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星の泉  作者: 詩穂
36/45

25話 初めの一歩

アンジュ・クラント 五星士の魔術師 正体は500年前の天才魔術師エル・ウォッカ 魔術以外に関してはあまり得意ではなく、利用されることが多かった

スイ・ウォッカ(クラント姓を名乗っている) スイの双子 エルが見た目年齢を合わせているからちゃんと双子に見えるが、実際には身体は年の離れた兄弟のように見え、兄のように振舞っている。竜の一族の魔術師をやっていたころの記憶はほとんどない。


ンヴェネ・ルーイ(25)五星士のリーダー なんだかんだ面倒見がいい。目の前で弟が死んだことが原因で、弟と似た要素を持つアンジュ・クラントを苦手に思っており、見捨てることもできない

ウィル・ザ・スミス(19)親友だったアナトールを殺す遠因を作ってしまったことを悔いていた。アンジュとアナトールは、ウィルの善性を愛していた。500年前スイとエルを助けたウェンの子孫で、双子から贔屓にされている。


 アンジュ・クラントが持ちかけた有期契約は、すぐに王国側で処理されず、宙ぶらりんのまま五星士の任務を継続することとなった。その最初の任務はというと、ただのA級モンスターの討伐だった。トレスヒェンいう3ヤードの毒虫が近くの集落を襲っていて、襲われたものを中心に錯乱を引き起こす奇病が発症しているらしい。


「大分ヤバいやつだな。」


 アンジュはスイ、ンヴェネとウィルを伴って向かった。スイがヤナ長官が話していた内容を考えていた。


「兄さんも戦ったことなさそうだね。」

「毒や病気は俺には効かないから、しらないあいだに戦ってるのかもしれないけど、こう言うのってどう戦えばいいんだか。まあ、燃やすと言うのが1番なのかな。」

「……奇病は恐らく毒虫が原因というよりは毒虫に寄生している寄生虫かと思う。」

「新入りくん…、あれもう新入りと言い難いのか。魔術師くんは詳しいんだ。」

「魔術師くんよりは新入りくんの方がいい。」

「王国魔術師のマントを着ているのに?まあ、今のではないけどさ。」


 アンジュはあからさまに目を逸らしてフードを掴む。


「あの、まあ、このマントだけは特別なんだよ。刺繍が邪魔なだけで。」

「ほとんどの人間は王国魔術師のマントの刺繍なんて見たことないんだから、俺らが言わなきゃ分かんないよ。」


 ウィルが助け舟を出すと、はあとンヴェネはため息をついた。


「五星士にとっては新入りだし、そのままでいっか。でも、これから戦う敵のヒントになるなら少しでも知っておきたいじゃん?」

「……あの、500年前の王国魔術師がおかしかったのはおかしかったんだけど、一部はちゃんと研究者ではあったのは確かなんだよね。」


 アンジュはそこで一度言葉を止めてその次を躊躇った。


「虐待だけじゃないってこと?」

「………例えばこのマントが元は人間だった…なんて言ったら。」

「…本気で言ってるなら、何着てんの?ってなる。」

「マントが元人間というのは言い過ぎなんだけど、方向性といえばそう言う類。」

「あのさ、それって王都の魔術式の結晶…。」

「ごめん、深く考えないで。500年前の人間の所業なんて頭おかしいんだ。本当に王国魔術師にとって、人間は動物の一種だったというだけ。」

「ま、あの時代、貴族の間でも妻と子は鞭で躾けるというのはごく一般的なこととしてされていたし、妻を売る男も普通。奴隷や女は戦利品、処刑はエンターテインメント、そんな時代のその更に上に行く屑である王国魔術師なんてたかが知れてるよ。」

「…人間ってどうしようもないと思ってたけど、倫理観って結構向上しているんだね。」


 エルの話たくない内容より興味が向くようにスイは話すと、2人の意識も500年前の生活や風俗に向かった。


「今回そのモンスターは普段森に住んでいるらしいじゃん。森は俺たちの権能を存分に理解することができるだろう。」

「権能ね。」

「エルの周りには生き物が集まるし、俺の周りには生き物は逃げていくから、分かりやすいよ。まあ、近くに2人揃って居ればそんなの打ち消しあうし、入れ替わっている間は力が中途半端だったけど、今回は本物の威力が分かる。」

「本物の威力?」

「うーん、いや、他の人ならともかくウィルに隠しておくのも面倒くさいな。」


 アンジュやスイにとって、王国軍で最も親しいのはウィルだ。スイがエルに尋ねる。


「もう俺たちの家族について話してもいいだろう?ウィルにさ。」

「…そこまでいったらもう言わざるを得ないじゃん、兄さん。」

「まだ俺になんかいうことあるのか?」


 ウィルが500年前スイとエルを助けたウェン・ザ・スミスの子孫であることが判明して以降、双子は殊更にウィルに対して優しく付き纏うことが多くなり、ウィルは気恥ずかしさでいっぱいだったが、それ以外にもと首を傾げた。


「俺たち人間の神獣の孫なんだよね。一部神の力を持っている。神獣はそれぞれ別の力を司っていることがあるんだけど、エルは『生』を司る神獣の血筋、俺は『死』を司っているんだ。人間は神が近くないから、俺たちの能力はほとんど効かないが、普通の生き物たちはそれぞれ全く違う反応をする。」


 ウィルは一瞬呆気に取られながらも、不思議と簡単に飲み下すことができた。


「…とんでもないことの告白なのに、すっげえ納得できてしまうのが怖いな。」

「兄さんの力は、他の神獣の中でも異質だ。普通神の力があるだけで別種族の生き物はある程度は寄ってくるのに、兄さんは本当に来ないんだよね。」

「これは狩りをするのがとんでもなく大変なんだよ。エルがいた頃は金がなくてもそれでなんとかなってたのにエルがいなくなってからは金で買うしかなくなった。」

「虫が近寄ってこなくていいと思ったけど、そういう大変さがあるんだ。」

「ウィルは虫苦手だから、エルの側にいるの大変だな。」


 スイが隣にいれば能力としては相殺されているから、今の所そんなエルの力は見たことがないが、アンジュはどこか不安そうだ。


「俺は触れないだけだから。」


 ウィルは弁明するが、ンヴェネは便乗して揶揄う。


「都会のお坊ちゃんは仕方ないよね。」

「普通の都会じゃなくてルーグ王国の王都は、虫も湧きづらいからね…。川近く以外は。そういう設定にしたから。」

「新入りくんのせいだったか。」

「当時、王宮を中心に虫と鼠媒介の病気が流行っていたから。」

「そんなところまで管理されていたんだ、あの魔術式で。だから、ネズミが入ってこれなかったんだ。」


 ンヴェネやウィルは素直に感心していたが、アンジュはどうやら嬉しくなさそうだった。王国魔術師の闇の部分にあたるのだろう。


ーーー


 先に奇病が流行っているという集落へと向かった。王国軍の五星士が来てくれるとは歓待されるものの、集落全体の雰囲気は暗く澱んでいた。時折、誰かの絶叫が聞こえるので、その度に集落の長は怯えていた。


「す、すみません。」

「いえ、事前調査の段階で知っている範囲です。五星士の魔術師であるアンジュ・クラントは知識豊富ですのできっと役に立ちます。」


 ンヴェネに紹介されてアンジュは恥ずかしそうに照れた。


「きっと。」

「任せてくれ。」

「なんで兄さんが自信満々なんだよ。」


 スイが茶化すと、アンジュも普段通りに戻る。アンジュは長話よりも先に錯乱しているもののところへ案内してほしいと頼んだ。


 先ほど叫んだ男は、何人かの人間によって取り押さえられていた。それまでの俯いた顔つきから一転してアンジュは恐れることなくその男に近づき顔を覗き込んだ。


「強い幻覚、目が淀んでいるし、口が閉じ切らない。四肢に痙攣が見られる。」


 慣れた様子でその男の症状を口にする。そこは見たことがない、いや時折魔法や魔術の話をしている時に出てくる研究者のような顔だ。


「アマイモンの寄生虫とほとんど同じだ。それは脊椎動物の脳に寄生することが多い。今回は虫型のモンスターだけど…。」

「…鳥肌がたってくるね。」

「実をいうと、僕の力は生きる力を引き出すものだから、寄生虫にはそれほど効果的ではない。」

「寄生された卵は排除したのに?」

「できなくはないよ。寄生虫の類はたくさん研究してきたから。」

「むん?」

「遠回りなんだ。魔力の消費も多いし、時間がかかる。1人、2人ならそれでもいいけど。」


 今回少なく見積もっても10人は罹患者がいる。


「もっと良い方法があるってことね。」

「寄生虫を殺すなら、死の力を持っている兄さんの方がより簡単に殺すことができるはず。」

「俺か?」


 弟に指名されたスイは狼狽えた。


「俺は意図してその力を使った試しがない。コントロールができず人間を殺してしまったら?無数の虫なんだろう。」

「そんなことは起きない。俺はずっとこの力をコントロールしてきた。人は死なせないよ。データがないから完全に元通りにはならないけど、できる限り修復させる。」

「俺の力がエルを上回ったら?」

「スイの力が僕を上回ることはない。」

「言うなぁ。」


 いつもなら弱気なのはアンジュで強気なのはスイだが、今回は立場が逆だ。


「分かった。でも、一度今回のモンスター討伐で先に使わせてくれ。ぶっつけ本番ほど恐ろしいものはないから。間に合うだろう?」

「それもそうだね。寄生虫の動きを止めさせるくらいの魔術ならそれほど難しくないし、症状も一旦落ち着くはず。」


 アンジュは患者たちの中央に立つと、一つの魔術式を展開させた。他の魔術師たちはほとんど紙やペンを使っているにも関わらず、アンジュは道具などなく一瞬で空に出現させることができるらしい。


 中央に大きな魔術式が展開され、それぞれの患者の頭の上にも小さな魔術式が浮かぶ。すると、呻き声をあげていた患者たちもすうっと穏やかな表情に変わり、静かに眠りについた。


「じゃあ、行こうか。」

「…とんでもない魔術師なのね。」


 アンジュが歩き出すとボソリとンヴェネが呟いた。それを拾うとンヴェネに小さく返す。


「知らなかったか。」

「勿論知っていたけどね。500年前に寄生虫の研究がそこまで進んでいたかぁって思ってさ。」

「…狂った研究者は人体を刻むのに躊躇がない。死んでいれば特に。その魔術師は、研究を怖がらせないようにするための寄生虫を作り出した恐ろしい研究者だよ。」

「…それ勿論失敗したんだよね?」

「ある一定の成果を生み出してしまった。僕も何度か寄生させられたけど、僕の中にいる寄生虫は殺したから問題ない。」

「……僕たちが知っている以上に新入りくんって偉大な人間なんだな。」


 淡々と寄生虫の話しているように見えて、マントのフードの奥にあるその瞳には燃える炎が宿っていた。これでもきっと憎悪のごく一部にしか過ぎないのだろうと思うと恐ろしい。その王国魔術師への憎悪する姿をなるべくは見せたくないのか、それ以上は口をつぐんで、アハハと苦笑いで話を濁した。

 アンジュが話したその内容は、前をいくウィルやスイには聞こえてなかったようで、ンヴェネは1人頭の片隅に寄せた。



ーーー


 森は静かに時を刻んでいた。鳥や虫の声が聞こえるのも他の森と大差はない。小さな森ではないから、大型とはいえモンスターを探すのは労力がかかりそうだ。


「今回の討伐対象は一頭だけど、似た状態のモンスターがいたら討伐してしまった方がいいね。」

「そうだね。あと怪我しないように。寄生虫は傷口からも体内に侵入するよ。」


 ンヴェネとアンジュの話を聞いて、ウィルは難しいことを言うなぁと言う。


「凶暴化したA級モンスター相手にか?」

「うん。でも、俺も兄さんもいるから。」

「ああ。そうだな。俺たち森では最強コンビだったから任せろ。」


 と、言ってからスイはアンジュを見る。


「エル、囮になってくれ。森の中で少し開けた場所があればそこで。」

「分かった。」

「スイはアンのことに過保護だと思ってんだけど、意外に心配しないんだな。」

「エルは対人間が相性悪いけど、それ以外では心配しなくていい。」

「……森での兄さんは本当に僕を自由にさせていたから、俺はあんまり過保護な兄さんになれてない。」

「へえ、もう僕らはもうすでに度が過ぎるブラコンだと思ってたけどね。」

「時と場合による。王都や王国軍にいる間はどうしても過保護になるよ。…いやなんでもない。」


 スイは500年前に目の当たりにした様子を口にしそうになって、結局は言葉にはならず誤魔化した。


 10分ほど森の中を探索すると、倒木によって日が差している場所を見つけた。スイはアンジュをそこで待つようにと座らせると自身は遠くに、ンヴェネとウィルはアンジュが視界に入るあたりで身を隠した。よく見えるようにンヴェネは銃のスコープを覗く。


「僕はここから狙撃できるから良いけど、ウィーは何かあれば走らないとね。」

「なんとかなる、きっと。でも、ただ座っているだけで囮になるか?なんかの魔術を使うってことか?」

「…スコープで覗いているとなんとなく理由がわかるよ。」

「なに?」


 ンヴェネに促されるようにウィルが覗くと、そこには鳥や虫が集まり始めていた。天敵となる生物がいても、彼らは気にしていない様子だった。それから、近くにいた蛇や小型の哺乳類も遅れてやってくる。


「…これが神の力。」


 集まった生物たちはただアンジュのそばにいるだけで、とても静かな状況だった。ただ確かに動物たちが集まってきているが、目的のモンスターはまだ来ていない。


「近くにはいないってこと?なら、移動したほうがいいんじゃ?」

「もう少し待ってみよう。まず移動が速いのとすぐそばにいた動物のみだからね。」


 ンヴェネのいう通り少し待つと、鹿や狼がやってきた。アンジュが手を伸ばして撫でると彼らは気持ちよさそうに目を細めていた。


「少しずつくる個体の大きさが大きくなってきてないか?」

「人間は神が近くないから、神の力を感じられず2人の力の影響は受けないって言ってたけど、もしかして人間以外にも神の力を受けにくい種族があって、大型の哺乳類であればあるほど種族としては神の力を受けにくいんじゃないかな。能力が高ければ、それほど神を敬愛しないとかあるかもね。」


 ンヴェネが自己の見解を口にしていると、突然背後から声をかけられた。


「本能にどこまで忠実かっていうのが大きかったりするよ。」


 前の出来事に集中していたせいで、どこかにいなくなっていたはずのスイが急に現れたことに肩を揺らした。


「ンヴェネ!」


 スイに一瞬気を取られていると、アンジュの目の前に体長3ヤードほどの黒い甲虫が、体液を撒き散らしながらやってきた。その尋常じゃない様子にアンジュの力で穏やかに過ごしていた生物たちもさっと素早く逃げていった。あれがトレスヒェンと呼ばれる毒虫だ。寄生虫のせいかどこか腐ったような強烈な臭いを発している。人を食すこともある虫だが、アンジュに対してかぶりつこうともしていない。表情がわからない虫に使う言葉ではないかもしれないが、アンジュに対して救いを求めているようにも見えた。その虫にアンジュが手を伸ばそうとした時、スイは虫の頭に斬りつけた。


「虫の割に硬いな。」

「兄さん。」


 攻撃を加えられたことによって、トレスヒェンはキシャァァと威嚇をするような奇声を発する。



続くように、雷の銃撃が虫の胴体に当たる。狙撃をしたンヴェネは、雷は喰らっているものの、弾丸は殻で弾かれていることが見えていた。


「これは時間かかるかもね。」


 ンヴェネが呟いたその隙にスイがその後に易々と8本ある足のうち2本を切り落とした。


「兄さん。」

「ああ、つい普通に戦ってしまった。」


 虫とアンジュの間に立ちながら、世間話のようにのんびりとした口調で話す。


「む、難しいな。」


 殺すことなんて特別な力を使わなくたって簡単に行える。スイのような力がなくても、人間は様々な武器を持って生物を殺せるのだから。

 アンジュが魔法を使ってトレスヒェンの動きを止めさせる。


「魔法と使い方は同じ。人間の魔法は願いだよ。願うことで力を使う。」

「願いなんて、これまでの人生でエルが生きていることくらいしかない。」


 様々な願いを持つエルとは違ってスイは望むことはほとんどない。生物が生物でいられるのは、欲望であるはずなのに、スイはそうではなかった。


「……そっか。」


 アンジュはそれを聞いて、自身にかかっている魔法を解き、本来の姿へと戻る。


「じゃあ、僕を助けて。」


 3ヤードもあるトレスヒェンをさらに無理やり巨大化させると、トレスヒェンはそのまま小さなアンジュを飲み込んだ。


「え。」


 駆け寄ったウィルもしっかりと飲まれていくアンジュを見て動揺した。トレスヒェンは再び奇声をあげて、体をあちこちぶつけながら、スイに歯を向けた。


「くそっ。エル!」

「周りの外殻を燃やせば…。」

「ウィル・ザ・スミス少尉、貴方が器用に燃やしたいものだけを燃やせるのであればそれで良いと思いますが、他のものに燃え移ったあとの火の制御が効かないのであれば、やめたほうが良いでしょう。」

「え、なんでここに。」


 王都の魔術式防御システムのサブシステムとして稼働しているはずの彼が、なぜかそこにいた。


「本体によって呼び出されました。王都とは違って僕になんの力もありませんが、僕の思考能力は本体の脳を間借りしているため、僕の思考にノイズが入らない限り本体は無事であることが分かります。」

「バロメーターとしてきたってこと?」

「恐らくは。」

「エルはたまに突拍子がないからな。」


 丸呑みさせるために大きくさせた分、より大きな力で向こうの攻撃が来る。


「そうですね。本体は自身を実験台として使うことに抵抗はありません。」

「それもそれで困った狂った研究者じゃないか。」


 銃弾が弾かれるのと電撃は貫通してアンジュ自身にもダメージが及ぶだろうという懸念からンヴェネは狙撃を諦め、陽動のために近づいた。


「最近の王国魔術師はほとんどが貴族ですが、500年前は貴族上がりか実験体あがりかの2パターンがあり、本体は後者なのです。どんなに優秀な人間でも染み付いた慣習や先入観をなくすのは難しいんです。」

「聞きたくなかったよねぇ。」


 トレスヒェンの意識をンヴェネに向けさせながら逃げる。スイは苦虫を噛み潰したような顔をしながら、剣を握る。


「俺はエルしかないのに、エルは昔から俺のことを理解しない。」

「こんなところで病むな!獅子の子落としみたいなもんだろう!」


 ウィルはなんとかトレスヒェンの後ろ足一本とスイの文句を斬り捨てた。


「スイの力でアンを助けてくれ。」


 エルを助けるために、目の前の命の死を願う。スイ自身は倫理観がないと思っていたが、死の願いを無意識のうちに忌避していたということに気づいた。それをやっていいのかという迷いがあるのだ。


「…俺にも人の心がちゃんとある。」

「そりゃそうだ。じゃなかったら、俺の先祖の手紙で悲しがったりしない!」


 ンヴェネの銃の音が響く中、スイは考える。相手の死を考えても、それは願いではない。それでは助けられない。


「……胃酸、過剰。」


 ふと魔術式防御システムの中の彼が口にした。彼は自身が会得した会話術を大切にしているから、端的な言葉を選択することをしない。たくさん彼と話したウィルはその違和感を抱いた。


「バロメーターである彼の思考能力、低下してないか?」

「くそ、エル!」


 スイがエル以外にもっと興味があれば、アンジュもこの選択を取ることはやめただろうと思うと苦々しく思った。

 そもそも生に執着しなければ誰かの死を願うことなんてあるだろうかと脳内で吐き捨てた。 スイが唯一心の底から死んでくれと思った者はエルが生み出した悍ましい生き物ーーーああ、あの力だと思った。ただただ哀れな生物に死んでほしいと思ったのは憎しみじゃない。

 あれはスイの愛だった。


 スイは一度虫から距離を取る。目の前の虫は最早助からない。エルによって歪められているのもあるが、寄生虫によって削られた意識は元には戻らないのだ。


ころしてやるよ。」


 虫はスイが願った瞬間に抵抗をやめて首を垂れ、スイはその頭に剣を突き立てた。


 ンヴェネとウィルは一段落ついたところで安心し、死んだ物に対してスイが追悼をするのを待った。


「で、あの狂った魔術師はどうするわけ?」

「お腹をひらけば出てくるだろ。」

「いえ、大丈夫です。僕の視界は本体と共有できますから。」

「はあ?つまり。」


 ンヴェネが心配を隠しながら、面倒くさそうにスイを訪ねると、スイは思いのほか冷たい言い方で返した。それに驚く間もなく、魔術式防御システムの彼がそう告げた瞬間には、目の前に五体満足で元気そうなアンジュが立っていた。すぐに16歳の姿に戻るとアンジュは恐々とスイを見る。


「…あのう、無茶して悪かった。一応何かあった時の保険として彼を外に置いていたんだ。彼には何も教えてないから、普通に状況説明するだろうと思っていたけど、人間のように情報の共有を恣意的にするから驚いた。」

「そうするべきだと判断しました。僕は本体より人間のことを勉強していますから。」

「……人間の形をした絡繰のようなものかと思ったけど、とんでもないね。」

「俺が作った当初は話すこともままならなかったのに。」

「こうまで進化したのは、本体が生を司っていたことも起因していると考えます。」

「…思い返してみれば、確かにアンの意思じゃなさそうなこと普通にしてるな。」


 3人とシステムとの会話にスイはなかなか入れなかった。兄弟の無茶による心配から来る憤りや安堵だけではない。信じてもらえていない悲しさや不甲斐なさ、力を引き出してくれた感謝、手玉に取られたような不快感、様々な感情がせめぎ合っていた。


 いまだに黙り込むスイにアンジュは不安になって顔を覗き込んだ。


「…スイ。やっぱり怒ってる?」


 そんな簡単ではないと言いたいが、スイにはそれを口にできなかった。


「………ぶじか。」


 漸く口にしたのはなんの引っ掛かりもない言葉のみだ。


「元気…寄生虫も入り込んだ様子はなさそう。もう少し経過してみないと確信は持てないけど。」

「そうか、よかった。帰るか。」


 スイのそれは素っ気なくて、アンジュも口をつぐんだ。スイはウィルに声をかけて帰ろうと話す。

 面を食らったアンジュにンヴェネは尋ねる。


「最初っから全部ちゃんと説明していればよかったんじゃない?」

「兄さんは本当はなんでもできる人だ。でも、何故か俺がいると、俺のことばかりになる。けど、兄さんは別に俺のことを見ているわけじゃない。ただ俺に映る兄さん自身を見てるだけで、それが…苦手なんだ。」

「…まあ自分なんて他人を通さないと見えてこないもんだから、仕方ないとは思うけど。」

「ンヴェネは弟にどう思っていた?」

「可愛いけど憎い奴。小賢しさが鼻につくんだ。」


 ンヴェネは弟をみすみす死なせてしまったことを後悔をしているが、それでも、生きている間は憎さもあったのはアンジュと話しているうちに思い出した。


「そうだよね、それでいいよな。」

「スイは…確かに新入りくんのいうことならなんでもいいって感じだった。そこが新入りくんは気にしてしまうのか。」

「…贅沢な悩みだ。」

「いいんじゃない、君たちの人生は長いんだから。そういう時があっても。」


 ンヴェネが何気なく言った言葉にアンジュは悲しそうに眉を下げる。今のアンジュは以前と比べるととても表情豊かで全く違う。しかし、不思議なことにそれに強い違和感があるわけでもなく、妙に納得できてしまう。


「ンヴェネもウィル…みんなすぐ死んでしまうんだな。」

「君達と比べればそれはね。」


 それでも、死ぬ気など毛頭にないのだから、もっと先の話だと返す。


「けどね、何しろ死なせないと言っている魔術師がいるもんだから、なかなか先だよ。」


 ンヴェネがおちゃらけて言うと、アンジュもうんと静かに頷いた。



ーーーー


 集落へ戻ると、スイは大袈裟にため息をついた。アンジュのことを気にしながらもスイの隣を歩いていたウィルは驚きながらどうしたと声をかける。


「俺とエルは相性が最悪なんだ。エルは頭でっかちだし、俺は何も考えてない。だから、ぜんっぜん、エルのことが分からない。」

「お、おう。」

「でも、王国から逃げた後暮らした数ヶ月はそれどころじゃなかった。だから、これはいいことなんだと思う。」


 2人の後ろからゆっくりとついてきたンヴェネとアンジュも足を止めた。


「…スイ?」

「エル、これが俺だと分かってくれなんて傲慢なことは言わない。もうちょっとちゃんと自分のことは自分で考えるよ。」


 スイは元は1人の人間だったのが、神が帳尻合わせで2人にしたと思っている節がアンジュよりももっと強い。そして、明確な目標や意思はエルが持っているもので、自分はそれについていくだけだとただ思っていた。けれども、思い返してみれば、500年前王国から連れ出したとき、エルの意思というものはほとんど尽きていた。

 アンジュはスイの宣言になんて返すのが善いのか分からなくてただ首を動かすだけだった。スイは宣言しただけで満足したのか、話を元に戻した。


「とりあえず、死の力の使い方はなんとなくわかった。俺の場合は愛だ。でも、そうするとなると寄生虫を愛せそうにないぞ。可哀想とも思えない。」

「人間を狙ってただけで、殺される寄生虫はかわいそうだろう。」

「因果応報、弱肉強食なだけ。この力をただ生存しているだけのやつに使っていいのかって思わないことはない。」

「間違ったら世界に力を奪われるけど、他種族の益になる使い方がダメ。自種族を守るためなら決して間違いじゃない。俺たち血筋ではあるけど、神獣ではなくて自主族よりも司るものの方が優先されているのかもしれないけれど。」


 スイが迷う様子は以前のアンジュらしい。


「とはいえ、無理なら俺が1人でやるから。」

「というか、本来の任務はA級モンスターのトレスヒェンの討伐だから、目的は達しているんだけどね。」

「…そうだった?」

「そうだよ。ただまあ、新入りくんなら全て解決してくれるかもという期待はあるかもしれないけどね。それでも、今王国はあまり君に無理をさせることができないからさ。」


 アンジュが王国の生命線を握っているのもそうだが、若い魔術師というだけで相変わらず価値はある。


「うーん、確かに王国は俺の解決を望んでいたし、兄さんは厳密にいうと俺の護衛として雇われてて、五星士でも軍人でもないから、任せるのも違うか。」


 アンジュの給料から天引きという体で王国から金が出ている。その体を守るためにアンジュ自身がスイの契約書を作成したから、契約内容を知っているが、スイはあくまでアンジュを守るのが仕事だ。

 ンヴェネとアンジュがどんどんと話を進めたけれど、スイは話を止めた。


「挑戦するよ!エルが死なせないと言っているんだからリスクなんてほとんどないようなもんだからな。」

「お、決心できたのか。護衛くん。」

「さっきまでスイと呼んでたのに、急に?」

「ンヴェネは仲間にはあだ名を付けるんだよ。」


 ウィルの説明に疑わしそうにスイは尋ねる。


「ルサリィは?」

「烏滸がましくて呼べないよ。」

「そこだけは恋する男なんだ。」


 スイは納得しながら呆れた。


ーーーー


 再び4人は隔離された病人たちの建物に入る。問題なかったかとンヴェネが看病人に尋ねると、この病気が流行り始めてから初めて落ち着くことができていたと感謝していた。看病人も交代制とはいえ、暴れる人間相手に随分疲弊していたが、アンジュがかけた魔法は効果覿面で、彼らも休憩を取ることができたらしかった。


「兄さん、俺が人間の体を魔力で強化するから、兄さんは集中して虫の命を探して。」

「頑張る。」


 スイもアンジュほどではないが、魔力を読み取るのはできる。しかし、今回の相手は本当に本当に小さな虫たちだ。集中して位置を正確を読み取ろうにもざわざわとした感覚で彼ら一体一体を近くできない。


「これは、大雑把に捉えちゃまずいよな?」

「俺もその力は見たことがないからやってみてとしか…。でも、どちらにせよ人体に悪影響は出させないよ。」

「なんとか人のために祈るよ。」


 スイはさっき少しだけつかんだ感覚を思い出す。可哀想な虫にどの様に願ったか。スイが結局できなくて、エルが不得意な殺しを行ったら、500年前人間が殺された様な方法、全てがないまぜになった恐ろしい殺され方をするかもしれない。そう思えば再びの力を思い出せた。


 アンジュの魔法が明るい光だとしたら、スイの魔法は暗い陰の様な力だ。暗い陰の魔法は近くにいる人間に寒気を与えた。


 数分陰鬱な雰囲気が流れたあと、スイはどうだろうとアンジュの顔を覗き込んだ。


「兄さんもなんとなくは分かってるとは思う。寄生虫は弱っているけど、死んではいない。」

「このぼやっとした感じはそうか。」

「俺があとやろうか?」


 スイは仕方ないから頼もうかと思ったが、口に出る前にある勝手な妄想が出できて首を振った。


「最後までやらせてくれ。」


 先ほどまで難色を示していたスイが自分から最後までやらせてほしいと頼んだことにアンジュは不思議に思いながら、勿論構わないと答えた。ンヴェネやウィルも時間は余ってるしと頷いた。

 先ほどとはまた違った思いがあるスイは更に針の穴に糸を通すくらい細やかに魔力を使ってより正確にそこに何があるのかを読み取る。脳は複雑でアンジュが守らないとスイの力で容易に壊せるのだと理解し始めた。

 虫の命の場所を見つけてスイは丁寧に一つずつ潰していく。アンジュがもしこの死の力を使えるのなら、一度に場所を把握して、同時に壊すことができるのだろうと思うともどかしい。


「っし、これで最後。」

「さすが兄さん。早いね。」

「結構時間かかった気がしたけど。」

「1日で解決するなら早いでしょ。見違えるほど穏やかな顔になった。」

「俺たち、何も手伝えなくて悪い。何かあれば言ってくれ。」


 結局全ての罹患者から寄生虫を殺し終わったのは、夜が更ける頃だった。ンヴェネとウィルを先に帰らせようとしたが、休んでられはしないと部屋の警備を買ってで、最後まで双子に付き合った。エルにとっていつもケロリと涼やかな顔をしているスイが珍しく疲労感を漂わせていて、アンジュは感慨深くなった。

 

ーーーー

「これが虫が体に住み着いているのが原因だって言うんだから恐ろしいよ。森に住んでいた人間としては、他人事には思えない。」

「王都民はなかなか他のとこで生きていけないな…、色んなところでアンに守られてきたってことだろ。」


 ウィルはアンジュに感謝してくれるが、それに関してはとても複雑な気分で苦笑だけする。自分から望んでした仕事ではなく、暴力で義務的に行った仕事でも救われる人間たちがいるのだ。


「10年でどうにかできるものなの?」

「…俺が作った時は3年もかかってないよ。勿論魔法という大雑把でも動くものがあったのが寄与しているから、今の高度な魔術式で全て開発してたら結構ギリギリだろうけど。でも、できない範疇ではない…と思うのは人間を過信しすぎてるかな。けど、俺は期限をずらす気はないし、流石にそのあとはミルフィーとリーラが生きていればどうでもいいかな。」

「まるで神獣たちがたまに他の生物に与える試練だな。あれも猶予はないのが似てる。」


 スイは神獣たちと関わっている間に知った、神獣による試練というのは、ほとんどが彼らの好奇関心によるものだ。しかし、クリアさえすれば神獣は約束の言葉を違えてはいけないし、下手をすれば世界から力を奪われる可能性もあると話した。


「あのエリスも試練を人に課した。エリスのアレは、人に自分正体が見破られたら2度と術にかかっていた人に手を出してはいけないとかなんとか。クルルが先に処罰してるから、世界から力を奪われてないんだけどな!」

「じゃあクルルはエリスを助けたってこと?」

「世界が与えた権能は、どこかでまた産まれる可能性があるからね。まだバカなエリスが使ってる方がマシなんだよ。」


 とことん苦しめられたルサリィを知っていると、複雑な気分だ。


「もし戦闘狂のマルスの爺が持っていたら、町の内乱とかじゃなくって国家間の戦争にでもしてたよ。」


 そうじゃなくってよかったと話を終えた。


「俺もエルも神の力を使いこなせていないからなんとかしないとな。」


 スイは隣の家が喧嘩していて大変だなくらいの雑さでそう呟いたが、五星士の3人は真剣に頭を悩ませた。




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