけど、今が一番か。」


 アンジュがそう言って魔術を使って取り出したのは抱きしめられる大きさの3号キャンバスだった。


「サフィが譲ってくれたんだ。」


 スイはその絵画を見ると目を丸くして何も言えなくなった。その絵画に写るのは、1組の夫婦の姿だった。


「どうして。」

「サフィの母親が、夫人の血縁者の子孫なんだ。傍系も傍系だけど、彼女の甥とサフィがなんとなく似ていたから話をしたら、サフィも調べてわざわざ譲ってくれたんだ。」

「…え、ええ。甥?本当か、今度から頭上がらないぞ。」


 困惑する4人の五星士には、昔スイを助けた貴族の家があったと説明する。


「あ、りがとう。本当にありがとう。」

「礼はサフィにして。」

「でも、ずっとエルが調べてくれていたから、分かったんだろ。」

「俺は謎解きゲーム感覚だったから楽しかったよ。」


 アンジュはやっぱり落ち着かないなとマントを取り出すと頭から被った。


「そのマントは同じ?」


 とウィルは何気なく尋ねた。


「ん?これは蚕の糸から作ったよ。」


 アンジュがエルの時から着ているマントは特別製で王国の刺繍が邪魔だと言っていたが、アンジュはきょとんとした。そこへバサリと羽音を立ててクルルがやってきた。


『エル、余には何も与えんのか。』

「何が欲しいんだ?」

『なんでもいい。』


 難しいと軽口を叩きながら、アンジュはマリーゴールドの花を出すとクルルの羽毛の間に挟んだ。


「今回はこれで。」

『まあ、よい匂いだから満足しよう。』

「文句があるなら早めに言ってくれないとなんの準備もできない。」

『いや、満足した。ありがとう。本当になんでも良かったのだが、用意されてないことにいじけただけだ。』

「悪かったよ。何か欲しいとか思ってなかった。」

『お前たちが生きているだけで嬉しいのは確かだ。でも、この人の文化は素晴らしい。来年もこの日にマリーゴールドを贈ってくれる。』

「じゃあ、ちゃんと来年以降も冬至が近くなったらそばに居てよ。」

『ああ、雪が降りはじめたらやってこよう。』


 その時のクルルは本当に幸せそうに語っていて、邪魔はできなかった。


「じゃあ、一足早くなったけど、ぜひ使ってくれ。」


 アンジュとスイは再び聖堂の方へと戻っていった。各々のプレゼントを見て、個人に合わせたものということでどこかこそばゆい。


「お風呂が楽しみになるけど、他の子にこれを使ってるの見られたら、羨ましがられるわね。」

「どこまで効果あるのかも分からないし、生糸って普通水拭くものではないから目立つよね。」


 絹は水に弱いという常識を考えて、表面上模しているだけのまったくの別物として考えるべきなのだろう。


「でも、ルサリィのは絶対効果あるだろ。アンの髪なんか綺麗になったなぁって思ったんだよ。」


 まず魔術は自分に試すと話していたし、それが害なすものかの確認はしっかりするだろう。あのアンジュがミルフィーやリーラに害が出る可能性のある物を渡すはずがない。


「困ったわ。嬉しいけど、周りに絶対に聞かれてしまうもの。」

「10年後もしかしたらこれで商売してるかもしれない。」

「そうしたら、私全面的に応援しちゃうわ。」

「現実問題、ルサリィは女子寮で1人だもんねぇ。」

「ええ、やっぱり聞かれたら素直にアンジュに貰ったと告げて盗まれないように注意するわ。」

「これは俺がミルフィーちゃんに聞いた話だけど、ミルフィーちゃんが物を盗られた際、気づいたら元に戻ってて、盗ったやつは虫だらけになってたらしい。」


 それがアンジュの仕業じゃなきゃおかしい。


「ミルフィーちゃんほどじゃなくても、アンならなんか対策立ててくれるだろ。」

「さっき聞いときゃ良かったね。」

「まあ、後で聞いとこう。」


ーーーー


「盗み対策?」


 夕飯時にアンジュとスイは戻ってきた。他のメンバーも特に任務はなかったため、通常通り5人、スイも入れて6人でご飯を食べる。アンジュに先程の話をすると、


「説明忘れていたけど、常時魔術を発動するとすり減るのが早くなるから、俺が設定した使用者が触れない限り発動しないんだよ。だから、まあ盗まれたとしてもただの布だよ。」


と、やはりとんでも情報がまだ隠れていた。


「でも、そう言ったところで見た目上絹製品な訳だからそれだけで価値はある。」

「触れた時だけ、魔術発動するってそんな都合がいい魔術あるんだ。」

「俺はあの魔術式を開発した人間だよ、生体情報の登録、読み取りは俺の専売特許。でも、上品な布として持っていかれてしまうか。王都内だったらいくらでも回収できるけど、何かいい方法あるかな。」

「じゃあ、俺の魔力を使って、エルが設定した使用者以外が持った瞬間に生命力がガリガリ削られていくようにしてみたりは?」

「落とした瞬間トラップになる。それは怖すぎるだろ!」


 スイがアンジュのペンダントを見て提案したが、ウィルは想像して背筋が凍った。


「難しいな。もう盗まれたら、盗まれたとして放置して、俺に言ってくれれば作り直すで良く無いか?」

「それは暗に泥棒を認可する行為だよ。」

「んー…。」

「ミルフィーちゃんは、アンの髪紐をもらってから、自分に意地悪をした人間が痛い目に遭ってたみたいな話をしてたけど、そんな感じでなんか対処できないのか?」


 ウィルが昼に話した内容をそのまま伝えるとアンジュの顔色が悪くなった。


「それ本当?」

「ああ、こないだアンの手紙を交換した時にそんな話をしてたよ。その反応は、アンの想定外?」

「……そうだな。そんな効果を載せた記憶はない。一回回収しないとダメだ。」

「ミルフィーちゃんは困ってはなさそうだったよ。」

「人死が出てからじゃ遅い。魔術や魔法が想定外の動きをしてるなら、何が起きるか分からない。」


 アンジュはマントを握って誰にかわからない謝罪する。


「僕が無責任だった。」

「まあまあ、エル。まだ大事になってない。幸い魔法使いアンジュの恋人って言うのは、週刊誌のおかげでバレてるし、恐らくだけど魔法使いの恋人に手を出すなと言うようなニュアンスで受けとめられてるんだろ。」

「うん。」


 アンジュ・クラントは不思議な人で、いつのまにか周囲の人間にそれくらいなら当然やりかねないだろうと思われていた。当のアンジュとそれ以外での認識相違が起きていたのに気づかなかった。だが、エル・ウォッカがそれをここまで怯えている理由は当然のことだった。

 周囲の喧騒の音で隠れるように小さな声で話した。スイとエルの父親が冤罪で処刑された深い根の部分にが幼いエルが小さな魔法で、怪我を治したり、洋服のほつれを直したりして常に一定の身だしなみを整えることや父親に嫌味を言った人間への軽い嫌がらせをしてしまっていた。軽微な特別が積み重なって、周囲の人間への嫉妬や恨みに変わって冤罪・処刑へとつながったという。勿論貴族ではないただの男が王様に気に入られていたのも大きな理由ではあるが、英雄にもかかわらずなんの歯止めが効かずすぐに処刑に繋がったのはそんなことだったとエルは後々それに気づいた。そう伝えるとなかなかそこまで気にしなくてもとは言えない。


「次ミルフィーちゃんにいつ会えるんだ?」

「すぐ会って一旦別の物と交換してもらう。」


 そう決めた。実際にはエルの魔法ではなく、エルが知らずに願った星の泉というものが原因なのだが、それをどんなに信頼を寄せていても口にできない。エルも何一つアレについては詳しくない。けど、きっと碌な物ではない。アンジュ・クラントが願ったものがただミルフィーの平穏だったとしても、抽象的な祈りというのは本当に望んだ結果を得られるわけではない。

 アンジュは急いで夕飯を食べ終わると、じゃあと言って席を立ち上がった。スイも食べ切るとさっさと立ち上がったが、


「ついてこなくていいって。」

「ええ?一応護衛だって。」

「要らない。」

「俺の仕事だぞ。」


 と押し問答したが、アンジュが「ミルフィーの部屋に行くのは完全プライベートだからNG」という言葉に、空気の読める男スイは沈黙して再び五星士の席に戻った。


「あれ、俺はともかくとして、ンヴェネは黙認してるけど監視はいいのか。」

「態々僕らに星願祭の衣装を見せにくる人間だよ?その程度でわざわざ監視に行くのも馬鹿らしい。」


 少しだけ浮かれ気味だったアンジュを思い出して、スイもそりゃそうかと頷いた。スイも喧騒に隠れるように小さな声で話す。


「まあいいや。エルがいないのは丁度いい。俺の家族の問題に何度も付き合わせて申し訳ないが、今後一才エルのマントには言及しないでくれ。」

「めちゃくちゃ今更なことを謝罪してきたね。まあずっと曰くがあるしねぇ。ウィー聞いちゃダメだよ。」

「なんかあったんだな。聞いて悪かった。」

「私たちは確かに上の命令で仲間になったけど、ちゃんとアンジュのことを気に入っているし、いつも助けられているからいいのよ。」


 憎まれ口叩いて、確かにアンジュのことは気に入らなくても、ずっと心配はしているンヴェネにルサリィは呆れたように言う。


「俺も知らなかったけど、さっきユピテルから共有されて、皆んなの想像通りあれは蚕の糸ではないし、殆どはエルの魔力でできてる。」

「殆ど?」

「別の人間の魔力も使われてて、その人間は何故か蚕になっていたらしい…って言うところまでユピテルは話していた。」

「人間が蚕?」

「そ、だから、言ってただろ。マントが元人間だったらどうする?ってさ。」

「そうか、聞かなかったことにしよう。」

「ああ、ぜひそうしてくれ。」


 エルは時々記憶が混濁することがある。記録癖のある本人がそれに気づかないほど自然に、普通の人間だったら忘れ難い強烈な記憶でさえも塗り替えられているところがある。


「でも、本当魔術部隊って恐ろしい場所だったのね。」

「時代もあるかもしれない。本当未来が明るくて感謝してるよ。」

「ここ10年じゃ一番最悪の冬の死亡率と言われるけどね。」

「流石に500年前よりは人死んでねえわ。神の怒りに触れてこの被害で済んでるんだから讃えていい。」


 ぶっきらぼうな物言いでも、そこにスイの人間に対する愛情のようなものが見えた。


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